UUUとは、業界の隠語で、うるさい うるさい うるさいの頭文字をとったもので、クレイムをよく付けるお客様のことをさす。いろいろ注文を付けるが、言い換えれば、頻繁に利用してくれる常顧客(フリークエント・トラベラー)ともいえる存在、いわゆるPRO-XXXであるので、通常は感謝を込めて丁重に対応する。
現役時代に大変印象に残るある常顧客とのおつきあいがあり、そのおつきあいは退職後の今でも続いている。初めて出会ったのは、フランクフルトに勤務していた時で、空席があったのに、隣席が空いていなかったことに関するクレイムを受けた時だったと思う。
彼は、ある化学メーカーの機械部門の責任者で、出張で年6〜7回は日本とドイツを往復していたが、東京のある旅行会社がその出張手配をやっていた。柔道家で体が大きいこともあり、隣の席を空けてほしいという強い要望があり、その旅行会社が面倒をみていたが、よくトラブルを起こしていた。あとで聞いたところによると、その旅行会社はぎりぎりまで隣の席をダミーで押えていて、直前にキャンセルするということをやっていたようである。
ぎりぎりまで押えていても、満席ともなれば、当然隣りの席にも人が座ることになるが、彼の主張としては、頻繁に利用しているのだから、隣の席の販売は一番最後にしてほしいということであった。満席ならやむを得ないが、乗ってみて、他に空席があるのに、自分の隣の席が空いていないことがわかるとクレイムをあげ、旅行会社のスタッフも対応に苦労していたようである。
彼の会社には、インハウスの旅行会社があって、全社的には出張の手配はすべてその旅行会社がやっていたが、彼の事業部だけは、別の旅行会社を使っていたのである。そのワンマンぶりは、サラリーマンの域を超えており、取引銀行も彼の事業部だけ別であったようである。彼の部屋は、社長室よりも広いと言われ、出張規定も、役員以外はエコノミークラス利用であったが、彼だけは、例外的にビジネスクラスを利用していたようである。
彼は、何年来とドイツに出張し続けていたので、ローカルスタッフとも顔馴染みであり、マネジャーも代々つきあってきたようである。体も声も大きく、迫力があるので、初めての人は震え上がるほどであるが、正論を語っていることが多かった。年に何回も来るので、いろいろと話をする機会があったが、ある時、隣席を空けるトラブル回避のために、一つの提案を行った。
今までは、ビジネスクラスの航空券を東京の旅行会社で買っていたが、ビジネスクラス+アルファの運賃でファーストクラスの航空券を当地で買うことを提案したのである。日本国内では、なかなかできないが、海外支店では、販売促進の一環で、ある程度の割引運賃を提供することが可能であった、ファーストクラスであれば、隣席を空けるような手配も全く不要となるので、ファーストクラスに変更してからは、トラブルはほとんどなくなった。売上も支店の実績となるので、一石二鳥であった。
当時、航空券の売上というのは、券面の航空会社欄にキャリア名を入れた支店の売上実績として計上されていた。例えば、東京で完全なオープンチケットを買ってきて、ドイツでキャリアを指定したなら、その売上は、東京ではなく、ドイツの売上実績となる。もし、東京でキャリアは指定したものの、フライトのみオープンの場合は、ドイツでフライトを予約したとしても、東京の売上実績となる。
ドイツで航空券を買い始めてから、彼からの提案により、彼の事業部からの出張者は、すべて東京で完全オープンの航空券を買わせ、ドイツにてキャリアとフライトを書き込むようにして、支店の売上アップに貢献してくれた。
当時、フリークエント・フライヤー・プログラムの一環として、特別なクラブ制度があり、日本国内では、会員になるのに有料でクレジットカード会員になる必要があったが、その制度についても何回もクレイムを受けた。当時、海外では、無料で会員になれたので、彼はドイツにおいて無料で会員登録を行ったが、ファーストクラスで年に6~7回、日本とドイツを往復するので、マイルもどんどん溜まり、あっという間にヨーロッパではトップクラスの常顧客となった。
彼は、浮気をしないタイプだったので、スケジュールがうまく合わない時でも、無理してでも当社を利用してくれた。東京から1泊でドイツに来ることもあり、往復とも同じ乗務員となったことも何度かあったようである。
ファーストクラス利用になってからは、自分が絡むトラブルはほとんどなくなり、一緒に食事をしたりするほどの親しい関係になり、我が家に遊びに来たこともあった。あくまで、お客様とスタッフという関係であるが、フランクフルト郊外にある有名なイタリアンレストランに何回か招待を受けることもあった。
彼が絡んだトラブルで、緊急時の取扱要領が変更されるという出来事もあった。1996年だったと思うが、成田発フランクフルト行の飛行機が離陸滑走中にトラブルを起こし、成田で乗客がシューターを使って機外に緊急脱出するという事故があった。その時、シューターで機外に滑り降りた乗客の何人かが降りた時に尻もちをついて怪我をするという出来事が発生した。
というのも、当時、緊急脱出のデモ用ビデオでは、シューターの下で客室乗務員が待機していて、尻もちをつかないように補助していたのである。ところが、安全規程に従い、乗務員は最後に降りなければならないことになっているので、 現実には、シューターの下には誰もいないのである。ビデオを見ていた何人かの乗客は、下に乗務員が待機して補助してくれると思って、思い切って滑り降りたが、誰もいないので、尻もちをついて怪我をしてしまったのである。
その場にいた彼は、機内の安全ビデオの内容がおかしいとクレイムを付けたが、これがきっかけで、緊急脱出規定が変更され、機内のデモビデオも変更(下での補助要員が客室乗務員から一般の乗客に変更)されたのである。それは、非常口付近に着席する乗客は、緊急時に真っ先にシューターを使って機外に出て、他の乗客がシューターを使って滑り降りる時に下で補助する任務を負うことになったのである。その任務を必ず非常口付近に着席する乗客に説明して了承を得る必要があるので、経験したことがある人がいるかもしれない。
彼とは、退職後もおつきあいを続け、年1回はいっしょに食事をして、彼の武勇伝を伺う機会を持っていた。その彼も今や85才を超え、背骨や腰を少し痛め、外に出かけることもあまりできない状況にあるが、電話で話すと今でも昔の元気なままなので、いつも勇気付けられる。今となっては、懐かしい思い出となっている。
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