浪漫飛行への誘(いざな)い

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会社対抗ソフトボール大会の思い出

2018年05月16日 22時34分07秒 | イベント
フランクフルト駐在中の大事な仕事の一つに会社対抗ソフトポール大会があった。フランクフルト及び近郊には多くの日本企業がビジネスをやっていたが、年に1回(後半は年2回)親睦を兼ねて会社対抗のソフトボール大会を主催していた。日本人セールスは自分の担務であったので、セールスのためのイベントでもあった。

前任者からの引継ぎで担当することになったが、最大の難関は、会場の確保であった。ドイツ人は野球をやらないので、米軍の野球場を借用することになるが、その交渉はなかなか大変であった。関連会社のドイツ人女性スタッフの彼氏が米軍に勤めているということで、そのチャネルを使って、野球場を借用するのだが、ソフトボールと野球では、ベースの位置が違うので、ベースを移動したり、白線を引いたり、ソフトボール用に作り変える作業やチーム数の関係で、2~3か所のスペースの確保も大変であった。終了後、元に戻す作業もそれなりに大変であった。

赴任した当初は、年1回で10チーム位だったと思うが、その人気が年ごとに増し、1987年からは年2回となり、ピーク時は16チーム、人数にすると応援の家族を含め、400人を超えていた。フランクフルト在住の日本人のほとんどが集まっていたと言っても過言ではない。ファーストリーグ(第1部)とエグゼクティブリーグ(第2部)の2リーグに分けて、リーグ戦方式で優勝を競うが、日頃運動不足の派遣員のハッスル振りとその家族及び同じ会社仲間によう応援合戦も盛り上がり、大会は熱気を帯びて、フランクフルトでは恒例のビックイベントになっていた。その時期になると、日本人が集まる日本食レストラン(レストランもチームとして参加)では、大会の話題で持ち切りであった。強力チームは、ホンダ、YKK、JVC(日本ビクター)等で、多くのチームがグローブやバット等の用具を自前で日本から調達していたほどである。

普段運動をしていない駐在員が家族を前に張り切ってしまうため、ベースランニングで転んだり、怪我をする人も少なくなく、そのため、看護婦さんや救急隊の手配も行っていたほどである。日本にいたら、このような経験をすることはまずできないが、海外だと会社としてはライバル関係にあったとしても、日本人コミュニティーでは和気あいあい、結束はとっても固かった印象がある。数えてみたら、4年在勤中に、6回の大会を主催していた。プラカードを用意したり、賞品を手配したり、ソフトボール用具を確保したり、自分もプレイしながら、大会の運営もやっていたので、大変といえば大変なイベントであったが、皆に喜ばれ、やりがいのある仕事でもあった。今となっては、懐かしい思い出となっている。


写真は、開会式のシーン

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