実家の隣の隣は教会になっている。いつごろからあるのか覚えていないが、私が子供の頃は無かった。高校の頃も、大学に通っていた頃も無かったと記憶しているので、まあ、せいぜい25年から30年前にできたものと思われる。
実家の私の部屋からその教会が見える。屋上へ上がると、大きな十字架が目の前に見える。時々、教会から歌が聞こえてくる。歌といっても讃美歌では無く、ロックとかポップスの類、バンド演奏している。コンサートのようであり、練習のようでもある。
そういえば、その教会から讃美歌が聞こえたことは無い。たまたま私が実家へ行く日が讃美歌の日では無く、ロックやポップスの日となっているのかもしれない。
そういえば、教会で讃美歌を聞いたという記憶があまり無い。従妹の結婚式は教会で行われたが、そこで讃美歌を聞いたかもしれないが、もう40年近くも昔の話、記憶は定かでない。それから、私はミッション系(というとカッコ良いが、米軍施政下にあった頃なので、そういう系は多くあった)の幼稚園に通っていた。教会のある幼稚園で、先生はシスターで、園長は牧師だった。そこではおそらく何度も讃美歌を聞かされ、おそらく何度も歌わされたかもしれないが、もう50年近くも昔の話、ほとんど記憶にない。
そんな幼稚園を出ているが、私はキリスト教信者では無い。ついでに言うと、仏教徒でもイスラム教徒でもヒンズー教徒でも無い。ただ、無宗教であるともはっきり言えない。親から教え伝えられた神事、仏事はやっているのだ。それもしかし、神や仏の存在を信じてやっているわけでは無く、もしも霊というものがいて、親がそれで存在していたら、このくらいはやっておかないと嫌な思いをするだろうなと思ってのこと。
小学生の頃、隣の隣に教会は無かったが、歩いて2分ていどの場所に教会があった。キリスト教徒では無い私だったが、日曜日になるとその教会へ通った。教会へ行って説教を聞いた覚えは無い。日曜日、教会へ行くとお菓子が貰えた。それが目当て。
日曜日の教会へは私だけでなく、近所の子供たちが何人も集まった。それは日曜学校と呼ばれていて、「日曜学校に行きなさい」と親は言い、「日曜学校に行こうぜ」と子供達は言っていた。日曜学校、アメリカ施政下にあった沖縄独特のものかと今の今まで思っていたのだが、広辞苑に記載があり、沖縄だけのものでは無いと判った。
日曜学校、「キリスト教会で、宗教教育を目的として子供を集めて日曜日に開く学校。教会学校。」とのこと。沖縄だけでなく、日本国だけでなく、世界的なものらしい。
今日(23日)、実家へ行った(鉢物への水遣りなどの用で)ついでに、隣の隣の教会へ行き、そこの牧師さんに話を聞いた。日曜学校は、その教会では『教会学校』という名前で今でもあるとのこと。お菓子をあげる場合もあるとのこと。でも、この飽食の時代、お菓子に釣られる子供はおらず、参加者はとても少ないとのこと。
その時ついでに、時々聞こえてくるロック音楽の演奏についても聞いた。音楽を楽しむ若者たちを応援して、コンサート会場として利用させているとのこと。その日たまたま、若者達のコンサートがあって、そのチラシを頂いた。ちょうどその時、1組のバンドがリハーサル中であった。若い女性だけのバンドだった。「若い女性」に惹かれたが、煩い音楽が苦手な私は、参加についてはご遠慮申し上げた。午後からは畑仕事があったし。
記:ガジ丸 2010.12.23 →沖縄の生活目次
参考文献
『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行