市川猿之助氏が自殺ほう助の疑いで逮捕された。
事の起承は取り調べや裁判で明らかにされると思うが、事件の発端に関しては些かの違和感を持っている。
これまでのところ週刊誌が「猿之助氏のパワハラ」を報じたことが発端とされているようであるが、今ではパワハラの有無に関しての考証・追加取材を報じるものは無く、本人の自殺未遂と云うことも加わってかパワハラは既成の事実とされている。これは、発信元以外の報道各社が、事実関係を追加取材することも無く「週刊誌によると・・・」と際限なく続報し続けたことが大きいように思える。確かに「週刊誌によると・・・」は引用に過ぎない正確な報道であり、若しパワハラが事実無根であったとしても引用者に責は及ばないと考えているのであろうが釈然としないし、もしパワハラ行為が真実でなかった場合には発信元と同様の責を問われるべきではないだろうか。
スクープに対して真偽追求よりも、出し抜かれた報道機関が負けじとよりセンセーショナルに報道することを「提灯を点ける」と称し、心あるジャーナリストはそれに類する記事を「提灯記事」と呼んで戒めたとされている。
また、かっては大方の読者も、タブロイド紙やゴシップ誌の報道に対して、「眉唾」・「話半分」と斜に対処する理性があったが、公党が国会審議の場で週刊誌記事を根拠として政府や閣僚を攻撃することが当たり前となって、週刊誌の報道は雑誌の品格を問わずに凡てが真実とされるように様変わりしてしまったように思える。
歯医者や床屋の待合室に置かれた週刊誌を眺めただけの経験であるが、記事に登場する暴露・糾弾者は「数年前に袂を分かったA」や「見聞きしたB」である場合が殆どである。週刊誌は筆禍訴訟が起きた場合には「取材には自信を持っており・・・」とコメントするが、判決では敗訴する場合も多い。また、当事者を「A」や「B」とするのは一様に取材源の秘匿・保護とするものの、果たして実在しているのだろうかとの不信感もある。
永田町では数年前に、野党議員を揶揄する「週刊誌を読み上げるだけの簡単なお仕事です」というジョークが流行したとされるが、今や「有権者は週刊誌の記事を盲目的に信じるので、政策を主張するよりも週刊誌ネタを活用する方が簡単です」と進化しているのかも知れない。
猿之助氏を巡る報道が悲劇的な結末を迎えた今、件の週刊誌の記者・デスクは「自分・自社の記事で社会正義が行われた」と胸を張っているのだろうか。できれば、「些かの誇張が老い先短い老人を殺し、有為な青年の将来を奪った」と臍を噛んでいて欲しいものである。
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