原子力規制委員会が、東海第2原発の安全審査合格を決定した。
この決定で、安全審査に合格した原発は15基となり、東海第2原発は平成33年まで1800億円をかけて安全対策工事を行っての再稼働を目指すことになる。しかしながら、運転再開に当たっては地域住民の避難計画の策定や地元自治体との合意が必要となり、再稼働までには幾多の紆余曲折が予想される。地域住民からの運転差し止め請求一つをとっても、四国電力伊方原発運転再開に際して広島高裁が住民側からの運転差し止め請求に際しては原発から130㎞も離れた阿蘇山の大噴火に伴う火砕流危惧を基に運転指し止めを決定したが、原発側からの運転指し止め処分の取り消し請求に際しては阿蘇山の火砕流は杞憂であるとして運転指し止め決定を無効とした。相反する利害の調停機関として司法が当たるのは制度上仕方のないことであるが、同じ裁判所で全く判断が異なる決定がなされることには大いに疑問で、地域住民の生死をも左右するインフラの要否・適否判断を下級裁判所の1判事に委ねてよいのだろうか。先の北海道地震の際は、1火力発電所の不具合で北海道全域が長期間にわたり停電した。原因は主力発電所の停止によって引き起こされた周波数低下がドミノ倒し的に全島停電を引き起こしたとされているが、北電の泊原発が稼働していたならば全島停電までには至らなかったとされている。かねてから太陽光発電や風力発電の品質に対して疑問を提示してきたが、低品質の自然エネルギーでは周波数低下に起因する停電は、その割合が高くなれば必然的に増加するとも云われている。
現在全国には51基の原発があり、事業者も現在の電力9社・日本原子力発電株式会社にわかれ、加えてJ-パワー株式会社が大間原発を建設中であるが、安全審査は原子力規制委員会が単独に審査している。一方、裁判所は8高裁・50地裁と細分化されているために、同一の問題に対する司法判断が別れるのは当然で、更には判事の人事異動等を考慮すれば、原発問題に特化した裁判官による審理・判断は望むべくもない。高度な専門知識が必要な判断に対しては、現在、東京高等裁判所に設けられている知的財産高等裁判所のような特別な裁判所・司法機関を設置して統一的に判断することが必要ではないだろうか。
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