歴史に名を残す偉人と落ちこぼれ扱いされる人たち-。世間の評価は対極だが、そのどちらにも深くかかわるのが発達障害者だ。周りの環境によって発揮する力は大きく左右され、その環境づくりは、近年の社会問題を克服する指針にもなりうる。発達障害者支援法が施行されて5年が経過した今、発達障害を通して、人と人とのかかわり方や社会のあり方を見つめ直す。
実力プラス1で成長 遊び文化自ら築く環境を
会話がかみ合わなかったり落ち着きがなかったりと、“困った子”扱いの要因になる発達障害の特性。克服には、周りの適切な支援や環境づくりが必要だ。その手法は、子どもの健全育成や若者の自立、仕事の創出方法にいたるまで、近年の社会問題に解決の糸口を提示する。第3部では、多彩な現場で活躍する支援者たちを紹介する。
■運動の可能性
「すごい! できたやん!」。山下耕太君(6)=仮名=は8月末、「絶対できへん」と言っていた倒立が初めてでき、周りの祝福を受けながら、自身も驚いた様子だった。
NPO法人チットチャット(大阪市中央区)では、簡単な遊具を使った運動で発達障害児たちの力を引き出す。大阪市の障害者スポーツセンター勤務を経て独立した森嶋勉理事長(47)は「“できた感”を無限に得られるのが運動。それが積み重なって自己肯定感(自己評価)を育み、生きる力の源泉になる」と話す。
運動が体に及ぼす仕組みについて、同法人の活動に協力する姫路獨協大作業療法学科の太田篤志教授(42)は、環境とうまくかかわるための機能「感覚統合」の過程から読み解く。
子どもは運動の中で、体のバランスや筋肉の動き、皮膚への刺激といった感覚情報を「処理=統合」し、周りへの働き掛けを自分なりに組み立てて実行する。これらの調整がうまくいかない発達障害児に、処理過程の“交通整理”を行う。
ここで培われる力は「人間や社会とかかわっていくための土台になる」と太田教授は話す。
■枠組み超えて
感覚統合には、一人一人の特性に応じた対応が必要で、指導者の力量が問われる。森嶋理事長が指導法の根本に据えているのが「コーチングの考え方」だ。
コーチングの専門家、森美智代・Esprit代表(45)=同市淀川区=は「パラダイム(価値観の枠組み)を外すのが鍵」と指摘。相手が「自分の能力はここまで」ととらわれている枠をコミュニケーションによって取り払い、やりたいことや実現に向けた手段を自ら編み出すよう導く。「スポーツに限らず、企業や教育、子育てにも応用できる」とし、同法人の手法に注目する。
森嶋理事長の場合、まずは相手の行動を徹底的に受け止め、一緒にいて安心できる信頼関係を築くことに努める。運動項目なども基本的に相手の主体性に任せ、内容にマニュアルはない。
その上で、相手にとって少しだけ難しい「実力プラス1」の課題に次々と挑戦させる。「難しすぎてはだめ。人は面白いからこそ本気になれるし、主体的に動ける」。ときには間をつくって観察し、独自に生み出した動きを評価する。「課題を克服する面白みをいかに創出できるかが指導者の勝負の分かれ目」だ。
太田教授は、こうした指導によって「障害の有無にかかわらず、身近にあるもので自ら遊びを考えて挑戦し、試行錯誤する力を付ける」とする半面、近年の「マニュアル化された遊び産業」で、子どもの成長に必要な感覚統合の力が抜け落ちかねないと懸念。「子どもたちが自ら築く遊び文化、それを育む保育環境が今、求められている」と訴える。
大阪日日新聞
実力プラス1で成長 遊び文化自ら築く環境を
会話がかみ合わなかったり落ち着きがなかったりと、“困った子”扱いの要因になる発達障害の特性。克服には、周りの適切な支援や環境づくりが必要だ。その手法は、子どもの健全育成や若者の自立、仕事の創出方法にいたるまで、近年の社会問題に解決の糸口を提示する。第3部では、多彩な現場で活躍する支援者たちを紹介する。
■運動の可能性
「すごい! できたやん!」。山下耕太君(6)=仮名=は8月末、「絶対できへん」と言っていた倒立が初めてでき、周りの祝福を受けながら、自身も驚いた様子だった。
NPO法人チットチャット(大阪市中央区)では、簡単な遊具を使った運動で発達障害児たちの力を引き出す。大阪市の障害者スポーツセンター勤務を経て独立した森嶋勉理事長(47)は「“できた感”を無限に得られるのが運動。それが積み重なって自己肯定感(自己評価)を育み、生きる力の源泉になる」と話す。
運動が体に及ぼす仕組みについて、同法人の活動に協力する姫路獨協大作業療法学科の太田篤志教授(42)は、環境とうまくかかわるための機能「感覚統合」の過程から読み解く。
子どもは運動の中で、体のバランスや筋肉の動き、皮膚への刺激といった感覚情報を「処理=統合」し、周りへの働き掛けを自分なりに組み立てて実行する。これらの調整がうまくいかない発達障害児に、処理過程の“交通整理”を行う。
ここで培われる力は「人間や社会とかかわっていくための土台になる」と太田教授は話す。
■枠組み超えて
感覚統合には、一人一人の特性に応じた対応が必要で、指導者の力量が問われる。森嶋理事長が指導法の根本に据えているのが「コーチングの考え方」だ。
コーチングの専門家、森美智代・Esprit代表(45)=同市淀川区=は「パラダイム(価値観の枠組み)を外すのが鍵」と指摘。相手が「自分の能力はここまで」ととらわれている枠をコミュニケーションによって取り払い、やりたいことや実現に向けた手段を自ら編み出すよう導く。「スポーツに限らず、企業や教育、子育てにも応用できる」とし、同法人の手法に注目する。
森嶋理事長の場合、まずは相手の行動を徹底的に受け止め、一緒にいて安心できる信頼関係を築くことに努める。運動項目なども基本的に相手の主体性に任せ、内容にマニュアルはない。
その上で、相手にとって少しだけ難しい「実力プラス1」の課題に次々と挑戦させる。「難しすぎてはだめ。人は面白いからこそ本気になれるし、主体的に動ける」。ときには間をつくって観察し、独自に生み出した動きを評価する。「課題を克服する面白みをいかに創出できるかが指導者の勝負の分かれ目」だ。
太田教授は、こうした指導によって「障害の有無にかかわらず、身近にあるもので自ら遊びを考えて挑戦し、試行錯誤する力を付ける」とする半面、近年の「マニュアル化された遊び産業」で、子どもの成長に必要な感覚統合の力が抜け落ちかねないと懸念。「子どもたちが自ら築く遊び文化、それを育む保育環境が今、求められている」と訴える。
大阪日日新聞