◇「障害者本位」の契機に
昨年12月に千葉県袖ケ浦市の県立障害者支援施設「袖ケ浦福祉センター」で発覚した障害者虐待事件を、千葉支局の記者として3月末まで追い続けた。何重にも施錠され、外界から隔てられた施設で何が起きたのか。同じような悲劇はどうしたら防げるのか。考えながら取材を進めると、運営団体の「暴力黙認」体質と、虐待に気づき得る立場にありながら何の手当てもしなかった千葉県の対応のまずさが浮かび上がってきた。
約240人が入所するセンターの施設には、異常な頻度で自分や他人を傷つけたり、特定の物事に激しくこだわったりするような問題行動を示す「強度行動障害」の傾向がある知的障害者が多くいた。生活支援をする職員には高いスキルが求められるが、「支援」とは呼べない「制圧」が一部で横行してきた。県の調査では、200人余りの職員のうち15人以上が利用者23人に身体的、心理的虐待などを繰り返していた。
◇暴れる利用者を「管理対象」視
県から運営を委託されていた社会福祉法人「県社会福祉事業団」の生え抜き職員で、引責辞任した前常務理事は、自身も体罰で利用者を骨折させたことがある。「責任感があり、一生懸命な職員ほど利用者の体を押さえてしまう」。本人に理由を問うと、そう説明した。暴れる利用者の体を押さえて静かにさせる方法を自ら「名人芸」とも表現した。利用者を「管理対象」としてしか見ていないのではないか。そんな印象を抱いた。
知的障害者の少年(当時19歳)の腹を蹴って死亡させたとして、傷害致死罪で起訴された元職員(23)は、県警の調べに「うまく支援できずイライラしてやった」と供述している。逮捕前には母親に「とんでもないことをしてしまった」と泣きながら話したという。勤務していた「養育園第2寮」には、行動障害があるうえ言葉を話せず被害を訴えられない利用者が集められる一方で、経験の浅い職員が配置されていた。事業団幹部が「苦情が外に出にくい」と考えた結果だ。未熟な職員が適切な研修を受けないまま、前常務理事のように身体に直接手出しする方法で「一生懸命」支援した結果、少年を死なせてしまったのだとすれば、やりきれなさが残る。
こうしたセンターの体質が変わらなかった最大の責任は、外郭団体である事業団に運営を事実上丸投げしてきた県にある。事業団の理事長には1966年のセンター設立以来、県や県警のOBらが就任し続けた。後に知事になった重鎮もいたが、障害福祉に詳しい人材はほとんどいなかった。県OBの前理事長は、辞任を表明した記者会見で「福祉の経験は必要だった」と述べた。支援が難しい障害者に対応できる人材を登用せず、県幹部らの「再就職先」を守り続けた結果、一連の虐待が起きた側面は否定できない。
◇問題直視しない県の姿勢透ける
県を巡っては、虐待発覚後の説明会で県を批判した保護者の発言を第三者検証委員会への提供資料に盛り込まなかった疑いも浮上した。正面から問題に向き合わない姿勢が見え隠れする。体制刷新で天下りは終わったが、センターが県立施設であることは変わらない。行動障害者を受け入れてくれる施設はもともと少なく、虐待被害を受けた人の大半は今も施設に残ったままだ。利用者のためにも、自浄能力を示してほしい。
ただ、センターの立て直しは最終目標ではないはずだ。行動障害を持つ人は刺激に敏感で、利用者同士が互いの問題行動に影響を受けてパニックを起こすとも指摘される。重い負担を強いられる職員が力で押さえつけようとすれば、虐待が起きやすい。そもそも、同じ障害を持つ人たちが一つの県立施設に集まっているのは不自然ではないか。民間の通所施設、在宅サービスなどを活用しながら、障害者が地域で生活できる仕組みを整えるのが理想だ。
そのためには、「必要な支援スキルを持った人材が確保できない」と民間事業者が嘆く現状を変える必要がある。第三者検証委の提言を受け、センターでは利用者一人一人の生活状況を確認する「パーソナルサポーター」の運用が始まった。こうした個別支援を地域でも実現できるよう、国や自治体が人材育成のための研修を充実させるべきだ。まず入所施設での手厚い支援を実現するため、職員配置数の基準を見直してもいい。
「自分が犠牲となって障害者施設の現状を明るみに出したのだと思っています」。亡くなった少年の母は、メールで息子への思いを伝えてくれた。障害者が地域社会で生き生きと暮らすために何が必要か。事件を契機に、議論が進むことを願う。
多くの入所者が虐待被害を受けていた千葉県立障害者支援施設「袖ケ浦福祉センター」=千葉県袖ケ浦市で2013年12月
毎日新聞 2014年04月11日 東京朝刊