◇厚労省が是正指導
厚生労働省の地方機関・福岡労働局が2012年7月、翌春に高校卒業予定の就職希望者に「てんかんの生徒は主治医の意見書をハローワークに提出」するよう、福岡県を通じて各高校に文書で依頼していたことが分かった。雇用における差別的な取り扱いを禁じた職業安定法などに触れる疑いがあり、厚労省は福岡労働局を指導した上で、同年10月に全国の労働局に再発防止を通知した。(15面に「てんかんと生きる」)
てんかんを巡っては11年4月、栃木県鹿沼市で、てんかんの持病を隠して運転免許を不正取得した男がクレーン車を運転中に発作を起こし、はねられた小学生6人が死亡した(男は懲役7年が確定)。12年4月には京都市東山区の祇園で軽ワゴン車が暴走し、観光客ら7人と運転していた男性が死亡、京都府警は男性が持病のてんかん発作で事故を起こしたとして容疑者死亡で書類送検した。福岡労働局によると、事故を受け求人側企業から「生徒の面接時にてんかんの有無を確認していいか」などの質問が多数寄せられたという。
このため福岡労働局は同年7月17日、てんかんを含め企業から質問や要望の多い項目について回答をとりまとめた文書を職業安定課長名で作成して県と県教委に通知し、各高校長への周知を依頼。「持病がある生徒、障害を持つ生徒を一律に選考から排除することはあってはならない」とする一方、「てんかんの生徒については保護者の同意のもと、精神障害者保健福祉手帳所持の有無にかかわらず、主治医の意見書をハローワークに提出し、早期の職業相談を」などと求めた。
これに対し、高校教諭や患者団体から「特定疾患の開示強制に当たる」などと批判する声が上がり、厚労省にも伝わった。同省は職業安定法などに基づく公正な採用選考に反する恐れがあるとして同年9月、福岡労働局を指導。同年10月3日、障害者雇用対策課地域就労支援室長補佐らの連名で、再発防止を求める文書を全国の労働局に出した。
文書は「ある労働局で高校新卒者求人の職業紹介に当たり、特定の疾患・障害を有する者に対し、求人事業所に当該疾患・障害の内容を開示することを強要していると受け止められるような指導を行った事案があった」と指摘。「障害の開示・非開示については本人の意向で決定されるもので、開示強要と受け止められることがないよう十分留意を」などと促している。
福岡労働局の河野政広職業安定課長は「開示強要の意図は全くなかったが、誤解を生んだのは申し訳ない」とした。日本てんかん協会の古屋光人常務理事は「地方行政レベルでもまだまだてんかんへの無理解があることが露呈した事案だが、厚労省が速やかに指導してくれたことは評価したい」とコメントした。
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■解説
◇誤解と差別後絶たず
国内に約100万人の患者がいるとされるてんかんは、数千年の歴史を持つ慢性疾患で「脳を持つ動物なら発症する可能性がある」病気だ。脳神経に起因すると判明したのは19世紀。原因不明の時期が長く続いたことから「遺伝する」「感染する」などの誤解が生まれ、ハンセン病患者らと同様に差別や偏見にさらされてきた。
世界保健機関(WHO)によると、英国では1970年までてんかん患者の結婚が認められず、米国でも州によっては80年代までレストランへの立ち入り禁止や子供を産ませない手術が施される例もあった。
医学の発展により、現在は薬の処方や手術などで患者の約7割は発作を抑制して普通の生活を送ることが可能となっている。それでも、雇用する側の知識不足を背景に、病名を告知すれば就職などの際に不利益を被る事例が後を絶たない。
今回判明した福岡労働局のケースは悪意に基づくものではないとみられる。何らかのハンディキャップがある人はその情報を開示し雇用主に理解してもらった方が安定雇用につながる場合もあるとされる。しかし、ハンディの軽重は人それぞれ違う。その開示をなぜ一律に求め、しかもてんかんに限ってなのか。労働行政関係者は「雇用主がてんかんに対して非常に神経質だ」と漏らす。そこに、この問題の本質と根深さがある。
毎日新聞 2014年04月29日 東京朝刊
厚生労働省の地方機関・福岡労働局が2012年7月、翌春に高校卒業予定の就職希望者に「てんかんの生徒は主治医の意見書をハローワークに提出」するよう、福岡県を通じて各高校に文書で依頼していたことが分かった。雇用における差別的な取り扱いを禁じた職業安定法などに触れる疑いがあり、厚労省は福岡労働局を指導した上で、同年10月に全国の労働局に再発防止を通知した。(15面に「てんかんと生きる」)
てんかんを巡っては11年4月、栃木県鹿沼市で、てんかんの持病を隠して運転免許を不正取得した男がクレーン車を運転中に発作を起こし、はねられた小学生6人が死亡した(男は懲役7年が確定)。12年4月には京都市東山区の祇園で軽ワゴン車が暴走し、観光客ら7人と運転していた男性が死亡、京都府警は男性が持病のてんかん発作で事故を起こしたとして容疑者死亡で書類送検した。福岡労働局によると、事故を受け求人側企業から「生徒の面接時にてんかんの有無を確認していいか」などの質問が多数寄せられたという。
このため福岡労働局は同年7月17日、てんかんを含め企業から質問や要望の多い項目について回答をとりまとめた文書を職業安定課長名で作成して県と県教委に通知し、各高校長への周知を依頼。「持病がある生徒、障害を持つ生徒を一律に選考から排除することはあってはならない」とする一方、「てんかんの生徒については保護者の同意のもと、精神障害者保健福祉手帳所持の有無にかかわらず、主治医の意見書をハローワークに提出し、早期の職業相談を」などと求めた。
これに対し、高校教諭や患者団体から「特定疾患の開示強制に当たる」などと批判する声が上がり、厚労省にも伝わった。同省は職業安定法などに基づく公正な採用選考に反する恐れがあるとして同年9月、福岡労働局を指導。同年10月3日、障害者雇用対策課地域就労支援室長補佐らの連名で、再発防止を求める文書を全国の労働局に出した。
文書は「ある労働局で高校新卒者求人の職業紹介に当たり、特定の疾患・障害を有する者に対し、求人事業所に当該疾患・障害の内容を開示することを強要していると受け止められるような指導を行った事案があった」と指摘。「障害の開示・非開示については本人の意向で決定されるもので、開示強要と受け止められることがないよう十分留意を」などと促している。
福岡労働局の河野政広職業安定課長は「開示強要の意図は全くなかったが、誤解を生んだのは申し訳ない」とした。日本てんかん協会の古屋光人常務理事は「地方行政レベルでもまだまだてんかんへの無理解があることが露呈した事案だが、厚労省が速やかに指導してくれたことは評価したい」とコメントした。
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■解説
◇誤解と差別後絶たず
国内に約100万人の患者がいるとされるてんかんは、数千年の歴史を持つ慢性疾患で「脳を持つ動物なら発症する可能性がある」病気だ。脳神経に起因すると判明したのは19世紀。原因不明の時期が長く続いたことから「遺伝する」「感染する」などの誤解が生まれ、ハンセン病患者らと同様に差別や偏見にさらされてきた。
世界保健機関(WHO)によると、英国では1970年までてんかん患者の結婚が認められず、米国でも州によっては80年代までレストランへの立ち入り禁止や子供を産ませない手術が施される例もあった。
医学の発展により、現在は薬の処方や手術などで患者の約7割は発作を抑制して普通の生活を送ることが可能となっている。それでも、雇用する側の知識不足を背景に、病名を告知すれば就職などの際に不利益を被る事例が後を絶たない。
今回判明した福岡労働局のケースは悪意に基づくものではないとみられる。何らかのハンディキャップがある人はその情報を開示し雇用主に理解してもらった方が安定雇用につながる場合もあるとされる。しかし、ハンディの軽重は人それぞれ違う。その開示をなぜ一律に求め、しかもてんかんに限ってなのか。労働行政関係者は「雇用主がてんかんに対して非常に神経質だ」と漏らす。そこに、この問題の本質と根深さがある。
毎日新聞 2014年04月29日 東京朝刊