神戸市の視覚障害者、藤原久美子さん(51)が2月、国連女性差別撤廃委員会の対日審査に合わせてスイスに渡り、日本は女性障害者の尊厳が十分に守られていないと訴える。医師から妊娠中絶を勧められた経験を基に、同じような境遇の仲間と、障害があっても女性として暮らしやすい社会の実現を求める。
藤原さんは1型糖尿病の合併症で、34歳の時に左目の視力を失った。右目も見えづらくなり、「はよ子供産んで」が口癖だった母は何も言わなくなった。諦めかけていた40歳の時、妊娠が判明した。
ところが、産科医から初診で「障害があるのに育てられるの?」「障害児が生まれる可能性がある」と畳み掛けられた。「どうしても産みたい」と訴えると「いったん流して、2人目の時に態勢を整えて産みなさい」と勧められた。
新しく宿った命を喜ぶ夫が支えとなり、意志を貫いて女の子を出産した。「ふわふわで柔らかくて羽二重餅みたいだった。手足も小さくてかわいくて」と当時のうれしさを振り返る。娘は今10歳。共働きの夫妻に手を貸す双方の実家も含め皆のアイドルだ。バレエを習いアニメ「妖怪ウォッチ」に夢中という。
社会の無理解を感じている女性障害者は少なくない。藤原さんが加わる当事者団体「DPI女性障害者ネットワーク」(東京都)には、性や妊娠・出産を巡って悲痛の叫びが寄せられている。
藤原さんも階段を下りる際、手助けを申し出た男性に腰を抱えられたことがある。下心があったのかは分からないが、「平気で触れるのは障害者を性がない存在と思っているから」と感じた。
国連女性差別撤廃委員会は昨年7月、スイスで作業部会を開き、女性障害者の実情について日本政府に報告を求めるテーマを決めた。藤原さんはDPI女性障害者ネットワークの一員として作業部会のヒアリングで「性を軽んじ妊娠・出産を非難するのは、人として扱わないことと一緒」と陳述した。
委員会は翌月、日本政府への質問を公表した。旧優生保護法下で不妊手術を受けさせられた女性への補償や、女性障害者が受ける性暴力について明らかにするよう求めた。
藤原さんは、委員会が日本政府の報告を聞いて審査するのに合わせた今回のスイス訪問で、改めて女性障害者の権利が守られるよう訴える。「障害者は能力がないから差別も仕方がないなんて、固定観念で片付けないでください」
子宮摘出勧められ、知らぬ間に不妊手術
「不良な子孫の出生防止」で障害者の不妊手術や中絶を認めた1948年施行の旧優生保護法の下、記録が残るだけで約1万6500人が不妊手術を受けさせられた。96年の母体保護法への改正で、ようやく規定は削除された。しかし、2011年にDPI女性障害者ネットワークが全国の女性障害者87人に行った調査では、女性であることを否定されたとの声が相次いだ。
「月経介助を嫌がる身内に『生理はなくていいんじゃない』と子宮摘出を勧められた」(脳性まひの40代)、「婦人科で『こんな状態でどうやって(性)行為をするの?』と言われた」(肢体不自由の30代)、「障害を理由に結婚に反対された」(複数)−−。回答者の35%は「暴行を受けた」「介助中に胸などを触られる」といった性的被害を申告した。
昨年6月、知らぬ間に不妊手術を受けさせられた宮城県の60代女性が日本弁護士連合会に人権救済を申し立てた。憲法は個人の尊重を定めているが、代理人の新里宏二弁護士は「個人の尊厳に最も関わる問題なのに、周囲は善意で手術を勧めた。そこに問題の根深さを感じる」と語る。国連人権委員会は1998年、日本政府に優生保護政策の補償を勧告したが、障害者に対しては行われていない。
毎日新聞 2016年1月31日 東京朝刊