農地が点在する上尾市南の住宅街に「おひさま文庫」と看板を掲げた小さなログハウスがある。「かんこおばちゃん」こと加藤寛子(ひろこ)さん(62)が一人で運営する家庭文庫だ。「一人で本を読んだり宿題をしたりする子がいれば、部活帰りに『泣かせて』と駆け込んできて、すっきりして帰って行った子もいます」。毎週二回、地域の子どもたちに開放し、交流を続けている。
「ハリー・ポッター」「ファーブル昆虫記」などの児童書や絵本、「ヤングアダルト」と呼ばれる中高生向け小説、漫画も「ワンピース」など最近の人気漫画から表紙の黄ばんだ「ベルサイユのばら」まで幅広い。隣の自宅書庫も合わせ、蔵書は推定で一万冊近い。
自身も根っからの本好き。小学校では図書室で子ども向けの文学全集などを読みあさった。短大を卒業後、教諭として勤めた横浜市内の私立幼稚園は絵本の読み聞かせに熱心だった。自身も他の教諭との研究会などを通じて、絵本の蔵書が自然に増えていった。
家庭文庫を始めたのは退職して二児の母になっていた一九八七年。東京都目黒区の当時の自宅には本棚一杯に約五百冊もの絵本があったが、五歳の長女の友だちは誰も興味を示さない。悔しくなり、「読んであげるから聞いてよ」と週一回の読み聞かせを始めた。八八年から一年間、高校ドイツ語教諭の夫・隆さん(66)の研修でドイツに移住し中断したが、帰国後に再開し九二年に上尾市へ転居。新築の自宅一階を翌年から文庫として開放した。
九九年春、転機が訪れる。乳がんと診断され、左胸にメスを入れた。「人間はいつどうなるか分からない。やりたいことはやっておこう」と思い直した。
二カ月後、以前から親しかった視覚障害者の女性とともに「バリアフリー読書サークルYAクラブ」を設立。小説を読み上げて録音する「音訳」や、目の見えない読書好きと感想を話し合う活動を始めた。近所の上平北小や保育所には「読み聞かせをやります」と手紙を送り、今でも同小では活動を続ける。夢だったログハウス建設に着手したのも手術の後。二〇〇一年に完成した室内は、ドイツで親しまれている「カスパー少年」の人形劇の専用劇場にもなる。
文庫を始めて足掛け三十年。最近では、常連だった子と成人式で再会し「もう新成人か」と驚くことも多くなった。「『こんな本もあるんだ』と目を向けてもらえるとうれしい。自分の楽しみでもあるから、これからも続けていきたい」 (谷岡聖史)
<かとう・ひろこ> 1953年、東京都目黒区出身。おひさま文庫は月、木曜の午後3~6時に開放。毎月第3土曜午前11時からは人形劇を上演。休館時のログハウスは1人100円で各種の会合に貸し出している。おひさま文庫、「バリアフリー読書サークルYAクラブ」ともに、問い合わせは電子メール=kankokt@jcom.home.ne.jp=へ。
ドイツのカスパー少年人形を手に「お勧めの本を手に取ってもらえたときがうれしい」と話す加藤さん
2016年2月8日 東京新聞