◇大正大教授 玉井邦夫さん(56)
◇情緒障害児短期治療施設のセラピストなどを経て、障害児・障害者心理学の研究者となり、2008年から現職。日本子ども虐待防止学会代議員も務めている。
週末は、自宅のある甲府市で、発達障害の児童や家族の相談に乗っています。人付き合いがうまくいかず、生きづらさを感じている子供を、親はみな、何とかしてあげたいと頑張っています。その「親心」が結果的に虐待に陥らないよう、力になれるならと思い、依頼があれば各地で講演しています。
発達障害の特性は様々です。例えば、体は大きいのに大の字になって泣いたり、席に座っていられなかったり、特定分野の勉強が非常に苦手だったり。多くの親が悩んでいますが、無理に抑え込もうとするのは禁物です。私が相談を受けた中にも、暴れる子を車に閉じ込めたり、毎晩午前2時頃まで勉強させたりといったケースがありました。良かれと思っても、「虐待的」といえるレベルです。
また、事情を知らない他人は「親のしつけがなっていない」と思いがち。周囲の無理解が親を追い詰め、不適切な養育に拍車をかけてしまうこともあります。
力で抑え込むと、障害の特性に悪影響があります。親にたたかれて育てば、「強い者はたたいていい」と学び、友達に暴力的になりやすい。たたく側に回れない子は、矛先が自分に向いてしまい、自傷行為や引きこもりにつながる危険もあります。
でも、親や周囲が特性を理解し、それに応じて育てられれば、性格に偏りはあったとしても、上手に人と付き合えるようになれるんですよ。
学校や保育園の支援も不可欠です。子供に正しい力の使い方を教えられるし、親との関係を築いておけば、虐待の抑止力にもなります。子供の服装の乱れや、体のあざなどからいち早く気づくこともできます。いざというときは迷わず児童相談所など関係機関につないでほしい。(聞き手・宮原洋)
◇愛知教育大特任教授 萬屋 育子さん(65)
◇愛知県刈谷児童相談センター(児童相談所)の元センター長。児童虐待防止のNPO法人「CAPNA」(名古屋市)理事長も務める。共著に「『赤ちゃん縁組』で虐待死をなくす」。
児童相談所で勤務していた約40年前、まずい対応をしたことがあります。
「妊娠したけど、育てられない……」と相談の電話をかけてきた女性に、「産んでから、困ったら来て」と言ってしまったのです。当時は、乳児が置き去りにされる〈コインロッカーベビー〉が社会問題になっていた時代。その後、女性からの連絡はなく、深く後悔しました。
2013年度に全国で虐待死した36人のうち、16人が0歳児でした。予期しない妊娠の場合、赤ちゃんを遺棄してしまう母親も中にはいます。そんな子を守るため、愛知県は1982年、妊娠期から、養子縁組を前提に里親になってくれる夫婦を探す制度を始め、昨年度までに約180人の新生児との縁を取り持ちました。
私も90年から、この「愛知方式」に携わっています。予期しない妊娠でも、妊婦は子を待ち望む夫婦がいると知っていれば陣痛に耐え、懸命に産んでくれる。赤ちゃんにとっても、誕生を歓迎してくれる父母がいるのは喜ばしいことです。
しかし全国的には、親が育てられない新生児はまず乳児院に入り、1歳半以降に里親に預けられるのが、まだ一般的です。乳児院では職員に担当替えや異動があるので、幼心に穴が開くこともあります。「いつか引き取りに来る」と言ったきり、音信が途絶える親もいる。人格形成に大切な3歳までの時期は、家庭で過ごすべきです。
愛知方式では、里親を希望する夫婦に「親となる自覚」をしっかり問います。たとえ子供に障害があったとしても、ほとんどの夫婦は実の親と同じ覚悟を持って育ててくれていますよ。この方式を、児相や悩める妊婦にもっと知ってほしいと願っています。

玉井邦夫さん 萬屋育子さん
2015年12月28日 Copyright © The Yomiuri Shimbun