この年で英語をやっている私にとっては、自分だけがうまくなっても満足できません。うまくなりたいと思っているまわりの人にいいアドバイスとなる方法論を同時に提示できるようでありたいと願っています。以下に説明する方法論は、以前から時々やっていたものですが、本当に確信を持つにいたったのは、昨年の秋のことです。当時私は、「会話作文英語表現辞典」(ドナルドキーン等監修、朝日出版社刊)を使って私の英語表現能力の確認をしていました。日本語を見てそれに等価の英語表現が自分にできるか?答えは一つではないかも知れません。いきずまるときがときどきあるのです。解らない。そのときすぐに回答を見るのも一つの方法ではあります。けれどもそこで私は考えました。「シンプルに考えたらどういうことか?」その過程で確信しました。これがいいいと。人間の言語行為の原理にかなったことだと確信しました。人間は無意識の中で、こうした行為を行っているのだと、思います。
困った時には、私はこの方法論立ち返ります。また英語で表現する時は書く時も、しゃべる時も、瞬間的にこの方法でやっていると思われます。思われるとは、何も考えなくても、やれているときもあるから、そんな表現になりますが・・・
たとえば
「私が課長に昇進したときだったよな、あの柿右衛門の店でよ、みんなと、たらふくうまいもん食って酒飲んだよなあ・・・」
というような趣旨のことを、あるとき私が行きつけのバーの女将との間で、英語で発話しようとするとき、どうするか?としましょう。
まず、最初、私の頭の中に生まれるものは、イメージです。映像なのです。仮に日本語で話すときでもは、その後から、日本語の言葉が出てきます。言葉より先に映像が生まれるはずです。
これを英語でしゃべろうとするときに、私は、頭の中で、どのような行動をとるかです。
絵を描くのです。一枚の絵を描きます。(一枚の絵に描ききれないような絵は、二枚の絵になるだろうが、その場合は、二つのセンテンスにならざるを得ない。まともなセンテンスに後ほどなるほどのものならば、その内容は一枚の絵に描けるはずである。)白い紙または白板に絵を描く感じです。
そこで何を描くのか?
「登場人物、(その)関係、および場所」を書くのです。
自分が述べようとする事象、描こうとする事象を、絵に描くのです。
それを瞬間的にやるわけです。
(登場人物)
絵に描かれる主体を、無生物も含め私は「登場人物」といいます。
これが、後ほど私の口から流れて出る、名詞になるはずです。
上記の例では、「私」I, 「友達」my friends 「料理たち(酒)」food( dishes,sake) を思い浮かべます。
(関係)
今言った登場人物の関係が問題になります。
それを明確にしたいので、登場人物を、紙の中で、それなりに、配置します。
I をどこかにおいて、food をどこか、適当に真ん中あたりに置きます。
次にmy friends を 適当なところに置くわけです。
置きながら、私はこれら3つの登場人物の関係を整理しているのです。
I が dishes に向かって 関係しており、日本語で言うなら、喜ぶ、食べる、楽しむ、などの関係をイメージしているわけです。そのイメージにたとえば矢印をつけてもいい。そのイメージを言葉にすれば、enjoy, have , eat , drink だとかの言葉が後から出てくることでしょう。その関係図の中でmy friendsはI とdishes のそばにいて、その関係に向かって矢印が向けられる感じになります。この関係は、いずれ後ほど with my friends という言葉となって私の口から出てくるのでしょう。
(場所)
「柿右衛門」という店がひとつの場所です。
もうひとつの場所が出てきます。時も場所と考えます。時は時間軸におけるある場所と考えると、場所の概念で捕らえる事が可能となります。「私が昇進したとき」を意識します。
このイメージ・認識は、いずれ後ほど私の口から
at Kakie-Mon となり at a time when (I was promoted to section chief)
という言葉となってあらわれてくることでしょう。
紙の隅に「店」だとか「・の時」とイメージで書きます。文章を書く時には実際に紙に書くことがあっていいでしょう。英語でat Kaki- とか at a time when でもいいでしょう。
だから、たとえば、次のような発話となるでしょう。
As you know, I enjoyed food and Sake at Kakie-Mon,with my friends ,including you,at a time when I was promted to section chief.
実にこの3要素の頭の中での整理が重要だと思います。
これらの言葉に実際はさまざまな情報が加わる場合もあるでしょう。
柿右衛門は日本料理がうまくてイタリア料理もうまくて、日本の全国の酒を飲ますとかです。
みんなというのが、この店でよくカラオケを私と楽しんでいる友達であるかも知れません。私が課長に昇進したのが一年前かも知れません。その場合は、上記で出てくる名詞に情報を付け加えればいいわけです。大体は後置修飾となります。口頭の場合は分詞が、文章表現の場合は、分詞に加えて、関係代名詞の継続用法(関係代名詞の前に,がつく形のものです)をつける用法が使えるのでしょう。
やってみます。
As you know, I enjoyed food and Sake at Kakie-Mon famous for its nice Japanese and delicious Italian dishes , and also serving a variety of Japanese Sakes across the country , with my friends I often meet here enjoying Karaoki, including you,at a time when I was promoted to section chief, just a year ago.
実際はこれだけ情報が入ってくると一つの文章で言うのは、特に口語では無理があると思えますので、例えば、次のようになるかも知れません。
As you know, I enjoyed food and Sake at Kakie-Mon famous for its nice Japanese and delicious Italian dishes , and also serving a variety of Japanese Sakes across the country .Ah,I enjoyed there with my friends I often meet here enjoying Karaoki.You also were with us.It was just a year ago when I was promoted to section chief.(or, just a year ago.)
いずれにしても、上記に述べた、シンプルな3要素の整理が必要だと思います。後者の英文を発話するときにも、まずシンプルな整理が重要だと思います。
私の経験では「①登場人物、②その関係、③場所」が基本ですが。ときどきは③場所が不要で、その代わりに、いわば「③その他」と整理したらよさそうな要素が来る場合があります。
例えば、
・・・・のために、・・・・の目的で。
・・・・の観点から。
などの言葉で表現されるようなものの場合は、「場所」の概念で整理できません。これらは、英語では一定の副詞群で表現されるべきものです。
これらは、「その他」でいいと思っています。
上記の例では、
for the purpose of , with the aim of
from the viewpoint of
以上に付け加えて、「登場人物」と「その関係」についての頭の中での整理の仕方で、皆さんに役立つと思う方法を、紹介します。
登場人物が1の場合は問題にはなりません。
複数存在する場合です。例えば、登場人物にAとBがいたとしましょう。この両者の関係の仕方で、運動の方向性が考えられる場合があります。そのときは、その方向性を明確に意識すべきだということを申し上げたいのです。例えば、AからBに向かって作用するような運動の方向性があれば、AからBに向かって矢印を引きます。反対にAがBから作用を受ける場合はB
からAに向かって矢印を引きます。
AからBに向かって矢印を引きたくなるようなときは、決まって、次のような言葉が似つかわしいのです。
give,put,place, throw
BからAに向かって矢印を引きたくなるようときは、Aの立場からすれば、決まって、次のような言葉が似つかわしいのです。
take, pull,get
この整理の仕方はきわめて重要だと思います。
さらに、これに前置詞の使い方を加えれば、大体のことは、何とか表現できると思います。つまり、AからBに向かっての矢印の場合には、Bの前に(Bを目的語とする)前置詞を置けばいいのです。例えば、to B, for B, onto B, into B, toward B 等々。
矢印がその反対の時には、例えば、from B, out of B, away from B 等々です。
この前置詞で、方向性が示せれば、解りやすいし、すばらしいと思います。
困ればなるべく簡単な動詞で対応するのがコツと思いますが、それでも適当な動詞が思い浮かばない場合が、時に私にはあります。
そんなときは、仕方ないから、私は勝手に動詞を作ります。
「make a 名詞 」で動詞のつもりです。または「do 名詞」で動詞のつもりでまずはしゃべります。文章を書く時は辞書を引くべきでしょう。が、口頭の時は、黙るよりは何か言ったほうがベターでしょう。おかしければ、相手がnative なら向こうが適当に直してくれる。それを使えばいいと思う。
完璧な日本語をしゃべる外人だったら、そんな人に出会っても、私はあんまり好きになれないかも。ときどき間違うくらいの方が愛嬌があるではありませんか。
困った時には、私はこの方法論立ち返ります。また英語で表現する時は書く時も、しゃべる時も、瞬間的にこの方法でやっていると思われます。思われるとは、何も考えなくても、やれているときもあるから、そんな表現になりますが・・・
たとえば
「私が課長に昇進したときだったよな、あの柿右衛門の店でよ、みんなと、たらふくうまいもん食って酒飲んだよなあ・・・」
というような趣旨のことを、あるとき私が行きつけのバーの女将との間で、英語で発話しようとするとき、どうするか?としましょう。
まず、最初、私の頭の中に生まれるものは、イメージです。映像なのです。仮に日本語で話すときでもは、その後から、日本語の言葉が出てきます。言葉より先に映像が生まれるはずです。
これを英語でしゃべろうとするときに、私は、頭の中で、どのような行動をとるかです。
絵を描くのです。一枚の絵を描きます。(一枚の絵に描ききれないような絵は、二枚の絵になるだろうが、その場合は、二つのセンテンスにならざるを得ない。まともなセンテンスに後ほどなるほどのものならば、その内容は一枚の絵に描けるはずである。)白い紙または白板に絵を描く感じです。
そこで何を描くのか?
「登場人物、(その)関係、および場所」を書くのです。
自分が述べようとする事象、描こうとする事象を、絵に描くのです。
それを瞬間的にやるわけです。
(登場人物)
絵に描かれる主体を、無生物も含め私は「登場人物」といいます。
これが、後ほど私の口から流れて出る、名詞になるはずです。
上記の例では、「私」I, 「友達」my friends 「料理たち(酒)」food( dishes,sake) を思い浮かべます。
(関係)
今言った登場人物の関係が問題になります。
それを明確にしたいので、登場人物を、紙の中で、それなりに、配置します。
I をどこかにおいて、food をどこか、適当に真ん中あたりに置きます。
次にmy friends を 適当なところに置くわけです。
置きながら、私はこれら3つの登場人物の関係を整理しているのです。
I が dishes に向かって 関係しており、日本語で言うなら、喜ぶ、食べる、楽しむ、などの関係をイメージしているわけです。そのイメージにたとえば矢印をつけてもいい。そのイメージを言葉にすれば、enjoy, have , eat , drink だとかの言葉が後から出てくることでしょう。その関係図の中でmy friendsはI とdishes のそばにいて、その関係に向かって矢印が向けられる感じになります。この関係は、いずれ後ほど with my friends という言葉となって私の口から出てくるのでしょう。
(場所)
「柿右衛門」という店がひとつの場所です。
もうひとつの場所が出てきます。時も場所と考えます。時は時間軸におけるある場所と考えると、場所の概念で捕らえる事が可能となります。「私が昇進したとき」を意識します。
このイメージ・認識は、いずれ後ほど私の口から
at Kakie-Mon となり at a time when (I was promoted to section chief)
という言葉となってあらわれてくることでしょう。
紙の隅に「店」だとか「・の時」とイメージで書きます。文章を書く時には実際に紙に書くことがあっていいでしょう。英語でat Kaki- とか at a time when でもいいでしょう。
だから、たとえば、次のような発話となるでしょう。
As you know, I enjoyed food and Sake at Kakie-Mon,with my friends ,including you,at a time when I was promted to section chief.
実にこの3要素の頭の中での整理が重要だと思います。
これらの言葉に実際はさまざまな情報が加わる場合もあるでしょう。
柿右衛門は日本料理がうまくてイタリア料理もうまくて、日本の全国の酒を飲ますとかです。
みんなというのが、この店でよくカラオケを私と楽しんでいる友達であるかも知れません。私が課長に昇進したのが一年前かも知れません。その場合は、上記で出てくる名詞に情報を付け加えればいいわけです。大体は後置修飾となります。口頭の場合は分詞が、文章表現の場合は、分詞に加えて、関係代名詞の継続用法(関係代名詞の前に,がつく形のものです)をつける用法が使えるのでしょう。
やってみます。
As you know, I enjoyed food and Sake at Kakie-Mon famous for its nice Japanese and delicious Italian dishes , and also serving a variety of Japanese Sakes across the country , with my friends I often meet here enjoying Karaoki, including you,at a time when I was promoted to section chief, just a year ago.
実際はこれだけ情報が入ってくると一つの文章で言うのは、特に口語では無理があると思えますので、例えば、次のようになるかも知れません。
As you know, I enjoyed food and Sake at Kakie-Mon famous for its nice Japanese and delicious Italian dishes , and also serving a variety of Japanese Sakes across the country .Ah,I enjoyed there with my friends I often meet here enjoying Karaoki.You also were with us.It was just a year ago when I was promoted to section chief.(or, just a year ago.)
いずれにしても、上記に述べた、シンプルな3要素の整理が必要だと思います。後者の英文を発話するときにも、まずシンプルな整理が重要だと思います。
私の経験では「①登場人物、②その関係、③場所」が基本ですが。ときどきは③場所が不要で、その代わりに、いわば「③その他」と整理したらよさそうな要素が来る場合があります。
例えば、
・・・・のために、・・・・の目的で。
・・・・の観点から。
などの言葉で表現されるようなものの場合は、「場所」の概念で整理できません。これらは、英語では一定の副詞群で表現されるべきものです。
これらは、「その他」でいいと思っています。
上記の例では、
for the purpose of , with the aim of
from the viewpoint of
以上に付け加えて、「登場人物」と「その関係」についての頭の中での整理の仕方で、皆さんに役立つと思う方法を、紹介します。
登場人物が1の場合は問題にはなりません。
複数存在する場合です。例えば、登場人物にAとBがいたとしましょう。この両者の関係の仕方で、運動の方向性が考えられる場合があります。そのときは、その方向性を明確に意識すべきだということを申し上げたいのです。例えば、AからBに向かって作用するような運動の方向性があれば、AからBに向かって矢印を引きます。反対にAがBから作用を受ける場合はB
からAに向かって矢印を引きます。
AからBに向かって矢印を引きたくなるようなときは、決まって、次のような言葉が似つかわしいのです。
give,put,place, throw
BからAに向かって矢印を引きたくなるようときは、Aの立場からすれば、決まって、次のような言葉が似つかわしいのです。
take, pull,get
この整理の仕方はきわめて重要だと思います。
さらに、これに前置詞の使い方を加えれば、大体のことは、何とか表現できると思います。つまり、AからBに向かっての矢印の場合には、Bの前に(Bを目的語とする)前置詞を置けばいいのです。例えば、to B, for B, onto B, into B, toward B 等々。
矢印がその反対の時には、例えば、from B, out of B, away from B 等々です。
この前置詞で、方向性が示せれば、解りやすいし、すばらしいと思います。
困ればなるべく簡単な動詞で対応するのがコツと思いますが、それでも適当な動詞が思い浮かばない場合が、時に私にはあります。
そんなときは、仕方ないから、私は勝手に動詞を作ります。
「make a 名詞 」で動詞のつもりです。または「do 名詞」で動詞のつもりでまずはしゃべります。文章を書く時は辞書を引くべきでしょう。が、口頭の時は、黙るよりは何か言ったほうがベターでしょう。おかしければ、相手がnative なら向こうが適当に直してくれる。それを使えばいいと思う。
完璧な日本語をしゃべる外人だったら、そんな人に出会っても、私はあんまり好きになれないかも。ときどき間違うくらいの方が愛嬌があるではありませんか。