哲ノート

gentle heart!! ヤサシイココロ・オトナノココロ

他人に無関心…隣人に無関心

2024-02-28 22:06:00 | ちょっと気になる
ちょっとショックで悲しい話を、人から聞く・・・。

配送の兄ちゃんが昔からの貸家が数件並んでいる所へ荷物を届けに行った時のこと

初めて受け持つところで、困ったことに貸家はどの家も表札がなく「だれが住んでいるか」わかんないんだって。

電話しても通じないんで・・・この貸家のうちのどれかだろうと、人が住んでいそうな気配ある家を訪ねたんだと・・・

呼び鈴鳴らしたらおばさんが出てきて「〇〇さんですかぁ・・・?」「いえ・・・(玄関を閉めようと…)」

「この番地なんですが、〇〇さんのお宅わかりますか…?」「いえ・・・(ドア閉める)」

つぎの家に行ったら表札も呼び鈴もないけど、部屋の電気が点いているんで玄関空けてなかに声かけたら、そこが〇〇さんの家だったんだって・・・。(無事に荷物は届けられたそうです)

・・・・・・・・・・・・・・・・・でも。

よく学生アパートとかワンルームマンションなんかで、お隣さんとの普段の付き合いはない・・・(名前も知らない)というのは聞いた事あるけど

貸家とはいえ、数件が寄り添った住宅地の一角でお隣・近所に「だれが住んでいるか?」をまったく無関心で関わり合いがないとは・・・せめて名前だけでも、せめてどういう人だけでも知らないのかね。

「おばさん」のイメージは若者の他人に対しての無関心ぶりとは違って、他人事にも首を突っ込むとか、ご近所の動静の噂とか世話好きなんてイメージがあるけど

まったく近所づきあいがなさそうだし、他人は他人でかかわることをしようとしないし、プライベート・他人の生活だからといってまったく無関心なのはなんなんだろうね・・・

隣近所の人とのつながりを一切遮断するという生活というのは、そういう時代なのか、そういうご時世なのか、そういう生活が今や当たり前なのだろうか・・・

自分とのかかわりあいを極狭い範囲にしてしまう、人と人とのかかわり(まったく見ず知らずであっても)それをまったく無関心をもって絶つというのを当たり前のようにしている人が実際いること

これが現代の「人間関係」の一端なのであろうか・・・それがほんとだとすると、すごく悲しい事であり、とてもショックをおぼえます。

隣に誰が住んでいるか・・・毎日の生活の中で少しでも知っていて当たり前ではないのか、少しでも知ろうとしないのか、そこまで平気で無関心なのか、そこまで・・・。

「独居老人」とか「孤独死」とか嫌なニュースを聴くことがあるが、まさしくこれが現実なのかもしれません。でもそんな人との交わりを持たない空虚な社会生活が。

「これが現実なのかぁ、やだやだ・・・」










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