老人雑記

生活の中で気づいた浮世の事

土佐の異端絵師  絵金

2015-10-04 08:34:55 | 俳句

            町中の灯を消し絵金祭りかな   葉

            書割の絵金屏風や夏狂言    葉

            夏祭り手作りジャムを売る牧師   葉

            灯影涼し穴よりのぞく絵金蔵   葉

            火のやうな赤い月上げ夏芝居   葉       



朝 ラジオを聞いていると、今日10月4日は、幕末の土佐の異端絵師 絵金こと 弘瀬金蔵の生誕祭ですと言っている。

何年か前、高知県 赤岡地区の絵金祭りに行ったことを思い出した。
毎年、絵金の屏風を商店街に飾り、観光の目玉にしている。

絵金こと、弘瀬金蔵は、1812年、高知市城下新市町の髪結いの子として生まれた。江戸時代の末期、文化、文政期にあたり、町民文化の爛熟した時代であった。
17才で江戸のお城絵師、狩野洞白に師事し、日本画を学ぶ。修行期間3年で免許皆伝にあたる一字拝領を受け高知に帰郷。帰郷後、土佐藩の絵師に取り立てられた。
しかし、狩野探幽の贋作を描いた疑いで、お抱え絵師の座を追われる。(真相はあきらかでない。)高知城下での彼の才能への嫉妬や反感が強かったらしい。そして「偽絵事件」となったらしい。
城下を追放された、金蔵は、放浪、流浪の果て、赤岡町(現香南市)の叔母を頼り、ここで、独特の怪奇的な芝居絵を描きその人気は高く、当時市民の憩いの場であった神社の祭礼の中で展示されていた。
彼が夏祭りの宵の景物として描き始めたのが、彼の芝居絵屏風絵の始まりとされ、今では赤岡町の各家が保管している屏風絵を開陳する「土佐赤岡絵金祭り」が毎年、7月に開かれてる。
絵金さんは 1876年 65才 で没。

                

香川県丸亀市で「絵金展」があったのは、今年八月。
おどろおどろした、赤い色が飛び散った絵は、恐ろしくて美しい世界。
激情の、人間模様を戯画化した独特の絵は指一本の細部まで力がみなぎっている。

絵金祭りでは、屏風絵は、各々の持ち主の家の暗がりに飾られている。
屏風の裾にうすほの暗い燭台や、行灯がしつらえてある。蝋燭の炎がゆらめくと、屏風絵の影が、うごめく人間の顔を映し、あやかしの世界が現われる趣向になっている。
義理や人情の、哀しい物語を画いているから、恐いながら、胸を打つ芝居絵の数々となっている。

                 

絵金展の開かれていた丸亀市の 、中津万象園は、1688年 、京極二代目藩主高豊候により、丸亀藩中津別館として築庭された。一万五千坪の園内には、白砂青松の、瀬戸内海の松原につづいて1500余本の松が植えられ、池泉回遊式の大名庭園である。
絵金の絵を観て、絵画館を出ると、潮の匂いがした。思わず、清々しい、空気をいっぱい吸い込んだ。

       色変へぬ松海よりの風さやか

       苑の径人慣れしたる通し鴨

       橋の名は臥雲浸雪水澄める
コメント
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