大阪水曜ほっと集談会一世です。
今日は、朝からの冷たい雨と昨日の職場での小さな軋轢に少し落ち込んでいます。
極端に強い部分と弱い部分が混在しているのです。
神経質性格と呼ばれる人たちを観察していますと、単純に弱い性格ではないということがわかります。
内面に激しさや強い力があるのです。
それゆえに葛藤をおこしやすいと言えるかもしれません。
さて毎朝このブログを書くために森田博士の言葉に触れることで新しい気づきがあります。
特に「自覚と悟りへの道」~神経質に悩む人のために~からは生きる上でのインスピレーションを得ている私です。
きょうも、勝たないまでも少なくとも負けはしないというフレーズがとても気に入っています。
あらためて気がついたのですが、この本の素晴らしさはもちろん森田博士の言葉による力ですが、編者である水谷啓二先生の卓越した編集能力の高さが際立っていると感じています。
それゆえに初めて読んだ十代の頃から現在の六十代になるまで飽きることが全くないのです。
神経質の症状に苦しんだことがない方にとっては、ご理解いただけないかもしれませんが、少なくとも人生の問題に真摯に向き合って深く心傷ついた経験のある方には何かを訴えてくるのではないかと思います。
生涯をかけて読みつづけることができる書籍に巡り会えることもひとつの幸せではないかと思います。
※今日の森田博士の言葉
私どもがあることを実行する場合、二通りのやり方があります。
その一つは能動的に自分から勇気をつけて実行するというやり方です。
それはカラ元気の付焼刃でありますから、することが不自然になります。
第二は、受動的にやむを得ず実行する、というやり方です。
このときは付焼刃のカラ元気ではなく、自分は弱いものと覚悟した自然の態度でありますから、談判をするのにも底力があり、勝たないまでも少なくとも負けはしない、ということになります。
このような態度であれば、勝てば喜び、かりに負けても当然のことと思い悲観するようなことはありません。
この「弱くなりきる」ということはきわめてたやすくできることであります。
とくに神経質者は劣等感の強い性質でありますから、自分の劣等感をそのまま肯定し、虚勢を張ったり、自分で自分の心に反抗したりしさえしなければ、何でもなくできることであります。
2024.3.12 一世