令和五年夏の土用の丑の日は七月三十日の日曜日でした。一年で最も暑さの厳しい時季で、陰陽五行では春は木、夏は火、秋は金、冬は水、そして各季節の間が「土」に当たります。年四回ある土用ののうち、夏の土用は特に暑さを乗り越えるのが厳しく特別視されています。
行田市民祭り「浮き城祭り」の前身は「だんべ祭り」です。私が子供のころはだんべ祭りでした。郷土の方言である○○だんべというフレーズを祭りの名称にしたのは私の住む地区の市役所職員だと聞いたことがあります(真偽はわかりかねます)
夏の土用は立秋前の十八日間。丑の日には鰻など「う」の付く食べ物を食べるなど、また「丑湯」という薬湯に入ったり土用餅を食べるなどの習慣が残っています。
盛大な山車のたたき合いが見どころの行田浮き城祭り。全身のだんべ祭りからその行われる日は七月の最終日曜日です。
もともとは忍城鎮守である忍諏訪神社の例大祭が七月二六、二七に行われ、その日だけは城鎮守である諏訪神社に町人も参詣が許されたことからこの時季に祭りが行われているようです。
城と町人との関係がいまだに顕著に残っている。人あっての城。城を誇りに思う人。
城下町忍の行田が益々栄えることを祈ります。