爽やかな秋空のもと、お諏訪神社の、のぼり立てが早朝より行なわれました。
例年は濱町の氏子さん方で行なわれるのですが、若い手勢が欲しいという依頼が、諏訪栄町地区街づくり協議会にありましたので、諏訪栄商店街の中年以上の者も多く参加しました?
何せ1年ぶりの作業。のぼりの向きが反対とか紐の位置が違うとかで、立てたり倒したりいろいろございました。「のぼりを立て直すようじゃあ、今年は不作か」と冗談も申しておりましたが、今年の収穫はほとんどが終わっており、豊作と決まっております。
立ち上がったのぼりの上には、真っ青な空に有明の月(こんな時、有明って言うんやろか?)がすがすがしく流れていて、気持ちのよい汗をかかせていただきました。「昼に月が出とる」など、トンチンカンなことをおっしゃる方もみえましたが、月は夜昼かまわず地球の周りを回っております。決してお昼は休憩、ということはありません。
今年の祭りからは、山車が新道通りに勢ぞろいして、午後から浜田を巡航し、夕方にかけて商店街から諏訪神社へ練りこみます。
伊勢湾台風までの四日市まつりは、夏のみなと祭りとはっきり区別され、9月25日から27日までの諏訪神社の大祭でした。早くから、夕闇迫る町のあちこちではお囃子の練習が行なわれていました。近所の子供たちが演奏の様子を覗きに来ます。
まつりが近づくと家の掃除を始め、渡り蟹や梨などを木箱で買い込み、稲荷寿司を作ってお客様を迎える準備をしました。わが家でも店舗内を幕で飾り、赤い毛氈を敷いたと聞きます。開店休業状態ですね。
私の町、新田町では「天岩戸」を引く人が足りないため、松本村から手勢を頼んだと聞きます。親父は、山車のお囃子をしていました。お袋は、お寿司の弁当を持って、山車の止まっていそうな町内を探して走ったそうです。年に一度の祭りを楽しむ人々が目に浮かぶようです。
どうかお天気に恵まれ、昔を髣髴とさせるような、そんなお祭りになりますように。
例年は濱町の氏子さん方で行なわれるのですが、若い手勢が欲しいという依頼が、諏訪栄町地区街づくり協議会にありましたので、諏訪栄商店街の中年以上の者も多く参加しました?
何せ1年ぶりの作業。のぼりの向きが反対とか紐の位置が違うとかで、立てたり倒したりいろいろございました。「のぼりを立て直すようじゃあ、今年は不作か」と冗談も申しておりましたが、今年の収穫はほとんどが終わっており、豊作と決まっております。
立ち上がったのぼりの上には、真っ青な空に有明の月(こんな時、有明って言うんやろか?)がすがすがしく流れていて、気持ちのよい汗をかかせていただきました。「昼に月が出とる」など、トンチンカンなことをおっしゃる方もみえましたが、月は夜昼かまわず地球の周りを回っております。決してお昼は休憩、ということはありません。
今年の祭りからは、山車が新道通りに勢ぞろいして、午後から浜田を巡航し、夕方にかけて商店街から諏訪神社へ練りこみます。
伊勢湾台風までの四日市まつりは、夏のみなと祭りとはっきり区別され、9月25日から27日までの諏訪神社の大祭でした。早くから、夕闇迫る町のあちこちではお囃子の練習が行なわれていました。近所の子供たちが演奏の様子を覗きに来ます。
まつりが近づくと家の掃除を始め、渡り蟹や梨などを木箱で買い込み、稲荷寿司を作ってお客様を迎える準備をしました。わが家でも店舗内を幕で飾り、赤い毛氈を敷いたと聞きます。開店休業状態ですね。
私の町、新田町では「天岩戸」を引く人が足りないため、松本村から手勢を頼んだと聞きます。親父は、山車のお囃子をしていました。お袋は、お寿司の弁当を持って、山車の止まっていそうな町内を探して走ったそうです。年に一度の祭りを楽しむ人々が目に浮かぶようです。
どうかお天気に恵まれ、昔を髣髴とさせるような、そんなお祭りになりますように。
