勇敢な男は立っていた
丘のうえの高い一本の樹のように
しっかり根をはって
正午を待っていた
静かだ、死が来る前の静かさだ
時々、小川のせせらぎがきこえる
「川というものには
悲しさと嬉しさがまじっている」
勇敢な男は拳銃をとった
彼を愛している者は誰もなく
彼が愛している者は彼から去った
真夏の灼けつく土
時計の音を失った時の地帯で
ただ一人、四人の敵を待っている
彼の心臓はぷつぷつと炎の泡を吹いた
大海のように荒れ、また凪いだ
火薬の匂いが軒下をはっていた
勇敢な男の任務は終わり
蝉が鳴いた
あわてて教会の鐘が鳴った
彼は急に自分の背が低くなったことに気づいた
水道の栓をひねり
すこしの水が喉を流れていった時
彼は生命の流れていくのを知った
*
現代詩は難解をもって知られるが、こうしたわかりやすい作品もあるのだ。しかも、叙事詩である。格調がある。「彼は」のごとき欧文脈が、効いている。
3つの連のいずれにおいても「勇敢な男」という言葉が繰り返される。反復されることで、「勇敢な男」をとりまく状況の変化、つまり事件の推移がくっきりと明かになる。
ヤマは第2連にある。「彼の心臓はぷつぷつと炎の泡を吹いた/大海のように荒れ、また凪いだ」で頂点に達する。華麗な比喩がクライマックスの到来を告げる。
この詩は、申すまでもなく、フレッド・ジンネマン監督の映画『真昼の決闘』を下敷きにしている。
映画と(原作の)小説とは別のジャンルだ。
同じく詩も映画とは別のジャンルだが、映画は小説よりは詩にちかい。
映画をみて「感動した」という人はけっこういる。他方、映画をみて「新しい知見を得た」という人はすくない。
「感動した」とは、情念を動かされた、ということだ。そして、詩は情念をもろに表出する。「映像詩」のごときフレーズが登場するゆえんである。
映画は大衆芸術、詩は選ばれた少数のもの、という違いはあるが、情念の神経を刺激する装置という点で親近性があるのだ。
中桐雅夫は、鮎川信夫、黒田三郎、高野喜久雄、田村隆一、三好豊一郎、吉本隆明たちとともに詩誌『荒地』に拠り、後に詩誌『歴程』にも参加した。詩集『会社の人事』(藤村記念歴程賞受賞)ほか、詩集および訳書多数。
【出典】中桐雅夫「High Noon」(『現代詩文庫38 中桐雅夫詩集』、現代思潮社、1971、所収)
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丘のうえの高い一本の樹のように
しっかり根をはって
正午を待っていた
静かだ、死が来る前の静かさだ
時々、小川のせせらぎがきこえる
「川というものには
悲しさと嬉しさがまじっている」
勇敢な男は拳銃をとった
彼を愛している者は誰もなく
彼が愛している者は彼から去った
真夏の灼けつく土
時計の音を失った時の地帯で
ただ一人、四人の敵を待っている
彼の心臓はぷつぷつと炎の泡を吹いた
大海のように荒れ、また凪いだ
火薬の匂いが軒下をはっていた
勇敢な男の任務は終わり
蝉が鳴いた
あわてて教会の鐘が鳴った
彼は急に自分の背が低くなったことに気づいた
水道の栓をひねり
すこしの水が喉を流れていった時
彼は生命の流れていくのを知った
*
現代詩は難解をもって知られるが、こうしたわかりやすい作品もあるのだ。しかも、叙事詩である。格調がある。「彼は」のごとき欧文脈が、効いている。
3つの連のいずれにおいても「勇敢な男」という言葉が繰り返される。反復されることで、「勇敢な男」をとりまく状況の変化、つまり事件の推移がくっきりと明かになる。
ヤマは第2連にある。「彼の心臓はぷつぷつと炎の泡を吹いた/大海のように荒れ、また凪いだ」で頂点に達する。華麗な比喩がクライマックスの到来を告げる。
この詩は、申すまでもなく、フレッド・ジンネマン監督の映画『真昼の決闘』を下敷きにしている。
映画と(原作の)小説とは別のジャンルだ。
同じく詩も映画とは別のジャンルだが、映画は小説よりは詩にちかい。
映画をみて「感動した」という人はけっこういる。他方、映画をみて「新しい知見を得た」という人はすくない。
「感動した」とは、情念を動かされた、ということだ。そして、詩は情念をもろに表出する。「映像詩」のごときフレーズが登場するゆえんである。
映画は大衆芸術、詩は選ばれた少数のもの、という違いはあるが、情念の神経を刺激する装置という点で親近性があるのだ。
中桐雅夫は、鮎川信夫、黒田三郎、高野喜久雄、田村隆一、三好豊一郎、吉本隆明たちとともに詩誌『荒地』に拠り、後に詩誌『歴程』にも参加した。詩集『会社の人事』(藤村記念歴程賞受賞)ほか、詩集および訳書多数。
【出典】中桐雅夫「High Noon」(『現代詩文庫38 中桐雅夫詩集』、現代思潮社、1971、所収)
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