語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】社名の由来

2010年06月14日 | エッセイ


 「花王」は、顔のもじり。
 「ダスキン」は、やけのやんぱちで決まったらしい。前の会社をのっとられた社長、新しく会社を興すとき、インパクトのある名を、ということで「(株)ゾーキン」と命名しかけたのだが、社員、「ちょいまち」。で、「ダスト(ほこり)+ゾーキン」でダスキンとなった。後に脱皮(ダッ スキン)の意味も加わった。

 横文字を縦にしたのが「アデランス」。アドヒアレンス(くっつく、根ざす)に由来し、社会に根ざし、頭に根づくという意味をこめている。
 自然で芸術的な髪を、の意から「「アートネイチャー」。
 「キャノン」は、もとは精機光学工業で、社名は商品名カノン1号から採っている。
 「ヤクルト」となると高雅だ。エスペラント語のヤフルト(ヨーグルトの意)からきている。

 中国の古典に典拠をもつのは、「資生堂」。『易経』の「万物資生」(万物はこれをもとにして生まれる)に由来する。
 古きをたずね、新しきを知るのが「任天堂」。人事を尽くして天命を待つ、から命名された。

 ひょうたんからコマ型が「キッコーマン」。創業当時、近くにあった亀甲山から「亀甲萬」となり、これをカタカナ表記した。
 「イトーヨーカ堂」も、創業当時、近所で繁盛していた日華堂をまねて「羊華堂洋品店」とし、これをカタカナ表記した。。

 創業者の個人的嗜好を反映するのは「ロッテ」。社長の愛読書『若きウェテルの悩み』に登場するシャルロッテに由来する。

【参考】夏目房之助/週刊朝日『夏目房之助の学問』(朝日新聞社、1987)
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書評:『名人傳』 ~もうひとつの解釈~

2010年06月14日 | 小説・戯曲
 『名人傳』は、寓話である。
 だから、白髪三千丈のたぐいの、愛すべき与太話に満ちている。
 瞬きしない修行の結果、目の睫毛とまつげの間に蜘蛛が巣をかけるにいたるし、視る修行をした結果、虱が馬の大きさに視えるようになる。
 主人公紀昌が邪心をおこし、師を亡き者にしようと矢を射れば、師もまた弓をとって、二人がはなった矢は、あな不思議、空中で衝突して地に堕ちてしまうのだ。まるで、いしい・ひさいちの漫画である。
 しかし、これは射の射。上には上があって、師以上の名人、老隠者が素手で見えざる矢を無形の弓で射ると、天空を舞っていた鳶が石のように墜ちてくるのであった。げにも不射の射、畏るべし。
 ということで、紀昌は新たな師につくこと9年。下山した時には、往年の客気は影をひそめ、柔和なかんばせに変貌していた。巷は名人と噂するが、本人は一向にわざを披露しない。されば、かえってその名は高まるばかり。
 この寓話、晩年の紀昌は弓矢の名称も機能も忘れはてていた、というオチで終わる。『列子』的な、いかにも『列子』的な。

 弓の道を窮めれば、弓は不要になり(紀昌の二人目の師)、さらに窮めれば弓そのものも忘れはてる(晩年の紀昌)・・・・と、少なくとも邯鄲の民は、そう解したらしい。そう解するのが当然であるかのように、「次の様な妙な話の外には何一つ伝わっていない」と著者はトボケている。道の道とすべきは常の道にあらず。弓道の弓道とすべきは常の弓道にあらず。

 しかし、もう一つ別の解もあり得る。というより、中島敦の話術に幻惑されなければ、こちらの解のほうが自然だ。
 つまり、麒麟も老いては駑馬・・・・ということだ。レーガン元大統領も、俳優チャールトン・ヘストンも、碩学アイリス・マードックもアルツハイマーにかかった。紀昌も認知症になったのではないか。
 記憶のメカニスムに係るリボーの法則によれば、最近の出来事より昔の出来事のほうが保持される。にもかかわらず、紀昌は若年時にもっとも熱中した弓矢の修行の痕跡さえ記憶にとどめていないところから、そう推定される。
 だとすると、この寓話、きわめて今日的な問題提起をはらんでいる。
 日本の認知症患者は、現在、65歳以上人口の7%、150万人。2020年代には65歳以上人口の10%、300万人(推計)。ちなみに、80歳以上人口の20~25%が認知症に陥る。
 ダンテが地獄くだりをはじめた七十路の人の命のなかほどまでも中島敦は生きのびなかったし、20世紀前半という彼が生きた時代背景からして認知症は喫緊の課題ではなかった。しかし、中島敦の天才は、半世紀先の日本の課題を見とおしていたように思われる。

□中島敦『名人傳』(『中島敦全集』第1巻、筑摩書房、1976、所収)
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