語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【原発】再稼働の安全は誰が判断するのか ~専門家の偏向~

2012年05月20日 | 震災・原発事故


 原発再稼働には技術的判断が優先されねばならないが、今はその最悪のタイミングだ。なぜなら、
 (a)福島原発事故原因の検証が終わっていない。
 (b)地震や津波の規模や被害の大きさについて、見直しが始まったところだ。
 (c)苛酷事故の際の放射性物質の様態や影響緩和策の効果について評価されていない。
 だから、保安院も安全委員会も技術的に安全だと明言していない。この段階で、再稼働という政治的判断を行うのは最悪だ。
 これらの技術的評価がきちんとなされた段階で、今後原発をどうするかについて根本的議論を行い、国民的合意形成を図っていくべきだ・・・・。

 保安院、安全委員会、それらをサポートする専門家たちは、「安全というお墨付き」を与えるべきではない。その逆に、彼らが提示すべきは、安全に関する正確な情報と技術的な検討結果だ。原発はどこまで安全なのか、どういう条件で危険な状態になるのか、事故を起こした場合の被害の想定はどれほどなのか・・・・。
 そして、市民が専門家と同じテーブルに座って、市民の常識を専門家の常識にぶつけるのだ。専門家は、安全かどうか、再稼働是か非か、を決める当事者ではなく、地域住民、日本国民が判断する際の技術的知見を提供する助言者と考えるべきだ。
 専門家は、すべての技術分野に詳しいわけではない。一色の意見ばかり聞いていると、自分では確かめたことがないのに間違いないことだと思い込んで、批判的精神を失ってしまう。そういう弊害を専門家は抱えこんでいる。
 ストレステスト意見聴取会でも、当の原発メーカー関連企業からお金をもらっている委員たちとの利益相反が厳しく追及されたのは、当然だ。
 だからこそ、素人からの率直な疑問が、専門家が抱えている弊害を破ることになるのだ。

 技術は価値中立的なものではない。
 ある技術や施設が安全かどうかという技術的評価や技術予測も、客観的・中立的なものではない。むろん、それらの評価や予測は、客観的な科学的認識の裏付けがあってなされる。しかし、必ず、評価をする人の考え方や立場性が入らざるを得ない。都合の悪い事実や知見を隠したり歪めて評価するのは論外だが、そうでなくても、不確実な知見をどう判断するかという際に、その技術を担う人や集団の価値観や立場性が反映されざるを得ない。
 技術は、物を作るか否か、どう作るのか、その判断を迫られる実践概念だ。予測という行為も判断が必要だという点において似た概念だ。ものごとのすべてが分かっていなくても、ものを作る、予測するということが必要になる。
 よって、原発に限らず、不確実な要素をどうみるかというグレーゾーン問題に直面する。断片的な客観的認識ににもとづいて物が作られたり、予測されたりするとは限らず、その不確実さの度合いによってグレーゾーンの幅は大きくなる。よって、価値判断の入る余地が大きくなる。工学は物作りのための学問だから、その価値観になじんだ専門家は、物を作ることを重視する。加えて、工業会に身を置けば、物作りが自分の飯の種だ。企業のエンジニアが、「この物を作れない」と言えば、無能か反会社人間と見なされよう。よほど勇気がないと、作らないという選択はできない。
 <例>2002年、東京電力のひび割れ隠しが発覚した。原子炉再循環系配管とシュラウドのステンレス鋼に応力腐食によるひび割れが分かっていたにも拘わらず、それを隠して運転し続けていることが告発されたのだ。東電社長の首が飛び、東電の全原発17基がすべて止まった(2003年5月)。告発者は、GE関連企業のケイ・スガオカ・検査員だった。遺憾ながら、東電あるいは関連企業の社員は、その事実を知りつつ、誰もそのことを公にする勇気と倫理観を持ち合わせなかった。ここに、日本の電力会社の陰湿な企業風土が見てとれる。そして、原発エンジニアあるいは研究者の置かれた悲惨な精神状況を知る【注】。
 技術者や工学研究者が、まともに真実に向き合おうとするならば、自らの立場を相対化して、より公正な立場に立つ努力をするしかない。
 残念ながら日本社会では、原発業界に限らず、企業では、そういう主張はたやすく通らない。主張を貫くには、さまざまな闘いが必要になるだろう。

 【注】例えば、「原発>検査員の告発「泊原発の検査記録改竄」 ~隠蔽の組織的構造~」。


 以上、井野博満(東京大学名誉教授)「市民の常識と原発再稼働 ~安全は誰が判断するものなのか~」(「世界」2012年6月号)の「(1)核心の見えないAIJ事件報道」に拠る。
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