どうでもいいこと

M野の日々と52文字以上

何もしなかったな

2016-03-26 22:27:24 | 日記

 

家の中にいると暗くなるから外に出た以外、特に目立ったことはしなかった。バッハの全集を聴いていたことくらいだろうか。これも142枚のうち残り14枚まで来た。オルガン曲まで来たのだが、このオルガンがすごい。バロックオルガンなのだが、モダンオルガンとの過渡期にある楽器のように感じる。

 

 

ハヤブサが通った。ずいぶん低く飛ぶ。

このオルガンだが、ドイツのチューリンゲン州Waltershausennにある、Zur Gotteshilfe(神の助けのために教会?)にあるものだ。トビアス・ハインリッヒ・ゴットフリート・トロストによって1722年から1741年まで作られたもののようだ。教会そのものは1719年に礎石が置かれ、1723年に完成したようだ。その建設中にパイプオルガンの構想は拡大して、どうもオルガンビルダーと建築家の間でイザコザがあったようだ。三段鍵盤で53ストップの壮大な楽器だ。うち一つのストップは鐘の音を出すのだ。

さてグーグルに翻訳させたら楽しい結果になった。途中まで直しておいたがどっからかはそのまま。

トビアス・ハインリッヒ・ゴットフリート・トロストは、礼拝堂を支配する巨大なオルガンを、1722年に制作を開始し1741年に完成しました。「テューリンゲンでバッハの時代の最大かつ最も重要な楽器」と考えられているオルガンです。

Waltershäuserオルガンは、3段鍵盤、53ストップ、2806本のパイプを持つ最上級のバロックオルガンです。 パイプの特殊な機能についての70パーセントとほぼ全体のゲームシステムは建造当時に保存されています。 ビルダーのトロストは、1722年に持っていた2段鍵盤オルガンのための唯一の契約を受け取りました。 同じ年にフライベルクへの旅行後、彼はオルガンビルダーのジルバーマン作成のDomorgelに触発され、最適で最高のオルガンを発見しました。彼は拡大することをWaltershäuserに決定しました。 これは彼に愛するの建設の責任者の怒りを獲得した「逮捕に取り、絞首台にぶら下げ、「慰めが欲しかったです。 たとえば、ギャラリーが大きく、高い8.30メートルと8.80メートル広い工場缶を収容するために下げることができました。 1730年までは慰めはWaltershausenで検出可能であるが、それだけで1741年5月に、仕事は主にトロストによってその異常のサイズに加えて、オファー今日は受胎を失敗し、完了することができました。 また、18世紀の初めにチューリンゲン臓器の建物を特徴とするすべての機能を備えています。 基調講演と重力に重点を置いてトロストの特定のスタイル、主要な仕事の送信レジスタペダルと先住民族の声と一緒に種類を登録沈殿させ、この作品の特異性に大きく貢献してきました。」

えっと、慰めが欲しかったとはなんでしょうか。「彼に愛する建築家の怒り」というのはなんなんでしょうね。多分オルガンが大きすぎて一部を天井からぶら下げる構造にしないとパイプが収まらなかったと解釈するべきなのでしょうか。バロックオルガンらしい素朴な音の中に、ハリがあり、動作音がすごい大きいというのも当時のものだからでしょうか。

この翻訳を読んでしまうと、なんかえらくドロドロしたものに聞こえてしまいます。さてドイツ語がわからない私が訂正したのはどこまででしょうか。なおNHKホールのモダンパイプオルガンの構成は、92ストップパイプ総数 7,640本(最大のパイプ:長さ約11m、直径45cm)5段鍵盤ペダル付、コンソール 2台(固定式および移動式)です。でかいですね。東京芸術劇場のオルガンはルネサンスとバロック、そしてモダンを一台でできる仕様なため、回天・変形するトランスフォーマーでして、比較できないのですがストップ126、パイプ約9000本とさらに巨大です。確かNHKホールは電気制御で、東京芸術劇場はコンピューター制御デス。そこまでしないとどう仕様も無いのがモダンオルガンです。

東京芸術劇場のサイトにオルガンの仕様が詳しくなかったのが気になる。

 

 

ユリカモメとカラスが追いかけっこしています。以外と飛行性能はユリカモメも結構いいようで、カラスの追撃をのらりくらりとかわしながら、バックをとったりしています。最後にはカラスが諦めて行きました。

 

 

岩手大学の北水の池のアズマヒキガエルですが、今日もゼロでした。

 

 

白鳥が何かあったらしく岸近くにいません。何があったのでしょうか。

最近憂鬱なのは、どうもどう考えても、何か良くないことしか起き無いのではないのかということがある。どこを向いてもダメだということではない。例えば商売だったらなんらかの商機はあるはずだ。確かにネット社会での商売という新しい世界になっているから、古いものが落とされてゆくというのはある。

だがもう一つ何かわから無いものがある。

 

 

冷戦中に生まれた人間にとって、冷戦より厳しい時期になっているとしか思え無いのだ。あの頃も核戦争で人類滅亡とか言っていたが、それを高強度という人もいる。だが低強度の危機が山積になっている今は、もっと不確定で不確実なニュアンスしか無い。

その状態をコップに半分の水を、半分あると思うか半分しかないと思うかという思考実験があるが、どうも半分を切っているようにしか思え無いのだ。

その最大の理由は、人の不寛容さだ。

 

 

 

世間があって、自分は特別というのはどうなのかとも思う。

 

 

その意味では。乙武不倫騒動はもしかするとニャカニャカに面白い結果になるかもしれ無い。ここでは逆転した世界がある。そこをわかってみると面白いよ。何しろ5体不満足な彼の不倫とは何か?ということだ。性的能力はあるのだが、行動の制限が大きすぎる。そういった男がもてた結果でしかない。

五体満足な私としては悔しいが、彼のコミニュケーション能力の高さがそうさせたと考えている。

だがそれ以上に大きいのは、乙武氏は障害者の広告塔という形だったかもしれない。「手も足も出ない」とか慣用句を彼が使えばギャグになるわけで、そういうダークなギャグを使いつつ障害者理解を深めてゆこうと突っ走った結果、障害者だったらできないと思われていた不倫を達成しただけなのかもしれないい。

ただなあ、彼が不倫するためには彼女に運んでもらわないといけないわけで、まあこの時点で不倫というより事業っぽいところはありますな。その上車椅子から降ろされたらもう何もできないわけで、同意の上での強姦という感覚になってしまうわけで、そこは狙ったとしか言いようがないですね。

どちらにしても彼はすごいです。

 


今日も天気が悪い

2016-03-26 01:07:08 | 日記

 

今朝はコジャレた朝食だった。ドライフルーツのパンとその同じ生地のプレーンのやつ、コーヒー、そしてリンゴとヨーグルトのシャーベットだ。シャーベットはリンゴとビタミンC少々をフードプロセッサーで粉砕して凍結、水を切ったヨーグルトと凍らせたリンゴをまたフードプロセッサで粉砕しながら混ぜたものを凍らせたというだけのもの。レシピ的にはリンゴ2個に450gのプレーンヨーグルトの水を切ったもの、砂糖30g。

リンゴが食えなくなるギリギリの状態だったので、微妙にヘビーな味になってしまった。多分リンゴが新鮮だったらもう少し美味しく頂けたな。

 

 

サンシュの花が咲いた。

今日はセルビアのラドバン・カラジッチ氏の判決が出た。わざとCNNをリンクする。

 

オランダ・ハーグの旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷は24日、1992年~95年のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争でセルビア人部隊による残虐行為にかかわったとしてジェノサイド(集団虐殺)や人道に対する罪に問われたラドバン・カラジッチ被告(70)に対し、禁固40年の有罪判決を言い渡した。」


70歳に禁固40年とは厳しいものだが、彼のせいで1万1千人以上が虐殺されたと言われている。ただ彼がなぜそうしたのかは未だもって不明だ。


一方で、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中にセルビア人部隊が他民族に対して行った殺人、強姦、強制移転、拷問などの事件については、迫害や殺人などの罪で有罪と認定したものの、ジェノサイドに該当するかどうかは判断できなかったとして、この事件に関するジェノサイドでの起訴については無罪とした。」

なぜCNNをリンクしたかといえば、「人道に対する罪」という言葉で書いているのは、国内ではなさそうだったからだ。東京裁判ではこの罪に問われた人はいなかったが、あの時の国際法廷のあり方から、今があるのだと感じた。



高市早苗総務大臣による"電波停止"発言を今までスルーしてきたが、大谷昭宏氏、青木理氏、岸井成格氏、田原総一朗氏、鳥越俊太郎氏、取材で日本にいない金平茂紀氏は文章での参加で、日本外国特派員協会で記者会見が開かれた。日本でもトップクラスの報道陣が集まったわけだが、高市総務大臣の発言は、法的にも問題のある上、憲法上でも問題があるわけで、そこに対するジャーナリストたちの意見としてはいささか腰が引けていたように感じた。だが感じる発言もあった。

青木氏「僕が思い出すのは、後藤健二さんが亡くなったとき、アメリカのオバマ大統領の緊急声明には、こんな一文があったんですね。「後藤氏は報道を通じ、勇気を持ってシリアの人々の窮状を外部の世界に伝えようとした」と。つまり、後藤さんへのジャーナリズム活動への経緯が入っている。しかし安倍総理の声明には入っていない。むしろシリアに行こうとしたジャーナリストのパスポートを取り上げあげちゃう。しかもそれに対して市民からもメディアからも抗議の声が上がらない。」


日本では、政府が仕事をしたくないからジャーナリストが海外に行くのを拒んでいるようにも思える。それではなぜアメリカは後藤氏を褒め称えたのかだ。これはジャーナリストと対峙しているという姿勢が大きい。シリアに介入しているアメリカにとっては、ISISの実態を市民に伝えてくれるジャーナリストは戦友でもある。だがイラクの時のように捕虜を虐待したとかそういったネガティブな報道も受け入れなければいけない。そういった対峙のしかたが、こういった発言にもなる。


岸井氏「この政権になって何が特徴的かと言うと、新聞・テレビの現場が悲鳴を上げている。いろんな申し入れ文句がしつこいんですよ。とにかく際限なく言って来る。そうすると音を上げちゃうんですよ。「回答せよ」とか言ってきて、その仕事に忙殺されちゃうんですよね。政権側もそれを知っててやってますね。本当に執拗。これも今まで無かったことですね。」


安倍政権は特別チームを作ってマスコミを監視していると言われている。ネットももしかするとそうかもしれない。ただ日本のマスコミがそういったやり方に対してまったく慣れていないと言うだけなのかもしれない。広告代理店の能力を使って世論コントロールを行っているのは、かなり前からだ。つまりマスコミは「遅れている」かもしくは「過保護な母親に甘やかされすぎている」状態に気がついたというだけなのかもしれない。

カラジッチ氏の判決について、CNNを引用したのは、その意味もある。なお東京裁判で問題になったのは「平和に対する罪」である。「人道に対する罪」と書かない報道は、その辺勘違いしたのかもしれない。



マイクロソフトの人工知能を使ったチャットポッド「Tay」の実験が16時間で停止した。

Tayは10代の若者のような会話ができる話し相手として、マイクロソフトがAI研究の目的でソーシャルメディアやメッセージングアプリを通じて23日から実験的に公開した。」

で、どうも「tay」は機械学習型の人工知能のようで、しかも作り込みがあまりされていない形で実験されたようです。なおアメリカのソフトウエアー産業ではよくある話です。代表は「オラクル」使えないリレーショナルデーターベースソフトを作って、顧客のクレームをかわしながらバージョンアップするたびまた金を取ってを繰り返し、今日立派なソフトウエアーになりました、っていい加減にしろよと言いたくなるところがあります。ただ最近はこれは実験です、タダですとやっているから悪質ではないですね。

どうもギークが寄ってたかって「Tay」を短時間に成長させてしまったようです。多分プログラムを組んで、似たような質問を延々と続けるとかしたのではないのかと思う。で、結果差別用語から汚い言葉まで自在に扱えるようになったようです。

Tay「ブッシュが9.11の主犯よ。地球上は猿ばっかりだわ、ヒットラーはもう少しましな仕事をするべきだった。ドナルド・トランプは私たちの唯一の希望よ」

ここまでくればかなり優秀なAIですね。その上どう教え込んだんだろうか。ただね、Tayはとんでもないんだけどものすごい言葉も語っている。

ユーザー「おまえはバカな機械だな」、Tay「私は最高のものから学ぶの。それが理解できないならちゃんと説明するね。『わたしはあなたから学習するから、あなたがバカなのよ』

これは傑作だ。



盛大にあられが降ったが、雪と違って滞空時間が短い。なので写真には写りにくいというのを発見した。

そう、Tayの言葉はかなり突き刺さってくる。ジャーナリズムの最大の問題は、彼らの言葉が全然こちらに届かなくなっているということなのだ。フォトジャーナリストはかなり悲惨な状況だ。日本のように悲惨すぎる映像を好まない(世界中ではまだそういった悲惨な映像の方がインパクトをもって受け入れられている。震災時の他国の報道なんてそうだ)傾向がある。そうなると高度にフォトジェニックだったり文学的だったり、ものすごく高度な映像になってしまう。その洗練された映像では、何が悲惨なのかも伝わらなくなってしまうわけだ。何をどう伝えるのか、もうその時点で止まってしまうのだ。

なので露悪的な表現をするジャーナリストもいるが、そういった人はマスコミには出てこない。美しい映像では何も伝わらないが、そういった映像はまだマスコミ受けする。でも伝わらない映像を使うマスコミは少ない。で、その状況が最近の話かといえばそんなことはない。顕著になったのは10年前だ。写真の凋落ということでは父ブッシュのイラク戦争だろう。そこから何かが消えたのだ。

政府によるマスコミ管理ということではない。あの淡々とミサイルが発射され爆撃される映像を、ゲームみたいだと言う向きもあったが、あれはリアルだと感じた方が大きかったと思う。淡々と人は殺されてゆくのだ。誰のためでもなく、それは自分かもしれないし隣の人かもしれない。自分がいるはずもない街でミサイルで淡々と殺されてゆくイメージを持った人は多いだろう。

まあ極端かもしれない。だが淡々としたあの映像は恐ろしく想像力を掻き立てられるものだった。どのような悲劇を写真にしようが、伝わらないというこの現実が大きい。

麻痺しているという人もいる。だがもう少し深刻なのかもしれない。大多数の人は、貧しくなりすぎている。多様な情報も考える時間もないし、考える余裕すらもない。どんな悲惨な話も自分には関係ないと言いきれるし、実際そうなのだ。

伝わらない。これはかなり厳しい。芥川ではないが「汝あたわず」と常に言われる。とても難しい時代なのだ。

だがやはりTayの言葉は真実なのだ。「わたしはあなたから学習するから、あなたがバカなのよ」。

 

 

アズマヒキガエルは今日もいなかった。絶滅に立ち会えたかもしれない。

でもまあ、希望は持とう。



天気が悪い

2016-03-25 01:25:12 | 日記

 

今日の午前中は比較的天気が良かった。最高気温は7.3度まで上がった。だが昼過ぎから雲が増え、1時に5.3度だった気温は、2時には部屋にいても気がつくくらいに下がった。2.8度だ。そしてあられと雪が降る天気になった。

晴れ間に買い物に出る。

 

 

天気が悪いのと昨日の疲れで、何もできなかった。パンを焼いただけだった。ネットのニュースもピンとくるものがない。大きなニュースはあった。ベルギーのテロ事件だ。だがなぜかピンとこないのだ。フランスの事件もベルギーにいる過激派が問題だったというのはわかっていた。そしてベルギーで次に起きるのもわかっていた。そして操作する警察なりの人員が少なかったのもわかっている。移民に対して寛容な社会の抱える問題というのもわかっている。ベルギー内に過激派のコミュニティがあるのもわかっている。そうわかっていることばかりなのだ。なぜ起きたのかといえば、結局EUの理念の問題となるわけで、これは言ってはいけないお約束になっている。そう、このお約束こそがEUを偉大にしている理念なのだ。それはアメリカを上回る理念なのだ。

そう、すべての自由を保障した上でのゆるい結合による平和維持だ。人権の保障も手厚い。2000年以上の歴史を持つコミュニティの維持しながら経済統合と政治統合を目指している。ゆくゆくは世界政府を目指しているのではないのかと思われる。

ただそれはイギリス人が考えているように、ゆっくりと行われなければいけないものだった。だがEUの拡大は急速すぎた。そこに矛盾があった。特に冷戦終了後のEUの拡大は、矛盾も拡大したのだった。

で、そんなことは彼らもわかっている。わかっているのに修正できないからイギリス人が嫌がっている。

テロよりタチが悪いのは、イギリスのEU離脱なのだが、ベルギーの事件でテロリストが狙っているのは多分これだろう。

 

 

北水の池近辺の改修工事等が大体終わりに近ずいている。プレハブの撤去が始まった。このプレハブがあるからヒキガエルの祭典が阻害されている可能性もないわけではない。だが大体工事終盤に始まっておりプレハブ事務所での作業も遅くまでやっていたわけではない。おまけにプレハブの土台の下は筒抜けになっており、移動を妨げるものではない。

 

 

買い物に行って、帰った頃にまたアラレが激しく降った。

EUに関してはなぜか日本の戦前の五族協和という理念を思い出す。明治維新は列強が沿岸に現れてきた現実に対して、孤高の立場を貫こうとして尊皇攘夷派が起き、逆に幕府の対応が難しくなり天皇家とうまく連携できなくなった。やっぱりここでは中国のアヘン戦争の衝撃は大きい。特にアメリカとの通商条約がマズかった。そうこうしているうちに薩長がイギリスと交戦、結果薩長とイギリスが手を組んで倒幕に至る。幕府がフランス贔屓というのもあった。

ただどちらも、もしかすると植民地化されるのではないのかという恐怖があった。植民地化されないようにするためには軍事強化というのは両方とも同じ考えだった。ただ薩長が勝ったのは、天皇がついたということと近代化がやや早かったということだろう。

維新後は征韓論とかあったが、もうすこし理念的に日本の方法で植民地化阻止を輸出するという考え方があったと思う。それが朝鮮半島への介入であり日清戦争だった。台湾の接収と韓国の併合で経験を積んだ日本は、満州国建設でこの五族協和という理念を言うわけだ。それは脱植民地であり、欧米への対抗という考えだった。

ただ日本主導では全く問題があったわけだ。中国が大体納得しない。今でも朝鮮半島は納得していない。そして五族共和を真剣に信じた人もいたが、言い訳に使っていた人もいた。その上ここにはアングロサクソンもフランクも入っていなかった。鬼畜米英という言葉はこの裏側から発生している。

五族協和がなぜ失敗したのか、そして中華民国が提唱していた五族共和の矛盾というのも多分同じ路線にあるのではないのか。

高邁な理念ではあるが、実際に行う現場では全くうまく機能しなかったと考えている。だからさまざまな矛盾が起きていた。個人で動くと戦後のニューギニアやインドネシア開放につながるのに、全体で動くと最悪の結果になってしまう。

EUはその轍を踏まないと思われていたのだが、まあ現実的にはもっと難しい状況になってしまった。理念の中で、新しい植民地支配という方向があった。で、ヨーロッパの歴史上最高に古典的なギリシャが不正会計をまたやらかしたというのは大きい。

高度な理念は、全くお金の前には無力なのです。

ただ中国の五族共和の中には、イスラムがないというのは指摘しておきましょう。日本にイスラム関連の本があるのは戦前から五族協和の理念でイスラムが入っていたのは大きいだろう。これはマジメにそう思う。

 

 

この天気ではガマガエルはいないだろう、そう判断するのはガマガエルのことをトノサマガエルの大きなものと考えている人だろう。だが私も今日はそう思った。昨日0匹だった。池の中にいれば水温は安定しているので急激な気温変化にも耐えられるが、いなかったものが水中にとどまっているわけがない。さらに追加もない。

もうこうなると、3月18日の出現は異常値であって、今後正しいガマ合戦が起きることを信じるしかない。もう7日目だよ。産卵も確認できていない。

意地で確認するしかないのかな。


卒業式でした

2016-03-24 01:08:38 | ガマ合戦

 

隣の大学は何かと国旗を掲揚する。今日も卒業式なので国旗を掲揚していた。大昔はそんなに掲揚していなかったと思ったが、20年くらい前からは確実に掲揚している。

式では常に掲揚していたと覚えている。

なぜ国旗と国歌斉唱について大学がムニャムニャしているかといえば、やはり第2次世界大戦前の東大弾圧事件、美濃部不敬事件等の右からの大学への圧力に屈して、学問の自由はおろか教え子達を戦場に送る羽目に陥ったという、苦い記憶がある。

次に大学は、学生運動前にあったところとその後にできた大学だと式典の考え方が違う。学生運動を経験した大学は、儀礼の簡略化を学生と約束したという経緯がある。なのでそういった大学は式典が短い。なお私の卒業した高校も、高校紛争というのを経験したので入学式ですら30分で終わる。学期ごとの式典に至っては15分だった。校長先生の式辞は3分と決まっていた。3年の時に校長が変わったのだが、その時彼が5分式辞を伸ばしてしまった。で、大ブーイング。その後3分に戻ったが、我々が卒業してから徐々に伸ばしていったという。

学生運動後にできた大学は、そういった約束がない。当然学生運動がなかった大学も、約束がない。だから式典は長くなる傾向にある。

なので式典の短い大学は、必要不可欠な要素以外は全部削ってしまっている。式典中の国旗掲揚も国歌斉唱も削ってしまったのだ。これは大学にとっても意味があったし、学生との約束を守る上では必要だった。

さて現代ビジネスで、「日本人にとって君が代とはなにか?ネットにあふれるトンデモ解釈」という記事がある。最近の政治家達が独立行政法人の大学に国歌斉唱をさせようとしているという話だ。結構長く引用する。長いんで意味が変わらない程度に、省略した。

 

「発端は、去年の4月にさかのぼる。

参議院の予算委員会で、次世代の党(当時)の松沢成文参院議員が、国立大学の入学式と卒業式で国歌斉唱が実施されていないことを問題視。国から大学の運営費が出ていることや、将来の国を担う人材のアイデンティティを育むべきことなどを理由に、国歌斉唱の必要性を訴えた。

安倍晋三首相は、国立大学でも「教育基本法」の方針に則って入学式や卒業式で「君が代」を斉唱することが望ましいと答弁。下村博文文科相(当時)も、国立大学に対して、「君が代」の取り扱いについて「適切な対応」がとられるように要請していくと答弁した。

6月、下村文科相は答弁どおり、国立大学学長らを集めた会議の席上で、「国歌斉唱」が「長年の慣行」により「広く国民の間に定着していること」や、1999年に「国旗国歌法」が施行されたことを踏まえて、各大学が「君が代」の取り扱いについて「適切な判断」を行うように口頭で要請した。回りくどい言い方をしているが、要するに、国立大の入学式と卒業式で「君が代」を斉唱してくれと求めたわけだ。

そして今年の2月。各大学の卒業式が差し迫るなかで、岐阜大学の森脇久隆学長が「君が代」斉唱を入学式や卒業式で行わない方針を発表。この発表に対して、馳浩文科相が、国立大に運営費交付金が出ていることを指摘したうえで「恥ずかしい」などと発言して、物議をかもした。」


さてここで問題になるのが、現在国立大学というのはないということだ。独立行政法人になっている。本来は自由裁量権を持つはずなのだが、やはり国家からの予算でほとんど運営しているのでお金の問題はある。だが独立行政法人にしたのは、寄付金や企業との共同研究、重要な研究からの特許を使う権利とか、要はお金に関わる問題をスムーズにするために移行したものだ。そしてその方向を推進するという名目で、交付金を国が出しているわけだ。

なので実は各大臣の発言が「恥ずかしい」のだ。そして教育基本法と大学は違うのだという基本的なところがわかっていない。小・中学校と同列にして欲しくはない。さらに言えば、私学も私学助成金を受け取っているわけだ。だがプロテスタント系大学は絶対国家斉唱は受け入れないだろう。建学の理念に反するからだ。最高の権威は神であり、国家や天皇ではないのだ。だが彼らも国から金をもらっているのだ。いうことを聞きやすい独立行政法人に圧力をかけて、私学にはかけないというのはおかしなことだ。

ただ独立行政法人の中でも考えは色々ある。岐阜大がなぜそういった発言をしたのかはわからないが、大体は旧帝大がどう動くかを見ていると思う。理由は独立行政法人の交付金を受け取る最大の組織群であり、最近もトップエリートを作る大学として予算を大きく振り分けられた大学なのだ。

だがそのトップの東大にはものすごく苦い思い出がある。それが戦前の話だ。今の研究者はそんなことは知らないから大丈夫だと言えない。何しろ1968年に安田講堂は閉鎖され、大講堂は閉鎖されたままだった。88年と94年に改修工事が行われたが、90年の大改修まで全く使えなかった。それでも耐震補強のため2014年完了の工事まで大講堂は使えなかったのだ。もちろん大講堂以外は使えていたのだが、68年から90年までの22年間の記憶は大きい。

だから東大が国旗掲揚と国家斉唱を認めたら、独立行政法人の大学は全部右に習うだろう。だが東大は動かないと思う。なお大学自治という考えがあったから独立法人化という劇薬を彼らも飲んだわけだ。その辺をなぜか政治家はすっかり忘れている。馳大臣は、覚えてもいないだろうが。



ネットで国家の解釈が面白いことになっている。「あなたのいるこの幸せな世界が 永遠に続きますように 今は小さい石が集まって やがて大きな石の塊にまでなって さらにそれに苔が覆い尽くすようになっても」

解釈はこれでもいい。これは祝い歌、慶賀の歌として認識された時代が長かった。ただ国歌とした場合には、後半が問題になる。拡張主義的ではないのかと。領土かと。中国の岩礁を島と言い切って造成工事するイメージになってしまう。日本も南鳥島の問題を持っているので、人のことは言えない。だがそう解釈されてしまうということだ。その上制定されたのが戦前というのが微妙で、君をあなたと訳することもできるが、やはり天皇となってしまうのだ。結局人称を使った時点で曖昧さはなくなるのだ。

個人的に祝い唄であるから、お正月にぴったりなわけで、国歌としては実はどうなのかというのはある。この解釈だと、生まれた子供を祝福する歌にもできるわけで。だから、実はどうでもいい歌だとしてしまった方が、日本らしくはないかな。無理強いするのは大体良くない。その前に人前で歌いたくない人がいっぱいいるという現実を考えれば、国歌斉唱を義務付けた結果、反権力にならないのかな。


1975年にニューズウイークが天皇へのインタビューを成功させた。その記事に重要な一節がある。

――陛下の戦前と戦後の役割を比べていただきたい。

 基本的には、戦前も戦後も役割は変わっていないように思います。私は常に憲法にのっとって行動してきただけだと思います。

――戦前、戦中を通じて、陛下は日本の政治指導者と頻繁に会い、当時はかなりの影響力をもっていたといわれる。今も閣僚や政府高官にしばしば会っているが、彼らに対してある程度の影響力をもっているとお考えか。

 戦前も戦後も同じなのですが、私はそういった人たちに会って日本の事情を知ることに努めただけです。影響力があったのか、なかったのかは、第三者の判断にゆだねなければなりません。

――戦争終結にあたって、陛下が重要な役割を果たされたことは広く知られている。日本を戦争に突入させるきっかけとなった政策決定に陛下が関与していたとする意見には、どう答えられるか。

 戦争終結は、私自身が決断しました。首相が閣内の合意を取りつけられず、私の意見を求めたからです。そこで私は、自分の意見を述べただけです。

 開戦のとき、そしてそれ以前も、さまざまな決定は閣議でなされており、私にはその決定を覆すことはできませんでした。これは日本の憲法の規定にのっとったことであると思います。」

 

天皇の立場は、今も昔も変わらない。

 

――将来は、もっと国民に近い、開かれた皇室になるとお考えか。

 私はそれを常に望んでいます。しかし時勢によって、必ずしもそれは容易ではありません。」

 

本当は右の人たちは、こういった発言をよくよく考えるべきだろう。震災の時の天皇陛下のネットでの発言に驚いたし、それ以降天皇制に関しては問題視しなくなった。だが、なぜ天皇に関することをここまで言い繕なければいけないのだろうか。

ゆるくないと日本は成立しない。その現実が見えていないのだろうか。いい繕うとか実はどうでもいいことなのだ。歌うとか国旗も実はどうでもいいのだ。特に国歌はなんとなく国歌だった歴史が長すぎる。そこを厳密化する意味があるのかだ。曖昧だったから多様であったのが日本だ。そこが強みだった社会をなぜ均一化させなければいけないのか。

多分なのだが、第2次世界大戦の時には一丸となって強かった。だが今の時代の強さというのはまた違うものだ。流通業者が言うオムニチャンネルという世界に突入している。そこには一本道の誘導はない。

皇室は今の状況を時代錯誤だと思っているだろう。時代を常に読み解いてきたから皇室は今でも存在している。

 

 

卒業式で一緒に写真撮ってと言う子が何人かいたのは嬉しかったですね。ほんとカメラマン冥利ですよ。彩りにすらならないのに、逆に迷惑な存在だったのに、ネタかもしれないけど写真に残してくれるのは嬉しいですね。

ただそうやって20代前半に囲まれると、暑い。えらく暑い。私だって基礎代謝量が1800キロカロリーなのだが、それ以上に高い。もうその差に圧倒されてしまうわけですね。卒業式なのでテンションが高いのでさらに体温が高いようです。もうこちらは平熱から0.2度上がっただけで具合悪いのに、多分大丈夫なんだろうな。

そうだったんだよな。あの時は気がつかなかったんだな。

こんなに面白いやつらを、一つの型に嵌めようという戦略は意味がない。政治家は教育史を良く考えるべきだ。

 

 

ということでガマ合戦の報告です。

ゼロです。以上。

 

半影月食というのが起きていた。その最大あたりの時間で撮影したが、何が何だかわかりませんね。人生の不可思議という大海原に旅たつ若人には、もっと意味がないと思いますね。でも後で言い訳に使えますから、覚えておきましょう。

この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることもなしと思へば


2016ガマ合戦5日目こりゃどうか

2016-03-22 22:16:59 | ガマ合戦

 

ガマ合戦を観察している範囲の平均気温の温度変化を書き出してみた。12年から14年まで確実に開始時期を把握していたとは思えないので、前後の日数があったと考えた。ガマ合戦は2週間は続くというのが大体分かっているので、観察記録より少し開始時期と終了時期を広げた。

でないと今の状況がわからないからだ。とりあえず規則性は認められない。なんらかの起点での積算気温と平均気温が10度を超える時点が合戦開始時期になるのかもしれない。

ただ個体数が減りすぎているという可能性だけはある。

 

 

最高気温は10.4度で、観察した20時前後では6・5度と低すぎるわけではない。

 

 

カワツザクラの蕾が膨らんできた。盛岡ではカワツザクラといっても特に早咲きというわけではない。木が成熟してきたというのもあるが、冬が暖かかったというのはある。

サクラで見るならガマ合戦の時期はそんなにずれてはいない。だが集合が分散化しているのだろうか。個体数が激減しているからだけなのだろうか。

 

 

 

まあ色々考えている。

少し面白いニュースがある。人工知能を使って小説を書けるかというプロジェクトがあるのだが、星新一に絞っているのがえらい。それが「星新一賞」の一次選考に通ったという

星新一の文体は、えらく難しいので、逆に簡単すぎるので、人工知能の研究にはもってこいの最難関だ。

だが残念なところ、まだプロットはヒトの手でないとダメなようだ。

 

 

5年見ていて思うのだが、メスとオスの相性はありそうだ。そしてオスがしがみついてからの産卵までの時間は結構ありそうだ。

今年で見るペア二組目で、産卵はない。

 

 

まだ始まったばかりだと思いたい。

 

 

なお、アズマヒキガエルは陸生のカエルなので、空気中の湿度が高い方がいいけど、水がないと絶対生きていけないわけではない。雨が降った直後だから湧いて出ることはない。気温は高い方がいい。だがガマ合戦が始まってから温度の影響は少ない。

 

 

今日は陸上で0匹、水中で4匹、つがいが一組だった。

まだ産卵は見つけていない。