水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

「母のこと・240」

2012-04-10 20:26:09 | Weblog



人が生きるのは菩薩行という言い方もある。
誰でも菩薩だが、段階がある。
誰でも人だが、人として自覚するのは段階がある。
私はあまり自覚したくないのだが・・・

菩薩であり菩薩行なのだが、少し役割が違う場合がある。
菩薩行を妨げるヤツを防ぐ役目がある。
それを明王系という、らしい。
私のような天職と出会ってしまった人は明王系のようだ。
不真面目なんだけどなぁ・・・・

とにかく母にはそう見えてしまったらしい。
そう見えたのだから、細いんだよ、といっても納得しない。
私がやっと正体を見抜いたと思ったら、母は一瞬だった。
普段のんびりしているが、時々鋭い・・・
霊能者の祖母がそうだった・・・


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「母のこと・239」

2012-04-09 20:34:49 | Weblog



年が明けて1996年。
あれ?
私は年号を間違えていたみたい。
南インドに行ったのは今年。
1995年ではない。
1995年夏は合宿だった・・・

そうだった。
龍村合宿はどういうわけか群馬だった。
私の近くだった。
合宿が終わってから、龍村先生と数人が私の治療院まで来た。
そして私の実家の近くの島神峡まで案内した。
実家には寄らなかったが、私の母が居間から見たようだ。

後日
龍村先生というのは、恰幅のいい方だねぇ。
まるで大国様のようだった。

龍村先生は私よりも細い。
一緒の合宿仲間も恰幅のいい人は誰もいなかった。
母は否定していたが祖母の血を引いていた。
時々、見えないモノを見てしまう。
龍村先生の本性が明王系だというのは私が気づいた事だ。
大国様の本性も大黒天という明王系だ。
(ちなみに私もどういうわけか明王系・・・)



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「母のこと・238」

2012-04-08 22:12:02 | Weblog



故御師匠様によって氣功師の体に変えられた。
扱える氣は、宇宙のどこかから反応するらしい。
通常は周波数が高すぎて使えない。
それを故御師匠様がトランス(変換機)になってくれる。
だから霊性だか周波数だかの低い私が扱える。
というような説明だった。

故御師匠様が逝っても、サポートはするから心配ない。
そうも言われた。
本当の事はわからないし、確かめられない。
事実として、その後も何の変化なしに使える。
(変化はあるが、その説明はまたの機会に)
あれから17年。
私は未だ氣功師として使っている。
チョンと頭を触られただけなのに・・・
いかに偉大だったか、私の17年が証明している。

不真面目だし、出来の悪い弟子だと思う。
自分を高めようなんて思わないままだ。
それでもプロとして氣功療法を続けていられる。
徐々にだが、広く、深く、強くなっているのもわかる。
この氣は、不真面目でもスケベでも関係ない。
その時は、私の氣を使っていないからだ。
私の体調や心が悪くても、切り替えられる限り使える。

そして、私のようなナマケモノでも17年も続けているのだ。
それにより身体や精神や心が改善された人も結構いるようだ。
それら全ての成果は、故御師匠様がきっかけだった。
私が不出来でも、事実として故御師匠様は超偉大だった。
言葉で説明できないほど、超超偉大だった。


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「母のこと・237」

2012-04-07 20:02:02 | Weblog



御師匠様が飛びぬけて凄いのは知っている。
セミナー会場は満員の200人。
今までも奇跡的激変を何度も目撃しているのだ。
それでも凄いと思う。
人が変わる瞬間は感動する。

あまりに驚くと声が出ない。
その人は、しばらく何も言えなかった。
ありがとうございます、の言葉が出なかった。
そして、号泣した。

御師匠様は以前と同じく、普通にニコニコしていた。
セミナーでは発表できない大きな出来事にも係わったようだ。
それが何なのか、私には未だにわからない。
本人は逝くことも予測していたのだろう。
だが、私達には突然だ。
突然だったが、驚きは少ない。
そして、納得もしている。

御師匠様というのは、私の理解を超えているから御師匠様なのだ。
知らない事を教えてくれる先生とは違う。
私には白としか思えなくても、赤といえば赤だと納得する。
赤と思えなくても、多分赤なのだろうと納得する。
いつか赤だとわかるだろうと、納得する。
だから、突然逝っても、納得するのだ。


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「母のこと・236」

2012-04-06 20:44:03 | Weblog



復帰してすぐの頃は右足をひきずり、発音も不明瞭があった。
やがて、セミナーでも違和感なく話し出した。
入院中に多くの看護婦さんに氣功した話。
身体が不自由でも、氣功には全く影響ない。
自分の氣を使っていない証明になった。

そして氣と心の関係を多く話すようになった。
そこに気づくと、氣功能力は更に上がった。
もう手も出さず、見るだけで氣功療法をしていた。
いや、氣功で治療するのは意識的に少なくしていた。

病になり苦しむのも、その人の大切な人生。
病には病の存在理由がある。
他人の自分が簡単に治してはいけない。
病を簡単に奪ってはいけない。
入院中にそう気づいたのだそうだ。

それでも理屈より性分というものもある。
十数年歩けなかった人が目の前にいた。
本当は簡単に治してはいけないのだが・・・
と言いながら、こんな事が出来る、と足を見た。
立ってごらん。
そ、そんな、無茶な・・・自力では立てないのに。
で・・・立っちゃった。


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「母のこと・235」

2012-04-05 20:07:29 | Weblog



身体は毎日変化する。
当たり前なのだ。
その方向を統一すれば、たちまち変わる。
ヨガのポーズなど、毎日家でもしていた。
半年もしないうち、それほど差もなくなった(と思っていた)。
何しろ指導者クラスだ。
皆さんはベテランの先生達だ。

届かない手が届く。
まわらない軸がまわる。
もともと瞑想は20年くらいしていた。
精神世界の怪しさも知っていた。
治療に関することは、私の方が専門だった。
教えていただく内容は、私が覚えたい事ばかりだった。
私は、かなり濃い時間を過ごしていた。

そして、1995年の暮れ。
白髭の御師匠様が逝った。
倒れてから三ヶ月で復帰した。
ある程度未来を観る人(信用できる人)が言った。
半年は復帰してはいけない。
すれば、半年後にこの世から出なければならない。
それなのに三ヶ月で活動し始めた。
そして、倒れて半年後、逝った。



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「母のこと・234」

2012-04-04 21:12:41 | Weblog



龍村先生は自分で講義するだけではない。
交流の広さから、一流の先生(ほとんど祖の立場だ)が来る。
アーユルヴェーダも日本ではクリシュナ先生が最高だろう。
クリシュナ先生の他の主催の講座にも出席させていただいた。
和法の東洋医学の伊藤真愚先生。
もう故人となってしまったが、10回講座を丁寧に教えてくれた。

ワイル博士で紹介された頭蓋仙骨療法。
講師は前田エリ先生。
アメリカ、オランダ、ドイツから帰国したばかりだった。
祖であるアプレジャー博士から直接学んで習得した人だ。
日本では最も本流の人だろう。

医学系だけではない。
合気道・神道・宗教学・環境学。
癒し系音楽では、宮下富実夫氏が何回か来てくれた。
ホンモノを真近くから聞くと震える。
聞くというより直接響くのだ。
その宮下氏ももういない・・・
もちろん長兄の龍村仁映画監督もちょくちょく講義をしてくれた。
まだまだガイアシンフォニーが発展途上の時期だった。
二時間の映画の背景はとんでもない世界が広がっている。



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「母のこと・253」

2012-04-03 21:57:02 | Weblog



氣功療法院などという看板を上げても怪しげな時代だ。
ほとんどクライアントさんは来ない。
治療を商売の道具として経営する治療師も医者もいる。
それは良悪ではない。
仕事の姿勢や生き方の話しだ。
それにより暮らしていくには、経営という立場も大切だ。

例えば大工さん。
工務店として経営するには商才が必要だ。
腕さえよければ仕事が舞い込むわけではない。
雇われている職人なら腕がものをいう。
だが店を持つ立場なら、経営の勉強がものをいうのだ。
まして従業員を雇っているならなおさらだ。

ところが職人気質が強い場合がある。
雇われているなら、まぁ問題ない。
店を持つ側になると、大きな問題がある。
仕事の質を追いかけるのが優先するから、経営が上手くいかない。
私がそうだった。

私には、幸い従業員がいない。
(たまに弟子にしてくれ、という人はいるが・・・)
追いかけるだけ、追いかけてしまう。
苦労するのは家族、主に本妻だけだ。
看板を上げても、治療院経営は最低の腕だった。
それは今もほとんど上がってない・・・


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「母のこと・252」

2012-04-02 22:40:54 | Weblog



商売の才能が無い私でも何とかしてくれた土産店。
アホでもお金が回ったバブル期。
ついに店を改装して治療院にした。
もともと天井が高めに造ってあった。
だから床を上げて、ヒノキ板にしても違和感がない。
治療室はカーテンで仕切っただけだ。
予約制にして、同時に何人も入れるつもりはない。
(ヒマでそんな心配は取り越し苦労だったが・・・)

白髭御師匠様の真似をして、床下には氣入れした水晶を入れた。
私は最初から「氣入れ」するのが得意だったのだ。
(きちんと出来ない氣功師がほとんどみたい・・・)
御師匠様の氣入れ水晶(高かった)も幾つか入れた。
木炭も敷き詰めた。
気まぐれに書いてあった般若心経の写経した紙も入れた。

床上には隅に水晶で結界を張った。
三重の結界にしておいた。
天井には御師匠様のピラミッドを吊るした。
屋根裏にも水晶や写経した紙をばらまいた。
玄関にも結界をした。

何しろ私がするのだ。
「場」を整えておかないと、危ない。
私は、まだまだ私を信用していなかった。
それが、先に進めた要因だったと知るのは数年後だったが。


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「母のこと・251」

2012-04-01 22:09:28 | Weblog



忙しかったバブル期が終わりになっていた。
大震災やオウム狂団の末期的な事件が続いた。
それでもバブル期の感覚が残っていたのだろう。
まだ、お金にマヒしていたようでもあった。
私も借金なんか怖くない、と思っていた。
そして、借金でインドセミナーに行った。

聖地と聖者に出会うセミナーだ。
よくある、アヤシイセミナーとは違うぞ。
龍村先生主催なのだ。
主に南インドだった。

そこで、アーユルヴェーダの病院を訪ねる。
もちろん、東京で基礎勉強はした。
だが、そんなの基礎の基礎の基礎だった。
アーユルヴェーダは深く広すぎて、表面の一片しか触れられない。
それが、よくわかった。
私は氣功とヨガで手一杯だ。
面白そうだが、アーユルヴェーダを学ぼうとは思わなかった。

それでも院長のクリシュナ先生の講義は日本に帰ってきてからも受けた。
クリシュナ先生は天才の一人だろう。
日本では某医学大学で西洋医学を学び、博士でもある。
インドでは院長であり、日本では後にアーユルヴェーダ学校長となる。
まだ40代でハンサムでスタイルがよく日本語のジョークも上手い。
日本語の字も上手い。
英語もヒンズー?語もナントカ語もできる。
天才は、魅力があったが、それ以上は追えなかった。


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