水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

「迷想中・迷走中・504」

2022-05-21 22:40:37 | Weblog


ある気功師・110

その時には何も解からなかった。
ヨガの大きな能力。
日常にヨガを活かす。
活かすというよりも日常がヨガになる。
ヨガが日常になる。

それが本来なのだが、現状はどうだろう。
ヨガ教室、あるいは家でポーズをとっているのがヨガ。
体型が変わり、呼吸が深くなった。
私、ヨガをしています・・・
それが間違っているわけではない。
知らないだけだ。
知らない指導者から教わっているのだから仕方ない。

日常、24時のヨガとして実践すると、その先がある。
空間との調和。
時間との調和。
世界との調和。
宇宙との調和。
龍村先生の階段の降りる姿。
空間との調和での自然体だったのだ。


(本館は、HP「気の空間・氣功療法院」検索
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「迷想中・迷走中・503」

2022-05-20 21:55:20 | Weblog


ある気功師・109

ヨガ教室に通ってもヨガではない。
誰かにヨガを教えてもらってもヨガとは言えない。
もちろんポーズができる事自体はヨガではない。
それらはヨガのキッカケであって、ヨガの入り口。
いや、入り口の扉のノブを触っている状態だ。

ヨガのポーズなど体操の選手なら簡単にできる。
それよりも身体が不自由な人。
ポーズが出来ない人がハタヨガには向いている。
出来ないから身体との話ができるのだ。
そこでやっと肉体と心の結びができるのだ。

ヨガは暮らしに溶かし込んでやっとヨガ。
それでもヨガの初心者。
生活に活かして、ヨガといえる。
そこから始まるのだ。
だから24時間のヨガといえる。


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「迷想中・迷走中・502」

2022-05-19 21:52:20 | Weblog


ある気功師・108

沖ヨガに関しては憶測が入るので、ここでは詳しく書けない。
龍村先生がいう生活総合ヨガ、24時間のヨガ。
知れば知るほど深く凄い。
そもそも「生活」とは何を指すか。
通常は簡単にいえば暮らすという意味になる。

だが生を生命、活を活かす、と訳すとする。
生命を活かす。
生命を活かす暮らし。
ヨガの目的でもある調和。
普段の暮らしの中にヨガを入れ活かす。
そして、より健康に、幸せに生きられるようにする。
その為のヨガが生活総合ヨガ。

ほとんどの人のヨガのイメージがある。
それはヨガの中のハタヨガという部門だ。
72部門ともいわれる中の一つだ。
ハタとは人体の生理作用を指す。
様々なポーズを通じ、意識と肉体を調和させる。
それは理想的な生理作用(動作、血流、神経作用等)に反映する。
病や怪我になり難く、不都合からの回復力にもなる。
ポーズがヨガではないのだ。


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「迷想中・迷走中・501」

2022-05-18 22:47:15 | Weblog


ある気功師・107

当時、龍村先生は生活総合ヨガ、と言っていた。
時々、沖ヨガという言葉もあった。
生駒に研修所が出来た五月。
その前は伊豆下田の沖ヨガ道場で間借りしていたのだ。
故師匠とのつながりは、その頃からのようだ。

沖師が亡くる前に、その後継者として龍村先生が指名されていた。
龍村先生より幾人もの兄弟子がいるのに。
空海と比べるわけにはいかないが思い出す。
空海は中国、青龍寺の恵果阿闍梨に出会い、すぐに後継者に選ばれる。
弟子達がどんなに多くいようと、外国から来た空海に授けるのだ。

一つの頂点のその技、その智恵、その法を後世に伝える時。
最も相応しい人を後継者に選ぶ。
頂点にいる人は世間的など考慮しない。
曇りなく、最も相応しい人でなければ、伝えられないからだ。
沖師という人は、近代日本ヨガの巨匠だったようだ。
(私が龍村先生を知った時には亡くなっていた)


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「迷想中・迷走中・500」

2022-05-17 21:40:21 | Weblog


ある気功師・106

普通に階段を降りる。
だが、どこにも隙がない。
何かの武術家。
昔の剣豪。
それでいて構えているわけではない。
こ、これが、自然体、というヤツか。

誰でも歩く。
階段を昇る、降りる。
特に意識しないで動く。
それは、自然体ではない。
自然体というのは・・・普通じゃない。

そんなふうに動ける、歩けるのは特別だ。
またまた目からウロコが・・・
何かを極めて、やっと自然体になれる。
その姿は隙が無いと同時に、隙だらけなのだ。
カッコイイのだ。
柔らかなのだ。
ある意味、綺麗なのだ。
こんな風に、な、なりたい。


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「迷想中・迷走中・499」

2022-05-16 21:23:52 | Weblog


ある気功師・105

私は何も知らなかった。
ヨガというのは若いネ~ちゃんが群れる。
身体を変な格好にして写真を撮る。
流行りだから・・・
というイメージだった。

それが龍村先生によって目からウロコが・・・
あれ?目からウロコは・・・デジャヴ・・・
私は半魚人か!
ヨガは一生の生き方の道標。
世界の平和への指標。
こ、これがヨガなら、学びたい。

ある日講師がいる上階から降りてくる龍村先生を見た。
異常続きで、私は感覚が鋭くなっていた。
通常では感じられない事も時々あった。
その時の龍村先生。
降りてくる姿が、普通人じゃない。


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「迷想中・迷走中・498」

2022-05-15 22:05:04 | Weblog


ある気功師・104

龍村先生はヨガの先生だ。
ヨガ講師を教える先生だ。
ヨガ修行者の自覚を持つ先生だ。
近代ヨガを日本に持ち込んだ沖正弘師の後継者だ。

故沖師の師はマハトマガンディーだ。
インドのガンディーの下でヨガとは何かを学んだ。
簡単にいえば、ヨガとは(結び)調和という意味だ。
インドをイギリスから戦争無しで独立させた。
そしてインドの自立を様々に打ち出した。
それがヨガの手法だ。
ガンディーはヨガの生き方を実践した超偉人だ。

そういう事を少しずつ知った。
そして、私の悪い癖が出た。
故師匠を追いかけている最中だ。
本妻1人、幼子2人がいる自営業の身だ。
それなのに、もう一人追いかけたい対象が増えた。
生活とか、どうする?という考えは浮かばなかった。
私は、アホだ・・・


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「迷想中・迷走中・497」

2022-05-14 21:17:19 | Weblog


ある気功師・103

御来光行法が終わり、皆で研修所に帰る。
空中のサングラスは帰り始めて振り返ると消えていた。
だが私にはいつでも太陽が見えるサングラスがある。
自動に現れる・・・というわけにはいかなかった。
その後二度と現れる事は無かった。
今では、あれは勘違いだったのかとさえ思える。

まぁ、どっちだっていいんだけどね。
と平気で言えるようになったのには理由がある。
その帰り道、私は初めて個人的に龍村先生に話しかけた。
どう話せばいいだか迷いながら、歩きながら説明した。
すると龍村先生はニコリと笑って言った。
「まぁ、そういう事も、あるわなぁ」
柔らかな京都弁だった。

え、そ、それだけ・・・
もっと何か言って欲しい・・・
アホらしくて、相手にされていない?
私はとても拍子抜けして、それ以上何も言えなかった。
その言葉の意味は、二年後に解かる。


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「迷想中・迷走中・496」

2022-05-13 22:21:22 | Weblog


ある気功師・102

私は奇妙な出来事には慣れている。
空中に幽霊なら納得する(朝でも昼でも)。
UFOでも問題ない。
神でも妖怪でも問題なく受け入れる。
だが、スクリーンのようなサングラスはなぁ・・・
納得できない。

奇妙は続いた。
サングラス内の太陽がデカいのだ。
異常にデカいのだ。
デカくても太陽だから昇る。
すると、そのデカい太陽の中にもう一つの太陽。
普通サイズの太陽があった。

そこで気づく。
あぁ、太陽って二つあるのだ。
いきなり納得する。
普段は一つしか見えない。
光が強烈だから、大きい方は見えない。
そして、サングラスが出現した理由も。
サングラスが無ければ大きな太陽に気づけなかった。
納得だぁ・・・


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「迷想中・迷走中・495」

2022-05-12 22:18:09 | Weblog


ある気功師・101

その場で教えていただいた真言。
唱えながら曙光を待つ。
私達は寺の崖の柵の内側にいる。
すると、私の目の前5メートル先。
つまり空間に、それは現れた。

横3メートル縦2メートルくらいのサングラス。
長方形のサングラス。
そんなものが空間に現れるか?
その中に太陽が少しずつ出てきた。

???
私は他の人を見た。
誰も違和感が無いようだ。
そして、私の目の前を見る。
幾度か見比べるが、私の前だけに現れているようだ。
これは・・・何だ?


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