すでに牡丹の咲く時期は終わってしまいましたが、その時期に撮っあった写真をもとに描いて見ました。
「しきしまのやまと心を人とはば、朝日ににほふ山ざくらばな」:本居宣長と詠んでいる様に、 日本人の美意識では、春は満開の桜や春風に舞う桜吹雪に、はかなさを感じいと惜しむところがあります。(これは「武士道」から来るのでしょうか。) 花に対する好みも国によって違うものですが、「中国」で最も愛されてきたのは、優美に咲き誇る大輪の花「牡丹」です。 牡丹は中国原産の花で「あまねく花を看るも、花に勝るものなし」と、古来から絶賛され、これが「花王」「花神」「富貴花」と呼ばれてきた所以でしょうか。 まさに百花の王と云うことなのでしょう。 また多くの詩人が詩に詠んでおり、李白は詩の中で、玄宗皇帝と楊貴妃のロマンスを牡丹に喩え、白居易も「長安の市民が牡丹の時期を待ちわび、都をあげて芳しい牡丹花の話題に熱中した。」ことを書き残しています。 わが国で言ううところの花見はもっぱら桜の木の下でと言うところですが、中国(長安)では、牡丹の花見が、都を挙げて行われ熱狂したと白居易の詩にも残されています。 中国におけるこの時代は、かつてバブル期に日本人がこぞって土地を買い漁った様に、中国では、「牡丹濃艶人心を乱し、一国狂うが如く金を惜しまず」と歌われたほどに、牡丹の名花を探し求めることに、情熱と大金を惜しまない風潮があった様です。 それほど花といえば「牡丹」を意味するほど、中国では愛されたそうです。 時は移り、ちなみに当市の大根島(牡丹の島)では、今年も牡丹の花が百花繚乱「牡丹祭り」が行われました。
倍賞千恵子:学生時代