息子は
赤蛙の卵の一部を水槽へうつし、
室内で観察している。
はじめは黒いまん丸だったのが、
一週間ほどで細長くなってきて、おたまじゃくしに
近づいてきている。
春休みに旅行などするとき、うちには
うさぎと亀がいる。
うさぎは餌の草をカゴの上に積み上げておき、
水も補充しておけばよい。
さびしくて死ぬことはなく、たいてい世話がおざなりになって
餌不足で死んでしまうのだ。
亀は冬から水槽にいるが、これからはあちい日に
お湯になるおそれがあるので、
大きい亀之介は、庭の金魚の池にもどす(きんぎょは引っ越し)。
小さい亀吉は、今カエルの卵を観察している大きめの水槽さ入れて、
暑くなりすぎない1階の窓辺におく。
亀吉はそれほど素早くもなく、おたまじゃくしと一緒でも
大丈夫かと。
去年の秋冬から、様々な展開がひろがっている。
健康を第一に、ひとつ一つを丁寧に歩めていくしかない。
本質はどれもシンプルで当たり前で、具体的で物理的なことばかりだ。
アタマが考えるのではなく、
その場所が教えてくれる。
3/30(金)、31(土)、4/1(日)は、西荻窪の
麻糸博覧会で、麻の風呂敷を披露しながら、むすび方の
ワークショップもいたします。
来月には、おたまじゃくしが一斉に泳ぎ出すでしょう。
いのちにとって大切なのは、その居場所がその生命にとって
ふさわしいかどうか。
合わないと、酸化して悪さをしたり毒ガスを発するようになる。
死体を微生物が分解して、水や土や空氣に還すように、
ものには寄り添う存在がある。
寄り添ひたる存在こそが居場所ともいえる。
おわりに、恩師からのことのはを引用します。
「なにものでもないことは、自由だ
いつか消失する運命って、軽快だ
だから、生き物でいることが大切
人間として… なんて二の次三の次」
中島智(芸術人類学者)
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