漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

特殊化した部首 「辶しんにょう」

2018年05月29日 | 特殊化した部首
        「辶・辶 しんにょう」の成立

の字にみる「辶・辶しんにょう」の成立過程
 イ・ちがう・ちがえる  辶部
意味 (1)ちがう(違う)。異なる。「違和感イワカン」「相違ソウイ」 (2)たがう。そむく。「違反イハン」「違約イヤク

    上段が辶・辶しんにょう、下段が違イ
 違の金文は、「彳(ゆく)+止(あし)+韋(まわりをめぐる)」の会意形声。韋は城壁の周りを巡って守備する形であるが、この字では巡回する兵士が行ったり来たりすること。「彳(ゆく)+止(あし)」は足で行く意で進行を表す。この字の意味は、行ったり来たりする兵士が行き違いになること。転じて、ちがう・ことなる意となる。
 篆文で「彳(ゆく)+止(あし)」は「辵チャク」に変化し、隷書(漢代の役人が主に用いた字体)で辵チャク⇒「+之の下部」になり、楷書で「辶 二点しんにょう」 と 「辶 一点しんにょう」になり混在した。旧字は康煕コウキ字典(清代に成立した権威ある字書)に準じて「辶 二点しんにょう」に統一されたが、日本では第二次大戦後成立した新字体に限って「辶 一点しんにょう」が用いられるようになった。現代でも旧字は「辶 二点しんにょう」が用いられている。
参考  音符「韋イ」へ

部首「辶・辶しんにょう 
 部首「辶しんにょう」は漢字の左辺から下部の位置に付いて、行く・移動する意味を表す。常用漢字で51字(第8位)、約14,500字を収録する[新漢語林]は、203字を収録している。主な常用漢字は以下のとおり。辶は旧字で使われる。
「辶+音符」となるもの
 ジン・はやい(辶+音符「卂シン」)
 ゴウ・むかえる(辶+音符「卬コウ」)
 キン・ちかい(辶+音符「斤キン」)
 ヘン・かえす(辶+音符「反ハン」)
 ハク・せまる(辶+音符「白ハク」)
 テツ・かわる(辶+音符「失シツ」)
 ジュツ・のべる(辶+音符「朮ジュツ」)
 メイ・まよう(辶+音符「米ベイ」)
 トウ・にげる(辶+音符「兆チョウ」)
 ギャク・さからう(辶+音符「屰ギャク」)
 ツウ・とおる(辶+音符「甬ヨウ」)
 ソク・はやい(辶+音符「束ソク」)
 シュウ・まわり(辶+音符「周シュウ」)
 カ・すぎる(辶+音符「咼カ」)など
辶を含む会意となるもの
 ヘン・あたり(辶+刀)
 こむ(辶+入)
 ツイ・おう(辶+𠂤タイ
 退タイ・しりぞく(辶+艮)
 トウ・すける(辶+秀)など


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特殊化した部首 「忄りっしんべん」 と 「㣺 したごころ」

2018年05月17日 | 特殊化した部首
 忄りっしんべん(立心偏)」と「㣺 したごころ(下心)」は、心が偏ヘン(左辺)にきた形と、下についた形が変形した部首である。「りっしんべん」という名前は、「立心偏」と書くと分かるように心が立ち上がって偏に来た形であり、「したごころ」は「下心」であり、心が下に付いて特殊化した形である。

   心の字の変遷
 シン・こころ  心部

解字 甲骨文字は心臓のかたちの象形で、左右の心房(血液をためるところ)と心室(心房の下部にあり血液を送り出すところ)が分れた状態を表現している。金文から心室がひとつになり、篆文で心室から血管のようなものがついた形になった。隷書(漢代の役人などが主に使用した書体)から、篆文の各部分が分離した形の「心」になり、これが現代字に続いている。意味は心臓であるが、のちに「こころ」の意が加わった。
意味 (1)しんぞう。「心臓シンゾウ」。「心筋シンキン」「心房シンボウ」 (2)こころ(心)。「心理シンリ」「心眼シンガン」 (3)物事の中心。「核心カクシン

   りっしんべん(立心偏)」の成立
「性」の字にみる立心偏の変化

 下段は性の変遷過程、上段は立心偏を抜き出したもの
 立心偏は、いつ、どのように成立したのだろうか。ここに成立の過程をしめす字がある。「性セイ」は篆文から出現する字だが、その変遷を示したのが上図の下段である。上段には立心偏のみを抜き出して表示した。これを見ると、篆文においては心の篆文がそのまま偏に付いているが、次の隷書になると変化が表れる。隷書第1字は、篆文のおもかげを残し左右の心房と中央の心室が描かれている。ところが第2字は右の心房が略され、さらに第3字に至ると左右の曲線が短い直線に変化した。これが現代字に続く立心偏の成立となった。つまり、隷書体の時期に立心偏が成立したことが分かる。立心偏の主な字は以下のとおり。
  忙ボウ(忄+音符「亡ボウ」)・怖(忄+音符「布フ」)・性セイ(忄+音符「生セイ」)・
  愉(忄+音符「兪ユ」)・慣カン(忄+音符「貫カン」)・憬ケイ(忄+音符「景ケイ」)など。

    したごころ(下心)」の成立
「恭キョウ」の字にみる「したごころ(下心)」の変化

 下段は恭の変遷過程、上段は「したごころ」を抜き出したもの
 「したごころ」は、いつ、どのように成立したのだろうか。上図の下段は「恭キョウ」の変遷を示したものだが、篆文の恭で下部についているのは心の篆文である。次の隷書にいたると、隷書第一字では下に隷書の心が付き、第2字で心が変化した㣺になっている。つまり、「したごころ」は、隷書から大きく変化した心の字の第一画はそのままで、第2画がタテ線になり、3画と4画をそのままの形で下におろしたのである。
「したごころ」はどんな字に付くか?
 心がそのままの形で下部につく字は、忘ボウ・悲ヒなど数多い。では「したごころ」はどんな字につくのだろうか。これがつく漢字を調べると、下部が大や夭・共など、すなわち八のように末広がりになった漢字の下に入るとき変形してることが分かる。
 主な字には、慕(㣺+音符「莫ボ」)・忝テン(㣺+音符「天テン」)・恭キョウ(㣺+音符「共キョウ」)などがある。

 以上で分かるように、(立心偏)は篆文の心からの変化であり、(したごころ)は隷書で成立した心の字の変化であることがわかる。
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特殊化した部首 「癶はつがしら」 <両足をそろえて出発する>

2018年04月06日 | 特殊化した部首
癶 ハツ・ハチ  癶部    

解字 甲骨文字は左右の両足(止)をそろえた形。両足をそろえて出発する意となる。金文・篆文は原型を残しているが、隷書レイショ(漢代の役人が主に使用)から大きく変化し、現代字は癶の形になった。癶は部首の「はつがしら」となり、発・登などの字で用いられる。
意味 ゆく。

参考 癶ハツは部首「癶 はつがしら」となる。漢字の上部につき「両足をそろえて立ち出発する」意味を表す。この部に属する字は少ないが、主な字に、発ハツ・はなつ・たつ[發](癶+弓+殳)、登トウ・のぼる(癶+音符「豆トウ」)、癸キ・みずのと(「癶+矢」の変形字)があり、いずれも音符となる。
参考 音符「発ハツ」へ
    音符「登トウ」へ
    音符「癸キ」へ
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特殊化した部首 「疒やまいだれ」<ベッドの上で発汗して寝る人>

2018年04月05日 | 特殊化した部首
 ダク・やまい 疒部  

解字 甲骨文第1字は、爿ショウ(ベッド)の上に汗を出している人があおむけに横たわっている形で、タテに描かれている。高熱で発汗している人と思われる。第2字は汗のない形。いずれも人が病床にある形で、意味はやまい(病)。病む。金文から疒ダクの単独字はなくなり、「やまいだれ」として他の字と結びつく形になる。金文・篆文・隷書は、疾シツ(やまい)から矢を除いた形を掲載した。金文は爿ショウがかなり変形し、横たわる人は横の線になった。篆文の爿ショウは甲骨文を引き継いでいるが横たわる人は線のままである。隷書(漢代の役人が主に使用した文字)にいたり、人の横線が 亠(なべぶた)になり、爿ショウの形も第2字で、ほぼ現代字と同じ形になった。
意味 やまい(疒)。やむ。ただし、現在は病 ビョウがその意味をあらわし、単独では部首「疒やまいだれ」となる。

参考 部首「疒やまいだれ」は、漢字の「たれ(垂)」(上部から左下に垂れる位置)に置かれ、病気および心や身体の状態を表す。常用漢字では15字、約14,300字を収録する『新漢語林』では、172字が収録されている。
常用漢字は以下のとおり。
 疫エキ(疒+音符「殳シュ」)、疲ヒ・つかれる(疒+音符「皮ヒ」)、疾シツ・やまい・はやい(疒+音符「矢シ」)、病ビョウ(疒+音符「丙ヘイ」、症ショウ(疒+音符「正セイ」)、痕コン・あと(疒+音符「艮コン」)、痘トウ(疒+音符「豆トウ」)、痛ツウ・いたい(疒+音符「甬ヨウ」)、下痢(疒+音符「利リ」)、痩ソウ・やせる(疒+音符「叟ソウ」)、痴チ・おろか(疒+音符「知チ」)、瘍ヨウ(疒+音符「昜ヨウ」)、療リョウ・いやす(疒+音符「尞リョウ」)、癒ユ・いえる(疒+音符「愈ユ」)、癖ヘキ・くせ(疒+音符「辟ヘキ」)
※各文字の詳細は、それぞれの音符を検索してください。



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特殊化した部首 「阝こざと」 と 「阝おおざと」

2018年03月07日 | 特殊化した部首
 「阝」は不思議な部首である。これは漢字か?というと漢字ではない。なぜなら、名称と意味はあるが発音がないからだ。しかも、漢字の左辺にある時と、右辺にある時で名称と意味が異なる。すなわち、左辺にあるとき「こざと」と呼ばれ、右辺におかれると「おおざと」と呼ばれるのである。意味も「こざと」が主に丘を表すのに対し、「おおざと」は人々がまとまって住む土地を表す。
 結論をいうと、阝(こざと)は阜の省略形、阝(おおざと)は邑ユウの省略形ということになっている。いったい何故この2字は同じ形になってしまったのか?


   フ <阝(こざと)の原字>
 フ・おか  阜部 
阜にあたる字形の甲骨文
 阜の古代文字は篆文まで遡れるが、この文字にあたる字形として甲骨文は2つの系統がある。一つはAで梯子(はしご)、もう一つはBで丘の向きを変えた形である。後代には両者が混同したが、甲骨文字では使い分けられており、Aは梯子を用いた動作や上昇の象徴として使われ、Bは丘陵に関係する文字に使われている[甲骨文字辞典]。金文の阜にあたる字形は、甲骨文字とほぼ同じ形のA 梯子(はしご)と、B 丘が使われるが、両者が混同して使われることがある。
上が阜、下が部首の阝
 篆文にいたり字体が統一された。次の隷書レイショ(漢代の役人などが主に使用した書体)で上部と下部に変化がおこり、楷書で現在の字体である阜になった(図の上部)。一方、漢字の右辺に付いた字体は、独自な変化をたどった。隷書で三つの山をもつ形⇒二つ山になり、ほぼ現在の阝に近い形に変化したのである(図の下部)。こうして、阜と部首の「阝」は、隷書で分離した。阜は現在では梯子の意味はなく、丘や大きい・さかん・多い意になっている。
阜の意味 (1)おか(阜)。大きな丘。台地。 (2)大きい。大きくなる。「阜成フセイ」(立派にしあげる) (3)さかん。さかんにする。 (4)多い。豊か。豊かにする。「阜財フザイ」(財産を増やす。また、豊かな財産) (5)地名。「岐阜ギフ」(岐阜県および岐阜市の名称)

部首の「阝こざと」 
阝[阜] こざと偏
 阜が漢字の左側(偏)にきたとき「阝」の形になり「こざと偏」と呼ばれる。「こざと」は里と関係なく、本来の意味である丘や山の意、さらに壁や土塁の意。また、ハシゴ(梯子)の意などで用いられる。「こざと」の名称は、「むら」や「まち」を表す部首の「おおざと(阝)」が同じ形であるため、おおざと(大里)と区別するため、こざと(小里)と呼んだものと思われる。
 阝(こざと)偏は、常用漢字で30字(19位)、約14,600字を収録する『新漢語林』では121字が収録されている。主な字は以下のとおり。
丘や山の意
 ソ・はばむ(阝+音符「且」)
 ショウ・さわる(阝+音符「章ショウ」)
 リョウ・みささぎ(阝+音符「夌リョウ」)
 ヨウ・ひ(阝+音符「昜ヨウ」)
 グウ・すみ(阝+音符「禺グウ」)
 トウ(阝+音符「匋トウ」)
土壁や土塁の意
 イン(阝+音符「完カン」)
 リン・となり(阝+音符「粦リン」)
 ゲキ・すき(阝+小+日+小の会意)
ハシゴ・階段の意
 コウ・おりる(阝+音符「夅コウ」)
 ゲン・かぎる(阝+音符「艮コン」)
 カイ・きざはし(阝+音符「皆カイ
 サイ・きわ(阝+音符「祭サイ」)
 チン・つらねる(阝+東の会意)・
 カン・おちいる(阝+音符「臽カン」)

コウ・おりるに見る阝の形成過程    

 ここで、降の字で阝の変遷をたどってみよう。降は、はしごに左右の下向きの止(あし)を配し、はしごを降りる形である。甲骨文はA梯子(はしご)の2タイプが使われ、金文は1タイプ、篆文で統一され、隷書から阝が成立したことがわかる。

   ユウ <阝(おおざと)の原字> 
 ユウ・むら  邑部 

解字 「 囗(かこい)+卩セツ(人のひざまずいた形)」の会意。囗は外囲いを表し、都市の城壁をめぐらした形。卩セツは人のひざまずいた形で、のちに巴に変化した。両者を合わせた邑ユウは、城壁の中に人がひざまずいている形で、人々が住む城市を表す。中国では人々が集まって住むとき城壁で囲うことが多く、城市のほかに一般の村里の意でも使われる。邑は漢字の右辺に位置するとき、阝(おおざと)の形になる。
意味 (1)みやこ。くに。諸侯の領地。「大邑ダイユウ」(王都。殷の都)「都邑トユウ」(①みやこ。②みやこと、むら)「城邑ジョウユウ」(都会・みやこ) (2)むら(邑)。さと。「邑宰ユウサイ」(村長)「邑里ユウリ」(むらざと)「邑落ユウラク」(むらざと) (3)うれえる。(=悒)

部首「阝おおざと」

郡にみる邑ユウの変遷
 邑ユウは組合せ漢字の右側(旁つくり)に置かれたとき阝のかたちに変化する。邑⇒阝への変化をたどる一例として郡グンの篆文テンブンと隷書レイショ(漢代の役人などが主に使用した書体)を上に挙げた。篆文の邑は「口+卩セツ」の形だが、隷書第一字で「口+巴」になり、第二字で「口二つがタテ線でつながった形」になり、第三字で阝になった。すなわち、隷書の時代に邑⇒阝への変化は完成している。
 部首「阝おおざと」は、邑ユウの意味である、みやこ・くに・むら・さと等、人が住む比較的大きな場所や領域を示す。このため日本で「おおざと(大里)」と名付けられたと思われる。漢字の左側にきたときも同じ形になるが、これは阜(おか)の簡略形で、「こざと」と呼んで区別される。
 常用漢字には12字があり、約14,600字を収録する『新漢語林』では116字を収録している。主な字は以下のとおり。
 コウ(阝+音符「交コウ」)
 グン・こおり(阝+音符「君クン」)
 ロウ・おとこ(阝+音符「良リョウ」)
 ブ・わける(阝+音符「咅バイ」)
 ト・みやこ(阝+音符「者シャ」)
 ユウ(阝+垂の会意)
 ホウ・くに(阝+音符「丰ホウ」)
 ジャ・よこしま(阝+音符「牙ガ」)
 テイ・やしき(阝+音符「氐テイ」)など。
 

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