漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

紛らわしい漢字 「予ヨ」 と 「矛ム」

2017年11月29日 | 紛らわしい漢字 
 「予ヨ」と「矛ム」は似ている。両字の違いは「ノ」があるかないかだけ。最も簡単な覚え方は、「よ()の()ほこる(ほこ)は、盾(たて)を突きぬけムジュンなし」。つまり、+ノ=矛である。
 もっと詳しく両字の成り立ちを知りたい方は以下をご覧ください。

  予は、機織りの杼・シャトル
 ヨ・われ・あたえる  亅部           

 杼ひ
解字 金文は状のもの二つがずれて重なった形。篆文はがかさなり下の△から糸がでている形。いずれも機織りの横糸を左右に走らせるための道具である杼(ひ・シャトル)の象形で、杼が上方から下方へ移動するさま(実際は横に移動する)を描いている。隷書レイショ(漢代の役人などが主に使用した書体)から形が変わり現代字の予につながる。現在の予のマは上の杼、下部の「㇖+㇚」は下の杼と糸を表している。予は杼の原字である。本来の意味では使われず、仮借カシャ(当て字)して、「われ」の意味を表わし、また与(あたえる)に通じて、与える意を表す。本来のシャトルの意は、木をつけた杼チョ・ひが受け持っている。
意味 (1)われ(予)。=余。「予輩ヨハイ」(われら) (2)あたえる(予える)。「賜予シヨ」(身分の高い者から下の者に与える)「予奪ヨダツ」(あたえることとうばうこと=与奪)

なお、予は旧字・豫ヨ・あらかじめの新字体も兼ねるので、予(あらかじ)めの意も表す。
[豫]  ヨ・あらかじめ・かねて   亅部
解字 旧字は豫で 「象(ぞう)+予(行って帰る)」 の会意形声。予は機織りの杼(ひ)の形であり、タテ糸に横糸を通すため行き来するので「行って帰る」イメージがある。豫は、ゆっくりした象が行って帰ること。この動作は、あらかじめ予測できる意。豫は、新字体で象が略され、予と同じ字体になった。
意味 (1)あらかじめ(予め)。かねて(予て)。かねがね(予予)。まえもって。「予感ヨカン」「予告ヨコク」「予鈴ヨレイ」(本鈴の前に、あらかじめ鳴らす鈴) (2)ためらう。「猶予ユウヨ」 (3)たのしむ。


               矛ム <ほこ>
 ム・ボウ・ほこ  矛部

 銅矛の穂先
解字 長い柄の先に、鋭い両刃の穂先をつけた槍のような武器の象形。金文・篆文ともにかなり字形が変わっており、遺物の形と隔たりがある。矛は部首となるが、「ほこ」の意で音符ともなる。予(われ)と矛の混同に注意。
覚え方 よ()の()ほこる(ほこ)は、盾を突きぬけ盾なし 「予+ノ=矛
意味 ほこ(矛)。長い柄の先に両刃の剣をつけた武器。「矛盾ムジュン」(ほことたて。つじつまが合わない)「矛戈ボウカ」(矛と戈。戈は一つの枝のあるほこ)「矛戟ボウゲキ」(矛と戟。戟は二つの枝のあるほこ)
<紫色は常用漢字>




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紛らわしい漢字 「采サイ」 と 「釆ハン」

2017年11月27日 | 紛らわしい漢字 
 「采サイ」と「釆ハン」は、よく似ている。しかし、仔細にながめると采サイは「爫(ノツ)+木」であり、釆ハンは、「ノ+米」だ。采サイの爫(ノツ)は上からの手のかたち。釆ハンは部首で釆(のごめへん)となる字だが、米とは関係なく獣の足指や爪の分かれる形を表している。

    サイ <つみとる>
 サイ・とる  爪部または木部 

解字 甲骨文は実のなっている木の上に手先を描いた形で、木の実をとる意。金文以降は「手先+木」の形になった。木の実を指でつかんでとること。採の原字である。手先は現代字で「ノ+ツ」の形になっている。原義は「とる」「えらびとる」意だが、この字から採サイや彩サイが分離したので、すがたや、かたち・ようすを表す語になっている。
意味 (1)とる(采る)(=採)。つみとる。えらびとる。(=採)(2)いろどり。あや。もよう。(=彩) (3)すがた。かたち。ようす。「喝采カッサイ」(やんやとほめそやす)「風采フウサイ」(人のみかけの姿)(4)[国]さい。大将が軍を指揮するとき使う道具。「采配サイハイ
采は「つみとる」「えらびとる」のイメージで、さらに3つの常用漢字を作る。 
イメージ 
 木の実を「つみとる」(采・採・菜)
 良い実を「えらびとる」(彩)
音の変化  サイ:采・採・菜・彩
つみとる
 サイ・とる  扌部
解字 「扌(手)+采(つみとる)」の会意形声。手でつみとる意。
意味 (1)とる(採る)。つみとる。とり入れる。「採光サイコウ」「伐採バッサイ」(2)集める。「採集サイシュウ」「採取サイシュ」(3)選び取る。「採択サイタク」「採用サイヨウ
 サイ・な  艸部
解字 「艸(くさ)+采(つみとる)」の会意形声。つみとった野草や野菜。
意味 (1)な(菜)。つみな。なっぱ。「野菜ヤサイ」「菜園サイエン」 (2)あぶらな。「菜種油なたねあぶら」 (3)おかず。料理。「菜料サイリョウ」(飯の菜。おかず)「菜館サイカン」(料理店)
えらびとる
 サイ・いろどる  彡部
解字 「彡(模様)+采(えらびとる)」の会意形声。色を選んで模様をつける。
意味 いろどる(彩る)。いろどり。「彩色サイシキ」「色彩シキサイ」「彩雲サイウン」(ふちなどが美しく色づいた雲)
参考 音符「采サイ」

    ハン <獣の足のつめ>
 ハン・ベン   釆部のごめ

解字 甲骨文は手で物をはさみ持つ様子を表した形の中の一種。本来の意味で使われず、地名またはその長、および祭祀名となっている[甲骨文字辞典]。金文は米と似た形になり意味は地名、篆文から獣の足指や爪の別れている形として用いられた。わかれる意で部首となる。
意味 つめ。わかつ。
釆は部首「釆のごめ・のごめへん」になる。 
 「のごめ」の名称は「ノ+米」からきている。偏(左辺)になり、わかれる・ばらばらになる意を表す。この部首は非常にすくなく、主な字は、釈[釋]シャク・とく、釉ユウ・うわぐすり、の2字しかない。しかも釉ユウの釆は、采サイの変形字で便宜的な部首のため(音符「由ユウ」を参照)、本来の部首は釈のみ。

のごめへんの常用漢字
 シャク・とく  釆部  
解字 旧字は釋シャクで、「釆ハン(分ける)+睪エキ(次々とつらなる)」の会意。釆は、けものの指の分かれた形と解され、分ける意。新字体は睪エキ⇒尺シャクに変化した釈になった(尺シャクは字の発音を表すので覚えやすい)。釈は次々とつらなっているものを分けて解き放つこと。解く意となる。転じて、解き明かす意ともなる。
意味 (1)ときはなつ。ほどく。ゆるす。「釈放シャクホウ」「保釈ホシャク」 (2)とく(釈く)。ときあかす。「解釈カイシャク」「注釈チュウシャク」 (3)言い訳をする。「釈明シャクメイ」 (4)薄める。「希釈キシャク」 (5)仏や仏教を表わす語。「釈迦シャカ」「釈門シャクモン

のごめが含まれる常用漢字
 バン  田部
 熊の足うら

解字 「釆ハン(獣の爪)+田(あしのひら)」で、動物の足の爪と、ひら(掌)を表す。釆ハンは獣の爪の別れている形で、田は足のひら(掌)である。また、爪とひらがくっきりとつく、動物の足跡の形。大きな動物が通ったあとは、はっきりと順々に足あとが地上に残っている。そこで、足あとの形は、順序よくの意となり、当番・順番の意味となる。 音符「番バン」を参照。
意味 (1)順序。順位。「番号バンゴウ」「一番イチバン」 (2)かわるがわる。「輪番リンバン」「当番トウバン」 (3)見張り。「番人バンニン
参考 音符「番バン」を含む常用漢字に、審シン・つまびらか、藩ハン、翻ホン・ひるがえる がある。
<紫色は常用漢字>


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音符「朿シ」<とげ> と「刺シ」「棘キョク」「棗ソウ」「策サク」

2017年11月24日 | 漢字の音符
 シ・セキ  木部

解字 甲骨文は矢の形が含まれているものがあり、武器の一種の象形。先が尖った武器であろう。[甲骨文字辞典]によると、意味は①武人、②軍事攻撃や狩猟、③軍事駐屯地など。金文もほぼ同じ形だが、篆文で木が含まれる形に変化したので、後漢の[説文解字]は、木のトゲと解釈した。武器の意味は、古代文字が「朿(武器の一種)+貝(財貨)」である責セキに含まれるが、音符「朿シ」のイメージは「とげ」で解釈できるので(同音代替をのぞく)、意味も「とげ」であることから、刺(さす・とげ)の原字としてさしつかえないと思う。部首は木部。
意味 とげ。草木のとげ。のぎ(芒)。

イメージ 
 「とげ」
(朿・刺・棘・棗) 
 「同音代替(サク)」(策)
音の変化  シ:朿・刺  キョク:棘  サク:策  ソウ:棗

と げ
 シ・さす・ささる・とげ  刂部
解字 「刂(刀)+朿(とげ)」の会意形声。とげのようにとがった刀。この刀でさすこと。また、トゲの意味で用いられる。
意味 (1)さす(刺す)。つきさす。ささる(刺さる)「刺客シカク」(暗殺をおこなう人)「刺激シゲキ」「刺繍シシュウ」「刺青シセイ・いれずみ」 (2)相手の弱みをつく。そしる。なじる。「風刺フウシ」(3)とげ(刺)。とがったもの。はり。「有刺鉄線ユウシテッセン」(4)(刺して)様子をさぐる。「刺探シタン」(漢方で針を刺して病気の所在を探る)「名刺メイシ」(①名前や来訪目的を木竹簡に書いて玄関で渡し面会を探るもの。②姓名・住所・職業などを印刷した紙片)「刺を通ず」(名刺を渡して面会を求める)「刺謁シエツ」(名刺を渡して目上の人に会う)
 キョク・いばら・とげ  木部

棘のあるタラノキ(「植木図鑑・植木ペディア」より)
解字 「朿(とげ)+朿(とげ)」の会意。とげが横に並ぶことから、とげのある低木の意。
意味 (1)いばら(棘)。とげのある低木の総称。「茨棘シキョク」(茨も棘も、いばらの意)「棘矢キョクシ」(いばらの木の矢。魔除けに用いる)「桃弧棘矢トウコキョクシ」(桃の木の弓といばらの矢。魔除けの道具) (2)とげ(棘)。はり。「棘皮キョクヒ」(とげのある皮膚)「棘皮動物キョクヒドウブツ」(ヒトデ・ウニ・ナマコなど、とげのように突き出たものが多い動物)
 ソウ・なつめ   木部

サネブトナツメの枝・武田薬品京都薬用植物園
解字
 「朿(とげ)+朿(とげ)」の会意。とげが上下にならぶことから、とげのある高木の意。とげの多いなつめの木をいう。原種のナツメは幹や枝に鋭いとげがあった。現在のナツメは品種改良され、とげはないか、あっても小さい。
意味  (1)なつめ(棗)。クロウメモドキ科の落葉小高木。長楕円形の実がなり種子は食用となるほか、「酸棗仁サンソウニン」と称する生薬となる。「棗椰子なつめヤシ」(なつめに似た液果をつけるヤシ) (2)抹茶の茶入れ。形がなつめの実に似ていることから。「利休棗りきゅうなつめ」(茶道で最も広く用いられている形の棗)

同音代替
 サク ・むち・ふだ・はかりごと  竹部
解字 「竹(たけ)+朿(サク)」の形声。サクは、A 責サク・セキ、B 冊サク・サツ、に通じる。
A「竹+サク(責サク・セキ:せめる)」で、竹の細い棒で馬を責める。むちの意。また、竹の細い棒が転じて、つえの意ともなる。
B「竹+サク(冊サク・サツ:ふだ)」で、竹のふだ、竹簡・文書の意。
意味 A(1)むち(策)。むちうつ。「策馬サクバ」(馬をむちうつ) (2)つえ。つえをつく。「散策サンサク」(杖をついて散歩するようにぶらぶら歩く) B(3)ふだ(策)。ふみ。書きつけ。「簡策カンサク」(手紙)「対策タイサク」(相手の策(ふみ)に対応する。転じて、相手や事件の状況に応じてとる方法) (4)はかりごと(策)。「策略サクリャク
<紫色は常用漢字>

<参考>
 セキ・シャク・せめる  貝部

解字 甲骨文から篆文まで「朿(武器の一種)+貝(財貨)」 の会意形声。朿は、先の尖った武器の一種。この武器で財貨を力づくで求めること。また転じて、とがめる意となる。現代字は、篆文の上部・朿⇒龶 に変化した責になった。なお、甲骨文では、財貨を集積する意があるが、これは音符にあらわれる。
意味 (1)せめる(責める)。力づくで求める。とがめる。「叱責シッセキ」「自責ジセキ」「呵責カシャク」(呵は、しかる意。しかって責めること)(2)なすべき仕事。つとめ。せめ。「責務セキム」「責任セキニン」「重責ジュウセキ
イメージ
 「財貨を求める」
(責・債)
  出された財貨を 「つみかさねる」(積・癪・績・漬・簀・蹟)
音の変化  セキ:責・積・績・蹟  サイ:債  サク:簀  シ:漬  シャク:癪
音符「責セキ」を参照。

    バックナンバーの検索方法
※一般の検索サイト(グーグル・ヤフーなど)で、「漢字の音符」と入れてから、調べたい漢字1字を入力して検索すると、その漢字の音符ページが上位で表示されます。




 
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石沢誠司 「人の姿の音符Ⅱ」

2017年11月20日 | 漢字音符研究会
第6回漢字音符研究会  2017年11月11日(土)

テーマ  人の姿の音符 そのⅡ

講 師  石沢誠司氏  ブログ「漢字の音符」編集者

人の姿の音符Ⅱの概要
 人の姿の音符Ⅰで取り上げた以外の主な字は、大きく分けると「女ジョ」「母」「子」「老ロウ」がある。
 ジョは、人がひざまずいて手を前に交えている形で女性を表す。その横に口を置いたジョは、「いかが」「ごとし」の意味になるが、本来は神に祈って神意に「したがう」意。女に又(右手の意)がついたは、女を手で捕らえ自由をなくし奴隷とする意。女だけでなく男女の奴隷に用いる。
 女が建物の中にいる形がアンで、静かで落ち着いた安らかなさまの意。「日+女」のエンは、日が穴のあいた玉であると考えられ、玉を頭部につけ陽の力をえて生き生きとする女を表す。エンの原字。一方、エンを匸(はこ形のかこい)に入れたエンは、女が陽気を失くして伏せる意。
 手にカンザシを持ち頭髪にさすかたちがサイで、婚儀のときの髪形であり結婚した女性を示す。女のうえに辛シン(入れ墨をする針)をつけたショウは、針で女の額に入れ墨をするかたち。入れ墨で識別された女奴隷をいう。後に、貴人につかえる女性、正妻以外の夫人の意となった。

 女に両方の乳房を点で加えた形がで、子を生み育てる母の意。母の字は、また、否定・打消しに仮借カシャ(当て字)して用いられたが、のち両方の乳房を直線化したのがで、禁止・否定を表す助字となる。母(=女性)の頭髪にカンザシをさして髪をととのえたかたちがマイで、朝起きるたびに髪をととのえなおすので、ごと(毎)の意味になる。
 若い巫女(みこ)が右に頭をかたむけた形がヨウで、身をくねらせる形。夭とは逆に左に頭をかたむけた形がショクで、同じく身をくねらせる形。これに口をつけた呉は、身をくねらせて笑うのが原義での原字。また、ジャクの甲骨文は巫女が髪を振り乱して手を上げ、神意をききとる形。若い意のほか、ごとし(若し)などの意味になる。

 小さな子供をかたどったのがで、円で頭を交差する十字で両手と胴を表わす。は、子に上からの手をつけた形で子供を手でかかえあげるさま。皿(たらい)の上に子があるのがモウで、生まれた子に産湯をつかわせる形。生まれて最初の儀礼であるから始めの意味を表す。兄弟やその他の序列にも及ぼして用いる。ホウは、子をおむつや産衣で包んだ形。生まれた子は何も分からないため、転じて、おろかの意となった。子が下向きになったのが𠫓トツで、赤子が頭を下にした正常な姿で生まれるさま。これに出産の羊水を加えたかたちのリュウは、ながれでる意での原字。

 長髪の人が杖をついている形がロウで、老人を表す。コウは、老の略体に子をつけた形で、子が老人を大切にすること。また、老の略体に丂コウ(まがる意)をつけたコウは、腰のまがった老人の意だが、同音の校コウに通じ、かんがえる(校比=考え比べる)、くらべて調べる(校書・校訂)意味でつかわれる。老人の長髪を象ったのがチョウで長い意。人がかくれる姿がボウで、かくれる・なくなる意となる。



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漢字の筆画(ストローク)の重要性

2017年11月18日 | 漢字の音符
 漢字を分解してゆくと、一・亅・ノ・㇆・㇗・㇜・㇇・㇙・㇛などの要素から構成されていることが分かる。これらを筆画ヒッカクまたは漢字の画(ストローク)といい、漢字の字体を構成する最小単位の要素(エレメント)となっている。書道では普通、点画テンカクと呼ぶ。これらの要素は、一画一画、筆を離してきちんと書く楷書とともに成立していったと考えられる。

 漢字を初めて習う小学生は、学校で先生から漢字の書き順を学ぶが、この一つ一つが筆画である。筆画はいわば「漢字の書き順のひと区切り」でもある。このため、本来的には最小単位とは言いがたい㇉・㇡・乙などの要素も、一つのストロークとされている。筆画は、一と乙のように1ストロークが一つの文字となっているものを除くと、意味も発音もなく、漢字を構成する最小単位である。この単位がいくつか集まって結合すると、突然、意味と発音のある基本漢字に変身する。この最小単位(ストローク)は漢字の画数を決定し、漢字字典を検索する際の画数索引のもとにもなるから、非常に重要なものである。
 ところで、日本では小学校で筆画の初歩を学ぶが、筆画が全部で何種類あるのか、一つ一つに名称があるのか、といったようなことは学ばないし、第一、教える先生も知らないようだ。実は、これを書いている私も知らない。

非漢字圏から筆画の研究者が現れた
 ところが、非漢字圏の日本語学習者の中から、漢字を筆画の要素から分析する研究者が現れている。中央アジアの山岳国家であるキルギス共和国のガリーナ・ヴォロビヨワさん(以下、「ガリーナさん」と表記)もその一人である。以下の文章は、ガリーナ・ヴォロビヨワ, 伊藤広宣著『人生をかけた日本語教育 : 実践と研究をつなぐ二人の対話』 からの引用・抜粋である。(書名を検索サイトに入力すると、PDFで閲覧できます)
 ガリーナ・ヴォロビヨワさん 
 ガリーナさんはキルギス日本センターで開講された日本語講座で、46歳から日本語を学びはじめた。最初は平仮名、続いて片仮名と、日本の見慣れぬ字を繰り返し書く練習をした。何とかマスターして次に漢字の学習に入ると、その習得の大変さに辟易した。頑張っても漢字がなかなか覚えられない、覚えてもすぐに忘れてしまうので、日本語学習をやめようかと思うほど苦しかった。だから、漢字学習が難しくて主にそのせいで日本語の勉強をやめた同級生が多かった。

 しかし、努力して課程を修了したガリーナさんは卒業後、キルギス日本センターの常勤講師になり、さらに後にキルギス国立総合大学の日本語上級講師として働いた。彼女は、ひたすら暗記にたよる漢字学習を改善しようと、自分で漢字の教科書を作って出版した。初級Ⅰレベルで220字を収録した『漢字物語Ⅰ』(2005年)、および初級Ⅱレベルで298字収録の『漢字物語Ⅱ』(2007年)である。この教科書のなかで、彼女は漢字の画について画期的な方法を採用している。それは、漢字の筆画を24種類とし、そのストロークのおのおのにローマ字を当て、一つの漢字の筆順をローマ字で示したのだ。これによって日本人もはっきり知らなかった筆画(ストローク)を体系づけたのである。

彼女はなぜ筆画に注目したのか? 
 ガリーナさんはなぜ筆画に注目したのだろうか? 著書のなかで彼女は語っている。「ある日、一人の日本語に無関係の友達に私の日本語の教科書を見せてほしいと頼まれました。教科書を見せると、驚いて私に聞きました。『あなたは一体どうやって漢字を見分けるの。みんな同じじゃない。ほら、みんな小さい家の形をしているじゃない』。初めて漢字を見る非漢字系の人のこのような反応は当然だと思います。日本人の子供は生まれてから周りの漢字を見て、それを学習すべきだ、学習しないと生活ができないという考えがいつの間にか脳に入ります。それに対して非漢字系学習者の脳の準備はまったくなく、漢字学習をしはじめてショックを受けるのは当然のことです。そのため非漢字系学習者には漢字学習の予備段階が必要だと思いました。」

 そこで彼女が思いついたのは、ロシア語で使用されるキリル文字を覚えたとき、文字を書かせられる前にその文字のエレメント(構成要素)を書かされたことだった。そのおかげでキリル文字の書き方が分かりやすくなって、きれいに書けるようになったという経験があった。そこで彼女は日本語の先生に、漢字を構成するストローク(漢字の画)の種類と数を尋ねたが、聞いた先生の誰もが説明できなかったという。そこで自分で漢字を分解してストロークを抽出した。のちにロシアで発行された中国語の教科書にストロークの種類が入っている表が公開されているのを知り、それを利用することにしたという。

基本となる24の筆画
 こうしてガリーナさんは、中国語教科書に載っていたストロークの種類表に準拠して24種類のストロークを採用し、さらに学習する生徒に分かりやすいように各ストロークにアルファベットのコードをつけた。ガリーナさんの論文、「漢字の構造分析に関わる問題:漢字字体の構造分解とコード化に基づく計量的分析」(国立国語研究所論集9) 及び、「非漢字系日本語学習者の漢字学習における阻害要因とその対処法:体系的な漢字学習の支援を目指して」(国立国語研究所論集12) にその内容が報告されている。(いずれも論文名を検索サイトに入れると、PDFで閲覧できます)
 以下の表が24種類の画とそのアルファベット・コードである。なお、私はガリーナさんが採用した筆画ストローク表(以下、ガリーナ表という)を分析して、点・たて画・よこ画・斜め画・折画・複合画に分けて表にしてみた。日本の書道の点画や、現在の中国での筆画と比較するのに都合がよいので、一緒に掲載させていただく。
 ガリーナ表

 
 
 それから彼女は、この表をタテ一列に配列した漢字の画の練習シートを作成したのである。初めての学習者にこの表でストロークを練習させたうえで漢字の筆順の説明をすると、学習者にとって分かりやすいことが確認できたという。

 非漢字系の学習者にとって、今まで見たこともない漢字がどのような要素から出来上がっているのか説明し、その要素の一つ一つを書いて練習する。次にこれらの要素を順番に書いてゆくと漢字が書ける、という手順は非漢字系の学習者にとって大変分かりやすいと思われる。さらにガリーナさんは、この表は片仮名を教えるのにも役立つことを指摘している。片仮名は漢字の一部を取って作られた文字であり、漢字との共通の画を含んでいる。片仮名の書き方の習得を漢字の予備段階として指導することで漢字学習の初歩は容易になるという。
 日本の漢字学習でもこの方式は有効であると思われる。子供たちに最初にストロークの種類を教えれば、子供たちは生涯これを忘れないだろうし、次の段階である漢字の書き順も、より容易に覚えることができ、さらに漢字字典の画数索引をもっと気軽に利用するのではないだろうか。

 次にガリーナさんは、このストロークを基礎にして漢字の構造を説明する。例えば、町という漢字は、「田+丁」だが、さらに田と丁をストロークに分解して、それを一緒に図示するのである。
 
 町という字にとって、この字を構成する画(ストローク)は言わば原子であり、これらの原子が組み合わさり文字としての最小単位である田と丁となる。田と丁は分子であり、これら2つが組み合わさった町は高分子であるといえよう。そして町はストロークコードで、BHBAAAJと筆順を表示するのである。漢字をここまで踏み込んで分析した日本人はいない。非漢字系の研究者だからこそできた成果である。

日本では筆画をどうとらえているか
 ところで、ガリーナさんが漢字の画に興味をもち、日本語の先生にストローク(漢字の画)の種類と数を尋ねたが、聞いた先生の誰もが説明できなかったという話を紹介した。私もストロークの種類と数を知らなかったので図書館で調べてみた。
 まず、書道では筆画を点画というが、ほとんどの本は点画の説明として、よこ画の書き方として「三字三法」、たて画は「川字三法」、たてと横画は「十字二法」など、実際の文字(三・川・十)によりその書き方を説明する。複雑な画については、「永字八法」と言って永の書き方に八つの方法が含まれているとしている。しかし、永の字のストロークは5画である。5画の字で八法を説明すること自体が、筆画の認識を欠いていると言わざるをえない。それに続いて、左払い・右払い・そり・折れ・曲がりなどの基本点画を示すものが多い。しかし、点画の種類と数を記述したものはなかった。

 書道関係の本で参考になったのは、本橋亀石著『現代 書道三体字典』(尚学図書 1983年)の表紙裏の見返しである。ここに「楷書の基本点画」と題した表が掲載されており、点画の基本的なものが体系的に紹介されている。以下が、その一覧表である。

 この表は全部で28のマス(枡)に各種の画を収めているが、1列下Dマスの点は2種あり、7列の最上部Aマスは阝(こざと・おおざと)を構成する画で日本では2画に数え、下部C・Dマスの灬(れんが)と辶(しんにょう)は部首であるから省くと、差し引き26種となる。
 具体的に見てゆくと、右の第1列は、よこ画2種、点3種である。第2列は、たて画が4種。第3列は左払い4種。第4列は、右払い2種・右上払い2種。第5列は折れ4種。第6列は曲がり2種・そり2種。第7列は折れそり1種で、合計26種である。さすが書道の本だけあって、たて画や左払いは細かく分類している。この表には折れ画にフや、㇜の画はないが、これらを除くと書道の基本点画はほぼ揃っていると思われる。
 問題は、これらが合わさった複合画である。ガリーナ表にある、㇠・㇉・㇋・㇡などはない。一般的に言って書道では、三字三法のように3つとも同じ筆画である「三」の字を、どうバランスをとって書くか、といった方法に重点がおかれて、点画を漢字の要素として包括的に捉える意識はうすいようである。

漢字字典では筆画をどう扱っているか
 では漢字字典では筆画をどう扱っているのだろうか。字典には必ず各漢字の画数が記載されている。だから筆画について何らかの説明があるはずだ。そこで私の持っている漢字字典計11冊を調べてみた。何らかの形で筆画に触れている字書は3冊あった(3冊しかなかった)。 そのうち2冊は出版社(大修館書店)が同じで「部首と画数」と題する同じ内容のコラムである。そこでは画数について「画数の数え方は、一筆で続けて書く形を一画と数えるのが基本である」としながら、「ものによっては、何画で数えるか判断が難しい場合も生じてくる。例えば、比の第二筆めは明朝体活字では二画のように見えるが、筆写するときはレのように続けるので一画である」などと、明朝体の活字と筆写の字形での違いや、さらに旧字体と新字体での画数の違いについて説明している。これは画数とはどんなものか分かっているとの前提に立っての説明で、画数の種類やその数について触れていない。

 もう一冊は『漢検漢字字典』である。ここに「漢字の画数」という項目があり、「画数で注意するのは、ひとつづきに書く線はすべて一画として数えることである。例えば、弓という字を書くときに「㇕」を書いて鉛筆を紙からはなし、「一」を書いてはなし、最後に「㇉」をひと筆で書く。鉛筆を紙から3回はなすので、この漢字は三画であることがわかる。たとえ曲がっていても、ひとつづきに書く線を一画として数えるので、例えば「㇚・㇆・㇗・㇜・㇇・㇙・㇛・㇠・㇉・㇡」などは、すべて一画となるのである。ちなみに「凸」「凹」は「㇅」の部分を一画で書くので、画数は供に五画になる」(要旨)と述べている。かなり複雑な筆画まで挙げて説明しているが、全体で種類がいくつあるかは触れていない。
 以上で分かるように、日本の漢字字典は筆画の定義はするが、具体的な種類とその数については何も説明していないのである。結局、書道を含めて、日本でストロークの種類とその数は正式に確定されたものがないことが分かった。これでは国語の先生が説明できないのも無理はない。

中国では筆画はどうなっているか
 日本語の先生がわからなかったストロークの種類と数を、ガリーナさんはロシアで発行された中国語の教科書で公開されている表を見つけて採用したという話を先に紹介した。これに関して私は現在の中国では筆画はどうなっているか、ネットに手掛かりがないか調べてみた。筆画は中国で「笔画(bǐ huà)」という。笔画で画像検索すると、いくつかの表が見つかった。さすが漢字の国・中国である。また、それぞれの筆画に名前もついている。主なもので4種の表を見つけることができた。28種を含む表が3つ、31種を含む表が1つあった。ここで最も種類の多い31種の表を紹介する。
 「漢字筆画名称」
 上記筆画を私が形態別に表にしたのが、以下の表である。

 この形態別の表から、中国の筆画の特徴を述べてみたい。この筆画表は全部で31種あるが、まず、最下段の中国特有画は、①②が簡体字でのみ使われる画、③④は日本では2画に数える画である。この4つを引くと27種になる。中国の筆画がガリーナ表と比べて異なるのは、
(1)点が1種であることである。書道の本橋亀石表(以下、本橋表という)では3種、ガリーナ表では2種あるのに対し、中国では1種に限っている。 
(2)たて画はガリーナ表が2種に対し中国は、たてのそり画を加えた3種である。(本橋表は4種) 
(3)よこ画は、すべてが2種で共通。 
(4)斜め画は、左斜めがガリーナ表2種に対し、中国は「ノ」1種のみである。しかし、中国の別の筆画表には角度の急な「㇁」があるが、左斜めとしては1種になっている。中国では左斜めであれば傾斜の具合は区別していないようだ。(本橋表は4種ある) 
(5)はね上げ画は、どちらも1種。(本橋表は2種) 
(6)右斜めはガリーナ表、中国ともに2種。(本橋表は3種) 
(7)折画のたて折は、ガリーナ表3種。中国画は、たて折①から角が曲がる形を独立させて4種。(本橋表は3種) 
(8)く折画は、ガリーナ表、中国ともに2種。(本橋表は1種) 
(9)折画のよこ折は、ガリーナ表3種、中国画は右下そり画を加えた4種。(本橋表は3種) 
(9)複合画はガリーナ表が5種、中国画はさらに、㇅と㇞を加えた7種になっている。
 全体として見ると、ガリーナ表24種に対し、中国画27種で、㇅と㇞など、わずかの画が採用されるか否かの違いで、基本的な差異はない。ガリーナ表の元はロシア発行の中国語教科書であることから当然ともいえる。
 以上、中国の筆画について調べたてみたが、中国では何種類もの筆画一覧表が作られている。この点において一覧表をつくる試みがまったく見られない日本と対照的である。

日本の筆画一覧表をつくる試み
 非漢字圏の日本語研究者・ガリーナさんによって、日本漢字のストローク(筆画)を確定する試みがなされ、初級の漢字教科書で筆順のコード記号として採用されている。私は、この試みに大変感動した。そして、彼女の試みによって筆画(ストローク)が漢字を構成する最小の単位だということを認識した。
 本稿で、ガリーナさんの筆画の表と、日本の書道家・本橋亀石氏が作った楷書基本点画表、それに中国の漢字筆画一覧表を紹介した。ガリーナさんの表はロシアの中国語教科書からの表であるが初級のものと思われ、日本人の私からみると一部追加していただきたい筆画もある。そこで、日本人として日常生活で用いる4000字程度の漢字に適用できる筆画一覧表ができないものか検討してみることにした。以下が、私が試みに作ってみた筆画一覧である

 この表は最初に使用した形態別のガリーナ表に、追加したい筆画を赤字で記入したものである。赤字の筆画は4種になり、筆画の合計は28種になった。追加した種類とその理由を以下に説明する。
 まず、たて画③の「たて反り」であるが、この形は筆記体では、手・子・了などで広く見られる画である。しかし、活字体の種類によっては、たて線で表される(この文章の活字もたて線になっている)。ガリーナ表はこうしたことも配慮して省いたのかも知れない。しかし、犭(けもの偏)・家や豚の豕シ・いのこの3画目は、「たて反り」になっており、この画は必要と思われる。
 次は、折画のよこ折④の「力」などに見られる画である。これは、力・万・句・勺などに現れ、ふたつ前の、よこ折②が、司・永・門などの、直角に下に伸びてはねる画とは違いがあるので追加した。
 3番目は複合画⑥の㇅と、⑦の㇞である。かなり特殊な画だが、㇅は鼎や凸・凹などに、㇞は呉・凸などで使われる。日本人なら知っておくべき画であるので追加した。しかし、非漢字系の学習者向けには省いても差し支えないと思う。

 この筆画表の試案はまだ発案の段階で個々の漢字で検証したものではない。筆画表というのは個々の漢字のストロークを抽象化する作業である。あまり細かくすると、そのストロークに属する漢字が1字ということにもなりかねない。より大胆に抽象化し、かつ学習者が納得できる方法を模索してゆかなければならない。今後、より精密な検討を経て日本の筆画一覧表を作成する試みを続けてゆきたい。(石沢誠司)

追記 その後、私は2018年8月13日に「日本漢字の筆画一覧表の提案」と題して、日本の筆画一覧表を提案させていただいた。お読みいただければ幸いです。


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簡体字の原理

2017年11月16日 | 漢字の音符
 この文章は私が出版した『日中対照 早わかり簡体字字典』(2013年発行。2017年2刷発行)の前書きです。この本は中国の簡体字を音符順に配列した字典です。漢字音符と関連が深いので、ここに掲載させていただきます。

                  簡体字の原理

 簡体字というのは複雑な漢字をわかりやすい簡単な形に改めた文字をいいます。漢字は最初、象形文字から始まりましたが、さまざまな概念を表現するため、これらの象形文字どうしをさらに組み合わせ新しい文字をつくる方法が発展し、その結果多くの漢字が続々と生まれました。 この造字方法は一つの四角な字形の中で行われるため、必然的に文字がより複雑になります。過去の中国ではこの複雑化した漢字を覚え、それを使いこなせる一部の知識人が漢字を独占していたといっても過言ではありません。しかし、漢字を書くことのできる知識人にとっても複雑な漢字を書くことは時間と労力のかかる大変な作業です。そこで、正式な公用文字とは別に日常生活で使う簡単な文字が工夫され生まれてきました。これが簡体字の始まりです。

 唐代には蠶→蚕などの略字が作られましたが、特に、宋・元・明代にかけて民衆が読む『三国志』や『水滸伝』などの通俗読み物の出版により、多くの宋元略字が生まれました。國→国、辭→辞、點→点、亂→乱、などがその一例です。しかし、これらの文字は「略字」とか「俗字」と呼ばれ、正当な字とは認められませんでした。また、これらの文字を使って書かれた書物は価値が一段低いものと見なされました。

 1949年に誕生した新中国の文字政策は、文字と無縁に暮らしてきた多くの農民や労働者も漢字を使えるようにと、漢字の簡略化を積極的に進め、これらの文字を「正字」とすることでした。数年の検討をへて、1956年に「漢字簡化方案」が公布され、順次実施されました。 こうして1950年代後半から簡体字を普及させる政策が取られた結果、社会のあらゆるところで普及がすすみ、1964年に発行された簡体字使用の基準「略字総表」に基づいて、すっかり定着しています。現代中国ではあらゆる文書や書物が簡体字で書かれており、中国を知るためには簡体字の理解が欠かせません。

簡体字はどんな方法で簡略化されているか
 複雑な漢字を簡略化するためにいくつかの方法が採られています。ここでは以下に六つの基本的な方法を紹介します。

(1)草書体を活字化する
 草書体を活字化して取りこむ方法です。草書は筆の流れに沿うため続け字(崩し字)となることが多く、これを活字化すると画数が大幅に少なくなります。
 【例】 見→见  馬→马  頁→页  書→书  車→车  鳥→鸟 
     門→门  魚→鱼  東→东   楽→乐  長→长  専→专

 上記の多くは部首としても使われるため、多くの漢字の画数の減少に貢献しています。さらに以下の部首は、部首に限って草書の簡略字が使われます。
 【例】 言べん  語→语   食へん  飲→饮   金へん  鉄→铁 
 しかし、上記3つの部首は形が似ており、日本人にとっては瞬時に見分けがつきにくい欠点があります。また、昜ヨウは旁(つくり)になるとき、揚→扬、の形に変化し、昜を音符とする形声文字に使われています。

(2)複雑な漢字の一部を取り出す
 複雑な漢字の一部分を取り出してその漢字を表す方法です。聲→声 醫→医、などは日本でも使われていますが、新中国ではこの方法をさらに大胆に採用し多くの漢字が生まれました。また、左右・上下のいずれかや中央を省略した字もこの範疇にはいります。
【例】   開→开  滅→灭  飛→飞  習→习  電→电  繭→茧
     業→业  奮→奋  厰→厂  啓→启  関→关  嶺→岭
     郷→乡  録→录  顕→显  誇→夸  殺→杀  雑→杂
     獣→兽  諮→咨  類→类  務→务  殻→壳  術→术
     豊(豐)→丰  斉(齊)→齐  広(廣)→广  従(從)→从


(3)複雑な部分を簡略化する
 漢字の複雑な部分を簡単な形に変える方法です。この方法は日本の新字体でも、榮→栄、單→単、などの例がありますが、簡体字では広範に使われています。
【例】  興→兴  監→监  堅→坚  為→为  歯→齿  幣→币 
    喬→乔  羅→罗  夢→梦  喪→丧  侖→仑  熱→热


(4)形声文字の発音を表す部分(音符)を同じ発音の簡単な字と換える
 形声文字というのは意符(部首)と音符(多くは旁ツクリ)からなる組合せ字です。この音符を同音(あるいは近似音)の易しい字に替える方法です。この方法は中国語の発音が同じ字同士の変換ですから、日本人には分かりにくい所があります。しかし、中国語の発音が判ってくると、理解できるようになります。
 【例】 機→机 (幾jīを同音の几jīに替える)
      億→亿  憶→忆 (意yìを同音の乙yǐに換える) 
     種→种 (重zhòngを同音の中zhōngに換える)

 同じ方式ですが、文字全体の発音と同じ字を旁ツクリと置き換えることもあります。
     勝→胜 (勝shèngを同音の生shēngに置き換えて月を付ける)
     郵→邮 (郵yóuを同音の由yóuに置き換えて阝を付ける)
     犠(犧)→牺 (犧xīを同音の西xīに置き換えて牛をつける)

(5)形声文字の発音を表す部分(音符)を簡単な字や符号的な字と換える。
 形声文字の発音を表す部分(音符)を、発音と無関係な簡単な字(又・不・云など)や符号(メ・リ)などに換える方法です。
 【例】  又へ  鶏→鸡  権→权  漢→汉  対→对
     不へ  懐→怀  壊→坏  還→还  環→环
     云へ  嘗→尝  壇→坛  動→动  層→层
     メへ  風→风  岡→冈  趙→赵 
     リへ  帰→归  師→师  帥→帅


(6)全体を新しく作る
 全体を画数の少ない新しい漢字に作り替える方法です。この場合、多くが前の漢字とまったく違う字になりますが、中には「小+土⇒小さい土⇒尘(塵ちり)」のように会意の方法で新しく作る場合もあります。
 【例】  衛→卫  頭→头  龍→龙  農→农  無→无  聖→圣  霊→灵
     義→义  撃→击  韋→韦  爾→尔  歳→岁  個→个  叢→丛
     小さい土→尘(塵ちり)  土でかこった火→灶(竈かまど)


 以上、簡体字の原理を六つ紹介しましたが、この他にもいろんな方法で簡体字が作られます。詳しくは個々の音符の説明をお読みください。

本字典の特徴
 本字典は日本の漢字と中国簡体字(簡略化されていない字も含む)を同じ行で対照させ、その違いを明確にすることにより簡体字を理解しようとする字典です。また、簡体字以前に使われていた繁体字(現在、台湾などで使用)を右端に表示していますので、3種の漢字を比較対照させてその違いを理解することができます。 本書には中国の常用漢字3500字に加え、日本人がよく知っている漢字等を加え約4000字が収録されています。中国の常用漢字は一般的な文章の99.5%をカバーしているとされていますから、4000字という字数は現代中国の新聞や一般的な図書・雑誌のほとんどの文字をカバーしているといえるでしょう。

 見出しに続く表の日本漢字の項目を見れば、なかには見慣れない字があるものの、普通の日本人なら8~9割方は理解できる字です。ところが、その同じ人が中国簡体字の項目だけをみると、理解できる漢字は6~7割になるのではないでしょうか。なぜならば、本書収録の簡体字のうち日本の漢字とまったく同じ字は6割強だからです。その他の字は多かれ少なかれ日本の漢字と字体が変化しています。 つまり、本来なら知っている漢字が、形が変化しているためわからないのです。その形態変化をわかりやすく系統的に表示するため、見出し語は音符を採用し、その下にその音符に属する漢字を配列する方法をとりました。

 音符とは漢字の形のなかで発音を表す部分をいいます。たとえば、僑キョウ・橋キョウ・驕キョウ・矯キョウの音符は「喬キョウ」で、これらの漢字の発音はすべて「キョウ」です。同じ字を簡体字でみると、音符「乔(喬)qiáo」に対し、侨(僑)qiáo・桥(橋)qiáo・骄(驕)jiāo・矫(矯)jiǎoとなります。すなわち、音符の形は、喬→乔に変化するのに対し、発音は、qiao・jiaoの二つに分化していることが分かります。

 音符順に配列すると、簡体字の原理(4)、(5)が一覧できるほか、同じ音符に属する漢字の字形や発音がどんな変化をしているかが分かり、これらを関連して覚えることができる利点があります。音符ごとに字形の変化について解説を加えた本書は、簡体字の系統的理解につながると確信いたします。 なお、日本の漢字を音符順に配列するに当たっては、山本康喬著『漢字音符字典 増補改訂版』(東京堂出版 2012年)の音符分類を、著者・山本康喬氏の承諾を得て使用させていただきました。この音符字典のおかげで本書は成立いたしました。感謝いたします。   石沢 誠司

『日中対照 早わかり簡体字字典』

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紛らわしい漢字「罔・網モウ」と「岡・綱コウ」

2017年11月03日 | 紛らわしい漢字 
 モウと岡コウは、いずれも网モウ(あみ)をもとに出来上がった字。网に亡が付いたのが罔モウ。网に山がついたのが岡コウ。現代字は网の中のメメ⇒䒑(ソ+一)に変化している。

まず、両字の基になった网(あみ)の字は
 モウ・ボウ・あみ  网部

解字 甲骨文字は二本の支柱に網を張ったかたちの象形。篆文は支柱と上部が冂に変化し内側にメメで網を表す。現代字は篆文のかたちを受け継いだ网になった。罔モウ・網モウの原字。
意味 あみ(网)。

次に网(あみ)に亡がついた字です
 モウ・ボウ・あみ  网部

解字 「网(あみ)+亡ボウ・モウ」の会意形声。网は、あみの象形で発音はモウ・ボウであるが、そこにさらに発音を示す亡ボウ・モウを付けて网の発音をはっきりと示した字。現代字は网の中のメメ⇒䒑(ソ+一)に変化した罔になった。網の原字。あみの意味のほか、あみでおおう意。また、亡(ない)に通じて「ない」の意味を表す。
意味 (1)あみ(罔)。網する。「罔羅モウラ」(=網羅モウラ) (2)おおう。みえない。 (3)ない。くらい。おろか。

これに糸へんをつけると
 モウ・あみ  糸部
解字 「糸(いと)+罔(あみ)」の会意形声。糸でできたあみ。
意味 (1)あみ(網)。「魚網ギョモウ」「投網とあみ」 (2)あみする。網で捕らえる。「一網打尽イチモウダジン」「網羅モウラ」(魚をとる網と鳥をとる羅。残らず集める) (3)あみのような。「網代アジロ」(川で竹や木を網のように組んで魚をとる仕掛け)「網膜モウマク」(眼球の内壁をおおう網のような膜)「通信網ツウシンモウ

最後に网(あみ)に山がついた字です
 コウ・おか   山部

解字 篆文は、「网(あみ)+山(やま)」の会意。網を立てたように長く連なった山の尾根。現代字は、网のメメ⇒䒑(ソ+一)に変化した岡になった。山の尾根は風雨に直接さらされ、かたい岩石が露出して続くので、岡を音符に含む字は、「かたく強い」イメージがある。日本では岡おかとよみ、丘キュウ(こだかい土地)の意味でつかうが、原義は山の尾根をいう。
意味 (1)山の背・尾根。山脊サンセキ(山の尾根)。 (2)おか(岡)。(=崗)。小高い土地。「岡陵コウリョウ」(岡も陵も、おかの意。高いおか)「岡阜コウフ」(小高いおか。岡も阜も、おかの意) (3)地名。「岡山おかやま」(日本の県名、市名)

岡が音符となる常用漢字が3つあります
イメージ  
 「おか(山の尾根)」
(岡)
 山の尾根は岩石が露出し「かたく強い」(剛・綱・鋼)
音の変化  コウ:岡・綱・鋼  ゴウ:剛

かたく強い
 コウ・つな  糸部
解字 「糸(ふとい糸)+岡(かたく強い)」の会意形声。かたく強いつなをいう。網(あみ)を張る「つな」に使うことから、物事を支え引き締める意ともなる。
意味 (1)つな(綱)。おおづな。「大綱おおづな」「横綱よこづな」(相撲力士の最高位) (2)物事を支え保つ。おおもと。物事をとりしまる。「綱紀コウキ」(綱は大づな、紀は小づなで、大小のつなの意。大小の綱で引きしめて国を治めること)「綱紀粛正コウキシュクセイ」(国を治める政治家や役人の乱れを正すこと)「綱領コウリョウ」(統べる(領)ための綱。物事の要のところ) (3)分類上の区分け。「綱目コウモク」(綱はあみのつな、目はあみの目の意。物事の大綱と細目)
 コウ・はがね   金部
解字 「金(金属)+岡(かたく強い)」の会意形声。かたく強い金属。
意味 はがね(鋼)。かたくきたえた鉄。「鋼鉄コウテツ」「鋼玉コウギョク」(ルビー・サファイヤなどの硬い玉石)「鋼索コウサク」(ワイヤーロープ)
 ゴウ・つよい  刂部 
解字 「刂(刀)+岡(かたく強い)」の会意形声。刀のようにかたく強いこと。人に移して使う。
意味 つよい(剛い)。(⇔柔ジュウ)。かたい。「剛気ゴウキ」(強く屈しない意気)「剛力ゴウリキ」(力が強い)「剛柔ゴウジュウ」(かたいと、やわらかいと)「金剛コンゴウ」(①金属のなかで最もかたいもの。ダイアモンド。②極めて強固なもの)
<紫色は常用漢字>

参考
 音符「罔モウ」へ
 音符「岡コウ」へ

お知らせ
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