漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

音符「丏ベン」<遮蔽物でとどまる> と「眄ベン」「麪ベン」

2016年11月28日 | 漢字の音符
 ベン・メン  一部 miǎn・gài

解字 金文は春秋~戦国期の石鼓文で意味は不明だが「一(遮蔽するもの)+人が腕と足を曲げて伏せている形」と思われる(私見)。楚簡は一(遮蔽物)と後ろの間が離れて、人の形も変化した。篆文は再び上の一(遮蔽物)とつながり[説文解字]は「不見(みえない)也(なり)。壅蔽ヨウヘイ(ふさぎおおう)の象形(かたち)」とするが、私は障壁の後ろに人が隠れて見えないかたちと解釈したい。現代字は右下の線が斜めにのびてはねた丏ベンとなった。
意味 (1)遮蔽。おおい。かくれる。(2)矢をさける短い土塀。土盛り。(3)(前から)見えない。

イメージ 
 「遮蔽物でとどまる」(丏・眄)
 「形声字」(麪)
音の変化  ベン:丏・眄・麪

遮蔽物でとどまる
 ベン・メン  目部
解字 「目(め)+丏(遮蔽物でとどまる)」の会意形声。人が遮蔽物の陰でとどまり、目を横に向けてみること。
意味 (1)横目で見る。流し目で見る。「眄視ベンシ」(横目で見る。流し目で見る)「右顧左眄ウコサベン」(右をふりかえって見たり、左を横目で見る。周囲の様子をうかがって決断できず、ぐずぐずする)

形声字
麪[麵・麺] メン・ベン  麥部

解字 「麥(むぎ)+丏(メン)」の形声。小麥の粉を麪メンという。後漢の[説文解字]は「麥(むぎ)の末(粉末)也(なり)。麥に従い丏の聲(声)。発音は「弥箭切(メン)」とする。同音の面メンを用いた麵・ 麺(常用漢字)とも書く。
意味 (1)麦粉。「麪粉メンフン」(2)うどん・そばの類。「麪飯メンハン」(麺類の飯めし)「「麪類メンルイ」「麪棒メンボウ」(こねた小麦粉を押し伸ばす棒)「麪包メンホウ」(パン)(3)粉末。「豆麪トウメン」(緑豆のデンプンを、はるさめ状の麺にしたもの)「薬麪ヤクメン」(粉薬)「胡椒麪コショウメン」(胡椒の粉)


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落合淳思 『甲骨文字辞典』 朋友書店

2016年11月13日 | 書評
これぞ待ち望んでいた辞書
 ネットで甲骨文について検索していたら、落合淳思氏の『甲骨文字辞典』を見つけた。「アッ出た」と思いながら、説明文を読むと、「現在までに発見された甲骨文字種のほとんどを収録し、かつ個々の字義について用例を逐一掲載」 と書いてある。これぞ私が待ち望んでいた辞書である。落合氏の『甲骨文字小字典』を愛読している私は、いつもその文字数の少なさにため息をつき、もっと字数の多い字典が出ることを切望していたからだ。

 さっそく購入しようと思って定価を見ると、なんと9,504円(税込)もするではないか。高‼。5000円までだったら無理してでも買うのだが…。私は購入を躊躇した。思いついたのは図書館へリクエストすることである。そこで私は地元の茨木市立中央図書館へリクエストした。「甲骨文字の字典として定評のある『甲骨文字小字典』の拡大版です。高額なので図書館で購入し、閲覧コーナーに置いていただけないでしょうか」と添え書きして。

図書館で購入してくれた
 しばらくして図書館から連絡があった。「リクエストされた『甲骨文字辞典』を購入しました。貸出ができませんので、閲覧室でご覧ください」。私はすぐ図書館へ行き、参考閲覧コーナーでこの辞典を手に取り、じっくり内容を見ることができたのである。購入いただいた図書館には感謝している。
 茨木市立中央図書館で

 さて、閲覧室で手にした『甲骨文字辞典』は、本製本の堅牢な一冊であった。甲骨文字や殷王朝の概論が53ページ、本文が597ページ、索引など107ページからなる、合計757ページの辞典である。
 親文字の数は、1777字で、この中には多くの異体字を含めているから、一般に四千字といわれる甲骨文字の字種は異体字を含めた数を言うから、親文字としてはほとんどが含まれているといえるだろう。この中には、現在は使われていない亡失字も含まれている。

甲骨文字のすべてに字形の解説がついている
 各親文字には、原文をかたどった字形が紹介され、それぞれに字形の成り立ちの解説と、甲骨文字での意味が記されている。また、実際に使われた文例を表示している。これまでの甲骨文字字典は、そのほとんどが原字と現代字を対照させたもので、各字形の成り立ちをすべて解説したものは、同じ著者による『甲骨文字小事典』以外はなかった。今回、甲骨文字のすべてに字形の解説がついているのは例がない。その点でも貴重な一冊と思う。
 ただし、解説は『甲骨文字小字典』のように、まず先学者である加藤常賢・藤堂明保・白川静の各氏の説を紹介したのち自説を展開する形でなく、すぐに解説に移っている。これは、限られた少数文字を扱った前著と違い、多くの文字を解説するためやむを得ないだろう。

 親文字の配列方法は、甲骨文字特有の部首配列を用いている。例えば「人体に関する部首」として、人・大・女・子・耳・目などあげ、続いて「自然」「動植物」「人工の道具」「建築土木」「骨・肉」ときて、最後に「幾何学的符号」まで、7部に分けている。これは類似の文字を続いて見ることができ便利である。索引も充実している。音索引のほか、画数索引、それに詳細な部首別索引もあるから、探す文字にすぐたどり着くことができる。

実際に辞書を使ってみて
 それからの私は家で調べる文字をメモしておき、ある程度たまると図書館へゆき、この辞書を見る。その結果は、(1)収穫があったもの。(2)収穫がなかったもの。(3)文字そのものがなかったもの。に分けられる。
(1)は、例えば「召ショウ」という字。この字には「刀+口」の説と、「人+口」の説がある。甲骨文字では第一期に「人+口」の字があり、意味は人を口で召喚(呼び出す)すること。のち第一~二期の間に「刀+口」の字が出現したという。したがって、「人+口」で解字するのが良い事が分かった。
(2)は、例えば「襄ジョウ」という字。この字は金文で、衣にかこまれた中がとても不思議な字形で、まったく意味が分からない。甲骨文字に有ればその意味が分かるかと思ったが、あったのは皿の略体が人の上にのった形で、意味は地名を表し、字の成り立ちはわからないという。ますます疑問がふくらむ結果となった。(下図は左が「甲骨文字辞典」の襄ジョウ、右が「字統」の襄ジョウ
 
 一般に甲骨文字は、人名や地名に用いられる例が非常に多く、本来の意味を表す場合は少ない。これは甲骨文字が占いのために用いられたことと関係しているのだろう。占い以外の目的で使われた竹簡などがあったとも考えられる。甲骨文字から本来の意味を推定する想像力も必要であろう。

(3)は、例えば「卓タク」や「氏シ」など、『字統』(氏の字)や『古代文字字典』(氏・卓)などには甲骨文字が出ているのに本辞典には掲載されていない。これは何故だろうか。その理由は「はじめに」の凡例に「本書は拓本として発表されたものだけを対象にしている。摸本(手書きの写し)は信頼がおけないため、摸本にしか見えない字形は採用していない。」とあり、私が列挙した字は摸本にのみ見える字のようである。(追記:なお「氏シ」については昏コンの説明に、昏の上部の氏は屈んだ人の手に単線をつけて強調した形が後に氏となった形で、甲骨文字には「氏」は単独では見られない、という記述があることが分かった)

 この辞書は甲骨文字を集大成し、かつ一字ごとに解釈をした辞典として、これまでに見られない資料的価値をもつ。特に私のように甲骨文字を直接解読できず、研究者の成果に頼って字源解釈をしている者にとって貴重な本だ。また、今後の甲骨文字研究および漢字の字源研究の基礎となる本であろう。私も座右に置いて常に調べたいので近く思い切って購入しようと思っている。

(落合淳思著『甲骨文字辞典』朋友書店 2016年3月刊 8800円+税)




 
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音符 「豸タイ・チ」 <むじなへん>

2016年11月07日 | 漢字の音符
 タイ・チ  豸部むじなへん   

今年3月に刊行された落合淳思著[甲骨文字辞典]には、「何らかの動物の象形と推定されているが、いずれの動物かは不明。二つの豸と攴ボクや女に従う字形も用法に共通点があり同字と見なした」とあり、動物の象形だが正体はわからないという。しかし、注目すべきは、第二字・三字である。第二字は豸に棒をもつ手(攴)を描いており、多くの動物を棒やムチでたたいて誘導しているさまが思い浮かぶ。第三字は女が豸の群れを世話しているような形である。これらの字形をみると、豸は家畜の可能性もあると思われる。
 篆文を経て、豸になったが、現在はほとんど使われることがない。なお、一説に豸はカイ・チの側面形とされる。現在は部首の「豸部むじなへん」として使われるぐらいである。
意味 (1)聖獣の名。廌カイ・チ(神判のとき用いる聖獣)の側面形とされ、その聖獣の名である「解廌カイタイ」を表すのに、「解豸カイチ」とも書かれる。廌カイ・チは、①牛に似た一角獣。②羊に似た神聖獣。③山羊、などの説がある。(2)部首「豸むじな・むじなへん」となる。
部首「豸むじな・むじなへん」
豸は漢字の左辺(偏)に置かれ、けものを表す部首となる。「むじな・むじなへん」の名は貉ラクの意味である「むじな」から来ている。豸部のけものはほとんどが野生の動物である。主な字は以下のとおり。
  豺サイ・やまいぬ(豸+音符「才サイ」)
  豹ヒョウ(豸+音符「勺シャク」)
  貂チョウ・てん(豸+音符「召ショウ」)
  貉カク・むじな(豸+音符「各カク」)
  貘バク・想像上の動物(豸+音符「莫ボ・バク」)
  貌ボウ・かたち(豸+音符「皃ボウ」)

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音符「邑ユウ」<城壁の中に住む人々> と「悒ユウ」と「阝おおざと」

2016年11月02日 | 漢字の音符
 ユウ・むら  邑部 

解字 「囗(かこい)+卩セツ(人のひざまずいた形)」の会意。囗は外囲いを表し、都市の城壁をめぐらした形。卩セツは人のひざまずいた形で、のちに巴に変化した。両者を合わせた邑ユウは、城壁の中に人がひざまずいている形で、人々が支配者に管理されて住む都市を表す。また、都市のほかに一般の村里の意でも使われる。邑は漢字の右辺に位置するとき、阝(おおざと)の形になる。
意味 (1)みやこ。くに。諸侯の領地。「大邑ダイユウ」(王都。殷の都)「都邑トユウ」(①みやこ。②みやこと、むら)「城邑ジョウユウ」(都会・みやこ)「食邑ショクユウ」(領地。知行所)「采邑サイユウ」(領地。知行地) (2)むら(邑)。さと。「邑宰ユウサイ」(村長)「邑里ユウリ」(むらざと)「邑落ユウラク」(むらざと)「邑犬群吠ユウケングンバイ」(村里の犬が群がって吠える。つまらない者どうしが集まって騒ぎ立てる) (3)うれえる。(=悒)「忿邑フンユウ」(いかり、うれえる) (4)姓のひとつ。「仲邑なかむら

イメージ 
 「外囲いの中に住む人々」(邑・阝)
 「同音代替」(悒)
音の変化  ユウ:邑・悒   おおざと:阝

外囲いの中に住む人々
阝[邑] おおざと  阝部 

  郡にみる邑ユウの変遷
解字 邑ユウは漢字の右側(旁つくり)に置かれたとき阝のかたちに変化する。邑⇒阝への変化をたどる一例として郡グンの篆文テンブンと隷書レイショ(漢代の役人などが主に使用した書体)を上に挙げた。篆文の邑は「口+卩セツ」の形だが、隷書第一字で「口+巳」になり、第二字で「口二つがタテ線でつながった形」になり、第三字で阝になった。すなわち、隷書の時代に邑⇒阝への変化は完成している。
意味 部首「阝おおざと」は、邑ユウの意味である、みやこ・くに・むら・さと等、人が住む比較的大きな場所や領域を示す。漢字の左側にきたときも同じ形になるが、これは阜(おか)の簡略形で、「こざと」と呼んで区別される。
常用漢字には12字があり、約14,600字を収録する『新漢語林』では116字を収録している。主な字は以下のとおり。
  郊コウ(阝+音符「交コウ」)・郡グン(阝+音符「君クン」)・郎ロウ(阝+音符「良リョウ」)
  部(阝+音符「咅バイ」)・都(阝+音符「者シャ」)・郵ユウ(阝+垂の会意)など。
  なお、この部の、郭カク・郷キョウ・那、は音符となる。

同音代替
 ユウ・うれえる  忄部
解字 「忄(心)+邑(ユウ)」の形声。ユウは憂ユウ(うれえる)に通じ、心でうれえること。
意味 うれえる(悒える)。気がふさぐ。「悒鬱ユウウツ」(心配で気がふさぐ。=憂鬱)「悒悒ユウユウ」(気がふさぎ、たのしめないさま)「悁悒エンユウ」(いかり、うれえる)

<参考>
阝[阜] こざと
が漢字の左側(偏)に置かれたときの形。。「こざと」は里と関係なく本来の意味である丘や山の意、壁や土塁の意。また、ハシゴ(梯子)の意などで用いられる。
部首「阝こざと」へ

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音符 「阜フ」<おか> と 部首「阝こざと」

2016年11月01日 | 漢字の音符
 フ・おか  阜部            

解字 甲骨文字には、A 梯子(はしご)の象形と、B 丘をタテに向けた形の二系統がある。後代には両者が混同したが、甲骨文字では使い分けられ、Aは梯子または上昇の象徴、Bは丘陵に関する文字に使われた[甲骨文字小字典]。現代の阜は丘陵の意味で使われる。漢字の部分としては、多く「阝」の形で、こざと偏になる。こざと偏には、梯子と丘の両方の意味がある。
意味 (1)おか(阜)。大きな丘。台地。 (2)大きい。大きくなる。「阜成フセイ」(立派にしあげる) (3)さかん。さかんにする。 (4)多い。豊か。豊かにする。「阜財フザイ」(財産を増やす。また、豊かな財産) (5)地名。「岐阜ギフ」(岐阜県および岐阜市の名称)

イメージ  
 「おか」
(阜・埠)
 「部首として」(阝)
音の変化  フ:阜・埠

おか
 フ・はとば  土部
解字 「土(土)+阜(おか)」の会意形声。土盛りをしたおかの意。転じて、河や海辺に作った人工的な船着き場をいう。
河の埠頭(検索サイトから。原サイトなし)
意味 (1)はとば(埠)。河や海辺に土や石を盛った船着き場。「埠頭フトウ」(港湾内で船をつけて旅客の乗降や荷物の上げ降ろしをする所) (2)つか。おか。

部首として
阝[阜] こざと偏
 上が阜、下が阝こざと
が漢字の左側(偏)に置かれたときの形。篆文まで阜と同じ形をしていたが、隷書(漢代の役人などが主に使用した書体)になって簡略化され、当初三つの丘から、二つの丘の阝に変化した。
  邑ユウ(城壁の中に人が住んでいる意)が右にくる形(旁つくり)も同じく阝おおざとで表されるので、これを人が住む里の意で「おおざと」と呼ぶのに対し、阜が漢字の左側にきた阝は、「こざと偏」と呼んで区別している。「こざと」は里と関係なく、本来の意味である丘や山の意、壁や土塁の意。また、ハシゴ(梯子)の意などで用いられる。
  阝こざと偏は、常用漢字で30字(19位)、約14,600字を収録する『新漢語林』では121字が収録されている。主な字は以下のとおり。
丘や山の意
  阻(阝+音符「且」)・障ショウ(阝+音符「章ショウ」)・陵リョウ(阝+音符「夌リョウ」)
  陽ヨウ(阝+音符「昜ヨウ」)・隅グウ(阝+音符「禺グウ」)・陶トウ(阝+音符「匋トウ」)
土壁や土塁
  院イン(阝+音符「完カン」)・隣リン(阝+音符「粦リン」)・隙ゲキ(阝+小+日+小の会意)
ハシゴ・階段の意
  降コウ(阝+音符「夅コウ」)・限ゲン(阝+音符「艮コン」)・階カイ(阝+音符「皆カイ
  際サイ(阝+音符「祭サイ」)・陳チン(阝+東の会意)・陥カン(阝+音符「臽カン」)
<紫色は常用漢字>

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