漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

落合淳思 著 『漢字字形史字典【教育漢字対応版】』

2022年04月17日 | 書評

 甲骨文字の研究者として名高い落合淳思氏が、このたび東方書店から『漢字字形史字典【教育漢字対応版】』を出版した。この本は2019年に発行された『漢字字形史小字典』の増補版ともいうべき本で、『小字典』が小学校1~3年生で学習する漢字を対象としているのに対し、今回の本は小学校6年生までに学ぶ教育漢字1026字を対象とし、その同源字を併せ1271字を収録している。

 この本の中心となっているのは字形変遷図である。以下に筆の原字である聿イツの変遷図を引用させていただく。

 筆を手に持った形で、筆の原字である上図の聿イツでは、甲骨文字が5種挙げられ、そのうちの2種が西周へ受け継がれ、東周へは右端の字体が受け継がれたのち、さらに変化して今日の聿イツと筆ヒツになっていることが図示されている。この変遷図を見ると甲骨文字から楷書まで聿イツがどのような変化をしながら現在に伝わり、秦の時代に竹冠のついた筆の原型が誕生していることがわかる。

変遷図の時代区分について
 なお、この変遷図では時代区分が上から、殷、西周、東周、秦、隷書、楷書となっている。普通、古代文字の区分をする場合、甲骨文字⇒金文⇒篆文⇒隷書⇒楷書という言い方をする。この本の最初の概論を読むと、本書の時代区分は、それぞれ重なる部分があるものの、殷(殷王朝BC16~11世紀)、西周(周王朝前期BC11~8世紀)、東周(周王朝後期:春秋戦国時代BC8~3世紀)、秦(戦国後期の秦以降‐前漢、篆書など・BC3~2世紀)、隷書(前漢・後漢BC2~AD3世紀)、楷書(東晋AD4世紀~)となるようである。

 引き続いて字体の解説を行っているが、以下の文献の解釈を交えながら進めている。
①許慎『説文解字』、②加藤常賢『漢字の起原』、③藤堂明保『学研漢和大字典』、④白川静『字統』、⑤赤塚忠ほか『角川新字源』、⑥鎌田正ほか『新漢語林』、⑦阿辻哲次ほか『新字源』、⑧谷衍奎『漢字源流字典』、⑨李学勤編『字源』、⓾李旭昇『説文新証』の10冊(⑧~⓾は中国の出版物)である。
 そして対象とした字に、これらの文献がどんな解釈をしているかを列挙しつつ、落合氏が自説を展開している。

 落合氏の解説は、専門とする甲骨文字の基本的意味を説明してから入るので説得力がある。そして上記10冊の解釈と異なるものが非常に多い。落合氏は、これまでの代表的な漢字字典が古い字形に基づいていなかったり、存在が確認されていない呪術儀礼をもとにした解釈したり、漢字の上古音の厳密な適用に欠けていたりする事例を指摘している。また、漢字の本家である中国の字典についても、総合的な字源字典が刊行されたのは21世紀に入ってからであり、その多くが古代漢字の知識が少ない状態で分析したりしているとし、現在のところ⑨李学勤編『字源』が最も優秀であるとしている。
 私の個人的な感想であるが、日本の漢字字典は親字の意味と用例・熟語などはしっかりしているが、解字については信頼できるものが少ないと感じる。

音符と音符家族字が一緒になった変遷図があった
 これらの変遷図のなかで、いくつか「我が意を得たり」と思うものがあった。それは例えば下図の「申」の図である。

 この図では、基本となる音符「申シン」と派生字の「神シン」それに「電デン」が、たまたま教育漢字であり、この3つが同じ図のなかに配列されているのである。この図をみると、イナズマの形である甲骨文字の申が時代を経てゆく過程で、ネ(示)偏がついた神シンができ、また雨の中のイナズマがすでに甲骨文字にあり、これが電デンになってゆく過程もよくわかる。わたしがブログ「漢字の音符」で思い描いているのは、一つの音符を中心とした、このような関連図的な記述である。

 落合氏は、こうした漢字変遷図をすでに2019年に『漢字の字形 甲骨文字から篆書、楷書へ』(中公新書)、さらに翌年刊行の『漢字の構造 古代中国の社会と文化』(中公選書)のなかで使用しているから、これらの本を読んだ方にとって、教育漢字がすべて収録されている『漢字字形史字典』は魅力的な一冊であろう。

 しかし、この本の定価は、10,780円(9,800円+税)と高額だ。1000ページを超える本だからやむを得ない面もあるが、漢字に興味のあるというだけの方にとっては手がでにくい。
 小学校の先生も読みたい方は多いと思われるが、一万円を払って買う先生は少ないだろう。ここは学校図書館か公共図書館で揃えていただくのがベストではないだろうか。それだけの値打ちのある本である。

(落合淳思著『漢字字形史字典【教育漢字対応版】』東方書店 1099+49頁 2022年3月刊 9800円+税)
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山本康喬編著『改訂新版 漢字音符字典』東京堂出版

2021年12月16日 | 書評
 2018年に『増補改訂版 漢字音符字典』が品切れになった。書店の店頭から本が消えると間もなく、古書が異常に値上がりし、増補改訂版で3万円前後、2007年の初版でも1万円前後となり入手不可能な状態が続いていた。
 著者の山本康喬氏は改訂版の発行をめざし版元の東京堂出版と協議をかさねて準備をすすめてきたが、このたび3年の期間をへて新たな『改訂新版 漢字音符字典』が発行された。著者の熱意により新たな改訂版が発行されたことは漢検受験者、特に1級受験者にとって朗報にちがいない。本書によって6,400余の漢字が効率的に学習できるからである。

判型が一回り大きくなった。

     左が旧版、右が改訂新版
 改訂新版を手にした私は前版と比べ大きな違いを2点感じた。一つは本が一回り大きくなったこと。もう一つは索引が非常に充実したことである。
 まず大きくなった判型であるが、以前の本がB6判(128×182mm)だったのに対し、今回はA5判(148×210mm)と一まわり大きくなった。この影響は、本文においては文字が相対的に大きくなったので前著と変わらないが、余裕のできた空間に注釈などがかなり増えている。

充実した索引
 大きくなった効果は何より索引に現れている。前著の索引は総画索引でしかも全ての収録字を網羅したものではなかった。そのため、調べたい漢字がどのページにあるのか見つけるのに苦労したものだ。今回は総画索引をやめて、収録字をすべて掲載した音訓索引になった。1頁8段に組んだ索引は判型が大きくなければ不可能。判型を大きくしたのは索引を充実させるためと推察する。80頁になった索引は、この本の使い勝手を各段に向上させた。

巻末の未分類漢字を本文に繰り込む
 本文の前著との違いは、著者の山本さんによると、(1)前著で巻末に一括して掲載していた未分類の1級対象漢字37字と国字107字をすべて本文に繰り込んだこと。このため、どこにも属することのできない字は独立させたという。例えば、黹チ・ぬいとり、彝イ・つね、などの字である。すべての漢字が本文に入ったことで、すっきりした。 (2)収録したすべての漢字を六書(象形・指事・会意・仮借・形声・転注のみ省略)に分けて所属を明示し、また国字は[国]で示した。しかし、六書での分類分けにむずかしい字もあるので、そうした字は角川書店の『新字源』に準拠したという。 (3)音符字にその音符の子(こ)音符がある場合、見出し欄の横に、子(こ)音符を独立させて見やすくした。例えば、音符「辛シン」の欄の横に「宰サイ」を追加など。

未来の漢字字典はどうなる?
 このような改訂をへて『改訂新版 漢字音符字典』は、収録する約6,400字をぱらぱらとめくりながら一覧することができ、中の或る一字を見つけようと思ったら、充実した索引ですぐ見つかるすばらしい字典になった。
 私は空想する。この順序にならんだ本格的な漢字字典が出現したら面白いなと。そうなれば日本の漢字字典は、部首順にならべた「部首別字典」(ほとんどの漢和辞典)、漢字の発音順にならべた「字音順字典」(字統・字通・漢検漢字字典など)、音符順にならべた「音符順字典」の3種類になる。「音符順字典」を使う人は、漢字の核(=音符)となる字から探すわけだから、この字にどんな部首が組み合わさって漢字が成り立っているか、つまり漢字の本質を見分ける力を身につけることができる。⇒この字典の良さがわかり愛用者が増える。⇒「音符順字典」に参入する出版社が増える。~あくまで空想~

 装いも新たに刊行された本の定価は、3,200円(税込3,520円)と高くなったが、判型が大きくなったこと、頁数が318Pから351Pに増えたことを考慮するとやむをえない気がする。最近、多くの出版社の業績が低迷するなか、この本を単なる増刷でなく改訂新版として充実させた出版社に敬意を表したい。

山本康喬編著『改訂新版 漢字音符字典』東京堂出版 2021年12月発行 351P 3,520円(3,200円+税)





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佐藤信弥著『周―理想化された古代王朝』中公新書

2021年04月23日 | 書評
最初は歯が立たなかった

 この本が出版(2016年)されてまもなくの頃、周という時代に興味があったので図書館で借りて読んでみた。私は図書館で借りたとき、今後使う可能性があるものは短くその感想を書くことにしている。2017年2月の読後感想は「ひとつひとつの内容はわかるがむずかしい、全体的なまとまりも把握しにくい。救いは文中に金文の原文とその読み下しが多数あること。将来、金文を調べるときの索引になる」とある。そして5点満点の評価は、3・5点となっている。この評価は本の内容が悪いということでなく、私はこの本に歯が立たなかったということだ。私にとって難しすぎたのである。
 西周前半期から後半期、そして春秋期から戦国期と、周王朝の歩みを新出史料を中心にして明らかにしようとするこの本は手ごわい本であった。

金文の臨書を始める
 最近、私は金文をもっと深く知ろうと思って、まとまりのある金文をそっくり手書きで写し取る、いわゆる臨書をしている。テキストは「中国古代の書2 金文」(天来書院)と「中国法書選1 甲骨文・金文」(二玄社)の2冊。ページを開いて文字がしっかり分かり、あまり長くないものを選んで臨書する。
 私はこのブログ「漢字の音符」で、基本となる音符を甲骨文字から楷書まで手書きして、その変遷を紹介している。金文の臨書をしていると、これまで書いたことのある文字が時々現れるので、なつかしい友達に会ったような気になる。ひとまとまりの文章を書き終えると、各行のあいだにテキストに載っている現在の字を赤字で書きこんでゆく。
 これで臨書はこれで終わりである。私は文章全体の内容まで把握しようとは思わない。テキストの読み下しを読んでも分からない箇所が多いからである。しかし、ブログで掲載している特定の字についてその使用法と意味を知りたいときがある。「もっと違う読み下しと解説がないか」と思ったとき、ふと以前読んだ、あの本を思い出したのだ。日記を3年ほど遡って書名「周―理想化された古代王朝」を確認し、図書館にリクストしてもう一度この本を読んだ。

もう一度読む
 感想は以前と同じで内容はむずかしいが、金文の原文と引用文献の多さに改めて感心した。巻末の引用参考文献は10ページにわたり、引用した金文の器名は3ページ、99点にのぼる。各章は引用文献のかたまりだ。(だから堅苦しい感じがするが)
 本文30頁
 例えば、30ページの「利簋リキ」は器の写真と銘文拓本を掲載し、本文では読み解いた文と、その日本語訳を掲載している。この「利簋」は天来書院刊のテキストにもあり、私はすでに臨書していたので、これを見ながら日本語訳を読むことができた。「この銘の解釈には諸説あるが中国古代史学の大家・楊博の説に沿って釈する」と書いてあり、金文の文字を読むにも、いろんな解釈があることがわかる。
 このように器と銘文が一緒に掲載されているページは少ないが、銘文だけの掲載も結構ある。また、釈文だけの掲載も多いが、それが私の持っているテキストに収録されている拓本であれば、テキストと照らし合わせることができる。最近は、器の名前が分れば、検索すると拓本がネット上で公開されているものが多い。

 こうした利点を考えて私はこの本を購入した。最初に読んでから4年後になる。臨書しながら「周―理想化された古代王朝」の器銘索引を調べて検索の手がかりとし、また「周―理想化された古代王朝」の本文を読みながらテキストやネットで銘文拓本を探し出して臨書する、ということを繰り返してゆくと、この本の内容と金文の理解が進んでゆくと思っている。以前、3・5点だったこの本の評価は、現在4点になった。さらに進めば評価5点になる日がくるのではないか。そう思えるほど含蓄の深い本である。
 佐藤信弥著『周―理想化された古代王朝』中公新書 定価820円(税別) 2016月9刊行

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落合淳思著『漢字の構造 古代中国の社会と文化』

2020年08月12日 | 書評
 私は最近、漢字の音符を調べる時に、まず落合淳思氏の『甲骨文字辞典』(朋友書店・2016年)を引いてみる。ここに載っている文字なら、その文字の成り立ち、当時の意味から始まり、その後の変遷をへて現在の字にいたるまで簡潔な説明があるからである。
 この辞典が出るまえは同氏の『甲骨文字小字典』(筑摩書房・2011年)を使っていた。この字典の解説は懇切丁寧で、しかも白川静・藤堂明保・加藤常賢各氏の説を比較してどの説がすぐれているかまで書いているので大変面白かった。しかし、この字典は350字しか掲載していないのが不満で、早くもっと大きな甲骨文字辞典が出ないかなあ、と心待ちにしていたものである。それが遂に2016年、親文字数1777字という600ぺージの字典が刊行された。落合氏は甲骨文字を出発点にして文字の変遷をたどる力量には定評がある。

 その落合淳思氏が昨年(2019年3月)同時に2冊の本を刊行した。一冊は『漢字の字形』(中公新書・113字収録)、もう一冊は『漢字字形史小字典』(東方書店・433字収録)である。いずれも『甲骨文字小字典』で文章で用いた文字の変遷をたどる方法をさらに進化させ、個々の字形の変遷を甲骨文字から始まり、金文・篆文・隷書・楷書まで図表でたどる方式にしている。一目見て大変分かりやすい。しかも『漢字字形史小字典』のほうは小学校3年までの漢字すべてについて解説しているから、甲骨文字以後に発生した文字についてもその変遷をたどることができる。甲骨文字の落合氏がもともと甲骨文字にない文字についても解説してくれるのである。

 以後の私は、音符を調べるとき『甲骨文字辞典』の次に『漢字字形史小字典』を調べるようになっている。しかし、この小字典は小学校3年までの漢字だから全体で433字しかない。従って見つからない漢字も多い。『甲骨文字小字典』と同じような不満が募っている。高学年からは形声文字が多くなるので全部の字形史を明らかにする必要はないが、小学校4~6年で各50字、中学1~3年で各50字、それに新常用漢字で50字、合計約350字を収録した続編を出版してほしいものである。

 さて、こんななか今年(2020年)7月、『漢字の構造 古代中国の社会と文化』(中央公論新社)が刊行された。書名だけでは内容がわからないので取り寄せて確認したところ、『漢字の字形』の系譜につながる漢字字形史の本であることが分った。内容は古代中国社会を反映する文字をテーマ別にその字形史をまとめている。大きな区分と中に含まれる字は以下のとおり。
(1) 原始社会の生活 利と年、農と協、牧と半、春と秋など。
(2) 古代王朝の文明 倉と庫、建と庭、夫と妻、徳と義など。
(3) 信仰と祭祀儀礼 祖と宗、聖と禁、告と若、区と器など。
(4) 古代の制度や戦争 学と教、令と使、正と成、国と図など。
(5) 複雑な変化をした文字 葉と円、終と芸、熊と夢、無と翌など。
p95「好」の字形変遷図
 収録字数は171字である。個々の解説は字形史だけでなく、字形に含まれる当時の社会についてまで言及していることが特徴である。なお、字形の解説に入るまでに、「古代中国と漢字の歴史」「漢字の成り立ちと字源研究」の章があり、漢字に対する予備知識を得られるようになっている。
 個人的には(2)「廷と庭」の字形変遷が参考になった。また、庭は建物に囲まれる中庭が本来の形であるとし、建築の復元図もつけて説明しているのが参考になった。また、(5)の熊の成り立ちについても納得することができた。これらはいずれも金文以降の変化である。甲骨文字の専門家から、さらに字形史へと大きく範囲を広げる落合氏に今後とも期待したい。当面、『漢字字形史小字典』を調べて無い字形は、『漢字の構造』の索引を調べて対応したいと考えている。(本来は落合先生とすべきですが、敢えて落合氏と書かせていただきました。)
(『漢字の構造 古代中国の社会と文化』中央公論新社 2020年7月発行 325P 1800円+税)

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石沢誠司編 『音符順 精選漢字学習字典 ネット連動版』

2020年02月18日 | 書評

本ブログ「漢字の音符」に掲載している約5000字の中から選りすぐった漢字を一冊の本にまとめた『音符順 精選漢字学習字典 ネット連動版』が出版された。この本は常用漢字、JIS第一水準漢字のほか、漢検1級レベルの漢字を含め、計4340字が収録されている。具体的な内訳は以下の通りです。(同書16頁より) 漢字の音符というのは、漢字の字形のなかで発音を表す部分をいいます。たとえば、吸キュウ・扱キュウ・級キュウ・汲キュウ・笈キュウの音符は「及キュウ」で、これらの漢字の発音はみな「キュウ」になります。現在、ほとんどの漢字字典は部首ごとの配列になっていますから、及キュウの音符字は部首ごとにバラバラに配列されています。また、部首はその意味の把握が容易ですが、特定の部首に漢字が集中する傾向があります。一方、音符は数が多いですが、一つの音符からなる字数は、今回の字典では少ないもので2字から、多いもので20字程度です。従って音符順に配列した字典は、「音符⇒部首」となるので漢字を覚えるのに最適といえます。  本書は一つの音符を見出しとし、音符ごとに枠を設けて枠内に音符家族を配列しています。下の図は、本書18ページです。

  同じ発音の漢字は、①学習漢字、②常用漢字(学習漢字以外の)、③準1級漢字、④1級漢字、の順に並べています。これにより音符家族字を、それがどのランクの漢字であるかを判断しながら学習することができます。

 例えば大学受験生であれば、②の常用漢字は必須であり、③の準1級漢字にはできるだけ目を通しておく、④の1級漢字は興味のある字を見ておく程度でよいと思います。また、公務員試験や司法試験、各種資格試験等では、③の準1級漢字までは必須であり、④の1級漢字は受験する分野によって選択すればよいと思います。

ネットとの連動

 この本の特徴は、ブログ「漢字の音符」と連動していることです。本ではほとんどの漢字の説明が一行でなされていますが、パソコンやスマホで「漢字の音符」の該当音符を見ると、その音符の成り立ちから各音符家族字の繋がりまで把握することができます。つまり、この本はブログ「漢字の音符」を俯瞰する道案内の役割を果たしています。

索引の充実

 索引は、まえがき類の後ろに「音符字の画数索引」がついており、発音のわからない音符を画数でひくことができます。また巻末に「音符と主要漢字の索引」があり、音符字や主な音符家族字を音と訓でひくことができます。

中味拝見

はじめに・漢字音符とは何か・音符字索引・凡例 3~16p

本文  1~59p

音符と主要漢字の索引 274~303p

入手方法

 この本は石沢書店から発売されています。一般の書店では販売していないので、下記の同書店のHPから申し込む必要があります。

https://www4.hp-ez.com/hp/ishizawa/page25

(『音符順 精選漢字学習字典 ネット連動版』石沢誠司編 2020年刊 320P 石沢書店 1200円+税)

※東京方面の方は、千代田区神田神保町の東方書店に置かせていただいておりますので、店頭で手に取ってご覧ください。 東方書店へのアクセス

 

 

 

 

 

 

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京都大学講義 「中国文字文化論 全14回」 教授 阿辻哲次

2017年05月03日 | 書評
 京都大学の講義「中国文字文化論 全14回」が昨年(2016)11月にユーチューブにアップされた。これは2013年の前期講義(全学共通科目)として京都大学教授の阿辻哲次氏が4月18日~7月25日の間、14回にわたって行われた講義を公開したもの。

 阿辻先生は漢字学の泰斗であり、漢字に関する多くの書籍を出版されている。私も、初期の研究書である『漢字学―『説文解字』の世界』(東海大学出版会、1985)、『図説 漢字の歴史』(大修館書店、1989)から始まり、教養書である『漢字の字源』(講談社現代新書、1994)、『部首のはなし』(中公新書、2004)『部首のはなし<2>』(中公新書、2006)、『近くて遠い中国語―日本人のカンちがい』(中公新書、2006)、それに近年の著作である『戦後日本漢字史』(新潮選書、2010)まで、多くの著書を読んで参考にさせていただいた。

 この碩学が大学で講義しておられる様子を見る事ができる。私は期待して視聴した。1回が約1時間30分の講義である。かなり長いが、本に例えると1章くらいの内容である。回の内容によっては、先生の著書を読んでいるので分かったつもりでいたが、実際に視聴してみると先生のしっかりとした話しぶりに改めて感心した。その内容は先生が中国で収集した資料や写真、また現地で売っていた実物のミニチュア製品などを材料に、体験談も交えて漢字を総合的な角度から語る姿には、本を読む以上の説得力を感じた。この講義をブログで紹介したのは、こうした形でまとめておいて私自身も、あとで何回も見たいからである。

 なお阿辻哲次教授は、今年(2017年)3月末で京都大学を退職された。その時の講義である、京都大学 2016年度退職教員最終講義 阿辻 哲次 教授「電子時代の漢字研究」(2017年3月15日)が、ユーチューブにアップされているので、これも併せて最後に追加させていただいた。

 
          ユーチューブの画面

第1回 漢字の特徴 2013年4月18日
https://www.youtube.com/watch?v=-5A1-xqeN7A

第2回 漢字の起源をめぐって 2013年4月25日
https://www.youtube.com/watch?v=qIwIvCCP7Bw

第3回 甲骨文字の世界 2013年5月9日   
https://www.youtube.com/watch?v=cm5zz1BoZ8M&t=228s

第4回 青銅器の銘文-金文について 2013年5月16日
https://www.youtube.com/watch?v=C0e7TJwgEKA

第5回 春秋戦国時代の文字文化 2013年5月23日
https://www.youtube.com/watch?v=8XLZhzT4sv0

第6回 始皇帝の統一帝国と漢字 2013年5月30日
https://www.youtube.com/watch?v=pCdWn_5kwZU

第7回 さまざまな書写材料 2013年6月6日
https://www.youtube.com/watch?v=JuzPTwV3n0Y

第8回 漢字の学習・教育・研究 2013年6月13日
https://www.youtube.com/watch?v=eFgaelwN_lA

第9回 儒教と漢字 2013年6月20日
https://www.youtube.com/watch?v=eBRrTfr-OZs

第10回 規範と審美一科挙と書道藝術 2013年6月27日
https://www.youtube.com/watch?v=SVL-Q9WlZww

第11回 印刷のはじまり 2013年7月4日
https://www.youtube.com/watch?v=oLjfdk2fRuY

第12回 日本への漢字の伝来 2013年7月11日
https://www.youtube.com/watch?v=cqt-mlkmoZE

第13回 中国の文字革命 2013年7月18日
https://www.youtube.com/watch?v=bxWd9I13wJs

第14回 現代日本の漢字文化 2013年7月25日
https://www.youtube.com/watch?v=k_VcLL4DAq4

京都大学 2016年度退職教員最終講義
阿辻 哲次 教授「電子時代の漢字研究」2017年3月15日
https://www.youtube.com/watch?v=A3FOIkyep2I

 
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落合淳思 『甲骨文字辞典』 朋友書店

2016年11月13日 | 書評
これぞ待ち望んでいた辞書
 ネットで甲骨文について検索していたら、落合淳思氏の『甲骨文字辞典』を見つけた。「アッ出た」と思いながら、説明文を読むと、「現在までに発見された甲骨文字種のほとんどを収録し、かつ個々の字義について用例を逐一掲載」 と書いてある。これぞ私が待ち望んでいた辞書である。落合氏の『甲骨文字小字典』を愛読している私は、いつもその文字数の少なさにため息をつき、もっと字数の多い字典が出ることを切望していたからだ。

 さっそく購入しようと思って定価を見ると、なんと9,504円(税込)もするではないか。高‼。5000円までだったら無理してでも買うのだが…。私は購入を躊躇した。思いついたのは図書館へリクエストすることである。そこで私は地元の茨木市立中央図書館へリクエストした。「甲骨文字の字典として定評のある『甲骨文字小字典』の拡大版です。高額なので図書館で購入し、閲覧コーナーに置いていただけないでしょうか」と添え書きして。

図書館で購入してくれた
 しばらくして図書館から連絡があった。「リクエストされた『甲骨文字辞典』を購入しました。貸出ができませんので、閲覧室でご覧ください」。私はすぐ図書館へ行き、参考閲覧コーナーでこの辞典を手に取り、じっくり内容を見ることができたのである。購入いただいた図書館には感謝している。
 茨木市立中央図書館で

 さて、閲覧室で手にした『甲骨文字辞典』は、本製本の堅牢な一冊であった。甲骨文字や殷王朝の概論が53ページ、本文が597ページ、索引など107ページからなる、合計757ページの辞典である。
 親文字の数は、1777字で、この中には多くの異体字を含めているから、一般に四千字といわれる甲骨文字の字種は異体字を含めた数を言うから、親文字としてはほとんどが含まれているといえるだろう。この中には、現在は使われていない亡失字も含まれている。

甲骨文字のすべてに字形の解説がついている
 各親文字には、原文をかたどった字形が紹介され、それぞれに字形の成り立ちの解説と、甲骨文字での意味が記されている。また、実際に使われた文例を表示している。これまでの甲骨文字字典は、そのほとんどが原字と現代字を対照させたもので、各字形の成り立ちをすべて解説したものは、同じ著者による『甲骨文字小事典』以外はなかった。今回、甲骨文字のすべてに字形の解説がついているのは例がない。その点でも貴重な一冊と思う。
 ただし、解説は『甲骨文字小字典』のように、まず先学者である加藤常賢・藤堂明保・白川静の各氏の説を紹介したのち自説を展開する形でなく、すぐに解説に移っている。これは、限られた少数文字を扱った前著と違い、多くの文字を解説するためやむを得ないだろう。

 親文字の配列方法は、甲骨文字特有の部首配列を用いている。例えば「人体に関する部首」として、人・大・女・子・耳・目などあげ、続いて「自然」「動植物」「人工の道具」「建築土木」「骨・肉」ときて、最後に「幾何学的符号」まで、7部に分けている。これは類似の文字を続いて見ることができ便利である。索引も充実している。音索引のほか、画数索引、それに詳細な部首別索引もあるから、探す文字にすぐたどり着くことができる。

実際に辞書を使ってみて
 それからの私は家で調べる文字をメモしておき、ある程度たまると図書館へゆき、この辞書を見る。その結果は、(1)収穫があったもの。(2)収穫がなかったもの。(3)文字そのものがなかったもの。に分けられる。
(1)は、例えば「召ショウ」という字。この字には「刀+口」の説と、「人+口」の説がある。甲骨文字では第一期に「人+口」の字があり、意味は人を口で召喚(呼び出す)すること。のち第一~二期の間に「刀+口」の字が出現したという。したがって、「人+口」で解字するのが良い事が分かった。
(2)は、例えば「襄ジョウ」という字。この字は金文で、衣にかこまれた中がとても不思議な字形で、まったく意味が分からない。甲骨文字に有ればその意味が分かるかと思ったが、あったのは皿の略体が人の上にのった形で、意味は地名を表し、字の成り立ちはわからないという。ますます疑問がふくらむ結果となった。(下図は左が「甲骨文字辞典」の襄ジョウ、右が「字統」の襄ジョウ
 
 一般に甲骨文字は、人名や地名に用いられる例が非常に多く、本来の意味を表す場合は少ない。これは甲骨文字が占いのために用いられたことと関係しているのだろう。占い以外の目的で使われた竹簡などがあったとも考えられる。甲骨文字から本来の意味を推定する想像力も必要であろう。

(3)は、例えば「卓タク」や「氏シ」など、『字統』(氏の字)や『古代文字字典』(氏・卓)などには甲骨文字が出ているのに本辞典には掲載されていない。これは何故だろうか。その理由は「はじめに」の凡例に「本書は拓本として発表されたものだけを対象にしている。摸本(手書きの写し)は信頼がおけないため、摸本にしか見えない字形は採用していない。」とあり、私が列挙した字は摸本にのみ見える字のようである。(追記:なお「氏シ」については昏コンの説明に、昏の上部の氏は屈んだ人の手に単線をつけて強調した形が後に氏となった形で、甲骨文字には「氏」は単独では見られない、という記述があることが分かった)

 この辞書は甲骨文字を集大成し、かつ一字ごとに解釈をした辞典として、これまでに見られない資料的価値をもつ。特に私のように甲骨文字を直接解読できず、研究者の成果に頼って字源解釈をしている者にとって貴重な本だ。また、今後の甲骨文字研究および漢字の字源研究の基礎となる本であろう。私も座右に置いて常に調べたいので近く思い切って購入しようと思っている。

(落合淳思著『甲骨文字辞典』朋友書店 2016年3月刊 8800円+税)




 
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冨谷 至著 『木簡・竹簡の語る中国古代 増補新版』 岩波書店

2015年02月07日 | 書評
 本書は、2003年に出版された同名の本の増補新版である。
「旧版は私の著作のなかでは、珍しく評判がよく版も重ねることができた。また、韓国語版、中国語版が出され、とりわけ中国では大学の教科書にも採用され、また時をおかず重版となった(増補新版あとがきより)」と著者が述べているように、旧版が出版された時点から日本のみならず中韓でも評価が高かったという。
 私は今回初めてこの本を読んだが、評価が高かった理由が判った。それは、木簡・竹簡と真摯に向き合い、そこに書かれている文章を解読・解説しながら、その果たしている役割を紙と比較しながら分析し、当時の中国古代専制国家の文書による統治の一端を明らかにしているからである。つまり、「書写材料としての木簡・竹簡の特徴」を、生き生きと描写しているのである。
 
表紙の写真は、最後の簡に綴りの紐の余りがついた敦煌出土の簿。
 
竹簡は書写材料の主役
 日本人は木簡について、よく知っている人が多い。その発端は、1988年(昭和63)に「長屋王邸(奈良市)で大量の木簡発見」のニュースが広く報道されて人々の注目を集めたのをきっかけに、その後も続々とつづく各地での木簡発見の知らせを、メディアが大きく取り上げたからである。現在も木簡に関する展覧会が奈良県の研究施設や博物館を中心によく開催されるし、新しい木簡発掘のニュースは大きく取り上げられる。

 しかし、木簡が現在までに38万点以上も見つかっているのに対し、不思議なことに竹の豊富な日本で竹簡が出土していないのである。なぜか?
「日本で竹簡が出土しないのは、木簡と竹簡が書写材料として使われていた時期に差があるからである」と著者の冨谷至氏は言う。「竹簡は、中国で紙の発明される以前につかわれた書写材料であり、日本に文字が大量に伝わった時代には、すでに中国には紙があった」。したがって日本へは竹簡の書物や文書は伝わらなかったのである。

 竹という材料は、節のあいだが約25~30センチが普通で、節を切り落として割ると、タテにスパッと割れ、まっすぐな材料を作りやすい。その代り、幅を広くとると丸みが出るので、幅広のものは作りにくい。そこで書写材料としての竹は幅の狭いものになる。だから、竹簡一本には文字が一行分しか書けない。
 竹簡の長さは標準形で漢代の1尺(23センチ)、幅1~2センチ、厚さ2~3ミリ、と本書にある。(標準簡の他に、皇帝が使用する簡は1尺1寸(約25センチ)、儒教の経典である経書は2尺4寸(約55センチ)だったという)。

 私は趣味で竹かご作りをしていたことがあり、竹の細工には慣れているから、この大きさの竹簡の復元はすぐできる。厚さ2~3ミリにするには、割った竹に小刀を皮と同じ方向に食い込ませて「へぐ」という動作をする。しかし、「へぐ」ためには、幅2センチというのは、相当太い竹を用意しないと作りにくい。実物を見ていないが、竹簡は1センチ幅に近いものが多いと思われる。

 冨谷氏はさらに竹簡に関して「殺青サッセイ」という言葉を紹介している。殺青、つまり「青を殺す」とは、青竹の色を殺す、すなわち青竹を火であぶって脂気をぬく工程である、という。脂をぬくと竹は黄色っぽくなる。竹細工でも上等な籠をつくる竹は、脂抜きをした竹を使う。これをしないと必ずといっていいほど虫がつくからである。大切に保存する竹簡は殺青をした竹を使ったと知り、なるほど、と思わずうなずいた。

「同じサイズ(長さ・幅・厚み)のものを大量につくれるということになれば、木よりも竹の方が断然適している。冊書(一つ一つの簡を綴じた書)を作るには、やはり竹簡が最適であったのである。そもそも簡という文字自体が竹がんむりである」と著者は述べている。(簡の解字は、漢字の音符「間カン」を参照してください)

「韋編三絶」とは、なめし革の紐がきれたのか?
 こうして竹簡は紙が発明され、さらに改良されて、書写材料として使われるまで、正確には把握しがたいが一千年以上、文書材料の主役として使われた。本書では、書物や帳簿として用いられた竹簡の特徴について述べているが、私がなるほどと思ったのは次の点である。

 一つは、冊書にする竹簡は紐で連結するため、結ぶ箇所の左右がすこし削られて幅が狭くなっていることである。これは竹簡どうしの間が開きすぎないためにも、また、紐がずれないためにも必要なことであろう。興味深いのは、「韋編三絶イヘンサンゼツ」という四字熟語の解釈に異論を唱えていることである。韋編三絶というのは、孔子が晩年『易経』を愛読し、何度も読み返したため、その巻を綴った「なめし革」の紐が切れてしまったという故事から、同じ書物を繰り返して読むことを言う。冨谷氏は、「紐が残っている竹簡は数が少ないが、それらはすべて縄紐であり革紐は一つもない」という。そして中国の林小安氏が、韋編の「韋」は、「緯」に通じ、横糸のこと、縦糸を意味する「経」に対する「緯」でもあるという論文に接し、これこそすっきりした解釈であると、支持を表明している。

 二つ目は、巻物にした木簡は、書物の形と、ファイルの形式になった帳簿類の形の二つに分けられるが、このふたつは綴じ方が微妙に違っているという。書物の巻物としての竹簡は、先頭の竹だけ題名などを書いた部分が裏側に書かれており、綴じて巻いたときに、その巻の書名がわかるように工夫されているという。すなわち、書物木簡は最後から巻き始め、先頭の竹簡は一番上に来る。すると、最初の札は裏向きになるから書名がわかるのである。

 これに対し、ファイル形式の帳簿類は、逆に最後の竹簡の裏側に文書名がついているという。帳簿類は一つ一つ後から追加してゆく形式のものであり、こうしたファイル類は、追加した後ろの竹簡を見る機会が多かったのであろう。したがって、書物木簡とは逆に、最初の簡から巻き込んでゆき最後の簡を巻いたときに書名が表に出て、わかるようにしているという。本書の表紙の写真(冒頭に掲載)は、最後の簡に巻物の紐がついた敦煌出土の「簿」で、写真には写っていないが、最後の簡の背面に表題が記されているという。最初の簡から巻き込むと最後の簡の裏が表題になる。しかも、この簡だけ二倍の幅がある。最後の簡についた紐で、まるめた巻物を結んだものと思われる。

木簡の役割
 では、中国で木簡はなぜ作られ、どんな用途に使われたのか。一つの理由は、竹の育たない西北辺境で、竹の代わりの材料として使われた場合だという。敦煌の木簡などがこれに当たり、タマリスク(御柳。ギョリュウ科の落葉小高木)などの木で作られた。したがって、この木簡は竹簡の代用品である。ところが極度の乾燥という砂漠地帯の自然条件が、木簡を朽ちることなく存続させ、20世紀の初頭になって二千年の眠りから覚めたように続々と世に出てきた。これらの発見が契機となり、各地で発掘が続くと、墓に埋葬されていた竹簡も続々と発見され、20世紀は木簡と竹簡(両者をあわせて簡牘カントクという)の大発見の世紀となった。発見からわずか1世紀の間に、簡牘の数は10万件をこえ、20万件に達しようとしているという。

 では、竹の生育地域で木簡はどんな役割をはたしていたのか? 竹簡が書写材料として優勢な地域で、木簡は木の板の特性を生かした使われ方をしたという。木は竹に比べると細工がしやすい。角を容易に丸くできたり、穴をあけたり、溝をうがつこともできる。木簡は、紐で一つ一つ綴られて文書になるのでなく、単独で用いられる単独簡の使用が多いという。

 その用途の一つは日本では使われることのない「検ケン」である。検とは、竹簡に書かれた文書を送る際に、封緘フウカン(封をすること)の役割をする木簡で、巻いた竹簡文書が他人に見られることなく運ばれる工夫である。具体的には、普通より短め(10~20センチ)で幅広く厚みのある木簡に、宛先や送付方法を書いたのち、その一部にあらかじめ作られている凹み(璽室ジシツ。印を押すくぼみの意)に紐を通し、巻いた竹簡に結えたのち、凹みに粘土をつめてその上に印を押すのだという。粘土が乾くと封泥フウデイとなる。いったん封泥された文書は開封されると封泥が壊れる(または紐が切られる)ので、すぐ分かる。そして、封泥された木簡は、まとめて袋に入れられ、そこにも行き先の宛名を書いた木簡がさらに付けられるという。さすが文書行政を造り上げた中国ならではのシステムと言える。

 二つ目の用途は、木札に穴をあけたり、左右に刻み目を入れて、そこに紐をかけるようにした木簡である。表面に物品の名、文書の名などが書かれており荷札の役割をする。この種の木簡が日本でよく使われ、発掘される木簡の主流をなしている。そのほか、名刺の代わりに使われた木簡、旅行者の身分証明書となった木簡、割符として二枚一組となる木簡があるという。そして、これらの木簡を付けた文書が、中央の皇帝から地方まで、どのようなルートを通じて伝達されてゆくか、また、伝達機関としての「郵」と「亭」などについて詳細に述べている。

紙の普及と木簡・竹簡
 ここまで述べて、すでに大幅に紙数を使ってしまった。ここで旧版の三分の二である。後半は、紙の発明と普及が、木簡・竹簡にどのような影響を与えながら変化したかを実証的に論じている。紙は2世紀の初めから書写材料として使われ始めたが(紙の発明自体はさらに100年から150年前だが、包装紙としての用途が中心であった)、3,4世紀に入っても木簡・竹簡は書写材料としての地位を保持していたという。
 紙はその後、徐々に普及したが、では、どのようにして木簡・竹簡は、紙にその座をゆずっていったのか。本書では実例を挙げながら詳細に検討されているが、結論だけ述べると、最初に紙に置き換えられたのは、書物の竹簡だという。書物は、初めから終わりまで通して読んでゆくから、紙に置き換えやすい。それに比べて、なかなか変わらなかったのはファイル形式の木簡・竹簡だという。この形式は、命令の伝達、報告、簿籍、文書逓伝の確認など、すべて文書により執り行われ、文書によりチェックされるシステムが構築されているので、変えるのがむずかしかったのだという。すべてが紙の時代に適応した国家は唐の時代であるという。

増補新版の補論
 旧版が品切れとなった機会に、新版を出すことになり、今回、増補の論文が追加された。一つは、「簡牘カントクの長さと文書行政」である。旧版で簡単に触れていた簡牘の長さについて、1尺(標準簡)と1尺1寸(皇帝が使用する簡)が分かれた経緯、2尺4寸(経書が書かれた簡)については、武帝の時代に経学重視の政策との関連で論考している。
 二つ目の補論は、「漢簡の書体と書芸術」である。漢簡には、懸針ケンシン(上から下に筆を運び、下部に行くに従い、力をいれて太く長く伸ばす運筆)や、波磔ハタク(右下に撥ねるとき、太く力をいれて伸ばす運筆)とよばれる独特の筆運びなど、書体の技巧化が進んだものが出現する。これらは書芸術の直接の芽生えではないが、漢簡で書記たちが築き上げた書体がもとになり、その外縁に書芸術が生み出されてきたことを論考している。

(冨谷至著『木簡・竹簡の語る中国古代 書記の文化史 増補新版』2014年刊 274P 岩波書店 3000円+税)



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円満字二郎著 『部首ときあかし辞典』 研究社

2015年01月02日 | 書評
 私は漢和辞典を引くたびに失望することがある。部首索引でめざす部首を見つけ、その部首の解説を読むと、実にそっけないのである。例えば、犭へん。「犬が偏になるときの形。犬部を見よ」とか、別の辞書では、「犬が偏になるときの形で、「けものへん」と呼ぶ。犭を含む漢字や、野獣的な性状・行動に関する漢字が集められる」といった具合。犭部の解説に「犭を含む漢字が集められている」とは、おかしいのでは?


 円満字二郎氏の『部首ときあかし辞典』では、「部首<犬>が漢字の左側、いわゆる「へん」の位置に置かれたときの形。基本的には<犬>と同じだが、漢字の数は<犭>の方がはるかに多いので、そのぶん、部首として表す意味も広がりを持つ(要旨)」とした上で、犭の持つ意味ごとに解説を加えている。以下に箇条書きすると、
(1)犬を表す。「狗」(いぬ)、「狆ちん」(犬の種類)
(2)犬を使って狩りをする。「狩しゅ」「猟りょう」「獲かく
(3)犬がほえあう。「獄ごく」(原告と被告が言い争う)
(4)一部の哺乳類を表す。「猫ねこ」「狐きつね」「狸たぬき」「猪いのしし」「狼おおかみ」など
(5)人間としてふさわしくない行動。「犯はん」「狡猾こうかつ」「猛もう」(暴力的)など
(6)(5)が転じて、社会の乱れが極端になった状態。「猖獗しょうけつ」(悪いものの勢いが盛ん)
(7)意味合いがよくわからないもの。「独どく」「狭きょう
と分けて説明しているので、大変分かりやすい。因みに、(7)の「意味合いがよくわからないもの」として挙げている 「独どく」 「狭きょう」 は、私が「漢字の音符」で意味がよく分かるように解説しているので、ご覧いただきたい。

 さらに、最も所属の多い部首のひとつである草かんむりでは、草が表すさまざまな形を分けて説明している他に、草と関係のないものとして、「若じゃく」(巫女のかたち)「蔑べつ」(目の眉毛の変形)「萬まん」(サソリを表した字)などを分けて挙げている。
 また、<言ごんべん>では、言葉を表す以外に「相手の所にいく(行って言葉を交わす)」意として、「訪ほう」「謁えつ」「詣けい」、さらに、言葉を論理的に使うことから「頭脳のはたらき」を指すものとして、「計けい」「試」「認にん」「識しき」など、言葉離れした項目を設けて(この設せつも言葉離れしている)説明している。

非常に少ない部首の本
 漢和辞典での扱いが象徴しているように、日本ではこれまで部首に関する本は非常に少なかった。阿辻哲次氏の『部首のはなし(1)(2)』(中公新書)は、気軽に読めておもしろいが本格的なものでなく随筆といっていい。私は図書館で『漢字講座 全10巻』(1988~1999年刊 明治書院)を借りて全部目を通したが、部首について書いた論文は一つもなかった。
 部首を本格的に取り上げにくいのは、部首そのものが持つ整合性のなさにある。部首は意符とされることが多い。確かに氵(さんずい)は水をあらわし、木へんは木をあらわしているが、一方、部首一いちは、数字の一は意味を表すが、上・下・丁・七など、横に一本線が走っているだけで、どこも行き場所のない字が、ここに放り込まれている。部首二は、意味をもつのは数字の二だけで、そのほかは上下に横棒がある、五・亜・互・亘などが放り込まれている。(しかし、どこも行き場所のない、これらの個性的な字こそが、音符なのである)。こうした意符を表さない部首は大変多いのである。

 部首についてのそんな状況のなかで本書は、意符としての部首だけでなく、部首に放り込まれた異端の字についても目配りしており、部首について書かれた本格的な唯一の本と言えるだろう。索引も充実していて、本の中で取り上げた漢字はすべて音訓索引で引けるようになっている。欲をいえば、参考文献の欄をつけて欲しかった。本書は部首に興味のある人には、手許においておきたい一冊であろう。
(円満字二郎著『部首ときあかし辞典』2013年刊 本文366P 索引48P 研究社 2000円+税)
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漢字の国 書けない若者  中国 パソコン普及で急増 <読売新聞>

2013年08月24日 | 書評
【瀋陽=蒔田一彦】漢字の国・中国で、若者を中心に正しい漢字を書けない人が増えている。パソコンや携帯機器の急速な普及で手書きの機会が減っていることが背景にあり、危機感を抱いた当局は、漢字への関心アップに乗り出している。

 「88、3Q」
 中国の女子中学生の携帯メールにあふれる若者言葉の一つだ。「バイバイ、サンキュー」の意味。こうした数字や英語を使った省略語や外来語が多用される一方、「読めるけれど書けない」漢字が増えている。
 河南省のテレビ局が7月から全国放送を始めた番組「漢字英雄」。小中高校生が漢字の書き取りを競う。答えに窮した子供は電話で親たちに教えてもらうが、「脱臼(中国語でも脱臼)」など、普段よく使う漢字でも大人たちの誤答が続出。現代中国人の「書く能力」の低下を浮き彫りにした。

 これを受け、国営メディアは「漢字は中国文化の核心。我々は後世に継承しなければならない」(新華社通信)などと、国民に漢字学習を促す論調を展開。8月には中国中央テレビも、学生漢字チャンピオンを決める番組を始めた。ある大学関係者は、「学生向け漢字コンテストを開くよう政府から要請があり、準備に追われている」と明かす。
 「漢字英雄」は開始以来、視聴率で全国トップ10入りを続けている。番組と同じゲームが楽しめるアプリもダウンロード数は80万件に達した。書店には漢字学習のコーナーが設けられ、書道教室の受講者が増えるなど、ブームを起こしている。

 中国政府が定める、新聞や書籍などで日常的に使う漢字は6500字で、ひらがな、カタカナも使う日本の常用漢字の約3倍。同じ発音の字も多く、誤字が生まれやすい。その上、幼少期からパソコンや携帯電話で変換された候補の中から選ぶことに慣れた結果、「国民の書く能力が低下している」(2011年の教育省の報告書)現状がある。
 日中の漢字文化に詳しい京都外国語大の彭飛教授は、「漢字の読み書き能力の低下について、中国の危機感は強い。教育界を巻き込んだ長期的な取り組みに広がる可能性がある」と指摘している。(2013年8月21日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20130821-OYT1T00207.htm

<記事の感想>
 パソコンや携帯機器の急速な普及で漢字が書けなくなっているので、この対策の一環として中国で漢字をテーマとしたテレビ番組が始まったというのが、この記事の見どころである。日本ではすでに数年前からタレントが参加する漢字の書き取りや読みを競う番組が盛んで、最近は漢字の書き順を競う番組が新たに登場している。こうした番組が人気を集めるのは、漢字を書けないことに対する人々の危機感が増えているからであろう。

 実は私も「漢字を読めるけれど書けなくなった」一人である。地方公務員を退職して偶然なことから中国の大学で日本語を教えることになり、漢字を黒板に書く必要にせまられた。書き取りの練習をしたが丸暗記ではすぐ忘れる。部首の対極をなす音符は発音だけでなく意味はないのか、と模索して始めたのが、このブログで連載している「音符イメージ法」である。漢字は暗記で覚えるのが基本である。しかし、書けない漢字や何度も間違う漢字は音符イメージ法を使うと書けますよ、というのが私の提案である。

 最後にひとつ事実関係を確認しておきたい。記事中「中国政府が定める、新聞や書籍などで日常的に使う漢字は6500字で、ひらがな、カタカナも使う日本の常用漢字の約3倍」という表現である。この記事だと、中国では6500字が日常的に使われている印象をうけるが、ネットで調べると、中国には「現代漢字常用字表一、二」があり、「表一」は2500字で、これに次ぐ「表二(次常用字)」は1000字。合計3500字が日常的に使われる中国の常用漢字である。
  http://hanyu.iciba.com/zt/3500.html 
 この3500字は現代中国の一般的な文章の99.48%をカバーするとされる(上野恵司『基礎中国語辞典』HNK出版)。日本でいえば、「表一」は教育漢字の1006字、「表二(次常用字)」は中学生(高校生)を中心に覚える1130字に相当し、合計した2136字が日本の常用漢字である。
 だから、新聞や書籍などで日常的に使う漢字とする6500字と、日本の常用漢字2136字を比較するのは無理があり、中国の常用字3500字と日本の常用漢字2136字を比較しなければならないと思う。では記事中にある6500字とは何をさすのか? 調べてみると2013年6月に公布された「通用規範漢字表」の一・ニ級合計字の数であることが分かった。この表の総計は8105字で、内訳は一級が常用字の3500字、ニ級はそれに次ぐ漢字である3000字で、合計6500字が主要な出版印刷を満足させる一般に必要とされる字だそうである。そして三級の1605字が姓氏人名、地名などの特殊な字だという。
http://baike.baidu.com/view/2720250.htm?fromId=2369158
日本ではJIS第一水準漢字が日常生活でよく使われる漢字で2965字。第二水準漢字は比較的使用頻度が低い字や、地名や人名などに用いられる漢字で3390字。合計6355字であるから、この数字に近い。ちなみに、この6300余字は漢検1級の出題範囲の漢字にほぼ相当する。
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