(産経ニュース2009.8.10 03:07)
「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」(佐藤幸治座長)は先月、1年以上の議論の結果をまとめて報告書を河村建夫官房長官に提出した。アイヌ民族は、国の政策として進められた明治以降の近代化の結果、その生活と文化に深刻な打撃を受けた人びとである。
報告書は、北方の先住民族が受けた歴史の悲劇を直視しつつ、アイヌ民族の文化復興や生活支援にかかわる各種の施策を実現する義務が国にあることを明言した。委員の一人として、政府にはアイヌの歴史的悲劇の経緯を明記した報告書の提言を真摯(しんし)に受け止めることを期待したい。報告書は、異なる民族が互いを尊重しながら、共生しあう希望に満ちた社会の実現に向かう具体的取り組みにほかならない。
まずなによりも日本国民は、列島にアイヌという民族的少数派が存在することを直視すべきだ。最近の研究では、近世の日本本土とアイヌ民族との交易や交流に留意しながらも、内地の領土的延長としてのフロンティアでなく、北方の境界にあった異域として蝦夷(えぞ)地(北海道)を扱う傾向が現れている。日本にとっての異国関係と国際秩序の構図に蝦夷地とアイヌを位置づけることによって、日本と外国との関係を「鎖国」だけで説明してきた定番から脱却する見方も可能になる。
こうした見方に立って、教育の場でアイヌ民族の歴史と現在の状況を正しく理解する試みが北海道だけでなく、全国レベルで工夫されねばならない。この一助として、「アイヌ民族の日」の制定によって全国で集中した啓発活動の実施も考えられる。
民族共生の象徴となる空間を設けて歴史の記憶を忘れず、未来の共生への誓いを新たにする記念碑の建立も有益であろう。ことにアイヌ民族の歴史と文化の尊厳をきちんと守るため、アイヌにかかわる教育や研究の充実はもとより、大学などが保管する遺骨を厳粛に慰霊する施設の設置も必要となる。これらを囲む空間を民族共生の象徴となる公園として整備することは、誰の目にも分かる良心的な工夫となるだろう。
報告書が重視したのは、産業振興への取り組みである。たとえばアイヌの独特な工芸作品を高品質ブランドとして世界に広く紹介する上で、技術向上と販路拡大は不可欠である。これを日本全体の観光振興のグランドデザインと有機的に結びつけることも大事だ。
さらに、北海道民の平均所得や大学進学率を下まわるアイヌの生活を向上させるために、アイヌ民族の生活実態調査を実施し、必要施策の展開を検討するように今回の第2次懇談会で提言した点は、私も参加した前回の第1次懇談会報告に見られない特質であった。
こうした施策を総合的に企画・立案・推進するため、内閣官房などに窓口機関を設置する必要性も提言されている。アイヌの人びとの意見を踏まえ、アイヌ政策を効果的に推進し、施策の実施をモニタリングする協議の場をつくる工夫と結びつけ、この窓口をアイヌ民族政策の具体的な行政機関として充実させることも期待される。
北海道はじめ関係する都府県や市町村、民間の企業や団体、さらに国民全体の理解と日ごろからの共生に向けた努力や友情を深める努力が望まれる次第である。(やまうち まさゆき)
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090810/acd0908100308003-n1.html
「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」(佐藤幸治座長)は先月、1年以上の議論の結果をまとめて報告書を河村建夫官房長官に提出した。アイヌ民族は、国の政策として進められた明治以降の近代化の結果、その生活と文化に深刻な打撃を受けた人びとである。
報告書は、北方の先住民族が受けた歴史の悲劇を直視しつつ、アイヌ民族の文化復興や生活支援にかかわる各種の施策を実現する義務が国にあることを明言した。委員の一人として、政府にはアイヌの歴史的悲劇の経緯を明記した報告書の提言を真摯(しんし)に受け止めることを期待したい。報告書は、異なる民族が互いを尊重しながら、共生しあう希望に満ちた社会の実現に向かう具体的取り組みにほかならない。
まずなによりも日本国民は、列島にアイヌという民族的少数派が存在することを直視すべきだ。最近の研究では、近世の日本本土とアイヌ民族との交易や交流に留意しながらも、内地の領土的延長としてのフロンティアでなく、北方の境界にあった異域として蝦夷(えぞ)地(北海道)を扱う傾向が現れている。日本にとっての異国関係と国際秩序の構図に蝦夷地とアイヌを位置づけることによって、日本と外国との関係を「鎖国」だけで説明してきた定番から脱却する見方も可能になる。
こうした見方に立って、教育の場でアイヌ民族の歴史と現在の状況を正しく理解する試みが北海道だけでなく、全国レベルで工夫されねばならない。この一助として、「アイヌ民族の日」の制定によって全国で集中した啓発活動の実施も考えられる。
民族共生の象徴となる空間を設けて歴史の記憶を忘れず、未来の共生への誓いを新たにする記念碑の建立も有益であろう。ことにアイヌ民族の歴史と文化の尊厳をきちんと守るため、アイヌにかかわる教育や研究の充実はもとより、大学などが保管する遺骨を厳粛に慰霊する施設の設置も必要となる。これらを囲む空間を民族共生の象徴となる公園として整備することは、誰の目にも分かる良心的な工夫となるだろう。
報告書が重視したのは、産業振興への取り組みである。たとえばアイヌの独特な工芸作品を高品質ブランドとして世界に広く紹介する上で、技術向上と販路拡大は不可欠である。これを日本全体の観光振興のグランドデザインと有機的に結びつけることも大事だ。
さらに、北海道民の平均所得や大学進学率を下まわるアイヌの生活を向上させるために、アイヌ民族の生活実態調査を実施し、必要施策の展開を検討するように今回の第2次懇談会で提言した点は、私も参加した前回の第1次懇談会報告に見られない特質であった。
こうした施策を総合的に企画・立案・推進するため、内閣官房などに窓口機関を設置する必要性も提言されている。アイヌの人びとの意見を踏まえ、アイヌ政策を効果的に推進し、施策の実施をモニタリングする協議の場をつくる工夫と結びつけ、この窓口をアイヌ民族政策の具体的な行政機関として充実させることも期待される。
北海道はじめ関係する都府県や市町村、民間の企業や団体、さらに国民全体の理解と日ごろからの共生に向けた努力や友情を深める努力が望まれる次第である。(やまうち まさゆき)
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090810/acd0908100308003-n1.html