先住民族関連ニュース

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北米先住民ら7聖人認定=ローマ法王

2012-10-22 | 先住民族関連
時事通信 10月21日(日)20時59分配信
ローマ法王ベネディクト16世は21日、北米先住民の女性カテリ・テカウィザ福者(1656~80年)ら計7人を「聖人」に列した。写真は列聖されたカテリ・テカウィザの木像=米ニューヨーク州フォンダ
http://www.jiji.com/jc/p?id=20121021205804-0013491031

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ディズニー初の「中南米系」プリンセスに賛否両論

2012-10-22 | 先住民族関連
(CNN)2012.10.21 Sun posted at 12:10 JST
米ディズニーがこの秋から放映する新たなテレビアニメ「Sofia the First」の主人公は中南米系のプリンセスだというが、この設定を巡り、賛否両論が巻き起こっている。
 アニメは11月18日、米ディズニーチャンネルと子ども向けのディズニージュニアに登場した後、シリーズ化される予定。2~7歳児を対象にした、幼い少女ソフィアのストーリーだ。母ミランダが王様と結婚したことから、ごく普通の生活を送っていたソフィアに大きな変化が訪れる。
 ディズニーの報道担当者がCNNに説明したところによると、女王となるミランダは中南米系の架空の国で生まれたことになっている。
 昨年末の制作発表の時点で、ソフィアが中南米系の血筋を受け継いでいるとの説明はなかった。米娯楽誌エンターテインメント・ウィークリーによれば、最近になって制作現場が報道陣に公開された際、ミランダの肌の色が他の登場人物より濃いとの指摘に対し、エグゼクティブ・プロデューサーが「彼女は中南米系だからだ」と明らかにしたという。
 ディズニーアニメにはこれまで、「プリンセスと魔法のキス」の黒人プリンセス、ティアナや米先住民のポカホンタスが登場しているが、中南米系のヒロインは初めて。これを受け、ツイッターには中南米系の視聴者らが「ディズニーからついに中南米系プリンセスが誕生だ」と歓迎するコメントが流れた。
 一方で、ソフィアのキャラクターには中南米系の文化が十分反映されていないと不満を示す声もある。エンターテインメント業界での中南米系米国人の平等な扱いを主張する非営利組織、ナショナル・ヒスパニック・メディア・コアリションを率いるアレックス・ノガレス氏は、「米国の悪い点をすべて中南米系のせいにする今の風潮に対抗するなら、堂々と本当の中南米系の姿を描いてほしい」と話している。
http://www.cnn.co.jp/showbiz/35023345.html

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カジノ・バブルで億万長者続々の米先住民 逆風にさらされ危機感も

2012-10-22 | 先住民族関連
sankeibiz 2012.10.21 14:00
 米先住民のアメリカ・インディアンたちが事実上の自治権を与えられている特権を生かし、居留地内に独自のカジノ施設を相次いで建設、外部から客を呼び込み高収益を上げている。その結果、高額な特別金が支給され、“億万長者”ばかりという部族もあるほど。一方、財政難の米国内の州では、一般のカジノ施設を州法で認め、税収を得ようという動きも本格化。迫害の歴史を乗り越え、生活の安定を見いだしつつあるインディアンを脅かしかねない状況だ。(ミネソタ州ミネアポリス 黒沢潤、写真も)
 色鮮やかな紅葉に彩られた深い森、澄んだ水を豊かにたたえた数々の湖。ミネソタ州内のインディアン「シャコピー・ミデワカントン族」(約480人)の居留地に入ると、部族が経営する白亜の巨大カジノ施設「ミスティック・レイク」が目に飛び込んできた。周りの景観とはまったく異なる豪勢な建物だ。
 このカジノには週末、近郊にあるミネアポリスなどから数万人が押し寄せる。経営が好調なため、カジノを運営する部族政府から部族員に支給される額は年間1人当たり、108万ドル(約8500万円)に上る。
 「1ドルの重みを知るためだけに、カジノで働くインディアンもいる」。カジノ内のレストランで12年間働く白人男性のライアンさんは、うらやましそうな表情を見せてこう語った。
 「全米一、裕福なインディアン」ともいわれるこの部族のメンバーは、別荘やサラブレッドまで所有。このカジノ近くで部族の民芸品を売る白人のテリー・ミュルケンさん(70)は、「50年前、彼らは貧しかった。しかし、今ではホワイトハウスそっくりの豪邸を建てた者もいるほどだ」と教えてくれた。
 約200年前から政府軍の攻撃を受け、土地を失うなど、苦難の歴史を歩んできたシャコピー族が同カジノを建設したのは1992年。開設に際し、風紀上の理由などから反対者も少なからずいたが、「やってみよう、様子を見てみようと手探りで始めた結果、成功した」と、ミネソタ州立大学のロンダ・ダス教授(43)は指摘する。
 カジノ成功は、この部族を裕福にさせているだけではない。部族トップのチャーリー・ビグ酋長(しゅうちょう)(52)が「私たちの使命は他の部族を助けることだ」と強調するように、2010年にはウィスコンシン州の部族などに約2800万ドル(約22億円)もの支援金を送った。1996年以降の累計は2億4350万ドル(約190億円)にも上る。
□ □
 インディアンが大部分を占める米国の先住民は、全人口(約3億人)の1%(約300万人)程度とされる。
 米国内では現在、インディアンの部族約560のうち、約240がカジノを開設。シャコピー族ほどの収益を上げるのはまれだが、収益金は居留地のインフラ整備や福祉、教育、伝統芸能継承に役立っている。
 ところがここ数年、このインディアン・カジノが逆風にさらされつつある。
 オハイオ、メーン、カンザス、ペンシルベニアなどの各州で、州公認の巨大な一般カジノが相次いで開設されたからだ。マサチューセッツ州も最近、カジノ開設を認可。オレゴン州も11月にカジノ開設の是非を問う住民投票を実施予定で、財政難に苦しむ各州は多額の税収をもたらすカジノの開設に躍起になっている。
 こうした動きに部族側は神経をとがらせており、コネティカット州東部のインディアン・カジノ「モヒガン・サン」を運営する「モヒガン族」の広報責任者、ジョー・スミス氏(56)は「競争は激化している。みんなで同じパイを分けざるを得ない」と、心配そうな表情で語った。
 モヒガン族も350年ほど前から、白人入植者に土地を奪われていった悲劇の歴史を持つ。96年のカジノ開設以降、ニューヨークやボストンなど都市からの客が相次ぎ、「部族メンバーがやっと自分の足で立てるようになった」=ブルース・ブゾム酋長(52)=経緯があるだけに、昨今の情勢は気掛かりだ。
 「モヒガン・サン」から車で20分足らず。「マシャンタケット・ピーコー族」のカジノ「フォックスウッズ」を案内してくれた女性幹部のアン・チェンさんも、「家から15分ほどの場所に新しいカジノができたら、客がそちらに流れてしまいかねないのは事実」と自分たちの苦い経験をもとに話した。
 この部族は過去にシャコピー族と同様、カジノ収益金からメンバー1人当たりに年間最高12万ドル(約940万円)を支給したこともある。しかし、今では財政状況が悪化し、支給停止に追い込まれている。
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 インディアンをさらに不安がらせているのが、「オンライン・カジノ」合法化に向けた動きだ。多くの国が導入しているオンライン・カジノをめぐっては、米連邦政府もその是非を検討中。ただ合法化された場合、自宅のパソコンで手軽にカジノができるため、インディアン・カジノ側は危機感を強めている。
 ニューヨーク州内のある部族幹部は「多くの居留地にはカジノ開設で数千もの“花”が咲いた。だが、オンライン・カジノが合法化されれば大きな脅威となる」と警戒感を示した。
 一方、「オンライン合法化は時代の流れ。オンライン・ビジネスを拒絶すれば時代に取り残されるだけ」(コネティカット州の部族幹部)と、オンライン・ビジネスに積極的に乗り出すべきだとする意見もある。
 貧困からの脱却を目指して林業やサケ漁、サボテン栽培などの事業を縮小し、カジノ経営に9割以上の力を注ぐ部族は少なくない。しかし、インディアン・カジノ評論家のアラン・マイスター氏(57)は「手提げかごに、(利益を生む)卵だけを大事に入れておくのは弱点になりかねない」として、ビジネス多角化の重要性を訴えている。
■   ■
 インディアンの自治権 100年以上も前から各部族と州、連邦政府との間で自治に関するさまざまな規約が交わされた。現在、居留地での刑事事件には米国内の刑法が適用されるのが通例だが、民事では部族内の掟(おきて)・規律が適用される。部族発行の「身分証明書」が正式な旅券として外国政府に認められるケースもある。カジノ開設も原則自由。州政府などにカジノ関連の税金を納める義務は基本的にはない。
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/121021/mcb1210211400007-n1.htm

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稚内から見た北方領土:/下 流浪のアイヌ 民族の分断、心に壁 /北海道

2012-10-22 | アイヌ民族関連
毎日新聞 2012年10月20日 地方版
◇本当の故郷はどこに
 稚内市から日本海側を南に約40キロ、豊富町稚咲内(わかさかない)に、戦後サハリンから移住して来た樺太アイヌの女性がひっそり暮らしていた。「60年たってここが故郷になってしまいました。でも本当の故郷は(サハリン東海岸の)白浜(ソビエツコエ近郊)です」。津山愛子さん(79)の脳裏には17歳まで過ごした故郷の浜での豊かな暮らしが今もよみがえる。
 樺太にソ連軍が侵攻したのは、終戦直前の1945年8月8日。津山さんの村にもソ連人がやって来た。家は大きな網元だったが、ソ連軍侵攻後、魚の販路を失い、一転してどん底の暮らしを味わった。
 2カ月後、出征していた父からはがきが届いた。「満州から戻って余市にいる」。一家はサハリンを離れる決心をし、49年11月、引き揚げ船で函館に着いた。余市、釧路、足寄と道内を転々とした。
 村全体が親類同然だった白浜とは一転し、「見る人は皆他人」。食べるには苦労しなかった白浜での暮らしを思い出しては、「引き揚げて来なければよかった」とため息をつく母の姿が津山さんの目に焼き付いている。
   *  *
 樺太アイヌは日露の国境線が動くたびに流浪を余儀なくされた。「雑居の地」だった1875年、日露間に樺太千島交換条約が結ばれ、樺太アイヌは移住するか、とどまるかの二者択一を迫られた。約3分の1の841人が対岸の宗谷地方に移った。さらに翌76年、開拓使が札幌近郊の対雁(ついしかり)(現在の江別市)に強制移住させた。
 開拓使は対雁で農業をやらせようとしたが、もともと漁業が生業のアイヌに農業は向かなかった。男は石狩川に出稼ぎ漁に出た。10年後、天然痘とコレラが集落を襲い、半数が命を落とした。
 「帝国臣民として強制的に日本人に同化させられ、それまでのアイヌの風習、言語は一切禁止になりました。なのに、1932(昭和7)年まで無国籍でした」。樺太アイヌの血を引くアイヌ文化アドバイザーの楢木貴美子・北海道アイヌ協会札幌支部事務次長(64)=札幌市北区=は、故郷を追われた民族の歴史を語る。
 そんな彼らに、故郷へ戻るチャンスが訪れた。日露戦争後に結ばれたポーツマス条約で樺太の南半分が日本に割譲されたのである。生き残った樺太アイヌの大半は故郷・樺太を目指した。だが、同胞は冷たかった。「お前らは30年前に故郷を捨てたではないか」


 国境の変遷によって分断された民族の間に築かれた心の壁。再び北海道に戻る人もいれば、肩身の狭い思いをしながら樺太にとどまる人もいた。第二次大戦で樺太がソ連軍に占領されると、彼らは再び故郷を追われた。
 楢木さんの母も戦後、青森県に移住して楢木さんを産み、道内外を転々とした。
   *  *
 ラッコを追って千島列島を転々としていた北千島アイヌも似たような運命をたどった。樺太千島交換条約の9年後、開拓使は北千島アイヌ97人を「政府の給助が行き届かない」という理由で色丹島などに集め、農業と沿岸漁業をさせたが、うまくいかず、人口も激減した。
 彼らも、北方領土がソ連軍に占領されると色丹島から追い出された。多くは北海道に移り住んだが、北千島アイヌの出自を名乗る人はいない。【本間浩昭】
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 ■ことば
 ◇樺太と千島の先住民族
 サハリンにはかつて南部に樺太アイヌ(エンチウ)、中部以北の海岸線にニブフ(ギリヤーク)、内陸部にウィルタ(オロッコ)が暮らしていた。日露国境線の変更に伴い、樺太アイヌは繰り返し移住を余儀なくされたが、残りの2民族は大半がサハリンにとどまった。一方、千島列島の中部千島に暮らしていたコディアック諸島出身のアリュートは、樺太千島交換条約でまずカムチャツカ半島に移住させられ、さらに北方のコマンドルスキー諸島に移った。一方、北千島アイヌは、同条約から9年後、国策で大半が色丹島に強制移住となり、第二次大戦後に北海道に再移住した。
http://mainichi.jp/area/hokkaido/news/20121020ddlk01040272000c2.html

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【大船渡】犠牲者追悼のアイヌ舞踊を奉納 北海道の団体

2012-10-22 | アイヌ民族関連
(岩手日報 2012.10.20)
 アイヌ民族の伝統舞踊の継承や創作に取り組むアイヌ詞曲舞踊団「モシリ」(北海道弟子屈(てしかが)町)のメンバーら11人は19日、大船渡市赤崎町の尾崎神社(崎山巌宮司)を訪れ、津波の犠牲者を追悼した。
 モシリのメンバーは同神社拝殿前でアイヌの神事や舞を奉納。見守った地元住民約40人と共に、犠牲者の冥福を祈った。
 同神社は千年以上前に作られたとされるアイヌの祭具「イナウ」を長年社務所で保管してきた。震災の津波で社務所は約2・2メートル浸水し建物は全壊したが、イナウは奇跡的に流失を免れた。
 【写真=震災の犠牲者を悼み、アイヌ舞踊を奉納するアイヌ詞曲舞踊団「モシリ」のメンバー】
http://www.iwate-np.co.jp/hisaichi/y2012/m10/h1210201.html

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