日刊ゲンダイ 2025.01.31
ますます対立が深まるアメリカと中国。しかし、地政学的に見ると両国は「似た者同士」だという。かつてのアメリカと同じ道をたどり、中国も地域覇権国としての地位を確立するのだろうか……。
地政学動画で平均150万回再生を記録する社會部部長が、不変の地政学の法則を解説した『あの国の本当の思惑を見抜く地政学』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けします。
地理的によく似ているアメリカと中国
古典地政学者のニコラス・スパイクマンは第二次世界大戦前半の1942年に、中国に関して今日の情勢と奇妙にも似ている、こんな予言を残しています。
戦後の主な課題は、日本ではなく中国である。かつての「天朝上国」の潜在国力は「桜の国」のそれを大きく上回り、一旦その国力が軍事力に転化されると、中国大陸沖合の島国である敗戦国日本の立場は極めて危うくなる……
近代化に成功して国力を向上させ、軍備を充実させた4億人の人口を擁する中国は、日本だけでなくアジア地中海での欧米列強の立場も危うくする。中国はアジア地中海沿岸の大部分を支配する、広大な大陸国家となる。
中国の地理上の立ち位置は、アメリカ地中海に対するアメリカのそれに似ている。強大となった中国によるアジア地中海への経済進出は政治的影響力を伴うことは疑いなく、この海域が米英日の海軍力に代わって、中国の空軍力によって支配される日の到来も視野に入ってくる。
「アジア地中海」「アメリカ地中海」とは、それぞれ中国とアメリカの南の海域を指す、この時代特有の地政学的概念です。
現代では対立する両国ですが、スパイクマン曰く、アメリカと中国の地政学的立ち位置はよく似ており、アメリカがかつて「アメリカ地中海」の支配を確立したが如く、中国もいずれ「アジア地中海」の支配に乗り出すといいます。
これだけではよくわからないので、もう少し深掘りしましょう。
「地中海」の概念は、一言でいえば、「大陸と大陸の間の海」です。「地中海」は、文字通り「大地の真ん中」を意味するラテン語のmediterraneus(medius「真ん中」+terra「大地」)に由来します。
この語源の通り、ヨーロッパにある本物の地中海(ヨーロッパ地中海)はヨーロッパとアフリカの間に位置し、北から南にかけて、「ヨーロッパ―地中海―アフリカ」という地理的連鎖関係が成立しています。
この「大陸―地中海―大陸」の地理的連鎖関係は、ヨーロッパだけでなくアメリカとアジアにも当てはまります。
アメリカには北米大陸と南米大陸があり、この2つの大陸をメキシコ湾とカリブ海(アメリカ地中海)が隔てます。アジアも同様に、ユーラシア大陸とオーストラリア大陸を南シナ海とその南の海域(アジア地中海)が隔てます。
まとめると、世界には「ヨーロッパ地中海」「アメリカ地中海」「アジア地中海」の3つの地中海が存在し、それぞれ次のような共通の連鎖関係を形成しています。
・ヨーロッパ帯域
ヨーロッパ大陸―ヨーロッパ地中海―アフリカ大陸
・アメリカ帯域
北米大陸―アメリカ地中海―南米大陸
・アジア帯域
アジア大陸―アジア地中海―オーストラリア大陸
また、3つの地中海は「海洋と海洋の間の海」でもあり、ヨーロッパ地中海はインド洋と大西洋、アメリカ地中海は大西洋と太平洋、アジア地中海は太平洋とインド洋を東西に繋いでいます。要するに、各地中海は南北の2つの大陸、東西の2つの海洋の間に挟まる位置にあるといえるのです。
スパイクマンは、「ヨーロッパ―アフリカ」「北米―南米」「アジア―オーストラリア」の3つの帯域のすべてにおいて、まず北の大陸に大国が興隆し、その大国が地中海と南の大陸に勢力を伸ばそうとする法則があるとしました。
この法則は、「北の大陸の方が大国が生まれやすい」という地理的傾向から始まります。世界の陸地の7割が北半球に偏在する前提はもとより、安定していて農業に適している気候帯である温帯も、北半球の西欧、北インド、東アジア、北米東部に集中しています。
このことから、ここ数百年間で大国と呼ばれた国――西欧諸国、インド、中国、日本、アメリカ――はユーラシア大陸か北米大陸で生まれました。
それに対して、南の大陸には相対的に温帯が少ないだけでなく、その大部分が熱帯雨林または砂漠に覆われていることから、歴史的にアフリカ大陸、オーストラリア大陸、南米大陸では、大国が発達しませんでした。
アメリカはどのように地域覇権国になったか
北で発達した大国は次の3段階を踏んで、自らの帯域を支配しようとします。
(1) 北の大陸で領土拡大
(2) 地中海の制海権確保
(3) 南の大陸の中立化
アメリカは、この3段階をきれいに踏んで大国に成り上がった国です。アメリカは今でこそ全世界で影響力を振るう超大国ですが、建国当初は北米大陸の隅に佇む小国に過ぎませんでした。
アメリカは1700年代後半の小国の状態から、1900年代前半に大国に成り上がるまで、先の3段階に当てはめると、(1) 北米で領土拡大、(2) アメリカ地中海の制海権確保、(3) 中南米の中立化の段階を踏んで、自らの帯域で確固たる支配を確立しました。
では、アメリカがどんな歴史を経て勢力を広げてきたのかを、具体的に見ていきます。
(1) 北米で領土拡大
1776年に独立を宣言した時点で、アメリカの領土は東海岸に細長く連なるだけで、そのすぐ周りをスペイン、イギリス、フランス、先住民に囲まれていました。これら陸上の脅威を排除するため、アメリカは70年かけて土地購入・戦争・先住民の討伐を通して西へと領土を拡大していきました。
この北米での領土拡大の結果、アメリカの領土は東西は海、南北はカナダとメキシコという中小国に囲まれる状態を確立し、もはや陸伝いで攻撃される心配はなくなりました。
(2) アメリカ地中海の制海権確保
次に排除しなければならなかった脅威は、メキシコ湾とカリブ海の島々に残るヨーロッパ列強の領土でした。
実際、1812年の米英戦争で、イギリス海軍はバミューダ諸島、バハマ諸島、ジャマイカなどを出撃拠点として、アメリカ沿岸部と首都の攻撃に使用しました。また、スペイン領のキューバとプエルトリコも潜在的な攻撃拠点になる恐れがありました。
そのため、アメリカ地中海に残る列強の領土と海軍力を排除し、将来の海からの攻撃を防ぐことはアメリカの次なる目標となりました。この状況を一気に改善したのが、1898年のスペインとの戦争(米西戦争)でした。
アメリカはこの戦争での勝利によって、キューバ、プエルトリコからスペインを排除し、それぞれに海軍基地を設けました。これにより、アメリカ東海岸からパナマ運河に至る航路が遮断される危険は緩和されました。
イギリスの領土はまだカリブ海に残っていたものの、2つの大戦でドイツに対抗するため、イギリスは海軍力を自ら本国に引き上げました。また同時並行で、アメリカが海軍力を急速に強化したため、イギリスはアメリカ地中海での制海権を失いました。このとき以来、アメリカ地中海はアメリカの独壇場であり続けています。
(3) 中南米の中立化
第2段階と同時並行で、アメリカは中南米からのヨーロッパ列強の排除と反米勢力の抑え込みを実行することによって、南北アメリカ大陸全体を完全に安全な状態にしました。
この過程でアメリカは恐喝・武力行使・経済援助などを駆使してキューバ、ハイチ、ニカラグア、ドミニカ共和国で親米勢力の樹立・支援を行い、ヨーロッパ諸国がこれらの国々と結託してアメリカを攻撃することがないようにしました。
また、アメリカの東西海岸を結ぶ要衝であるパナマ運河を建設・支配する際も、現地の独立勢力を支援することで、持ち主であったコロンビアからパナマを切り離し、運河を1999年まで租借しました。
中南米では冷戦期に東側陣営に入った国がある他、現代でもキューバやベネズエラのような反米国家が存在しますが、どの国もアメリカを脅かし得るほど強くありませんでしたし、キューバがソ連と組んで核ミサイルを配備しようとした際には、断固としてこれを許しませんでした。
ドイツ・日本もアメリカと同じ道を歩みかけた
スパイクマンが地中海概念と前述の3段階を紹介した理由は、第二次世界大戦当時の日本とドイツの行動に、かつてのアメリカとの類似性を見出したからです。ドイツと日本の行動は、それぞれ次の通りでした。
【ドイツ】
(1) ヨーロッパ大陸で領土拡大
オーストリアとチェコスロバキアの併合に始まり、西はフランス、東はソ連まで陸地の支配を広げました。
(2) ヨーロッパ地中海の制海権確保
イギリス本国と英領インドの中間地点である地中海の制海権は、元々イギリスがジブラルタル、マルタ島、スエズ運河を拠点として握っていました。ドイツはイギリスをここから追い出すためにイタリアと同盟を組み、地中海のイギリス船を攻撃しました。
(3) アフリカの中立化
ドイツ・イタリア連合軍は北アフリカに上陸。ここからイギリス軍を排除し、やがてはスエズ運河と中東の石油を手に入れようとしました。
【日本】
(1) アジア大陸で領土拡大
日本はロシアと中国の脅威を遠ざけるため、朝鮮、台湾、満州、中国沿岸部に勢力圏を広げました。
(2) アジア地中海の制海権確保
1941年以降は南シナ海沿岸から欧米列強を追い出すため、仏領インドシナ、英領マラヤ(マレーシア)、蘭領東インド(インドネシア)、米領フィリピンを次々と占領。一時期とはいえ、南シナ海で輸送船が安全に通れる状態を確立しました。
(3) オーストラリアの中立化
オーストラリアはアメリカと同盟を組んでアジア地中海の占領地を脅かしていたため、日本はオーストラリア本土への空襲や、アメリカとの間に位置するソロモン諸島の占領によって、同盟を断ち切ろうとしました。
スパイクマンは触れていませんが、ロシアの南下政策も、ヨーロッパ・アジア大陸で領土拡大→ヨーロッパ地中海・アジア地中海の制海権確保という流れをとっていることがわかります。
このように、アメリカ・ドイツ・日本・ロシアがどれも同じ法則で勢力を拡大した歴史から、スパイクマンは中国も例外ではないとし、「将来、中国が(当時の)日本と同じ3段階を踏んでアジア帯域の支配に乗り出す」と予言しました。
スパイクマンはこれが的中したかを見る前に亡くなりましたが、現代の私たちはこの予言が実現しつつあるところを目の当たりにしている最中です。
中国もアメリカと同じ道をたどるのか?
地中海概念を踏まえてアメリカと中国を地図上であらためて見ると、両国には類似点が多いことに気がつきます。その類似点も、先ほどからの3段階を使って理解できます。
(1) 北の大陸で領土拡大
まず国土ですが、両国とも人口が東に偏っています。アメリカ東部ではミシシッピ川と大平野が、中国東部では黄河と長江がそれぞれの人口集中地を形成しています。
歴史的に、アメリカでは東の平野民が西のロッキー山脈と砂漠まで進出したことで、既存の領土を確立しました。中国も、黄河流域の農耕民がゆっくりと南と西に進出し、今の姿になりました。
中国は冷戦時代にロシアなどの内陸国との国境紛争を抱えており、陸上の脅威に晒されていました。しかし、1990年代には大体の国と国境を確定したおかげで、以前よりは安全な状態にあります。それでも、インドとはまだ領土問題を抱えています。
また、国内のチベット、ウイグル、内モンゴル、香港、そして台湾には、未だに中国共産党の統治に反抗的な人が少なくありません。
国内が安定していて弱い2つの隣国だけに囲まれるアメリカとは違い、中国は国内に反抗的集団が存在し、ロシアやインド、北朝鮮、日本、韓国、台湾のような決して弱くない勢力に近接している、磐石とはいえない安全保障状況にあります。
(2) 地中海の制海権確保
アメリカ地中海にはかつて、イギリスやスペインのような東の潜在敵国が領土を持っていたため、アメリカは100年以上かけてこの海域から外国勢力を排除し、制海権を確立しました。
アメリカと比べると中国はまだ道半ばです。アジア地中海(東シナ海、南シナ海、西太平洋)では、アメリカ(東の潜在敵国)が日本、韓国、フィリピンと正式な同盟を結ぶだけでなく、南シナ海沿岸のタイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、ベトナムと、中国を上回る軍事的協力関係を結んでいるため、中国はアジア地中海の制海権を握れていません。
中国は米軍をこの海域から追い出し、制海権を握るために沿岸国への接近、海軍増強、尖閣諸島、台湾、南沙・西沙・中沙諸島などの奪取を目指しています。
両地中海のもう1つの共通点は、海上交通の要衝(チョークポイント)があることです。アメリカ地中海には「パナマ運河」、アジア地中海には「マラッカ海峡」という2つの大洋を結ぶ要衝があります。アメリカは東部沿岸と西の中国市場を結ぶために自ら運河を建設した経緯から、パナマ運河を排他的に支配できました。
一方で、マラッカ海峡は中国東部沿岸と西のヨーロッパ市場・中東を結ぶ世界で最も通行量の多い航路でありながら、中国はここの支配を確立できておらず、アメリカのような潜在敵国に万が一封鎖された場合の不安を抱えています。
(3) 南の大陸の中立化
南の大陸に関しても、中国はアメリカより劣った立場にあります。アメリカは中南米を中立化する上で、元々好運に恵まれていました。中南米の国々は自発的に宗主国であるヨーロッパ諸国に反抗して独立した経緯から、アメリカが台頭した頃にはすでにヨーロッパの影響はある程度排除されていました。
また、イギリスがそうであったように、19世紀・20世紀は元々ヨーロッパ諸国が自ら本国での戦争のために中南米から戦力を引き上げていた時期でした。アメリカが手を出すまでもなく、中南米の中立化はひとりでに進行していたのです。
しかし、中国はオーストラリアに関して同じ好運には恵まれていません。オーストラリアとニュージーランドはアメリカと正式な同盟関係にあります。中国はそれでも、オーストラリアが中国に経済的に依存する関係を活かして、国内の政治家や経済界に影響力を行使し、親中的態度を形成しようと試みました。
ところが、これがかえって反発を呼んで、むしろアメリカや日本への接近を招いてしまっています。
以上のように、「北の大陸―地中海―南の大陸」という枠組みで米中を比べると、アメリカは順調に成功を収めたのに対し、中国は3つすべての地域で大小さまざまな問題を抱えていることがわかります。
もちろん中国は成立からおよそ80年しか経っておらず、これから100年単位でこれらの問題を解決していく可能性も十分あります。しかし、そうだとしても現時点で中国が抱える問題は、同時代のアメリカと比べて格段に多く、また大きく、容易に解決できる見込みはありません。
単に他国との関係だけをとっても、アメリカは概ねヨーロッパの大国と対立せず勢力を拡大したのに対し、中国はインド、日本、アメリカ、その他の周辺国の多くから何かしらの反発を受けています。