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先住民族関連ニュース

先住民族関連のニュース

間宮林蔵の足跡たどる 「極東」DVD、第2弾きょう発売

2016-02-23 | アイヌ民族関連
北海道新聞 02/23 07:00

アムール川など、間宮林蔵の足跡を追った極東DVDシリーズ第2弾
 北海道新聞の連載「極東」の取材班が撮影した動画や写真をまとめたDVDシリーズ(3部構成)の第2弾「アムール川・間宮海峡を行く 林蔵の道」が完成し、23日に発売される。
 北海道新聞社と札幌の映像制作会社「風交舎」(竹内陽一代表)が制作。第1弾の北千島・サハリン編に続き、第2弾は、江戸時代後期の探検家間宮林蔵の足跡をサハリン北部や間宮海峡(タタール海峡)でたどったほか、林蔵が先住民族の交易隊とともに旅したアムール川下流域を取材した。動画は42分間で、林蔵が訪ねたサハリン最果ての村などの特典写真・映像付き。
 価格は3500円。購入希望や問い合わせは、風交舎(電)011・882・4075(ファクス兼用)か、電子メールk25sya@gmail.com。北海道新聞本社(札幌市中央区大通西3の6)1階のプレイガイドでも販売している。
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/life-topic/life-topic/1-0237950.html


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クリミア女性歌手、ウクライナ代表に=欧州音楽祭ユーロビジョン

2016-02-23 | 先住民族関連
時事通信 2016年2月23日(火)

ウクライナ南部クリミア半島の先住民族タタール系の人気歌手ジャマラさん=18日、キエフ(AFP=時事)
 【モスクワ時事】欧州最大の音楽祭「ユーロビジョン」のウクライナ最終予選が21日夜に行われ、ロシアに編入された南部クリミア半島の先住民族タタール系の人気女性歌手ジャマラさん(32)が代表の座を勝ち取った。
 タタール系の多くは編入をめぐる2014年3月の住民投票を棄権し、ロシアから「過激派」と弾圧されている。ジャマラさんは民族の苦難を込めて5月のスウェーデンでの決勝で歌い、音楽を通じてロシアの不当性を国際社会に訴える。(2016/02/22-08:56)
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2016022200096

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アイヌ文様 衣装、小物に 登別で「ピリカノカの会」作品展

2016-02-23 | アイヌ民族関連
北海道新聞 02/22 16:00

アイヌの民族衣装などがずらりと並んだ展示会
 【登別】アイヌの民族衣装などを製作する「ピリカノカの会」(上武やす子代表)の作品展示会が20、21両日、市内の鉄南ふれあいセンターで開かれた。
 同会と室蘭、函館の全3教室の生徒らが製作した作品約250点を展示。いずれも上武さんが指導にあたっている。会場にはアイヌ文様があしらわれた伝統衣装や壁掛け、小物などがずらりと並んだほか、来場者が刺しゅうに挑戦する体験ブースも設けられた。
 来場者は一点一点に足を止め、ゆっくりと見入っていた。
 上武代表は「アイヌ文様は無限の広がりがあり、素晴らしいの一言。伝統文化を多くの人に伝えていきたい」と話していた。(芝垣なの香)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/area/doo/1-0237722.html

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伝承願いアイヌ語で「花」 平取で文化祭、おおたか静流さん共演

2016-02-23 | アイヌ民族関連
北海道新聞 02/22 16:00

アイヌ語の歌を披露するおおたか静流さんとアイヌ語教室の子どもたち
 【平取】町内などでアイヌ文化の伝承に取り組んでいる人々が日ごろの練習の成果を披露する第27回シシリムカアイヌ文化祭(平取アイヌ協会など主催)が21日、町中央公民館で開かれ、約300人の観客が伝統文化を楽しんだ。
 皮切りは、二風谷アイヌ語教室の子どもたちによる発表。NHK・Eテレ「にほんごであそぼ」などで活躍し、アイヌ文化に深い関心を寄せている歌手のおおたか静流(しずる)さんも登場し、喜納昌吉さんの「花」をアイヌ語教室創設者の故萱野茂さんがアイヌ語に訳した「ノンノ」などを子どもたちと歌った。
 さらに、平取アイヌ文化保存会、白老民族芸能保存会の古式舞踊、昨秋のアイヌ語弁論大会口承文芸部門で最優秀賞に輝いた町内の藤谷るみ子さんによるカムイユカラの特別口演も。札幌から訪れた60代の女性は「文化祭は3回目。子どもたちの人数が増え、みんな楽しそうに歌っていて良かったです」と話していた。(飯島秀明)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/area/doo/1-0237739.html

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函館野外劇にアイヌ民族参加へ 阿寒の有志7人、古来の舞踊披露

2016-02-22 | アイヌ民族関連
北海道新聞 02/20 16:00
 【函館】今年の夏、函館市の五稜郭公園で開かれる函館野外劇に、阿寒湖アイヌコタン(釧路市阿寒町)のアイヌ民族が初めて参加することが19日、分かった。期間中の2日間、野外劇の公演の前に行うプレステージで舞踊などを披露する。函館アイヌ協会の加藤敬人会長がアイヌ民族と、劇を運営するNPO法人市民創作「函館野外劇」の会の双方に働きかけ実現した。
 函館野外劇は7月9日から8月7日までの土日曜の10日間を予定しており、土曜に夜公演、日曜に昼公演を行う。アイヌ民族が参加するのは7月23、24の両日。阿寒アイヌ工芸協同組合専務理事の秋辺日出男さんら、阿寒で暮らすアイヌ民族の有志が7人ほど函館を訪れ、23日は夜公演、24日は昼公演の前に設けられた時間に、「鶴の舞」など古来の舞踊4、5曲を披露する。
 野外劇は函館の歴史を追う内容で、冒頭では12~13世紀ごろまでさかのぼる。劇では、ウスケシなどと呼ばれたそのころの函館でアイヌ民族の人たちが平和を愛し、自然を大切にして暮らしていたことが紹介され、出演者によるアイヌ民族の踊りの再現も披露されてきた。
 加藤会長は「野外劇はアイヌ民族がいたころのことも含めて構成されているが、長くアイヌ民族自身が参加することはなかった。アイヌ民族も参加したほうがいいと思っていた。これを機に今後もぜひ交流していきたい」と話している。(岩崎あんり)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/area/donan/1-0237125.html


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「猫」のつく名字、1位は「猫田」 全国で270人

2016-02-22 | アイヌ民族関連
http://www.newsalt.jp/ (プレスリリース)- 2016年2月20日 平井 明
名字・名前情報のシステムなどを手がけるリクルーティングスタジオ(千葉県市川市)は17日、同社が運営するサイト「名字由来net」で、日本全国の「猫」の字のつく名字ランキングを発表した。1位は「猫田」、2位は「猫塚」、1位、2位ともに、全国にいる人数はそれぞれ270人のみである。3位は「猫本」となった。
1位の「猫田」(読み方は「ねこた」または「ねこだ」)のルーツは、滋賀県で、福岡県、滋賀県、広島県に多い。2位の「猫塚」(ねこづか)はアイヌ語で「川の跡の上」を表す言葉が訛ったものとされ、岩手県に多い。3位の「猫本」(ねこもと)は、広島県を中心に全国に約160人いる。
4位~10位は以下の通り。
4位 猫宮 約130人
5位 猫島 約80人
6位 猫崎 約60人
7位 猫山 約50人
8位 猫西 約40人
9位 猫沖 約40人
10位 猫石 約30人
ちなみに、同サイトによると、今年の干支の動物である「猿」がつく名字の1位は「猿渡」で、全国に約1万2900人いる。これらに比べると、「猫」のつく名字の人は少ないといえる。「ねこ」には「根元や、そば、かたわら」「ねこの額ほどの土地」という意味があるという。
http://www.newsalt.jp/society/%E3%80%8C%E7%8C%AB%E3%80%8D%E3%81%AE%E3%81%A4%E3%81%8F%E5%90%8D%E5%AD%97%E3%80%811%E4%BD%8D%E3%81%AF%E3%80%8C%E7%8C%AB%E7%94%B0%E3%80%8D%E3%80%80%E5%85%A8%E5%9B%BD%E3%81%A7270%E4%BA%BA

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ニコール・キッドマン主演「虹蛇と眠る女」、ジョゼフ・ファインズら共演者が語る素顔

2016-02-22 | 先住民族関連
ナタリー-2016年2月20日 21:48
ニコール・キッドマンが主演を務めるオーストラリア映画「虹蛇と眠る女」。このたび、同作に出演するジョゼフ・ファインズ、ヒューゴ・ウィーヴィングからコメントが届いた。

「虹蛇と眠る女」の撮影風景。
女性監督キム・ファラントがメガホンを取った本作は、オーストラリア先住民族アボリジニに伝わる神話を現代に置き換えて映像化した心理サスペンス。気温50度を超える砂漠地帯で行われた撮影に関して、ファインズは「冷房の効いた車から出た瞬間、熱と乾燥した空気が体力を奪い、1時間も経てば熱中症にかかって激しい頭痛が起こる。でも、この過酷な経験があってこそ、作品やキャラクターに厚みを与えることができたんだ」と振り返る。
キッドマンとの共演について、地元の警察官を演じたウィーヴィングは「彼女のことは昔から知っていて、共演できたのはうれしかった。普段の彼女はなんというか、存在感があって、人を拒まず慎ましやかだ」と明かす。一方、本作でキッドマンと夫婦役を務めたファインズは「僕はニコール・キッドマンの大ファンで、熱烈な崇拝者なんだ! 素晴らしい実績があり、才能にあふれていて、光り輝く美しさも持ちあわせている。そして彼女と共演する醍醐味は、その才能を実際に目の前にできることなんだよ」と述懐。続けて、失踪した子供たちを追う母キャサリンに扮し、全裸での撮影にも挑んだキッドマンの演技を「彼女は勇気を持って果敢に、自らの中にある深みへと踏み込んでいった。その素晴らしい瞬間を共有できて幸せだったよ」と絶賛する。
本作の見どころについてウィーヴィングは「秘密や嘘に関しての物語でもあるし、家族、そして人と人との触れ合い方に関する映画でもある。誰でも容易に共感できるテーマなんだ」とコメント。また、ファインズは「ニコールとヒューゴという2人の偉大な俳優から多くを学んで、おまけにコアラやカンガルーも見られるなんて、オーストラリアでの経験は素晴らしいことばかりだっだよ!」と茶目っ気たっぷりに撮影を回想した。
「虹蛇と眠る女」は、2月27日より東京・ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて順次ロードショー。
予告編動画 https://www.youtube.com/watch?v=ZfwdgKbiFoA&feature=player_embedded
http://natalie.mu/eiga/news/176915

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イニャリトゥ監督、「レヴェナント」ディカプリオの演技は「監督人生で初めて見る素晴らしさ」

2016-02-20 | 先住民族関連
映画.com 2016年2月19日 18:00

[映画.com ニュース] 第88回アカデミー賞で作品賞・監督賞・主演男優賞ほか最多12部門にノミネートされ、第69回英国アカデミー(BAFTA)賞でも最多5部門に輝くなど賞レースを席巻している「レヴェナント 蘇えりし者」の特別映像が公開された。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督とキャスト陣のインタビューとメイキング映像で構成されている。
19世紀、アメリカ西部の未開拓地が舞台。狩猟中に熊に襲われて瀕死の重傷を負ったハンターのヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)は、グラスを足手まといに感じたメンバーの1人、ジョン・フィッツジェラルド(トム・ハーディ)に置き去りにされるだけでなく、息子の命までも奪われてしまう。復しゅうを心に誓ったグラスは、先住民族に追われながらも不屈の闘志で生き延びようとする。
オスカー監督のイニャリトゥ監督は、長回しを効果的に用いた作風で知られている。本作でも、冒頭の先住民族との戦闘シーンから長回しが見られ、見る者を作品世界に引きずり込む。イニャリトゥ監督は「カメラを90分回し続けて、複雑なシーンを作り上げた」と語り「本作を可能にしたのは、過酷な自然と俳優陣の気迫だ。何百人も俳優を動員し、まるで舞台のようだった。パワフルな俳優ばかりだった。奇跡の芸術と演技の神髄を見られて、この上なく幸せだった」と俳優陣を称えている。
悲願のオスカー獲得を目指すディカプリオについては、「レオは目だけで全てを語ることのできる俳優だ。わずかなセリフだけで、複雑に入り組んだ感情を同時に表現できる。彼の演技は、私の監督人生で初めて見る素晴らしさだった」と太鼓判を押す。
一方のディカプリオは、「インセプション」(2010)でも共演したハーディを「僕は彼の大ファンなんだ」と目を輝かせる。「彼ほど力強い俳優は、他にいない。キャラクターを作りこむ彼の集中力は、見ていて興奮するよ。本作の彼は過去最高だ」と最敬礼。「ダークナイト ライジング」(12)、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(15)で人気を不動のものとしたハーディもまた本作でアカデミー賞助演男優賞に初ノミネートを果たしており、ディカプリオとのダブル受賞にも期待がかかる。
「レヴェナント 蘇えりし者」は、4月22日から全国公開。
http://eiga.com/news/20160219/19/

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オレカTXが奏でるチャラパルタとアイヌの伝承歌がダンスとコラボレート

2016-02-20 | アイヌ民族関連
CDジャーナル 2016/02/19 15:43掲載
 スペイン・バスクの幻の伝統楽器、チャラパルタ。並べられた木材にすりこぎのような木撥を叩きつけ、素朴でユニークな音を出すこの楽器を奏でる世界的グループ、オレカTX(OREKA TX)が来日します。日本を代表するコンテンポラリー・ダンサーで振付師の平山素子が2008年から続ける“音楽シリーズ”の第3弾公演〈Hybrid - Rhythm & Dance〉に、アイヌの伝承歌を歌う床 絵美とともに出演。原始的な音楽と生演奏を新しい身体表現に繋げることをテーマに、音楽とダンスのコラボレートがステージで繰り広げられます。公演は3月25日(金)から27日(日)までの3日間、東京・初台 新国立劇場中劇場にて。チケットは発売中です。
 また、オレカTXは単独公演の開催も決定。世界各地の映画祭で14もの賞を受賞した、オレカTXを追うドキュメンタリー&ロードムービー『遊牧のチャラパルタ』(2006年・スペイン)の上映とコンサートが3月29日(火)東京・代官山 晴れたら空に豆まいて、4月2日(土)埼玉・所沢 所沢市民文化センターミューズ、さらに平山素子と床 絵美をゲストに迎えたコンサートを4月3日(日)兵庫・西宮 兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて行ないます。
http://www.cdjournal.com/main/news/oreka-tx/70400

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「慰安婦」だけじゃない!国連が指摘する日本の女性差別問題

2016-02-20 | アイヌ民族関連
ダイヤモンド・オンライン 2016年2月19日 みわよしこ [フリーランス・ライター]

2016年2月15日から国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)が開催されており、日本に対する審査は16日に終わったばかりだ。ほぼ従軍慰安婦問題以外は報道されていない委員会で、日本の貧困、特に女性と子どもの貧困は、どのように議論されたのだろうか?
「女性差別」委員会での議論
なぜ「慰安婦」だけになるのか?
 2016年2月15日から3月4日まで、スイス・ジュネーブの国連本部において、国連女性差別撤廃委員会(第63会期、以下CEDAW)が開催されている。この委員会は、国連女性差別撤廃条約(外務省公定訳では「女子差別」とされている)を批准した各国で条約がどのように実行されているか審査し、不足不備があれば勧告を行う。なお、「女性差別撤廃条約」と「女性差別撤廃委員会」の略称は、いずれも「CEDAW」となり、「セダウ」「セドウ」のように発音される。
 2016年、条約のCEDAWを批准してから31年目となる日本に対する委員会のCEDAWによる審査は、初日の2月15日と16日に行われた。私も、市民団体の一員として参加した。
 CEDAWからの勧告は3月7日に発表される予定となっている。なお現在、委員長を務めているのは、日本の弁護士・林陽子氏である。各委員による自国の審査に対する参加は制限されており、基本的に「口出しできない」決まりとなっている。
 本記事を執筆している2月18日現在、日本に対する審査は既に終了しており、メディア各社が報道を行ったところだ。内容は、ほぼ従軍慰安婦問題一色である。たとえば日経新聞は、記事「慰安婦『強制連行確認できず』 日本、国連委員会で」(2016/2/16 19:58)において、
 国連の女性差別撤廃委員会は16日、女性差別撤廃条約の対日審査会合を開いた。出席した外務省の杉山晋輔外務審議官は旧日本軍の従軍慰安婦に関する質問に「日本政府が発見した資料では軍や官憲による強制連行を確認できるものはなかった」と答えた。また「歴史を否定しているとか、何の対応もしていないというのは事実に反する」と強調した。(以下略)
 と報道しており、従軍慰安婦問題以外の内容に関する言及はない。他のメディアも従軍慰安婦問題を中心に報道している。まるで、他の話題は全くなかったかのようだ。
 しかし、女性に対する差別全般を取り扱うこの委員会では、生育・教育・就労・就労を前提とした年金などすべての側面において、女性の人生に「ゆりかごから墓場まで」という感じで影のようについて回る「貧困」も、当然のこととして取り上げられる。その国の女性の貧困は、その国全体の状況に、その国で女性が置かれている社会的・経済的状況を反映したものとなっているからだ。もちろん今回の日本に対する審査でも、従軍慰安婦問題しか話題にならなかったわけはなく、数多くの重要な問題が審議された。
 では、CEDAWの審査の流れは、どうなっているのだろうか?
人権問題に関する国連の委員会は市民の関心と声を重要視
 CEDAWに限らず、国連の各委員会が定期的に(緊急ではなく)各国の審査を行う場合の手続きには、政府の報告・政府とともに、異なる視点や立場を持つ市民団体からの報告が含められている。政府と市民団体は、委員会を通じて意見交換・情報交換を促されることになる。最後の段階で審査が行われ、勧告が公開される。準備段階から勧告までは、概ね2年程度である。
 用いられる公式文書は、すべて公開される。今回のCEDAWでも、対象となったすべての国の政府・市民団体等が提出した文書・委員会から政府への質問リストなどはすべてで閲覧・ダウンロード可能になっている。まだ見ることができないのは、3月7日に公開される予定の勧告だ。私も、女性のメンタルヘルスの問題・女性の貧困の問題・女性のメンタルヘルスと貧困が複合しやすいシングルマザーの状況を中心に、自分がメンバーとなっている全国「精神病」者集団(JNGMDP)(全国「精神病」者集団(JNGMDP))と、NPO法人・CPAO(大阪子どもの貧困アクショングループ)合同の報告書2本(2015年6月(委員会から日本政府への質問リスト作成に際して)、(2016年1月(本審査に際して))を提出した。
 内容の中心は、生活保護を先陣として進められる社会保障削減である。JNGMDPとCPAOの組み合わせになった最大の理由は、スタートとなった2015年6月の報告書作成において時間がないなかで、締め切りまでに団体としての合意が取れ、なおかつ日本語の下書きなしにいきなり英語で書いたレポートをチェックできたのが、この2団体だけだったからである。
 本審査向けに作成した2本目のレポートの締め切りは2016年1月だったため、生活保護の住宅扶助削減・冬季加算削減・児童扶養手当増額と同時に盛り込まれた「不正受給対策強化」の問題(本連載第34回)など、現在進行形の問題に充分な言及ができた。
 国連が市民からの情報や参加を歓迎するのは、なぜだろうか? 「人権が保障されている」といえる状況は、政府だけで実現できるものではなく、政府とその国の人々それぞれとの間の相互作用やパワーバランスの上に、成り立ったり成り立たなかったりするからだ。また、「人権が保障されている」といえる状況は、何もしなくても永久に続くわけではない。特定のグループに対して保障されたとき、忘れ去られているグループがいる場合もある。だから、国連は市民の声を聞きたいと望み、審査への参加を歓迎する。もしも丁寧な対話を行おうという意志が政府と市民の両方にあるのなら、国連の委員会は、委員会という第三者の前での、双方の丁寧な対話の機会にもなりうる。年単位の時間がかかってしまうのは、民主主義あるいは民主主義に近づくことが、まことに面倒くさく手間ヒマのかかるものであるからだ。なお、政府と市民団体の主張があまりにも似通っており、市民団体の報告書がすべて政府を賞賛する内容になっている場合、国連は、その国で思想・信条・表現の自由が侵害されている可能性を考える。
 とはいえ、委員会に行って参加する市民に対し、旅費・宿泊費・その間に失う収入への補償などは全くない。委員たちも、国連から報酬を受け取っているわけではなくボランティアである。それが「中立性を保つための基本」と認識されているからだ。
 なお今回、審査の対象となった国は、チェコ・ハイチ・アイスランド・日本・モンゴル・スウェーデン・タンザニア・バヌアツの8カ国である。肉体的な「生き延びる」「殺されない」が問題の国々には当然ながらその解決、男女平等がある程度実現された先進国には次の段階への進展が求められる。
「男女共同参画」でお茶を濁す日本に冒頭から強烈な一撃が
2月17日午前10時に開始された本審査は、日本政府代表団を代表した杉山晋輔・政務担当外務審議官の挨拶で始まった。30分ほどの挨拶の中で、杉山氏は安倍内閣下で進められる「男女共同参画」を、女性活躍法・50万人分の保育の受け皿づくり・介護離職を減少させるなどの方針とともに語った。
 この挨拶の直後、条約のCEDAW(外務省公式訳)の条文を最初から最後までたどる形で、議論が開始された。
 最初の委員質問は、
「日本の国内法では、『差別』が定義されていません。直接・間接の差別の定義を、具体的に入れていく予定はあるのですか?(略)『男女共同参画』という言葉は経済成長のためのもので、人権のためにあるものではないと思います。実体的な男女間平等を、あらゆる分野で実施するために、どういう方法を考えているのでしょうか?」
 という内容であった。「差別とは何か」が明確にされていない限り、「差別されている」「差別されていない」も明確にできないし、「差別がない」「平等である」という状態に近づいたのかどうかも判断できない。むろんCEDAWには、冒頭の第一部第一条に、
第一条
 この条約の適用上、「女子に対する差別」とは、性に基づく区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のいかなる分野においても、女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的を有するものをいう。
 という明確な定義がある。しかし日本の国内法には未だ、「差別とは何か」「直接差別は悪、間接差別も悪」を明確に述べた条文はない。
 日本政府からの代表団の多くは、各省庁に勤務する比較的若手の官僚である。もしも局長クラスであれば、自分の判断でその場で答えることも可能であろう。しかし、代表団の前には想定問答集らしき書類があり、各省庁の代表者はほぼ、淡々と、あるいは抑揚をつけて読み上げるのみであった。
 さて、CEDAW第一部第二条・第三条は主として、男女平等・女性差別撤廃にかかわる立法、さらに司法・立法・行政のすべてが関わる法と制度の整備に関するものである。しかし政府代表団の人々は、自身が「司法・立法・行政」の三権のうち「行政」に関わっていることを理由として、立法に関する明快な回答をしなかった。
 第四条は、差別を是正して事実としての平等を実現するためのポジティブアクション、たとえば「○市の男女比は40:60なので、市議会議員の60%は女性に割り当てる」といった措置を行うことに関するものである。「行き過ぎて逆差別になった」という事態を防止するため、「機会および待遇の平等の目的が達成された時に廃止されなければならない」とも明記されている。日本政府代表団は、さまざまなポジティブアクション案を語った。内閣官房は「平等についての数値目標をどれだけ達成したかを企業名とともに公開し、日本的『横並び』によって他企業との競争を促す」と語った。しかし委員は、「なぜ罰則を設けないのでしょうか?」と質問の手を緩めなかった。
 第五条は、社会的・文化的な「男性優位」「性別役割分担」をなくすこと、育児の責任は両方の親にあると明確にすることを目的としたものである。特に学校教育・社会教育に関して、委員からは鋭い質問の数々が相次いだ。しかし政府回答は、主に文科省による「指導要領にもとづいて適切に学校教育を行っている」と繰り返すのみだった。
 慰安婦問題は、第六条(売春・売春からの搾取禁止)に関係する。本審査で日本政府代表団から自分の言葉での力強い主張が聞かれたのは、この時だけであった。しかし私としては、慰安婦問題そのものではなく、委員が指摘した「売春において、買う側をなぜ罰しないのか?」という問題、東南アジアの女性が異なる名目で日本に入国させられて性産業に従事しているが強制送還を怖れて何も出来ない問題、DV被害者が十分に保護されない仕組みに関する問題、性的暴力が極めて狭い意味に限定されている問題を、さらに大きなものと感じた。
 現在の日本では売春を含めて、女性が意に反して何かを強制されない権利を保障する仕組みや、強制されてしまった場合に本人の意志に沿って安全を確保し名誉を回復する仕組みは、まったく不十分だ。このことこそが問題なのである。慰安婦問題も、戦前の日本で管理売春が合法化され公然と存在したことや当時の日本の女性観と密接に関連しており、真の問題は「あったかなかったか」「強制か自発か」ではないはずだ。日本政府代表団の回答は、慰安婦問題そのもの以外では明確でなかった。「買春」に厳格な罰則を設けることに対しては、極めて消極的であった。
 ついで第二部第七条(選挙権・被選挙権・政策決定への参加)、第八条(国際機関活動への参加)に関する検討が行われた。ここで私が最も重要だと感じたのは、小選挙区制に関する質問であった。小選挙区制では、マイノリティは得票できても選出されにくくなる。候補者の女性比率を増やして各政党が注力すれば、女性議員を増加させることくらいは出来るかもしれない。しかし、障害者やLGBTなどのマイノリティを人口比率・男女比ととともに議員比率に反映させることは、小選挙区制のもとでは不可能である。これでは、誰もが「自分の」代表を議会に送り出せるとはいえない。言い換えれば、マイノリティにとっては特に、日本の民主主義が不十分であるということだ。
 第九条は、国籍の変更に関するものである。日本人男性と結婚した外国人女性は、「日本で生まれたことによって日本国籍となった子どもの母」という身分でない限り、離婚すれば日本への在留資格を失う。このことは非常に深刻な人権侵害を引き起こしている可能性があり、委員からも鋭い質問が相次いだ。
 第三部は、第十条(教育)・第十一条(雇用)。第十二条(保健)・第十三条(給付についての権利・経済権・文化活動)・第十四条(農村女性の平等)に関するものである。第三部に含まれる問題の数々は、極めて具体的かつ個別的であるからこそ、地道に確実に改善する可能性がある。しかし足かせになっているのは、何と言っても「最初からデータの多くが男女別のデータで取られていないので、したがって現状も改善の必要性も方法も明らかにできない」という問題である。文科省の担当者は、女性に対する高等教育の機会均等のために「日本学生支援機構の奨学金を貸しつけており、予算も対象人数も増加させつつある」という事実を「無利子奨学金(第一種)では女子の採択率が4% 高い」というデータとともに述べた。奨学金の貸与を受ける必要性が女子学生においてより大きく、それが「4%高い」に反映されているのであれば、女性差別の結果かもしれないではないか。私は唖然とし、失笑した。
社会保障の削減は「女性」を直撃“複合差別”を深刻にする
 さて、JNGMDPとNPO法人・CPAOの共同報告書(2015年6月・2016年1月)を起草した私としては、給付についての委員質問が最も気になるところであった。報告書では、社会保障の削減が女性を直撃し、さらにシングルマザーとその子・特に障害をもつシングルマザーに深刻な問題をもたらす可能性を、判明しているデータも挙げた上で、
「問題があることは間違いないのですが、とにかく公式調査が皆無に近く、データが足りません。より具体的で詳細な調査で、現状と問題点を明らかにすることが必要です。でも現状把握はされないまま、社会保障の削減が進められています」
 と述べた。「貧困」「ひとり親」「女性」に精神も含む「疾患」による困難と差別が複合しうるシングルマザーにおいて、問題が深刻にならないわけはないのであり、影響は子どもたちにも及ぶ。しかし現在のところ、調査もデータも不十分すぎる。
 問題を解決する最大の手段は、経済的基盤を支えることである。手っ取り早く言えば、最も立場の弱い人々に対する給付である。それは現在の生活保護や児童扶養手当そのものである。
 複合差別の問題は、DPI女性障害者ネットワークも問題にしつづけてきている。たとえば「視覚障害の女性障害者が痴漢に遭ったり暴力を受けた場合、相手が誰だか分からないため、訴え出ることが困難」「障害女性が夫からの暴力を受けたとき、障害を理由にシェルターでの保護を拒まれた」といった残念ながらよくある問題が、典型的な複合差別である。
 2015年7年、CEDAWは日本に対する質問リストを作成するための検討を行った。この時、DPI女性障害者ネットワークから2人が参加していた。参加できなかった私の代わりに、JNGMDPとCPAOのメッセージを彼女たちが代読してくれた。
 先日のCEDAW日本審査の際、DPI女性障害者ネットワークは詳細な報告書を他団体と共同で作成し、資金調達も含む周到な準備のもと、障害者6名・介助者等スタッフ5名を今回のCEDAWに送り込み、ロビイングを含め、マイノリティの権利保障を求めて活発な活動を行った。今回、前日の2月14日午前中に米国ワシントンDCで学会発表を行った私は、その日の夕方の便で開会当日の2月15日朝にジュネーブ入りする予定であったが、フライト遅延により、国連本部に到着したのは午後1時過ぎであった。しかし、彼女たちとCEDAWに関連する団体の集合体であるJNNCの協力により、極めてスムーズに参加することができた。2月15日夜にJNNCが作成した委員たちへの追加情報提供文書にも、JNGMDPとCPAOの立場からの意見を反映させてもらえた。また2月16日の本審査直前、DPI女性障害者ネットワークが行った委員へのロビイングにも同席し、短時間ながら、女性の貧困・精神の健康・シングルマザーの状況を委員に話せた。
 委員質問では「障害を持つ女性」「シングルマザー」「複合差別」という用語が、「もっと調査を」「さらなる統計を」「より詳細なデータを」という言い回しとともに何回も使用された。また、
「社会福祉などが削減されることによって女性の権利が阻害されることを懸念しています」
 という委員質問もあった。年金、介護、医療などすべての面において進む社会保障・社会福祉の削減は、最初に立場の弱い女性の生存を危うくし、結局は全人口に影響が及ぶ。このことを深く認識しているであろう委員から「それそのもの」の質問が発せられたとき、私は心のなかで「やったー!」と叫んだ。ついで心のなかで委員に「ありがとうございます」とお礼を言い、ひそかに嬉し涙を流した。JNGMDPとCPAOに出来たことは、報告書を2回提出し、私が本審査に参加することだけだった。けれども、委員たちが真摯な関心を持ち、報告書の内容を質問に反映したことは、十分に理解できた。
 なお、このCEDAWで検討された「女性差別」には、LGBT・アイヌ民族・差別など、本人が選べない何かを原因とする全ての差別が含まれていることを、最後に述べておきたい。日本にいても関心がなければ「見れども見えず」という問題と当事者に対し、日本人ではない委員たちは細やかな目配りを絶やしていない。日本に住んでいる日本人に、それ以上のことができないわけはないであろう。
 CEDAWとは何か・CEDAWで何が議論されているのかについて知っていただくには、あまりにも文字数が足りない。しかし「慰安婦問題」が非常に数多い問題の一部であること、むしろ現在とこれからの数多くの課題との関連から問題にされつづけていること、CEDAWそのものは極めて現実的・具体的で未来志向であることは、ご理解いただけたのではないだろうか。
 関心を持ち「行きたい」という気持ちがあっても、ジュネーブまたはニューヨークで行われる国連本部での審議に参加できる人々は限られているであろう。直接知りたい数々の事柄のうち、報道を頼らず自分の身体で確かめられることは、誰にとってもごく一部であろう。しかし、国連の人権問題に関する委員会に対して、
「慰安婦問題とヘイトスピーチ問題がどうなったかは分かった。それ以外はどうだったの?」
 という関心を向ける人が増えれば、報道も政府も変わらざるを得ないはずだ。
 あなたの思想信条がどのようなものであれ、本記事が「国連や国際社会はどうなっていて、どのように動いていて、どう考えているのか」を知るお役に立てば、さらに報道が「そこに行くことのできない人の代わりに見て聞いて伝える」という機能をより大きく果たすお役に立てば、これ以上の喜びはない。
http://diamond.jp/articles/-/86597/

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クリミア先住民の象徴に=苦難の女性歌手-ロシア介入2年

2016-02-20 | 先住民族関連
日刊アメーバニュース-2016年02月19日 15時05分提供:時事通信

クリミア先住民の象徴に=苦難の女性歌手-ロシア介入2年
クリミア先住民タタール系のウクライナ人気歌手ジャマラさん=2011年12月、キエフ(EPA=時事)
 【モスクワ時事】2014年2月のウクライナ政変後、南部クリミア半島編入のためロシアが軍事介入してから間もなく2年。住民投票を棄権した先住民族タタール系はロシアに「過激派」として弾圧され、故郷を追われた人も多い。タタール系の人気女性歌手はウクライナ代表として世界を目指し、編入反対の象徴となった。
 歌手はジャマラさん(32)。欧州最大の音楽祭「ユーロビジョン」の有力なウクライナ代表候補で、民族の苦難の歴史をつづった曲「1944年」を歌う。
 中央アジアのキルギス生まれ。父方の曽祖母を含むタタール系住民約20万人が第2次大戦時、ソ連の独裁者スターリンによって「ナチス・ドイツのスパイ」とぬれぎぬを着せられ、クリミアから強制移住させられた場所の一つだ。
 ジャマラさんは、一家で1986年にクリミアに帰還。音楽学校で学び、首都キエフを拠点に活動してきたが、メディアのインタビューに「故郷はクリミア」と即答する。ただ、ロシアによる編入後は身の危険を感じて「一度も帰省していない」。タタール系の友人はロシア当局の事情聴取を受けたという。 【時事通信社】
http://news.ameba.jp/20160219-769/

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ニコール・キッドマン大胆全裸演技 ボカシなし 映画「虹蛇と眠る女」

2016-02-20 | 先住民族関連
ZAKZAK-2016.02.19
 押しも押されもせぬ、ハリウッドを代表する演技派となったオスカー女優、ニコール・キッドマンが衝撃のオールヌードで、大胆演技をみせているのが、27日公開の「虹蛇(にじへび)と眠る女」(キム・ファラント監督)だ。
 ニコールといえば、美人でグラマー。これまでも「冷たい月を抱く女」や「誘う女」「アイズ・ワイド・シャット」などで際どい場面やセックスシーンは多々あったが、背中などばかりで肝心のバストトップは拝ませてくれていなかった。
 それがどうだ。ついに真正面からボカシなしで堂々と披露してくれたのだからお宝映像といってもいいだろう。
 オーストラリアの砂漠地帯にある小さな町ナスガリ。都会から引っ越してきたマシュー(ジョセフ・ファインズ)とキャサリン(ニコール)一家。ある日、2人の子供が忽然と姿を消した。
 町の人々も総出で捜索するが見つからない。厳しい自然のなか、子供たちが生存できるタイムリミットが迫る。しかし、人々の疑いは夫婦に向けられるようになる。
 周囲の無理解と迫るリミット。極限状態に追い込まれたキャサリンが取った行動は…。
 ニコールがすべてをさらすシーンからは、ヒロインの悲しみと苦悩がひしひしと伝わってくる。母として、女として、むきだしの魂を演じて見せたニコールの真骨頂でもある。彼女にとっても、忘れられない渾身の作品となるだろうことは疑いもない。ぜひスクリーンで確認されたい。
 ちなみにタイトルの虹蛇は、先住民族アボリジニの伝承によれば、その精霊を呼び起こすことによってさまざまなことが起こるとされている。 (望月苑巳)
http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20160219/enn1602191527014-n1.htm

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日本の北方領土問題と歴史学ーとくに明治国家の愚行の評価について

2016-02-20 | アイヌ民族関連
BLOGOS-2016年02月18日 18:07 保立道久
 外交にとって最低の必要条件は、国際法上の不法をただすことであって、それがないような外交は外交といわないが、歴史学からいわせると、日本外交はつねにそういう種類の外交であった。それを論じて、最後には徳川幕府が結んだ1855年(安政元年)の日魯通好条約と、明治国家が結んだ1875年(明治8年)樺太・千島交換条約の評価に及びたい。
 さて、現在、国際法上、どのような立場からしても不法であることが明瞭なのは、ロシアによる北方領土の占領である(アメリカによる沖縄の基地占領については最後に述べる)。これに対する国際法的な法理を正面にすえた異議をとなえない日本の外務省は決定的な職責違反を行っている。また私見では法学界、国際法学界も、この問題についてよるべき十分な仕事をし、必要な主張をしていないように思える。
 私は、以下の国際法的な事実は、歴史学界共通の見解である以上、小学校・中学校・高等学校で、社会科学・歴史学のカリキュラムのなかで、順次、学ぶべきものであると考えるが、それができないのは、それをやると外務省の行動が職責を果たしていないことが明々白々になるからであろうか。
 まず第二次世界大戦における日本の降伏条件を構成する1943年の「カイロ宣言」には"The Three Great Allies are fighting this war to restrain and punish the aggression of Japan. They covet no gain for themselves and have no thought of territorial expans"、つまり「三大同盟国は日本国の侵略を制止し、罰するため、今次の戦争を行っている。同盟国は自国のために利得をむさぼろうとするものではなく、また領土拡張の念も有しない」という「領土不拡張」原則が記されている。そして続けて、" It is their purpose that Japan shall be stripped of all the islands in the Pacific which she has seized or occupied since the beginning of the first World War in 1914"(以下は中国との関係、省略), つまり、「同盟国の目的は日本国より1914年の第一次世界戦争の開始以後において日本国が奪取し、または占領したる太平洋における一切の島嶼を剥奪する」という形で日本の領土をどの範囲に限定するかを明らかにした。
 しかし、アメリカ、イギリス、ソ連3国の首脳、ようするにルーズヴェルト・チャーチル・スターリンは、1945年2月、ソ連のヤルタで会談を開き、そこでスターリンがソ連の対日参戦の条件として千島列島の引き渡しを要求し、ルーズヴェルト・チャーチルがこれを認めて、ヤルタ秘密協定に盛り込まれた。そこには「三大国の指導者は、ドイツが降伏し、かつヨーロッパの戦争が終結して二・三ヶ月後、ソ連が左の条件にしたがい、連合国に与して日本に対する戦争に参加することについて合意した」として、(1)外蒙古の現状の維持、(2)1904年の日本の裏切りの攻撃(the treacherous attack)によって侵害されたロシア国の旧権利(樺太南部など)をあげ、さらに「(3)千島列島はソ連に引き渡される(shall be handed over)」という項目を付け加えた。
 第二項目はポーツマス条約(日露講和条約、1905年)における樺太の獲得にふれたものである。それはカイロ宣言における「1914年の第一次世界戦争の開始以後において日本国が奪取し、または占領したる島嶼」という条項と異なるが、樺太は日露戦争の敗戦処理のなかでの領土獲得という側面をもつために、国際法上、一定の根拠をもつことになる(ただし、ポーツマス条約の問題性については後述)。
 しかし、千島についての第三項目は、明らかにカイロ宣言に対する違反である。このヤルタ協定は密約として日本国には伝えられていない以上、これを降伏条件として日本国に要求することはできない。もちろん、日本の戦争が侵略戦争であったことは明らかであるが、しかし、その責任を問うことと、戦後処理が降伏条件との関係で法的な正当性をもつかどうかは別問題であって、このような秘密協定を潜り込ませたスターリン、そしてそれを容認したルーズベルト、チャーチルの行動は不当なものである。勝った側、さらに戦争において大局的な正当性をもったものが何をやってもよいということではないのである。ルーズヴェルトは原爆投下に消極的であったといわれ、ルーズヴェルトの死が原爆投下の促進要件になったといわれる。それは事実であろうが、ルーズヴェルトをむやみに誉めることはできない。彼にとってもアメリカの狭い国益が第一であったことはいうまでもない。ヤルタ密約に同意したルーズヴェルトの判断自体から問題にされなければならないことも明らかであろう(参照、武田清子『天皇観の相剋』)。
 「カイロ宣言」が第二次世界大戦における日本の降伏条件を構成するというのは、ポツダム宣言において"The terms of the Cairo Declaration shall be carried out and Japanese sovereignty shall be limited to the islands of Honshu, Hokkaido, Kyushu, Shikoku and such minor islands as we determine"、つまり「カイロ宣言の条項は、履行せらるべく、また日本国の主権は、本州、北海道、九州ならびに吾等の決定する諸小島に局限せらるべし」と確認されているからである。もちろん、明らかなように、この条文の後半は実質上、ヤルタ秘密協定をうけた側面がある。わざわざ「本州、北海道、九州ならびに吾等の決定する諸小島」という用語をいれたことはスターリンの主張に対する曖昧な妥協であった。ポツダム宣言に「(アメリカ・イギリス・中国の)巨大な陸海空軍は西方より(中略)数倍の増強を受け日本国に対し最後的打撃を加へる態勢を整えた」とあるのは、ソ連の参戦を前提にしたものであるから、ルーズヴェルトとチャーチルはさかんにスターリンに媚びを売ったのである。
 藤村信は「ヤルタ体制を結晶させたものは、あいまいな妥協であり、いかようにも解釈できる不明瞭な協定の文字である」と述べているが、ポツダム宣言の上記の条項は、その曖昧さを継承していたということになる(藤村信『ヤルター戦後史の起点』)。たしかに日本はポツダム宣言を受諾したが、右の曖昧な条文によって、カイロ宣言の領土不拡大原則と国際法上の原則をこえて、千島を放棄させられたことは容認すべきことではない。
 このヤルタ密約が前提となってサンフランシスコ条約(日本国との平和条約)が締結されたのはいうまでもない。その第二章 領域、第二条、(c)項に「日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」とある通りである。ヤルタ密約とそれを追認したサンフランシスコ条約の該当部分は、国際法上の不法行為であって、これの見直し・訂正を求めることは敗戦国とはいっても、日本国民の国際法上の権利であることは明瞭であろう。
 もちろん、外務省は、北方四島の返還を要求はするが、それをヤルタ協定が国際法に反するという形では主張しない。ようするに、彼らには、ヤルタ→ポツダム→サンフランシスコという国際密約・協定などの全体を問い直そうという、外交官ならば当然にあるべき覇気と専門職としての自覚がないのである。
 ポツダム宣言は原稿用紙4枚ほどにすぎない。それをその歴史的背景をふくめて「つまびらかに」読むことが国家理性の中枢にいる人間の最低の知的レヴェルというべきものであることはいうまでもない。昨年、本当に驚愕したのは「ポツダム宣言の内容をつまびらかにしない」という人を国家中枢にもっていることが明らかになったことであった。そして、最近、「歯舞、これ何だっけ」という人物が沖縄北方担当相であるという、悲しいあきらめをもったが、これらの発言は、職責的知識の欠如が中枢に存在することを示すのみでなく、そのような欠如が、政治的な立場の如何をとわず、きわめて一般的であることを期せずして明らかにしたといえるのかもしれない。
 こういう現状を前提とすると、上記のような外務官僚への要求は過大なものということになるのかも知れないが、しかし、さすがに20年前まではいくら対米従属といってもそんなことはなかったのだから、外務官僚が職務怠慢の責めを受けることはやはり否定できないだろう。
 これがアメリカによる沖縄の基地占領が国際法上の不法行為であるという問題提起をしないことと共通する問題であることはいうまでもない。戦争行為を直接に無法な土地占取・基地設置に連続させ居住者を追い出す、という沖縄におけるような行為は、国際法上認められていない。沖縄の基地は、サンフランシスコ条約第三条に根拠があることはいうまでもないが、これも違法なものでり、その違法性は沖縄の施政権返還協定によっても完全に解消された訳ではない。
 サ条約の改定は、締結諸国全体との外交交渉を必要とし、それは日本側のアジア太平洋戦争に対する総括をふくめて全面的で根本的な態度を必要とする。その方向をとる決意なしには、サ条約第二条の千島放棄の規定の再検討はありえない。そもそも当時の自民党佐藤政府とアメリカがサ条約の改訂という道を取らなかったのは基地を確保するとともに、安保条約を日本全土に拡張するためであった。
 たとえば荒井信一氏の仕事が示すように、これらは歴史学においては周知の問題であって、いわずもがなのことであるが、最後に二点を述べたい。
 第一に、沖縄の状況であるが、戦後に続いてきたすべての政権がサ条約の不法性を主張せず、それを容認し、沖縄を日本の国家意思として「引き渡し(handed over)」続けてきた。しかし、ともかくも施政権の返還によって、沖縄における不法行為は、国際法上の違反の形式をもつのは基地の占拠に極限されるに至ったということができよう。不法に占拠された基地までも法的な基礎をもつという形式をとっているのは不適法であることはいうまでもないが、しかし、日本の沖縄に対する国家意思が変わらないままでは、国際法上の異議提起は現実には成立しえない状況であり、その意味で施政権の返還の意味は重い。ここで国際法上の不法性が縮減されたことは否定できない。
 これに対して、千島のソ連・ロシアによる奪取は、戦後処理のドサクサにおける奪取であって、これについては、日本の国民意思を代表すべき政治は、左翼であろうと右翼であろうと、保守であろうと革新であろうと、「敗戦国」としての正当な戦後処理を受ける国際法上の権利の問題として、サンフランシスコ条約の該当条項の削除を要求すべきものである。日本の戦後における政府は、それができない、それをする意思がない政府であり続けたのである。
 そのなかで、第二次大戦については、「せいぜい」、内向きの発言をするか、韓国・中国の歴史認識に異議をいうだけという姿勢である。「歯舞、これなんだっけ」という閣僚の発言は、そのなかでもたらされたものである。こういう口の裏まで透けて見えるということでは、領土問題に関する外交的な発言に説得力をもたせるのは無理というほかない。
 むしろ千島の返還のためには、韓国と日本の関係はきわめて重大であって、しばしばいわれるように、両国を核として東アジア共同体を形成し、さらに中国・アメリカの賛同をえて、それらをバックとしてロシアに対して戦後処理の不法性を主張することこそが、日本外交にとっての本来の正道である。ロシアが北朝鮮の背後にいて利害優先の態度をとっていることも明瞭な事実であって、日本にとってロシア批判は、国内的な立場を越えて優先的な問題なのである。現在のプーチンのロシアが世界とユーラシアの平和にとってきわめて危険な存在であることはいうまでもない。ロシア批判を第一にせずに、中国・韓国の対日態度を論ずるというのは、少なくとも当面の外交上、国益上、真の実効のないことである。
 第二の問題は、千島、そして樺太は、本来、日本民族ではない諸民族の領土であったという問題である。日本の「領土」問題において、北方においても、「琉球処分」と同じ種類の問題の検討が必要であることを示している。これは私の専攻する日本の前近代の歴史にも関わってくる。
 まず千島については、最近の考古学的な研究によって、ウルップ島より北の北千島には「コロホウンクル(コロポックル)」と呼ばれた北海道アイヌとは言語を異にする民族が分布していた可能性が指摘され、それに対して択捉島以南は北海道アイヌのテリトリーのなかにあったといわれる(瀬川拓郎『アイヌ学入門』、講談社現代新書)。また樺太については、ギリヤーク(オホーツク人)の人びとの強い地であり、そこに北海道アイヌの人びとも古くから進出していたことは以前から明らかになっている。ユーカラが12世紀頃以降のアイヌとギリヤークの戦いを反映しているという金田一京助の盟友、知里真志保の説は有名であって、最近では支持者が多い(榎森進『アイヌ民族の歴史』、草風館。本書については保立『日本史学』人文書院を参照)。
 私は、その意味で、徳川幕府が幕末・1855年(安政元年)に結んだ日魯通好条約は、北海道地方における実情を正確に反映していた可能性が高いと考える。つまり同条約は、択捉(えとろふ)島以南を日本領とし、また、カムチャッカ半島につらなる得撫(うるっぷ)島以北をロシア領としたこと、また樺太(サハリン)を民族混住の地とした。これは実情をふまえた賢い判断であった可能性が高い。
 これに対して決定的な誤りを犯したのが、明治政府であって、明治政府は、せっかくの日魯通好条約を、北海道開発をロシアとの矛盾なく展開することを主目的として改訂し、1875年(明治8年)に樺太・千島交換条約を結んだ。これによって樺太全体がロシア領となり、ロシア領だった得撫島以北の千島が日本領となったのである。これは結果からいって、北海道開発による初期利益という衝動に動かされた愚策であったことは明らかである。明治国家は巨額の戦費を費やして日露戦争に「勝利」し、ポーツマス条約(日露講和条約、1905年)によって樺太を獲得したが、前記のように、これは戦争による領土獲得であると判断され、ヤルタ→ポツダムの経過のなかで、樺太南半部を放棄させられ、さらに全千島を、本来、北海道アイヌ民族のテリトリーとして北海道の一部であった、エトロフ・クナシリ・シコタン・歯舞(はぼまい)までをふくめて奪取されることになったのである。
 これはようするに国家の資本主義化のなかで、アイヌ民族の大地(アイヌ・モシリ)を奪い、明治国家の中央集権化・軍事化の資金としようという動きであって、この乱暴な政策が、結局、この列島の北への視野と活動を大きく狭める結果となったのである。他民族を抑圧するものは、いつかしっぺ返しを受けることの好例である。この明治国家のアイヌ民族に対する罪過は、さまざまな意味で、つぐないきれない種類の罪過であったと思う。
 以上は、サンダースの外交政策がどうなっていくかということを考えるなかで、世界戦略上、ロシアをどう位置づけるかがキーになるというところから、従来の知見をいちおう整理してみたものであるが、歴史学の側から「領土問題」、北方領土問題を考える基本はここにあることになる。この種の問題は、本源的に、単純な自民族中心のナショナリズムではすまないのである。
http://blogos.com/article/161698/

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作家の津島佑子さん死去 太宰治次女 「火の山」、伊藤整文学賞

2016-02-19 | アイヌ民族関連
北海道新聞 02/18 21:03、02/19 00:25 更新

死去した津島佑子さん
 作家太宰治の次女で、「火の山―山猿記」「笑いオオカミ」などの小説で知られ、伊藤整文学賞選考委員も務めた作家津島佑子(つしま・ゆうこ、本名里子=さとこ)さんが18日午後4時10分、肺がんのため死去した。68歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で行う。喪主は長女香以(かい)さん。
 白百合女子大卒。著書に「寵児(ちょうじ)」「光の領分」など。谷崎潤一郎賞と野間文芸賞を受賞した「火の山―山猿記」はNHK連続テレビ小説「純情きらり」の原案にもなった。1985~86年に北海道新聞夕刊などで「夜の光に追われて」を連載。95年に「風よ、空駆ける風よ」で小樽市民らでつくる伊藤整文学賞を受賞し、97年から2008年まで同賞選考委員。最近では東日本大震災を受けての「ヤマネコ・ドーム」が評判になった。作品は海外にも翻訳され、評価されている。
 アイヌ民族の口承文学ユーカラにも造詣が深く、フランス語訳監修も担当。知里幸恵銀のしずく記念館(登別市)建設の発起人も務め、横山むつみ館長(68)は「熱心に応援してくれた。あの人がいなければ記念館はなかった」と惜しむ。
津島さんは同記念館を運営する NPO法人 知里森舎(ちりしんしゃ)の理事も務めていた。横山館長は「登別を訪れたのは09年が最後で、翌年開館した記念館を見てもらえなかったのが心残りです」と話した。
■選考委員としても熱心
 伊藤整文学賞の会会長を務めた新谷昌明・元小樽市長(87)の話 選考会では、物腰は柔らかいけれど、ご自分の意見を強く主張され、大変熱心な方との印象を持ちました。どうされているのかな、と最近思っていたので、びっくりしました。残念です。
http://dd.hokkaido-np.co.jp/entertainment/culture/culture/1-0236453.html


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訃報  作家の津島佑子さん死去68歳 太宰治の次女

2016-02-19 | アイヌ民族関連
毎日新聞2016年2月18日 20時00分(最終更新 2月18日 21時52分)
代表作に「火の山−−山猿記」「笑いオオカミ」
 人間の生死や近代的価値観を問い続け、現代文学の先端を走った作家の津島佑子(つしま・ゆうこ、本名・里子=さとこ)さんが18日午後4時10分、肺がんのため東京都内の病院で死去した。68歳。葬儀は近親者で営む。喪主は長女香以(かい)さん。
 1947年3月、東京・三鷹で作家・太宰治(本名・津島修治)の次女として生まれた。翌年6月、太宰は自死。さらに知的障害のある兄を、12歳の時に亡くした体験も後の小説執筆に影響を与えた。白百合女子大英文科在学中に同人雑誌「文芸首都」に参加し、69年「レクイエム」でデビュー。72年に「狐(きつね)を孕(はら)む」が芥川賞候補となり、同賞を熱望しながら受賞できなかった太宰を引き合いに「亡き父のかたきを取るチャンス」などと世間の話題になった。
 「私にとって親は母だけ。なぜ太宰という父の子と言われるのか」と反発しつつ、結婚・出産・離婚の実体験を基にして揺れ動く女性の内面世界をえぐった「葎(むぐら)の母」「草の臥所(ふしど)」など秀作を発表。離婚して子供と暮らす母親の想像妊娠を描く長編「寵児(ちょうじ)」で78年女流文学賞を受賞し、作家としての地位を築いた。「光の領分」で79年野間文芸新人賞を受賞した。
 85年に8歳の長男を病気で失った悲しみを基に、生死そのものに迫る「夜の光に追われて」で87年読売文学賞。91年の湾岸戦争では作家の中上健次、評論家の柄谷行人さんらと共に日本の「加担」に反対する声明に名を連ねた。
 母方の一族をモデルにして日本の近代史と家族史を浮き彫りにし、太宰を思わせる人物が登場する「火の山−−山猿記」は98年の谷崎潤一郎賞と野間文芸賞をダブル受賞し、NHK連続テレビ小説「純情きらり」(2006年)の原案となった。戦後混乱期を旅する孤児たちの姿を幻想的に描いた「笑いオオカミ」(01年大佛(おさらぎ)次郎賞)は、生命力あふれる傑作とされ、団塊世代が戦争を問い直す09〜10年の毎日新聞連載「葦舟(あしぶね)、飛んだ」につながった。アイヌの叙事詩など先住民族の文化や口承文芸にも深い関心を寄せた。
 「黄金の夢の歌」で11年度毎日芸術賞。戦後占領期に米兵が日本人との間に残した孤児らの視点で原爆や福島原発事故の責任を問うた「ヤマネコ・ドーム」(13年)も高い評価を得た。他に「火の河のほとりで」(83年)、「ナラ・レポート」(04年度芸術選奨文部科学大臣賞など)。昨年1月に肺がんと診断され、闘病しつつ「父をテーマに書く」と準備を進めていたという。
 作家の太田治子さんは異母妹。
外へはじけ飛ぶような文学
 作家の黒井千次さんの話 台湾やモンゴルなど日本以外の土地を舞台にしたりアイヌの伝承にこだわったりと、同世代の作家と違うハードで硬いものが作品にあった。外へはじけ飛ぶような文学がどんな結実を生むのかを確かめられず残念。父の太宰治のことは自分からは触れなかったが、何かの席で太宰のスキャンダラスな面が話題に上った際に「私の考え方は違う」と強い調子で言った。実は大変な思いをしていたのかもしれない。
http://mainichi.jp/articles/20160219/k00/00m/040/065000c

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