昨日 東京會舘で那須正幹さんを偲ぶ会がおこなわれました。
那須さんを偲ぶような、雨がふる日でした。
会場にもうけられた祭壇は、黄色やピンクの花をまじり明るいものに。那須さんの広島弁のインタビューもきけて、なつかしかったです。
個人を偲ぶスピーチも、那須さんを慕う気持ちがあふれていました。ファンクラブの人もお話をされました。
担当編集者さんからは、〆切りに遅れない、直しはない、(おまけに売れる)、とても手のかからない作家で、担当になれて幸わせだったとおっしゃってました。
すごいですね。そんなことができる人がいたんですね。
児文協の会長をされたとき、わたしは理事だったので、飲み会などでお話しをさえていただき、ずうずうしくも防府のお宅まで遊びにいかせてもらいました。
楽しかったなー。美佐子夫人がそのことをおぼえてくれて、うれしかったです。
また、那須先生は、著書をおくると、いつもすぐに読んで返信をくれました。わたしもなかなかできないのですが、必ずくれたんですよ。
それが楽しみであり、いいものが書けたら、読んでもらいたいと思っていましたが、それがかなわなくなり、とても淋しいです。
末吉先生がいなくなられた時も、そうでしたが。
ああ、あの先生なら、なんていうだろうって、時折、思ってしまいます。
会場には、著作がかざられていました。
そういえば、那須さんは達筆でした。書道教室をされていたくらいですものね。
著作の中には、いつも生き生きした子どもがいた那須さん。著作権を児文協に委託してくださるなど、最後まで児童文学、または、作家のことを思ってくださっていました。
とてもカッコいい作家ですよね。
昨日の会は、那須先生を思う気持ちが一体になっていて、ご家族にもあえて、偲ぶ会でありながら、心がやすらぐようでもありました。
コロナ急増の中で、席と席ははなれ、会場の人とほとんど話すことができなかったことが、少し残念でしたが。