昨日の暑さから一転して、今日は10℃近く気温が下がりました。折角膨らみかけたソメイヨシノの蕾も開く機会を逸してしまったようで、なかなか見頃になりません。
ところで、今日4月1日はラフマニノフの誕生日です。
セルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフ(1873〜1943)は、ロシア帝国出身の作曲家、ピアニスト、指揮者です。当時ロシアで用いられていたユリウス暦では3月20日生まれですが、昨日のバッハ同様に、現在広く使われているグレゴリオ暦では今日4月1日生まれということになります。
ロシア貴族の家系に生まれたラフマニノフは4歳のとき、姉たちのために雇われていた家庭教師が彼の音楽の才能に気がついたことがきっかけで、本格的にレッスンを受けることとなりました。やがて音楽の才能を認められ、奨学金を得てペテルブルク音楽院の幼年クラスに入学することができ、その後モスクワ音楽院に転入して、厳格な指導で知られるピアノ教師のニコライ・ズヴェーレフの家に寄宿しながらピアノを学ぶことになりました。
ズヴェーレフ邸には多くの著名な音楽家が訪れていましたが、特にラフマニノフはチャイコフスキー(1840〜1893)に才能を認められ、目をかけられていました。モスクワ音楽院ではアントン・アレンスキーに和声を、セルゲイ・タネーエフに対位法を学びました。
ラフマニノフの同級には、ドビュッシーやシェーンベルクなどと並んで20世紀現代音楽の先駆者といわれているアレクサンドル・スクリャービン(1872〜1915)がいました。チャイコフスキーやブラームスといったロマン派的な音楽を編み出したラフマニノフと先駆的な音楽を世に出したスクリャービンが同期にいたというのも、なかなか興味深い組み合わせです。
1891年、ラフマニノフは18歳でモスクワ音楽院ピアノ科を『大金メダル』を得て卒業しました。通常金メダルは首席卒業生に与えられるものでしたが、当時双璧をなしていたラフマニノフとスクリャービンはどちらも飛び抜けて優秀であったことからそれぞれ首席・次席として、ラフマニノフは大金メダル、スクリャービンは小金メダルを分け合うこととなりました。
1891年には最初の作品《ピアノ協奏曲第1番嬰ハ短調》を作曲し、翌1892年にはモスクワ音楽院作曲科を卒業しました。卒業制作としてオペラ《アレコ》をわずか数日のうちに書き上げ、この作品でも金メダルを授けられました。
そんなラフマニノフの誕生日である今日は、《前奏曲嬰ハ短調作品3-2》をご紹介しようと思います。《前奏曲嬰ハ短調作品3-2》はラフマニノフの最も有名なピアノ曲の一つで、全部で5曲からなる《幻想的小品集》作品3の中にに収録されています。
この曲は1892年5月29日にモスクワ音楽院を卒業してから、ラフマニノフが自由な芸術家として書き上げた最初の作品の一つです。同年10月の初演を経て、翌1893年に、恩師アントン・アレンスキーに献呈された《幻想的小品集》の第2曲として出版されました。
初演は1892年10月8日(ユリウス暦では9月26日)に、モスクワで開催された電気博覧会で行なわれました。この曲は発表当初から熱狂的な人気を獲得し、ラフマニノフの代名詞的な存在になりました。
この曲は、3つの部分とコーダとから成っています。
フォルティッシモによる3つの開始和音によって、作品の主調である憂鬱な嬰ハ短調が導き出されます(この導入部のカデンツ的なモチーフは、終始一貫して反復されることになります)。第3小節で音量はピアニッシモに転じ、主題が呈示されます。
『アジタート(「激しく、苛立って」という意味の音楽用語)』と指示された突き進むような中間部は、半音階的な三連符できわめて不穏に始まります。そして和音による三連符の絡み合いを情熱的に築き上げていき、その頂点で主要主題の強力な再現に落ち着きます。
再現部では
広い音域を駆使するためになんと4段譜による記譜法が採られていて、特定の音符にはスフォルツァンド(強力なアクセント)が添えられています。そして7小節の短いコーダの中で嬰ハの低音が遠ざかりながら何度も奏され、やがてひっそりと終わっていきます。
この作品の人気ぶりは、発表直後から
「ラフマニノフの(例の)前奏曲」
と呼ばれたり、ラフマニノフの演奏会でアンコールとして聴衆から
「Cシャープ!」
との呼び声がかかったりするほどであったといいます。あまりの人気ぶりにラフマニノフ自身は、この曲の評判によって自分のその他のピアノ曲の存在が霞んでしまうことを毛嫌いするようになってしまったそうですが、それでもラフマニノフはレコード録音や
アンピコ社製ピアノロール記録を通じて、後世にこの作品の自作自演を遺しています。
そんなわけで、今日はラフマニノフの《前奏曲嬰ハ短調作品3-2》を、作曲者自身による1919年の録音でお聴きいただきたいと思います。あまりの評判に食傷気味になりながらもラフマニノフ自身も愛奏した、ピアノ音楽の金字塔的作品をお楽しみください。