はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

若年期認知症

2009-01-01 00:00:00 | かごんま便り
 年を取ったと思うことがある。ご年配の読者には若造がと笑われそうだが、20~30代のころに比べ、体力の衰えや物忘れの激しさは明らかだ。
 特に困るのが人の顔と名前の不一致、のど元まで出かかった言葉が出てこない、など。同年配と飲むと決まってこの種のぼやきを聞く。裏返せば、誰でも同じなのだ。だが、もし通常の老化とは違う程度で記憶力や認知能力が衰えてきたらどうか。日々の生活に支障を来し、果ては身近な人々の顔や名前さえ分からなくなったら……。
 全国で170万人とされる認知症患者。今後さらに増加が予想されている。お年寄りの病気と思われがちで、若年期にも認知症があることは案外知られていない。患者が高齢者の場合も家族にとっては大変だが、働き盛り世代が認知症になった場合、日々の生活はもとより経済的にも社会的にも、家族にはより大きな負担がのしかかる。
 先日「認知症の人と家族の会」県支部が初めて開いた、若年認知症の介護者交流会にお邪魔した。妻や父を介護している男女3人の体験談を聞いたが、人生これからという時に日々の暮らしが一変するつらさは相当なものだ。この日の皆さんは淡々と語ったが、冷酷な現実を受け止め、人前で発表するまでに、さまざまな修羅場があったと思う。今まさに修羅場にある患者やその家族が、他にも大勢いるはずだ。
 昨秋、世界アルツハイマーデー(9月21日)を前に京都市で、患者本人の座談会が開かれた。広くこの病気を知ってもらうのが狙いだ。患者がよりよく生きられるためには、家族など周囲の助けだけでなく、本人と家族への制度的な支援と、世間の理解がぜひとも必要だからである。
 なお同支部(099・257・3887) は火・水・金の午前10時~午後4時、相談を受け付けている。悩んでいる人はぜひ、お電話を。

鹿児島支局長 平山千里

 2008/12/24 毎日新聞掲載

マナーアップ

2008-12-10 23:42:11 | かごんま便り
 「鹿児島の運転マナーは良くないねえ。ウインカー(方向指示器)を出さずに曲がる車が実に多い……」。県東部在住のWさんの述懐である。繰り上げ定年の後、温暖さにひかれ関東から移り住んで10年余。当地に来て唯一、気に入らないのがこの点なのだという。
 街中をぶらつく時に改めて観察してみた。確かに、合図を出さずに右左折する車がちらほら目に付く。いきなり曲がってくる車のドライバーを見ると、携帯電話を片手にハンドルを握っている人も少なからずあった。
 運転マナーといえば、以前から気になっていることがある。徒歩や自転車で横断歩道を渡る際、きちんと手前で止まらずじわじわ近づいてくる車の多さである。スピードを緩めるのはましな方で、中には早くどけと言わんばかりに眼前に迫る車もある。柄の悪そうなドライバーを想像して運転席を見ると、意外なことにごく普通の善男善女ふうだったりする。
 JR鹿児島中央駅の近くでこんな光景を目にした。横断歩道の信号が青になり、大きな荷物を持った観光客らしき老夫婦が渡り始めた。すると1台の右折車が猛然と突っ込んできて、あろうことか老夫婦にクラクションを浴びせかけた。驚いた2人は走って何とか渡り終え、車はほとんど減速しないまま走り去った。
 これは極端な例だが、当地のドライバーは歩行者や自転車などの交通弱者に対する配慮が乏しいように思う。地元の人は意識していないかもしれないが、転勤族などに聞くと同様の印象を持つ人が少なくない。士族が多かった土地だけに、かごや馬に乗った人が歩行者より優先という気風が染みついている、なんてことはないと思うが……。
 間もなく年末年始の交通事故防止運動(10日~1月10日)が始まる。スローガンは「年末年始マナーアップで事故防止」だそうだ。かくありたいものである。
 鹿児島支局長 平山千里 2008/12/8 毎日新聞掲載

「書く」仲間

2008-10-28 10:01:31 | かごんま便り
 高齢者のスポーツと文化の祭典「ねんりんピック鹿児島2008」が開幕した。国体種目並みの本格競技あり誰もが気軽に楽しめるニュースポーツあり、はたまた囲碁・将棋に俳句、美術に音楽、ファッションショーなどなど。選手たちは、高齢者の中でも元気いっぱいの人たちだから当然と言えばそれまでだが、現役世代の我々も圧倒されそうなバイタリティには感嘆するほかない。

 高齢の方々が元気なのは鹿児島面の投稿欄「はがき随筆」も同様。担当者としてはもっと若い世代に頑張ってほしい気もするが、仕事をリタイアし子育てを卒業して時間的余裕も生まれるためか、今年に限っても掲載作品に占める65歳以上の割合はざっと3分の2に迫る勢いだ。

 投稿者の親ぼく団体・毎日ペンクラブ鹿児島の大隅ブロック交流会が26日に催された。ご多分にもれず参加者はベテランぞろい。南大隅町で絵本作家・八島太郎(1908~94)ゆかりの地を訪ねた後、錦江町の神川大滝公園で意見交換。普段は紙上でしかお目にかからない皆さんと親ぼくを深める事ができた。

 「作品のネタをどうやって探すか?」の話題では「書きたいことがたくさんありネタには困らない」との声がほとんど。日ごろの見聞や豊かな人生経験を背景に、旺盛な好奇心で原稿用紙(またはパソコンの画面)に向かう様子がうかがえた。また鹿屋市在住のOさんの「日々、他の人の作品を読むことで、いろんなものの見方を教えられ勉強になる」という言葉には、特に感銘を受けた。

 「書く」ことは頭の体操と同時に、気持ちを癒す心の体操にもなる。近く紙面でご案内するが、11月16日には鹿児島市で研修会があり、会員以外や投稿未経験者も大歓迎。この機会に書くことの楽しさ、面白さに触れ、投稿者の輪に加わってもらえるとうれしい。あなたも、ぜひどうぞ。

鹿児島支局長 平山千里 2008/10/27毎日新聞掲載

子ども劇場

2008-10-20 21:30:40 | かごんま便り
 さまざまな年齢層の子供たちに生の舞台に接する機会を提供し、併せて地域での自然・生活体験を通してお互いが育ち合う“場”をつくる──。「子ども劇場」はそうした願いから生まれた団体だ。66年に福岡市で発足し、全国にその輪を広げている。
 鹿児島の子ども劇場は今年で35周年。その節目の年に初めて海外から劇団を招き現在、県内で巡回講演の真っ最中であることは16日付の鹿児島面で紹介した。離島も含めて25カ所の公演を支える実行委員会の主体は中高生たち。彼らが一堂に会して先日、鹿児島市の武中学校で催された「劇団サダリ」(韓国)の歓迎会にお邪魔した。
 各公演会場のチラシ、ポスターなどはいずれも実行委メンバーの手づくり。会場確保に始まり、事前のPRやチケット販売、当日の準備と後片づけもほとんど中高生が担う。各実行委はおよそ10人前後の規模で全県では300人近い子供たちが巡回公演にかかわっているというから驚く。
 サダリの来日を仲立ちした福岡市の劇団「風の子九州」理事長の林陽一さんによると、鹿児島の子ども劇場は現在、本家?の福岡もうらやむ活発さ。子供たちを中心に保護者や地域の大人がサポートしつつ劇団の巡演を実現する「子ども芸術祭典」と題した一連の取り組みは「全国に誇れる」と林さんは絶賛した。
 さて今回の演目「時計が止まったある日」は戦争と平和という児童劇にしては重いテーマ。新婚の夫が徴兵され、新妻と引き裂かれてドラマが始まる。目の前の平土間で繰り広げられる無言劇は迫力十分。セリフがない分、俳優の個々の身のこなしが実に雄弁で、場面ごとに変転する音楽の妙も耳に残った。引き込まれるうちに気がつけばフィナーレ。終演後に観客が参加する演出?も心憎い。これ以上は詳しく書きません。ぜひ、親子でご覧になってください。
鹿児島支局長 平山千里
2008/10/21毎日新聞掲載

事務処理

2008-10-09 15:28:41 | かごんま便り
 鹿児島支局が現在地に移って間もなく1年8カ月。それまでは昭和初期の開設から80年近く、鹿児島市小川町にあった。
新聞社の出先という性格上、連日たくさんの郵便物類が届くが、長年の「毎日=小川町」のイメージからか旧住所あての物も少なくない。郵便局や宅急便業者が転送してくれるので助かっているが、その都度、先方には所在地が変わったことを文書(主にファクス)でお知らせするようにしている。
 時折、住所変更を通知したはずのところから再度、旧住所あてに送ってくる。送り主を見ると国の出先や自治体、公民館、学校……。なぜか「官」ばかりだ。再びファクスを送るが、2度目は注意喚起のために「●月●日にもお知らせしましたが……」とあえて断り書きを添えるようにした。
 それでも先日来「3度目」が頻発している。新旧両方のあて先に同じ資料を送ってきた例もあった。さすがに今度はファクス一枚という訳にはいかず、電話で経緯を説明したうえで“事情聴取”した。多くはうっかりミスらしいが、理由が分からずじまいのケースも多々。中にはパソコンの住所録を修正した後に「以前のあて先シールが余っていたから」と上書きもせずそのまま使っていたあきれた役場もあった。
 こういう話を耳にすると普段の仕事ぶりが心配になる。年金記録問題のずさんな事務処理をつい連想してしまう。もう少ししっかりしてほしい!
  ◇   ◇
 1日付の異動で、昨年5月から紙面づくりを統括してきた加藤学デスクが山口支局に転出しました。後任は選挙取材のベテラン、神崎真一・前県政キャップです。新たに福岡から若手の村尾哲(あきら)記者も着任しました。政局の行方はいまだ不透明ですが解散・総選挙の「Xデー」をにらみつつ記者一同、新たな気持ちで取材・執筆に励みます。引き続きご愛読ください。

鹿児島支局長 平山千里 2008/10/6 毎日新聞掲載

選挙の足音

2008-10-01 19:33:07 | かごんま便り

 麻生内閣がスタートして最初の世論調査結果が26日朝刊に載った。注目の内閣支持率は45%(不支持率は26%)という。

 毎日新聞の戦後歴代内閣の支持率調査で、発足時の一番人気は小泉内閣(01年)の85%。次いで細川内閣(93年)75%、安倍内閣(06年)67%、橋本内閣(96年)59%、福田内閣(07年)57%──と続く。

支持率は時間と共に多少の浮沈はあるがおおむね下がっていく。政権末期のどん底で記憶に新しいのが森内閣の9%。その反動?もあって小泉内閣は支持率が急上昇したが、以降は安倍→福田→麻生と、政権への期待感は明らかに低落傾向だ。

支持率に絡んで思い出がある。全国の予備選で小泉純一郎氏の人気が沸騰し、本命視されていた橋本龍太郎・元首相に圧勝した01年4月の自民党総裁選。ややあって新内閣の発足後、驚異的な高支持率についてある橋本派幹部に話を向けた。案の定、怒鳴られた。「支持率なぞに一喜一憂するのは君たち(マスコミの人間)だけだ!」と。

敗軍の将を担いだ身に小泉人気は面白くなかろう。そう思って聞いていると彼は続けた。世論の後押しの有無にかまわず、我々はやるべきことをやるのだ──と。「迎合しない」と言いたかったのだろうが一歩間違えば独善に陥る。それは時として危険ですらある。

閑話休題。今回の世論調査で、内閣支持率はともかく政党支持率で見ると、自民は前回より盛り返した。これに与党が手応えを感じれば解散・総選挙へまっしぐら、である。だいたい政局というのは転がり出すと止まらないものとされている。とは言え「じたばたしない」前農水相に隣県選出の国交相と“失言居士”たちが本領?を発揮し、辞任のドタバタ劇が相次ぐ中で、解散カードを切る勇気が麻生首相にあるかどうか……。

いずれにせよ、騒がしい秋になりそうだ。

鹿児島支局長 平山千里2008/9/29 毎日新聞掲載

事故米

2008-09-24 12:46:35 | かごんま便り
「ジコマイ? 何だそれ?」──。かびや残留農薬のために食用にできない米が加工食品に使われていた今回の問題。農水省発の一報が支局に届いたのは5日夕だった。元凶の「三笠フーズ」は大阪の業者だが工場は福岡県内。九州の焼酎会社に流れた可能性は高い。
 当初は「鹿児島は芋焼酎。(米焼酎の)球磨地方を抱える熊本は大変だな」と考えた。だが麴(こうじ)の原料は米である。もしやと思っていたら同日夜、農水省が流通経路を明らかにし、県内企業への転売が判明。いやな予感は的中した。
焼酎を巡る問題だけに酔客の関心は高い。なじみの飲み屋で話題になったのは、転売先となった焼酎会社の対応の違い。率先して名乗り出た会社の一方、公表に同意しない会社もあったからだ。転売先と報じられた後に会見した後者の社長は、公表の遅れを釈明する以前に三笠フーズへの怒りをぶちまけていたが、違和感を禁じ得なかった。いかに被害者とはいえ、これでは消費者軽視と言われても仕方なかろう。危機管理のあり方を考えさせられた一件だった。
 やがて問題は拡大の一途。菓子や学校給食への波及も明るみに出たのはご承知の通り。近年、食にまつわる不祥事が絶えないが、日本人の倫理観はいつから、ここまで地に落ちたのだろうか。
◇   ◇
 内輪の教訓を1つ。12日の本紙朝刊社会面「アサヒ焼酎に事故米」で、日当山(ひなたやま)醸造(霧島市)の小牧一郎社長からご指摘があった。代表銘柄「アサヒ」と勘違いされたという。記事を読めばアサヒビールのことと分かるし、新聞の見出しにはしばしば略記が登場する。だが早合点とはいえ誤解が生じたのは遺憾だ。情報の送り手として記事の内容は当然だが、見出しの表記にも慎重な心配りが必要だと再認識した。言うまでもないが日当山醸造の焼酎は事故米とはまったく無縁である。
鹿児島支局長 平山千里2008/9/22 毎日新聞掲載

珠玉の体験記

2008-09-10 00:36:35 | かごんま便り
 ある知人から「出稼ぎの詩(うた)」と題した一冊の随筆集が送られてきたのは、5月の大型連休が明けたころだったろうか。
昭和40年代、高度成長期のまっただ中。道路や橋、ダムや堤防などの公共事業がにぎわいの盛りにあった時代。工事現場は九州や東北など、地方の農家からやって来た男たちであふれていた。
筆者の永田英彦さん(80)もそんな一人。10編からなる作品は足かけ16年、鹿児島との往復を繰り返し7都府県を渡り歩く中で見聞きしたことを書きつづったものだ。出稼ぎという言葉があまり聞かれなくなった昨今、子や孫に自身の体験を残したいとの考えから、わずか120部の自費出版を思い立ったという。
読み進めて驚いた。山奥の大自然、見知らぬ土地の珍しい習俗、出会った人々の心の機微。劣悪な環境で汗まみれ泥まみれの日々を重ねながら全編、曇りのないまなざしで貫かれている。「全く素人の文章」(「はしがき」より)らしからぬ深い洞察と、かっ達な描写に感心した。
ややあって、南さつま市大浦町のご自宅を訪ねた。10人きょうだいの7番目、末子相続で父祖伝来の農家を継いだ永田さんは工業学校卒。文章を専門的に学んだことはないが「小学校で作文を褒められて以来、書くことは大好きだった」というから文字通り「好きこそものの上手なれ」であろう。特に感心したのは当時の日記で、日々の出来事が淡々と、しかし丹念に書き留めてあつて、これが執筆の土台になったのだと聞かされた。
昨年、愛妻に先立たれ「書くことで一人暮らしの寂しさを忘れ、違った境地が開けないかと思った」と永田さん。今も地元の文化財保護審議委員などの要職を務めつつ、最近は随筆だけでなく短編小説も手がけているのだとか。座右の銘を聞いて納得した。「老いを美しく心豊かに」。私もいずれ、そうなりたい。
鹿児島支局長 平山千里2008/9/8 毎日新聞掲載

明日の農

2008-09-04 21:36:51 | かごんま便り
 「農学部に進みたいと言うと、おやじに『百姓を継ぐのに大学なんぞ行かんでいい!』と一喝されたよ」。昔ある人からそんな話を聞いた。
 今時、農学部が単に作物の耕作法を教える所と信じている人はいまい。農学部の守備範囲は素人が「農業」と聞いてイメージする分野にとどまらない。農業高校も同様でバイオテクノロジーや環境保護、食の安全・安心など、極めて今日的なテーマに取り組んでいる。
 先日、九州・沖縄の農業高校生たちが集う「九州学校農業クラブ連盟発表大会」が鹿屋市で開かれた。プロジェクト(研究)発表と意見発表が大きな柱で、それぞれ食料▽環境▽文化・生活──の3区分。地元の資源や特産物を生かした新たな製品開発、地域の福祉拠点づくりや近隣の学校への啓発活動など、どの発表も素晴らしかった。パソコンやプロジェクターによる視覚的な分かりやすさも取り入れ、専門知識を持ち合わせていない私でも十二分に楽しめ、かつためになった。
 農産物の自由化、農家の高齢化と後継難に伴う農地の荒廃など、農業を取り巻く環境は厳しい。にもかかわらず、目を輝かせて明日の農を熱く語る彼らの姿のすがすがしさと頼もしさ。彼らの夢が夢に終わらず現実になれば、日本の農業の行く末には間違いなく一筋の光が見えると思う。
 審査の結果、10月の全国大会には県内から2人が進む。養鶏農家の跡取りとして更なる品質・経営向上へのビジョンを語った野迫昌平さん(鹿屋農2年)、農業がもたらす土壌や水質などの環境汚染に切り込んだ近藤舞さん(同1年)。2人とも頑張ってほしい。
◇  ◇  ◇
 第36回毎日農業記録賞の締め切りが迫った。今年も農業を学ぶ生徒たちの意欲作が多数寄せられると期待している。もちろん高校生部門ばかりでなく一般部門にも力作をお待ちしています。
鹿児島支局長 平山千里2008/9/1 毎日新聞掲載

2期目の「伊藤色」は?

2008-07-23 17:20:50 | かごんま便り

 知事選のさなか、本棚の片隅にあった1冊の本が目に留まった。
 「知事が日本を変える」(文春新書、02年)。何とも勇ましいタイトルだが、当時、改革派の旗手と目された浅野史郎(宮城)▽北川正恭(三重)▽橋本大二郎(高知)──3知事の対談集だ。
 地方では最も巨大な組織体の一つである県庁。その中で、とかく国や一部議員などの顔色をうかがい、一般県民の視点が欠落しがちな行政運営。対談では、そうした旧態型県政と「格闘」する様子が現在進行形で語られている。具体的には情報公開、県職員の意識改革、なれ合いを廃した議会対策、などだ。
 発刊から6年、3氏ともに知事職を退いた今、読み返してもさほど違和感がないのは、裏返せば地方行政の改革はまだまだ道半ば、ということかもしれない。
◇  ◇  ◇
 伊藤祐一郎知事が再選され、間もなく2期目の任期(28日~12年7月27日)がスタートする。首長の本領発揮は2期目から、というのが通例だ。1期目はどうしても前任者の敷いたレール(正の”遺産”も負のそれも)に影響されるからだ。
 伊藤知事は「知事は行政官が8割、政治家が2割」との認識と側聞するが、失礼ながらこれは逆だろう。選挙民に選ばれる立場の首長は、まごうことなく政治家である。現代の知事には旧来にも増して県民への説明責任が強く求められる。隣県知事の例を引くまでもなく、トップセールスマンとしての役割も大きい。元タレントの派手なスタイルをまねる必要はさらさらないが、政治家としては適度のパフォーマンスも欠かせない。
 伊藤知事はいわゆる「改革派知事」とは違う、独自の自負をお持ちと聞く。財政難の中ではあるが、制度設計にとどまらない真の県政改革と、豊かな県作りに向け、どんな「伊藤色」が見られるのか、期待したい。
鹿児島支局長 平山千里2008/7/20 毎日新聞掲載

地震の恐怖

2008-06-17 23:21:03 | かごんま便り
 97年3月27日夕。春闘の取材を終えて当時勤務していた福岡総局(現・福岡本部)に戻った私を待っていたのは「すぐ鹿児島に行け」との先輩記者の指示。事情がよく飲み込めないまま、気が付けばカメラマンと共に車中の人となっていた。
 出水に入ったころは既に外は真っ暗。鹿児島支局と連絡を取りつつ宮之城方面へ向かう。途中、大きな岩が中央に転がっていた。直撃されたらひとたまりもない。一瞬、背筋が凍った。
 当日の取材が一段落した後、宿を探したが、余震が続いていることを理由にどの旅館からも丁重に断られた。やむなく役場のソファで仮眠し、日の出を待って取材再開。傾いた家屋、散乱するガラスや屋根瓦。前夜に歩道の段差と思っていたのが横倒しになったブロック塀と分かり、再び血の気が引いた。
 鹿児島県北西部地震。気象庁の発表は最大震度5強だったが、県が設置した鶴田町(当時)の震度計は6強を観測した。県のまとめでは負傷者37人。死者が出なかったのが不思議なくらいだ。11年たった今も、当時の被災地の様子は鮮明に目に焼き付いている。
 薩摩地方はこの直後、4月3日と5月13日にも地震に見舞われ、後者は負傷者74人を数えた。
   ◇  ◇  ◇
中国四川省の震災報道の衝撃もさめやらぬ中、14日朝の「岩手・宮城内陸地震」。最大震度6強、16日午後6時半現在で死者10人、負傷者264人、行方不明12人。被災地の方々には心からお見舞いを申し上げたい。
 今回の地震を受けて県の防災担当者は「日ごろの備えを啓発する必要性がある」とコメントしていたが同感だ。たとえば関東では家具類に転倒防止金具を取り付けるのは常識以前の話だが、九州では地震への警戒心が弱いように思う。程度の差はあれ「地震列島」とも言われる日本だ。グラッと来てからでは遅い。
鹿児島支局長 平山千里 2008/6/17 毎日新聞掲載

被爆2世

2008-05-31 15:21:28 | かごんま便り
 「ヒロシマナガサキ」というドキュメンタリー映画がある。メガホンを取ったのは日系米国人スティーヴン・オカザキ監督。広島と長崎の被爆者及び原爆投下にかかわった米国人へのインタビューを柱に、当時のニュース映像や資料写真などを交えた構成だ。昨夏から全国で順次公開され、昨年8月6日にはケーブルテレビで米国でも放映されたという。
 冒頭、東京・原宿で道行く若者たちに「1945年8月6日に何が起きたか」と尋ねるシーンがある。登場する8人の男女は誰一人、それが広島原爆の日だと知らない。ドキュメンタリー作品とはいえ意図的にそうした反応を集めた可能性はあるが、世界唯一の被爆国にしてこのありさまはやはりショックだ。
 「ヒロシマナガサキ」の話題は先日、鹿児島市で開かれた県被爆二世の会(大山正一会長)の総会で講演した被爆2世の写真家、吉田敬三さん(47)から聞かされた。同じく2世の私は作品を見ていなかった不明を恥じ早速、DVDを買いに走った(公式ホームページによると、県内での上映は今のところ未定)。
 厚生労働省によると06年度末の被爆者健康手帳交付者は全国約25万人。当然、2世も相当数に上るはずだ。ちなに県内の手帳交付者は1300人弱だが「二世の会」に参加しているのは目下、100人と少しである。
 現代社会は核戦争の恐怖と隣り合わせと言っても過言ではない。1世の多くが鬼籍に入り、存命者も大半が後期高齢者の仲間入りをした今、核の悲惨さは2世が語り継いでいかねばならない。昨秋発足した「二世の会」の意義と責務は、大きいと思う。
 ちなみに吉田さんは現在、100人を目標に全国の被爆2世のポートレートを撮影中。達成後は2世・3世を含む被爆者への誤解と偏見を解き、平和への願いを発信する写真展を開くという。
鹿児島支局長 平山千里 2008/5/26 毎日新聞掲載

大人のマナー

2008-05-01 23:16:09 | かごんま便り
 先日、福岡出張で新幹線を利用した。走り出して間もなく、後方で大声がする。振り返ると中年の男性が携帯電話で話していた。「携帯電話は電源を切るかマナーモードにしてください。使用はデッキでお願いします」との車内アナウンスの直後にもかかわらず、だ。
 身なりはきちんとしており、見た目は私より年配。年下にずばり指摘されるのは体裁が悪かろうと、それとなく視線を送るが、鈍感なのか横柄なのか一向に気にする様子はなかった。
 2カ月ほど前、所用で奄美に赴いた折にも、同じような光景に出くわした。空港から市内へ向かうバスの中。通路をはさんですぐ横で、初老の紳士?が携帯電話を取り出し大声で話し始めた。せき払いをしてみたがまったくお構いなしだった。
 他県での話だが数年前にこんなことがあった。PTA関係者が集うシンポジウム。基調講演が佳境に入ったころ、突然コミカルな音楽が鳴り響いた。携帯電話の着信音である。場違いなメロディーはなかなか鳴りやまない。ちなみにシンポジウムのテーマは「心の教育」だったと記憶する。
 若者の行儀の悪さ、公徳心の欠如がしばしば話題になる。「テレビゲーム世代は他人とかかわることが苦手なため、周囲への気配りに欠ける」との分析を耳にしたことがあるが、それなりに説得力のある話ではある。
 ただ最近、個人的に目につくのは若者よりむしろ大人のだらしなさで、こちらがより深刻だ。そもそも模範となるべき大人がなっていないから、自然と若い世代に波及するのではとさえ思ってしまう。
 国の消費動向調査によると、携帯電話の世帯普及率は90.5%(3月末現在)。老いも若きも片手にケータイの時代であるからこそ、マナーには気をつけたい。優等生ぶって言うのではない。無作法は「みっともない」ではないか。
鹿児島支局長 平山千里 2008/4/28 毎日新聞掲載

お相撲さん

2008-03-17 23:47:11 | かごんま便り


 力士を「お相撲さん」と呼ぶのは、考えてみれば不思議な言い回しだ。柔道や剣道、野球、サッカー……他の競技では選手にこんな呼び方はない。行為の名に「お」「さん」を付けて呼ぶのは他に「お遍路さん」ぐらいしか思い当たらない。
 古来、相撲はただの力比べではなく、常に神事と一体だった。並み外れた体格、体力の持ち主がぶつかる様子を、人々はおそれとあこがれのまなざしで見守りつつ、大漁・豊作への願いを重ね合わせたのだろう。単なる格闘技、スポーツにとどまらず、日本の伝統文化を体現した「国技」とみなされ、力士を「お相撲さん」と呼ぶのはそんな背景があるように思う。
 大相撲大阪場所が中日を過ぎたが、初日恒例の理事長あいさつが注目を集めた。時津風部屋での集団暴行致死事件が元親方と現役力士の逮捕に発展し、直後の本場所だったからだが、北の湖理事長はこの件に一切触れずじまい。毎日新聞(10日朝刊)など一部のメディアがこれを報じた。
 予想されたこととは言え、私も失望を禁じ得なかった。事は「お相撲さん」の世界で起きた前代未聞の不祥事である。ファンあってのプロスポーツであることも考えれば、協会のトップとして一言あって当然だろう。北の湖理事長は現役時代、巨体に似合わぬ俊敏さと安定した取り口で「憎らしいほど強い」と言われたが、優勝決定戦では不思議ともろかったと記憶する。それが今回の危機意識の欠如を象徴しているというのはうがち過ぎだろうが……。
 不満ついでにもう一つ。ある居酒屋で歴代横綱を列記した「のれん」を目にした。鹿児島出身は「大阪太郎」の異名を取った第46代・朝潮太郎(在位59年5月~62年1月)でとまっている。また今場所の番付で、鹿児島出身の関取は十両の旭南海関ただ1人。名力士を輩出してきた土地にしては意外だし、寂しい。
鹿児島支局長 平山千里2008/3/17 毎日新聞掲載

チェスト!

2008-02-27 08:40:41 | かごんま便り
 福岡ソフトバンクホークスの川崎宗則選手が先日、センバツ初出場の母校・鹿児島工への応援旗に寄せ書きした。「チェスト行け!!」。ご存じ、鹿児島特有の、気合を入れる時の掛け声である。
 23日、昨夏に県内で撮影された映画の完成披露試写会に足を運んだ。タイトルはずばり「チェスト!」。錦江湾横断遠泳を題材に、子供たちのひと夏の成長を描いた作品である。
 主人公は正義感の強い男の子。カナヅチのため恒例の遠泳大会をサボり続けてきたが、最後の6年生の夏、参加を決意する。彼を取り巻くのはクールで陰のある東京からの転校生、過敏性腸症候群でトイレが近いのを級友にからかわれる気のいい少年、大人びた学級委員の美少女──たち。先生や家族に見守られながら、薩摩伝統の「郷中(ごじゅう)教育」の精神そのままに、仲間同士で助け合いつついろんな困難を乗り越えていく……。
 舞台あいさつで雑賀俊郎監督やキャストの皆さんは、鹿児島の豊かな自然と人の〝熱さ〟が作品の下支えになったことを説明したうえで「忘れていたもの、忘れかけていたものを思い起こさせる映画です」と力説した。
 誰もが頑張っていた時代、一生懸命は美徳とされた。だが今「頑張る」は、はやらない。時には格好悪いとさえみなされる。でも本当にそうか?
 作品は「『ガンバレ』なんて気安くいわないで!」のキャッチコピーの通り、勤勉実直だけを鼓舞する内容ではない。それでも「全力を出し切って初めて見えるもの」をさりげなく伝えようとしていることは確かだ。
 菱刈町出身の榎木孝明さんが言った。「この映画が鹿児島発というのが一番うれしい」。鹿児島からのメッセージは県外の人にどう受け止められるだろう。楽しみだ。
 県内での先行上映は3月1日から。15日から九州各県で、4月19日からは全国で公開される。

鹿児島支局長 平山千里 2008/2/25 毎日新聞掲載