貧しい農業で5人の子を育て父は20年前に亡くなり、母は、95歳となり老人ホームで余生を送っている。「貧しくてもわが家には子宝がある」が両親の口癖でとても愛情深く私たちを育ててくれた。そんな両親の一人残った母と暮らせる者は残念ながらいなかった。
どんなに手厚い介護の生活でも、母には住み慣れた家ではないという決定的な悲しみがある。面会に行くホームの通路には入所者の絵や書が展示してある。その中に「子宝」と書かれた書がある。「また来るね」と母を抱きしめ、その書の前を私は逃げるように帰るのである。
出水市 塩田きぬ子 2011/12/9 毎日新聞鹿児島版掲載
どんなに手厚い介護の生活でも、母には住み慣れた家ではないという決定的な悲しみがある。面会に行くホームの通路には入所者の絵や書が展示してある。その中に「子宝」と書かれた書がある。「また来るね」と母を抱きしめ、その書の前を私は逃げるように帰るのである。
出水市 塩田きぬ子 2011/12/9 毎日新聞鹿児島版掲載
子が親を思う心
親が子を思うこころ
思いは、みな同じなのでしょうが、
その思いを叶えることの難しさを痛感します。