机の引き出しの奥から黒縁のメガネが出てきた。まさか。
夫の老眼鏡だ。あの日、どうして棺に納めなかったのか悔やまれる。愛読していた藤沢修平の文庫本は入れたのに。
夫はよく、メガネを置き忘れる人だった。「誰か俺のメガネを知らんかよ」。頭に掛けていることも気がつかず、皆で大笑いしたことがある。
手に取ってそっと口づけしてみる。2年も前から誰の目にも触れずに、放って置かれたメガネだ。匂いなど残っているはずもない。手を伸ばせば届くところに置き、時折掛けてみる。今の私にちょうど合う。
宮崎県延岡市 川ナハツ子(73) 2018/8/30 毎日新聞鹿児島版掲載
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