はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ICUにて

2008-05-06 22:37:16 | はがき随筆
 音のない世界。視界も天井だけ。たくさんの器具につながれ10日間。我慢も限界。「死なせてくれ」「殺してくれ」と声は出ない。紙に書いてスタッフへお願い。それでは最期の水をとスタッフが交代で水をふくませる。いよいよ死ぬんだな。とたんに体がゆっくりと楽になった感じ。しばらくして左足が動くのに気づく。そして考えることができる。やっと死に水取りが芝居だと分かった。命をもらって一般病棟へ。生きていて良かったと実感。皆さんのおかげ。妻が手を握りしめ「良かったね父ちゃん」と。涙ながらの顔が忘れられない。
   薩摩川内市 新開 譲(82) 2008/5/6 毎日新聞鹿児島版掲載

人を裁く

2008-05-05 17:37:41 | はがき随筆
 不思議な縁で03年に起きた志布志事件にかかわってから間もなく5年になる。幸い全員無罪の判決が下されたが、事件を通して懸念するのは、09年から始まる裁判員制度のことである。取調べの密室で長時間、長期間にわたり強制的に「あるはずもない買収会合を、さもあったかのごとく」作成された虚偽の自白調書を読むと、自白そのものを信じたくなるように実に巧妙にできている。これに自白の様子を一部録画するようになったら、どうなるのだろう。
 一般国民がこんな世界に足を踏み入れて「人を裁く」審判が果たしてできるのだろうか。
   志布志市 一木法明(72) 2008/5/5 毎日新聞鹿児島版掲載 

バトル

2008-05-04 07:22:01 | はがき随筆
 自宅前の道路端の電柱に鳥が営巣する。夫婦鳥で木片を運んできて巣を作るが、電工さんが来て壊す。鳥が作っては壊される。その傍らから作る。電工さんが日に2回壊す日もある。
 もう半月以上になる。夫婦鳥も大変。せっかくの愛の館も完成はないだろう。
 夫婦鳥もけなげで可哀そうな気もするが、送電線にトラブルが起きたら危険だ。鳥と電工さんのバトルが延々と続いていて待ったなしである。
 人も動物も、生きることに懸命だ。兵庫県高岡市のコウノトリのようにはいかないのではないか。
   大口市 宮園 続(77) 2008/5/4 毎日新聞鹿児島版掲載

みどりの季節

2008-05-03 14:05:10 | はがき随筆
 花が散って葉桜となったが、なお雨が多く、さわやかな五月晴れにはまだ間があるようだ。それでも色とりどりのツツジが美しく野山をそして庭を染めてゆく。やがて夏を迎える季節。
 この季節になると、受験に目覚めた旧制中学3年、14歳の夏を思い出す。当時、月に3回出る受験旬報という学習雑誌があった。初めて買ったその雑誌の表紙絵が大きなヒマワリだったのを今もはっきり覚えている。
 それから日本は大東亜戦争に突入していったが、傘寿をすぎた現在でもなかしい人生のひとこまである。
 少年の日はいまも切ない。
   志布志市 小村豊一郎(82) 2008/5/3 毎日新聞鹿児島版掲載

折りふしに

2008-05-02 07:16:09 | はがき随筆
 毎年、寒気の中に咲いているコブシの花に、春を見る。やや遅れて、白モクレンの開花を見る。そして決まって母の記憶がよみがえる。
 大寒の日に逝った母。四十九日はのどかな春日和で、庭の白モクレンが満開だった。苦痛からやっと開放された母の寝顔が花の中に現れた気がした。今年はひときわ白く鮮やかだった。
 紫色のモクレンも終わり、さらに春が進むと、思いはおのずと霧島の山々に向かう。もうシキミは咲いためうか。オオヤマレンギはどうしているだろう。
 庭では、オガタマのつぼみたちがじっと出番を待っている。
   出水市 中島征士(63) 2008/5/2 毎日新聞鹿児島版掲載

大人のマナー

2008-05-01 23:16:09 | かごんま便り
 先日、福岡出張で新幹線を利用した。走り出して間もなく、後方で大声がする。振り返ると中年の男性が携帯電話で話していた。「携帯電話は電源を切るかマナーモードにしてください。使用はデッキでお願いします」との車内アナウンスの直後にもかかわらず、だ。
 身なりはきちんとしており、見た目は私より年配。年下にずばり指摘されるのは体裁が悪かろうと、それとなく視線を送るが、鈍感なのか横柄なのか一向に気にする様子はなかった。
 2カ月ほど前、所用で奄美に赴いた折にも、同じような光景に出くわした。空港から市内へ向かうバスの中。通路をはさんですぐ横で、初老の紳士?が携帯電話を取り出し大声で話し始めた。せき払いをしてみたがまったくお構いなしだった。
 他県での話だが数年前にこんなことがあった。PTA関係者が集うシンポジウム。基調講演が佳境に入ったころ、突然コミカルな音楽が鳴り響いた。携帯電話の着信音である。場違いなメロディーはなかなか鳴りやまない。ちなみにシンポジウムのテーマは「心の教育」だったと記憶する。
 若者の行儀の悪さ、公徳心の欠如がしばしば話題になる。「テレビゲーム世代は他人とかかわることが苦手なため、周囲への気配りに欠ける」との分析を耳にしたことがあるが、それなりに説得力のある話ではある。
 ただ最近、個人的に目につくのは若者よりむしろ大人のだらしなさで、こちらがより深刻だ。そもそも模範となるべき大人がなっていないから、自然と若い世代に波及するのではとさえ思ってしまう。
 国の消費動向調査によると、携帯電話の世帯普及率は90.5%(3月末現在)。老いも若きも片手にケータイの時代であるからこそ、マナーには気をつけたい。優等生ぶって言うのではない。無作法は「みっともない」ではないか。
鹿児島支局長 平山千里 2008/4/28 毎日新聞掲載

「紙です」

2008-05-01 10:50:05 | 女の気持ち/男の気持ち
 55歳で重度の障害を得た母は、3年前の1月、84歳で旅立った。医学を疑うわけではないが、退院時に「1年生きられれば良い方でしょう」と言われて29年目のことだった。
 粉雪交じりの風が吹き抜ける山あいの施設で荼毘に付された母のまばらな骨を、足から順に拾った。腰の辺りに来たとき、握り拳くらいの白い花のようなものに目が留まった。
 手順と骨の部位を説明してくれる40代とおぼしき職員に、「これは何ですか」と尋ねると、即座に「紙です」という答えが返ってきた。紙? 紙など持たせた覚えはないけど……。そしてはたと気が付いた。葬儀の打ち合わせや準備に追われて、母の着替えを忘れ、紙おむつのまま逝かせてしまったことに。
 いざというときにパニックにならぬよう、写真も母自身に選ばせ、白絹の経衣(きょうえ)も随分前に縫って用意万端整えていた。なのに一番肝心な最後の身支度をしてやれなかったなんて。「紙おむつ」と言わず、ただ「紙」と言ってくれたことで、母の尊厳が守れた気がして、心の中で感謝した。
 あれから3年あまり。まだ1人暮らしに慣れず、仕事中も隣の部屋に母がふせっている感覚にたびたび襲われる。悔いばかりが頭をもたげる中で、あのときの職員の一言は私の小さな救いとなっている。
   宮崎県日向市 上野順子(61)
2008/5/1 毎日新聞の気持ち掲載

めったにない

2008-05-01 10:30:21 | はがき随筆
 「もったいない」より「めったにない」の方が好きだ。「もったいない」は、まだ使える物を捨てるのがもったいないなど、小さなものを積み重ねる感じで消極的だ。それよりは積み重ねたものが「ドカーン」と一瞬で出来上がる方が良い。しかし、そんなことはめったにない。
 私はこの年になるまで、めったにない良いことに出会ったことがない。待てど暮らせど来ない。めったにない良いことが来る兆しを「チャンス」と言い、そのチャンスが来ているのに見逃してしまったのだと思う。
 これって、本当にもったいないね。
   鹿児島市 高野幸祐(75) 2008/5/1 毎日新聞鹿児島版掲載