はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

一服

2021-09-12 11:30:25 | はがき随筆
 居間から見える前庭の空は久しぶりの青空。サルスベリの淡い桃色の花に、2匹の蝶がたわむれながら飛び回っている。
 私ささやかな朝食をとりながら、その姿を何気なく眺めていると、テレビから、広島原爆の日の鐘の音が聞こえた。耳を澄ませ、黙とうする。
 永遠とも思われる時が流れたのに、人々の悲しみは消えない。私は戦いの日は知らないが、末息子を20歳の若さで亡くした祖父の顔が浮かんだ。
 今閉じこもりの日々ではあるが、小さな喜びを見つけ、静かに暮らせるのもまた平和なればこそ、とありがたい。
 宮崎県日南市 永井ミツ子(73) 2021.9.12 毎日新聞鹿児島版掲載

収束を祈りつつ

2021-09-12 11:22:12 | はがき随筆
 コロナ禍で2年も会っていない娘たちが、私のワクチン接種が終わったので帰ってくると言う。それなら私が行った方が早いと上阪した。コロナも落ち着いている時だった。久しぶりに娘たち、孫たちに会うと独り暮らしでしぼんでいた心がふわっと膨らむような気がした。
 お母さん、少し背中が曲がってきたよ。小さくなって可哀そうなどと遠慮のないことを次女が言う。コロナ禍に妊娠して昨年8月に出産した長孫の長男、つまり私の初ひ孫にもやっと会えた。この幼子たちも安心してマスクなしで遊べる日が早く来るようにと祈りばかりだ。
 鹿児島県霧島市 秋峯いくよ(81) 2021.9.11 毎日新聞鹿児島版掲載

しかられて

2021-09-12 11:06:39 | はがき随筆
 「切れが悪い。なんで捨てたのね。確認しないとダメヨ!」。お昼前、キャベツの千切りを始めた母が強い口調で言う。
 また昨日の話か……。包丁を研ごうとした母は、私が台所用品の断捨離で、変わった形の品を研ぎ器とは知らず捨てたことを知り、叱責したのだった。
 戦後の物不足の時代を生き、生活用品を大切に使って来た母には、それは許し難いことで、怒りの感情は時間がたっても残っていたのだろう。
 91歳になり足腰は弱ったが、料理好きの母は今日も台所に立っている。その後ろ姿は頼もしく、私は二度目の反省をする。
 宮崎市 磯平満子(66) 2021.9.11 毎日新聞鹿児島版掲載

息抜き

2021-09-12 10:59:02 | はがき随筆
 児童生徒への新型コロナウイルス感染が広がりつつあるようだ。毎週末の来訪を楽しみにしていた小学1年と1歳半の孫たちだったが、「子供の意識だけでは感染する・させるリスクは拭えません。しばらくお邪魔するのを控えますね」という嫁からのメール。高齢の私への配慮だ。登校日も限られ、あとはリモート授業で頑張っているとか。子供も親も先生も大変だ。「息抜きにおいで」と誘って、散らし寿司とお煮しめのお弁当を作り、庭の木陰でお昼を食べた。室内に入らないという約束を守り、屈託なく虫捕りに興じている孫たちがいじらしい。
 熊本市中央区 渡邊布威(83) 2021.9.11 毎日新聞鹿児島版掲載無断

父ちゃんたちの味

2021-09-12 10:50:11 | はがき随筆
 キンメダイの干物を頂き、朝食に。夫は「うまい」を何度も口にする。あまり見かけない魚。あってもなかなか買えない。
 夫は食事後、「父ちゃんがこのアラに湯をかけて飲んじょった」私も「うちの父ちゃんも焼き魚の時はそうしちょった」。
 焦げたところを除き、湯をかけて出した。ワクワク顔の夫。
 だがひと口すすって「うまいもんじゃないわ」と言い「うまそうに飲んじょったけどな。物のあふれた時代、こんな素朴な味、分からなくなってる」。
 がっかりした夫を見ながら、2人して父ちゃんと言い、共通のことがあってうれしかった。
 宮崎県高鍋町 井手口あけみ(72) 2021.9.11 毎日新聞鹿児島版掲載

一枚の下絵

2021-09-12 10:43:01 | はがき随筆
 早朝の散歩でたくさんの花をつけた1本の白百合を見つけた。花の数の多さにびっくりしたり、感心したり。次の日は写真を撮った。3日目はスケッチした。「よ~し、これを版画にしよう」と決め、構図を考える。主役は1本の白百合で、脇役をうす水色の朝顔1輪と蕾にする。下絵ができたので、少し離して眺めて何だか寂しい気がする。亡き愛犬の「桃」を入れようと即決する。たくさんの写真の中から選ぶ。見覚えのある桃が並ぶ。ここまで来れば後の工程は版木への転写、彫り、刷り、仕上げで額装したら完成である。桃、ちょっと待っててね。
 熊本県八代市 鍬本恵子(75) 2021.6.11 毎日新聞鹿児島版掲載無断

これがなかったら

2021-09-11 21:50:47 | はがき随筆
 私が26歳のとき、同じ職場で人事担当をしていたМさんは、社内登用試験の実施にあたって、私の受験申込書を無断で作成し、応募したのである。
 結果として、私は九州支社に転勤し、そこでキャリアを積むことになった。あのとき、Мさんのおせっかいがなかったら、私の人生は大きく変わっていたに違いない。
 私は持病があり、総合病院に二十数年お世話になっている。病は深刻だが、人一倍健康管理に努め、海外旅行にも26回行った。私に持病がなかったら、今も元気に生きているかどうかわからない。
 熊本市北区 岡田政雄(73) 2021/9/11 毎日新聞鹿児島版掲載

利尻・礼文島の旅

2021-09-11 21:28:49 | はがき随筆
 初夏に咲くレブンアツモリソウを見たくて、いくつかのツアーコースに申し込んだが、人数不足で催行には至らなかった。
 7月のツアーでやっと北の島を訪れた。西の礼文島は、平地でも高山植物が見られる得意な環境。散策しながら植物観察をする時間があり、スマホと使い捨てカメラで何十枚も撮った。
 利尻島は、屋久島のように島に中央に高い山があり、東西で天気が全く違う日も。稚内と各島を結ぶフェリーが臨時ダイヤで、観光の順番や昼食時間で調整したようだ。エゾカンゾウは真っ盛り。目的の花は絵はがきで我慢する。
鹿児島市 本山るみ子(68) 2021.9.11 毎日新聞鹿児島版掲載

化け物

2021-09-11 21:21:32 | はがき随筆
 今年も暑い夏だ。70歳の頃から、めっぽう暑さに弱くなった。夕方花壇に水やりをしただけで熱中症の症状が出る。だから、朝の青空を目にしただけで憂欝になる。朝っぱらからクーラーにつかり、今年はテレビでのオリンピック観戦が日課となった。そんなある日に左腰の辺りを手で触ると米粒ぐらいの突起。もしやと即病院へ。案の定、4回目の帯状疱疹だった。
 幼児期にかかった水ぼうそうのウイルスが、抵抗力減退の私に、帯状疱疹に化けて出てきたのだ。涼しさなどみじんもかんじさせない厄介な化け物にとりつかりた夏となった。
 鹿児島県肝付町 吉井三男(79) 2021.9.10 毎日新聞鹿児島版掲載

もったいない

2021-09-11 21:13:44 | はがき随筆
 東京五輪開会式で弁当が4000食も廃棄されたと聞いて驚いたが、何のことはない、日本では年間約2500万㌧の食品廃棄物が出ているそうだ。
 その中の四分の一が食べられるのに廃棄される「食品ロス」で国民1人当たり茶わん1杯分を毎日捨てているとのことだ。食料自給率が40%に満たない国がそんなことでいいはずがない。世界で飢餓線上にあるとされる数億人のことを考えると罪悪感さえ覚える。
 ケニアの故ワンガリ・マータイさんの愛した日本語「もったいない」を我々日本人は忘れてはならない。
 宮崎市 高橋幸彦(62) 2021.9.9 毎日新聞鹿児島版掲載

彼岸花

2021-09-08 22:04:29 | はがき随筆
 真っ赤な彼岸花が公園の一角で咲いている。8月下旬、梅雨を思わせる長雨がやっと一息ついた日、散歩中の目に飛び込んできた。秋の彼岸まではまだ3週間ぐらいあるはずなのに、とわが目を疑う。
 白い花の彼岸花も近くの民家の庭で見かけていたが、赤い花はひときわ訴える力が強い。「いやあ、長く降りましたねえ。上がるのを待ちかねてましたよ」というような勢いさえ伝わってきた。
 私たちの暮らし方がかなり影響しているとされる地球環境の激変。季節を少し先取りした彼岸花がさりげなく教える。
 熊本市東区 中村弘之(85) 2021.9.8 毎日新聞鹿児島版掲載

イペ

2021-09-08 21:48:13 | はがき随筆
 中間試験が終わった午後、友人が頼みに来た。「日本の高校を見たいらしい。大勢来るから生徒会の一員となって対応してくれないか」一夜漬けしたので気乗りはしなかったが「いいよ」と応えてバスを待った。降りてきた十数人はどう見ても日本人。私がお相手したのは長い黒髪のぱっちりした瞳。いっぺんに目が覚めた。ぴったり横について校内を案内して回った。話をつなごうとやっと思いついた質問の「体育館は何て言うの?」に「ジナスィオ」と小さな唇はささやいた。別れ際、細い指先から手渡されたのは黄金色のイペ。ブラジルの国花だった。
 鹿児島県出水市 山下秀雄(52) 2021/9/7 毎日新聞鹿児島版掲載

休肝日

2021-09-08 21:40:05 | はがき随筆
 料理しながら、日本酒にするかビールにするか考える。量は控えめながら種類は多い。ワインと日本酒は取り寄せて常備。たまには地元の焼酎をお湯割りで呑むこともある。
 週に1日は休肝日にせねばと思うのだが、まあいいかと先延ばしし続けてしまう。ある日思い立ってノンアルコールビールを飲むことにした。何も飲めないのは寂しいが、ノンアルビールが飲めればと納得。食後ビールを飲んだ気で飲み足りなく感じ、他の酒に手を伸ばそうとして、いかん、いかん、今日は休肝日だったと一人苦笑い。
 宮崎県串間市 岩下龍吉(69) 2021.9.6 毎日新聞鹿児島版掲載

Gパンでおしゃれ

2021-09-08 21:31:39 | はがき随筆
 一年中活躍するGパン。でも今年の夏は外出用のロング丈、七分丈のGパン2本が大活躍。綿100%なので汗も雨もよく吸収してくれ肌もべとつかず、毎日着て毎日洗濯している。
 私たちの若い頃は、Gパンは若い男性の代名詞だった。それが今や老若男女全てに人気。おしゃれ服にも普通に合わせて違和感がない。むしろナウいとなる。この春買い替えたブルー系のスニーカーと色が合い、おしゃれ感も十分。
 外出と言っても今は人通りの少ないアーケード街往復2㌔のウオーキングと買い物。お気に入りのGパンで心晴れ晴れ。
 熊本県八代市 今福和歌子(71) 2021.9.5 毎日新聞鹿児島版掲載

85歳出たとこ勝負

2021-09-04 17:09:10 | はがき随筆
 お勝手でインスタントコーヒーをいれようとしたら、カップを居間のテーブルに置いたまま来てしまった。ちょうどカミさんが通り掛かったので「カップを持ってきて」と頼んだ。手に取ってこちらに向かおうとしたが、足もとには座布団が2枚重ねて置いてある。カミさんはくるりと振り返り、テーブルを一回りして持ってきた。「あんな座布団ひとまたぎでしょう」「それができれば苦労しません」。85歳と82歳の老夫婦は苦笑い。「『老夫婦、無理を通さず、出たとこ勝負』というのはどうよ」と私。コロナと熱中症を恐れて自宅謹慎中の老夫婦でした。
 鹿児島県西之表市 武田静瞭(85) 2021/9/4 毎日新聞鹿児島版掲載