はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

気にしないで

2021-11-30 11:32:33 | はがき随筆
 病院の待合室は満席だ。ドクターが私服のカッターシャツで現れた。「あっ、右袖の肘あたりが破れています」とつぶやくと「気にしないで」と病室へ行った。待合室の患者は不思議そうな面持ちで見た。今の時世に敗れた服は際立ち人の目を引く。滑稽にも映るがドクターは「気にしないで」と大胆に患者に接する。1枚のシャツを大事に着用することに頭が下がる。この珍事での笑いに待合室の患者さんの心が和み感謝。ドクターのまなざしには暖かい初冬の日差し。救急病院の診療が終わり、ドクターの顔にはほっこり感が。
 鹿児島県姶良市 堀美代子(77) 2021.11.13 毎日新聞鹿児島版掲載

てれんてれん

2021-11-30 11:26:32 | はがき随筆
 「よそんおばさんどんは、一生懸命歩いちょるわ」。ある夜、夫が言った。「お前みたいに、写真を撮りながら、てれんてれん歩くのは意味がねえ」
 昨年、会社の同僚が痩せたと聞いて始めたウオーキング。
 日の出の頃に歩き始める。わが家を起点に、東西南北四つのコースを日替わりで歩く。歩く時間は30分だったり、1時間だったり。途中、目に留まった風景をスマホに収めて、フェイスブックに上げる。
 運動嫌いで体力のない私にはちょうどいい体力作りだが、なるほど、これでは痩せるはずはないか。
 宮崎県延岡市 渡辺比呂美(64) 2021.11.13 毎日新聞鹿児島版掲載

祖母のこと

2021-11-30 11:17:20 | はがき随筆
 施設に入ることが決まった祖母が気になって「私も一緒に行ってもよかね」と尋ねると「よかよ」と同意してくれた。入所生活も問題なく過ぎていった。ある時、仕事を終えて顔を出すと、祖母がソファに座っていた。スタッフの方が私を見て「この人は誰ですか」と祖母に声をかけた。「誰だったろか」と真顔で言う祖母。ショックだった。行く度に「あなたの孫の智子よ」と自己紹介するが、祖母の口から私の名前は出てこなかった。やがて施設から病院へと移った。そこがついのすみかとなった。手を握ると「ありがとう」と私の名を呼んでくれた。
 熊本県菊池市 川越智子(46) 2021.11.13 毎日新聞鹿児島版掲載

お遍路さん

2021-11-30 11:03:25 | はがき随筆
 コロナ禍での妊娠、出産、子育てとなった孫は姫路に住んでいる。ひ孫と対面を果たして、長女夫婦と私の3人で四国へ。四国八十八カ所巡りは、私の長年の夢だった。子供の頃、母から遍路の話を聞いたことがあった。早坂暁「花へんろ」をテレビで見たり読んだりした時から遍路旅をしたいと願ってきた。姫路を朝5時に車で出発。遍路島を抜けて2時間ちょっとで一番札所霊山寺に着いた。早朝の古刹の仁王門をくぐる時は、ついに来たかと感慨深いものがあった。車での遍路は早く十番札所で11時。今回はここまでとして祖谷に向かう。
 鹿児島県霧島市 秋峯いくよ(81) 2021.11.13 毎日新聞鹿児島版掲載

暗がりの景色

2021-11-30 10:55:56 | はがき随筆
 まだ暗い朝の5時前、こっそり参歩に出かける。市内の船塚桜通りを往復して、文化公園の外と内周りをそれぞれ1周する45分のお決まりのコースだ。
 2日前から、宮崎公立大の体育館側のキンモクセイが芳しい匂いを放っているが、今朝は公園南側のキンモクセイも匂う。いの一番に開花に気付き、匂いの独り占めを狙っている私の満悦な瞬間だ。
 時たま、早立ちのカラスのひと声ふた声を聞くこともある。が、そんな周りの音や匂いから感じ取る暗がりの景色に想像をかき立てられ、醍醐味を味わう早朝の散歩だ。
 宮崎市 日高達男(80) 2021.11.13 毎日新聞鹿児島版掲載

桃と歩いた道

2021-11-30 10:49:31 | はがき随筆
 真夏の7月28日、あの突然の別れからもうすぐ4カ月になります。今、写真に話しかけています。こっちを見つめる真剣な瞳が輝いています。「ただいま」と声をかけると、奥の方から走って迎えに来ました。散歩では私を待ち、「いいよ」と言うと、またどんどん先を歩く桃でした。歩き始めは、おやつをねだりました。留守にする時の寂しそうな表情、じっと伏せていた姿が忘れられません。「桃、だいぶ歩きやすい気温になったよ」。今日は、どっちの道を歩こうかと心に聞いてコースを決めます。今朝は田んぼの道へ。君の可愛い似顔絵を持って。
 熊本県八代市 鍬本恵子(76) 2021.11.13 毎日新聞鹿児島版掲載

思いがけない場所で

2021-11-30 10:40:59 | はがき随筆
 「おじゃましまーす」。開け放たれた玄関を入ると先客が。「あらっ、Мさんですね」。顔を上げた相手もびっくり。「まあこんなところであなたにあえるなんて」。手を握ってこられた。
 友人に誘われ、さおり織に出かけ、スカートを作ると意気込んで四日目。糸を織り込んだ絵を描くМさんは「先生を通じて糸を注文してほしい」と朝、電話して来られたという。先生も驚きながらもうれしそうだ。
 前日織上げた私のスカートも見てもらい、糸や織への思い、私も好きな絵のこれからについて語り合った。新しい出会いと懐かしい出会い。感謝感謝。
 宮崎県高鍋町 井手口あけみ(73) 2021.11.13 毎日新聞鹿児島版掲載

クレーム

2021-11-30 10:31:57 | はがき随筆
 久しぶりに行った大型スーパーでのこと。スーパー内の和菓子店でお店の方から試食の串団子をさし出されて口にした。お団子は大好物である。とてもおいしかったので、買い求めた。
 私は食べ物で時々むせることを忘れていた。家に帰ってから、かつて死ぬかと思うほど苦しい目にあったことを思い出して、息子に「お店に『お年寄りのお客さんには気をつけてあげて』と電話をしようか」と言ったら「よせよ。店はクレームをつけられたと思うから」と言って、険しい顔をして立ち上がって自室に行ってしまった。
 私は親切だと思うんだけど。
 熊本市中央区 木村恵子(90) 2021.11.12 毎日新聞鹿児島版掲載

コスモス

2021-11-30 10:23:14 | はがき随筆
 萩が咲き、そして庭石に散り敷く日暮れ方、回覧板をご近所へ届けに行く。家庭菜園に熱心なご夫人がヘチマ取りの最中。広いお庭で塀より高く伸びたコスモスが赤や白、ピンクの花を、つぼみを揺らしている。「きれい、きれい、お見事」と声を掛けながら近づく。「持って行く? 切りましょうね」「ぜひぜひ」。そよ風にコスモスたちは、枝を向き向きに、花も向き向きにそよぎながら何かをささやいているよう。「連れて行っていただくと花も喜ぶわよ」と言って一抱えほど切ってくださった。話し込む私たちを宵闇は包み込もうとしている。
 鹿児島県鹿屋市 門倉キヨ子(85) 2021.11.11 毎日新聞鹿児島版掲載

じいちゃんが呼んだ

2021-11-30 10:13:15 | はがき随筆
 娘が大分の学校に進学した時、親戚や知人の10人中9人が「じいちゃんが呼んだね」と言った。大分は父の故郷だった。
 娘はこの地で学生生活を過ごし社会人になり、ここで出会った人と結婚しようとしていた。
 娘の結婚が決まった時、夫、娘と湯布院に行った。観光客でにぎわう道。夫と娘は通りの店先でソフトクリームを食べながら楽しそうに話していた。すれ違った大阪のおばちゃんたちが娘の傍らに来て、「ステキなお父さんといっしょでいいね」と言った。娘の笑顔の向こうに優しかった父の面影を見た。ありがとう。娘を守ってくれて。
 宮崎県延岡市 片寄和子(72) 2021.11.10 毎日新聞鹿児島版掲載 

父とおはぎと

2021-11-30 10:04:52 | はがき随筆
 「カムカムエヴリバディ」。朝のドラマで見るつややかなあんのおはぎに、遠い日の思いがよみがえった。
 久留米の師団にいた父の部隊が早々に戦地へ向かうことなにり、面会が許された。母と小学生の私を頭に5人の子どもたちが父の大好物のおはぎを作って、おのぼりさんよろしく佐賀の田んぼの中からやっとの思いでたどりついた。
 人一倍子煩悩な父に笑顔はなく、緊張でおはぎを味わう余裕もない様子だった。軍刀をゆすって、まるで罪人を見張るような厳しい目で見まわる上官。はじめて人を憎んだ。
 熊本市東区 黒田あや子(89) 2021.11.9 毎日新聞鹿児島版掲載








助数詞

2021-11-29 22:15:44 | はがき随筆
 メキシコ在住の娘が、5歳の孫娘との会話をSNSにアップした。孫「今日公園で友達が3個できた」。娘「3人ね」。孫「うん。あ、間違えた。もう1個いた」。娘「1人ね」。孫「うん」。娘「女の子、男の子?」。孫「男の子がね、4匹」。下手な漫才師よりずっと面白い掛け合いに、私は思わず笑った。
 孫娘は、父親とはスペイン語、母親とは日本語でしゃべる。鉛筆1本のように数字の後に付ける助数詞がスペイン語にはなく、娘はどう教えたらいいか悩んでいる。「3匹の侍」という時代劇もあるので「男は匹でもいいよ」とはいかないか。
 鹿児島市 高橋誠(70) 2021.11.8 毎日新聞鹿児島版掲載


夕暮れの公園

2021-11-29 21:53:50 | はがき随筆
 夏休みが近づく夕方、地区役員と子どもが球技大会の練習する声が聞こえた。この時期は活気づいたものだ。コロナ禍でその姿が見えなくなった。セミの鳴き声が残されただけだ。
 数カ月前から夕暮れになると女の人が、ノーメイクにノーマスク、ハーフパンツで現れる。人がいないのを確認してから、しゃがんで数本草を抜く。そこをスタート地点に、周囲の約300㍍を歩き出す。途中で5個の箱型のベンチがある。それを利用して昇降運動をする。3周回れば息切れして真っ赤な顔。誰かが見ていたら……。
 女の人とはこの私。
 宮崎市 津曲久美(63) 2021.11.7 毎日新聞鹿児島版掲載

版画で年賀状を

2021-11-29 21:45:23 | はがき随筆
 来年は寅年、さぁてどんなデザインにしようかなと思う。奇抜な寅もいいし、従順な寅もありか。絵本の中から一つに決めた。もちろん愛犬の桃太郎君は登場させる。年賀状用の版木は意外と柔らかくスイスイとはかどる。一気に線を彫る。版画の醍醐味はこれだ。しま模様がいい。版木2枚で完成する。彫りながら来年こそはコロナ禍が終息してほしいと願う。マスクをはずしてみんなと大きな声でおしゃべりしたい。遠方に住む子供や孫たちに会いたい。穏やかな日々が恋しい。そんな願いのこもった1枚の年賀状になれば幸せ。頼みますよ、寅さん。
 熊本県八代市 鍬本恵子(76) 2021.11.6 毎日新聞鹿児島版掲載

第8巻上梓

2021-11-29 21:37:51 | はがき随筆
 2010年の第1巻に始まった「高千穂スケッチ(毎日新聞掲載作品集)」の第8巻を上梓できるめどが付きました。
 俳歌壇・男の気持ち・みんなの広場・はがき随筆などの私の掲載作品を、150㌻ほどの文庫本サイズにまとめたもので、毎刊300冊ほどを親しい方々に無料でお配りしています。
 近ごろはありがたいことにて、鹿児島・宮崎・熊本のペンクラブの方々にまで手に取っていただけるようになりました。みなさん、どうぞよろしくお願い致します。
 鹿児島県霧島市 久野茂樹(72) 2021.11.6 毎日新聞鹿児島版掲載