毎週のように書店をチェックしながら、うかつにも気づかなかったの
だが、昨年12月、『「南京事件」を調査せよ』という本が文春文庫か
ら出た。
8月18日、すすき野の文教堂で見つけ、すぐに買い求めた。
昔から昭和12(1937)年の「南京事件」を追いかけているが(--
といっても、学者のように何百冊と読んでいるわけではない。)、本
書はおもしろくて、あっという間に読んでしまった。
本書は、今から3年前の平成27(2015)年10月4日にTV放送された
「NNNドキュメント 南京事件 兵士たちの遺言」(--私は未視聴)
からさらに追加「取材」したものだ。
本書は文庫にして310ページほどのものだが、p231「第五章 旅順へ」
に入ってから、少々ミステリーじみて、ますますおもしろくなる。
<目次>
第一章 悪魔の証明
第二章 陣中日記
第三章 揚子江の惨劇
第四章 兵士たちの遺言
第五章 旅順へ
第六章 長い旅の終着
著者清水潔氏は、「1958年、東京都生れ。ジャーナリスト。日本テレ
ビ報道局記者・解説委員。本書で描かれている『南京事件』のドキュ
メンタリーで、ギャラクシー賞優秀賞、『放送人グランプリ』2016準
グランプリ、平和・協同ジャーナリスト賞などを受賞」。
帯には、「解説池上彰氏--これが『調査報道』だ!」、とある。
清水潔『「南京事件」を調査せよ』(文春文庫) ★★★★★
秦郁彦『南京事件』(1986/2初版。2007/7増補版)も必読書。
右は笠原十九司著(1997/11初版)。
<ご参考>
○『改訂版 日本史A』(2009/3、山川出版社)p185
・・・・・・戦線を拡大し、1937年の末には首都南京を占領した。この時、
日本軍は非戦闘員を含む中国人を殺害した(南京事件)。
(注)占領から1カ月余りの間、日本軍は南京市内で掠奪・暴行を繰
り返した上、多数の中国人、一般住民(婦女子を含む)及び捕虜を
殺害した。なお、外務省には、占領直後から南京の惨状が伝えられ
ていた。
○『もういちど読む山川日本近代史』(2013/4、山川出版社)p227
南京占領に際して、日本軍はいわゆる「敗残兵の掃討」を行ったが、
この際、多数の中国人非戦闘員や捕虜を殺害したため(南京事件)、
国際的に激しい非難をあび、かえって中国人の抗日意識を奮いおこ
させた。*
*殺害した人数については、数千人という説から約30万人という説
(中国政府の公式見解)まであって、その概数も定かではなく、事
件の全容は必ずしも明らかではない。研究者の間では、30万人説は
誇大な数字と考えられている。
○『詳説 日本史B』(2015/3、山川出版社)p353
日本はつぎつぎと大軍を投入し、年末には国民政府の首都南京を占
領した。
(注)南京陥落の前後、日本軍は市内外で掠奪・暴行を繰り返した
うえ、多数の中国人一般住民(婦女子を含む)および捕虜を殺害し
た(南京事件)。南京の状況は、外務省ルートを通じて、早くから
陸軍中央部にも伝わっていた。
○『大学で学ぶ日本の歴史』(2016/4、吉川弘文館)p219
・・・・・・それを急追した日本軍は奔馬のような勢いで首都南京に迫り、
12月13日南京は陥落した。そのさい、日本軍による一般住民や捕虜
の大量殺害という蛮行がなされた。
○外務省HP 歴史問題Q&A問い5→こちら。
○「2/15産経新聞『昭和12年 陥落直後の南京』」→こちら。
○奥宮正武『私の見た南京事件』(1997/9、PHP研究所)も好著だが、
PHP文庫にならない?
ちなみに、昭和12年は、今から81年前になる。
その「81年前」は、安政3(1856)年。島津家篤姫が徳川家定に嫁い
だ年だ。元元帥陸軍大臣上原勇作が生まれている。
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