人生ブンダバー

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新日本フィル定期演奏会(第480回) 藤原正彦『名著講義』etc.

2011-07-25 05:00:00 | 音楽

7月18日(月・祝) 女子W杯サッカー決勝(日本対米国)は早起きして後半から観
た。二度リードされて二度追いついた、「あきらめない」粘り強さは見事だった。
全員の「ナニクソ精神」が実った一瞬。PK戦で二度止めた時は思わず両手を握り
しめてガッツポーズをした。今回の大会で、なでしこジャパンはW杯連覇を狙った
ドイツ、ランキング第1位の米国を破る「番狂わせ」を演じた。

それにつけても思い出されるのは、昭和11(1936)年ベルリンオリンピックの1回
戦対スウェーデン戦、0対2から3対2の逆転勝ちと、昭和39(1964)年東京オリン
ピックでの対アルゼンチン戦3対2の逆転勝ちである。どちらも「大番狂わせ」と大
騒ぎになった。いずれも必死にボールをつなぐ、いわばショート・パス戦法が実った
ものだ。
ちなみにスウェーデンでは、この敗戦が「どんな場合、相手でも、けして油断はす
るな」という言い伝えとして残っているらしい。

なお、昭和13(1938)年には、英国一の強豪クラブ、コリンシアンズのアジア遠征
があった。そのコリンシアンズに対して、日本は全関東選抜が二宮(慶大)、加茂兄
弟(早大)等の活躍で4対0で圧勝している。センター・フォワードの二宮は釜本以
上のストライカーだったと伝わっている。またこの時のハーフ・バック金容植(早大)
は後に「韓国サッカーの父」といわれた名プレーヤーだった。当時は大変なサッカー
ブームだったようだ。(私の父は当時二十歳でサッカーをやっていた。予科の学生
だったのかな?)



午後は新日本フィルの定期演奏会。アルミンクの『トリスタンとイゾルデ』(R.ワーグ
ナー)である。
午前中は、C.クライバー盤で「予習」。真夏日のなか錦糸町へ。駅前の書店で藤原
正彦『日本人の誇り』(文春文庫、平成23年4月刊)を購入。

開場5分前のすみだトリフォニーはいつもよりにぎわっている。はたして全席完売だ。
会場にはほぼ一番乗り、さっそくステージに目をやる。ステージ奥には巨大スクリー
ン。ステージにはオーケストラの①前、②真ん中、③後方に歌手が歌う舞台(廊下)
が作られていた。写真にお見せできないのが残念だ。

午後1時30分よりアルミンク、ドイツ語通訳、演出家田尾下哲氏3人によるプレ・ト
ークが始まった。田尾下氏は東大工学部建築学科を卒業後オペラの演出家にな
っている。演出にあたっては「まずスコアを読むことから始める」というお話がおも
しろかった。
15分間のプレ・トークはアルミンクの「トイ、トイ、トイ(すべてがうまく行きますよう
に)」というおまじないで終わった。

C.アルミンクによれば、彼が無人島に持っていきたいオペラは『バラの騎士』、『ペ
レアスとメリザンド』、『トリスタンとイゾルデ』そして『ヴォツェック』だそうだ。今回
で前3者は上演済みとなった。ゆくゆくは『ヴォツェック』も取り上げられるのだろ
うか。

ところでR.ワーグナーは1813年生まれ~1883年没。日本式にいえば江戸時
代、文化10年に生まれ明治16年に亡くなっている。
(ワーグナーとヴェルディは同い年だった。ヴェルディは20世紀まで生きた。)
『トリスタンとイゾルデ』の初演は1865年だから、日本では江戸時代末期である。

『トリスタンとイゾルデ』を初演した指揮者ハンス・フォン・ビューローの妻コジマは、
その初演前にワーグナーの子どもを産む複雑な(ややこしい)関係だった。その子
の名前はイゾルデと名付けられた。


ちなみにオペラの始まりといわれるモンテヴェルディ『オルフェオ』が初演された
のは1607年であるが、歌舞伎の始まりといわれている出雲阿国が北野天満宮
で興業を行ったのは1603年とほぼ同時期だった。


楽劇『トリスタンとイゾルデ』(コンサート・オペラ形式、日本語字幕付)
第1幕 80分
--休憩 25分
第2幕 65分
--休憩 25分
第3幕 75分

トリスタン;リチャード・デッカー(テノール、米)
マルケ王;ビャーニ・トール・クリスティンソン(バス、アイスランド)
イゾルデ;エヴァ・ヨハンソン(ソプラノ、デンマーク)

クルヴェナル;石野繁生(バリトン)
メロート;桝(ます)貴志(バリトン)
ブランゲーネ;藤村実穂子(メゾソプラノ)
牧童、若い船乗りの声;与儀巧(テノール)
舵取り;吉川健一(バリトン)

合唱;栗友会合唱団
合唱指揮;栗山文昭
演出・字幕;田尾下哲
指揮;C.アルミンク
コンサートマスター;崔ムンス

オペラのあらすじというものはどうしても修飾語が多く、ダラダラとして分かりにくい
が、簡単にいえば
第1幕はマルケ王に嫁入りするイゾルデを騎士トリスタンが船で送っていくシーン。
二人は「愛の媚薬」を飲んで愛するようになる。
第2幕は二人の「愛の二重唱」の場面。そこへ登場するマルケ王。トリスタンは刃に
倒れる。
第3幕は重症を負ったトリスタンがイゾルデの胸の中でこと切れる。「愛の媚薬」の
なせるわざと知ったマルケ王が二人を許そうと到着するが、イゾルデは「愛の死」を
讃え、息絶える
という悲劇である。

ワーグナーを歌えるドラマチックな歌手は世界的にも少ないようだが、はたして?
と臨んだコンサート、イゾルデ役のエヴァ・ヨハンソンは強いソプラノで、なかなか
よかった。トリスタンのリチャード・デッカーはタミーノ(『魔笛』)でデビューし、途中
からドラマティコに変わったようだが、ヨハンソンに比べやや弱かったかしらん。ト
リスタンのR.デッカーもマルケ王のクリスティンソンも2m近い大男だった。

侍女ブランゲーネを歌った藤村実穂子はバイロイトで活躍中。ドイツ語の発声がす
ばらしく、だれよりも、子音、母音(--ドイツ語の)とも聴き取りやすかった。カーテ
ンコールでは一番の拍手(--むろん私もその中に一人である。)をもらっていた。

ちなみに主役とマルケ王を歌った3人の外国人にドイツ人はいなかった。世界の三
大オペラ場も似たような状況なのかしらん。

話の導入部というべき第1幕。終わるや3階を中心にブラボーの嵐となった。栗友
会の男声合唱は40人ほどかしらん。合唱指揮の栗山氏も登場、喝さいを浴びてい
た。

第2幕では、第1舞台でトリスタンとイゾルデ、第2舞台でメロート、第3舞台でマル
ケ王が歌い、なかなか工夫された舞台だった。
それにしても第2舞台(②)、第3舞台(③)では指揮者の後方で歌うので、歌手から
指揮は見えるが、最前の舞台では指揮者より前で歌うのでそうはいかない。うまく
歌えるものだと感心した。

第3幕ラスト「愛の死」ライヴは、やはり、本当にすばらしかった。h durの主和音に
解決する幸福感で終わるやブラボーが相次いだ。


全体的には、ただどうしてもオーケストラと同じ舞台で歌うせいか、合唱も含め声が
オーケストラに負けているところがあった。バイロイトとは違い、このあたりは「永遠
の課題」といったところだろう。

字幕は巨大スクリーンに大き目、横書きで映し出され、読みやすかった。ちょっと分
かりにくい言葉・翻訳があったかしらん。
巨大スクリーンには、また字幕だけではなく、海とか森とかがCGで映し出されてい
た。この点も単なる演奏会形式とは違った面でおもしろかった。

ワーグナーはやはり長時間。2時5分に始まり、演奏が終わったのは6時38分。や
る方も聴く方も体力勝負であった。ぐったり~。




錦糸町北口より見た東京スカイツリー クレーンも1台だけとなったようだ
手前は北口のモニュメントECHO(平成9年設置)



当日のプログラム


開演前のトリフォニーホール入口 当日券はなく、満席だった


休憩中 1Fロビーも大混雑
2回目の休憩で会社の先輩Eさんとバッタリ



カルロス・クライバーの名盤『トリスタンとイゾルデ』
トリスタン;ルネ・コロ
イゾルデ;マーガレット・プライス
マルケ王;クルト・モル
クルヴェナール;ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ
メロート;ヴェルナー・ゲッツ
ブランゲーネ;ブリギッテ・ファスベンダー

歴史的フルトヴェングラー盤もぜひ聴いてみたい(官能性にKO?)

     *     *     *     *     *

図書館で藤原正彦の『名著講義』(文藝春秋社)を借りる。月刊『文藝春秋』に連載
されていたものだ。お茶の水女子大における藤原ゼミの成果--取り上げられて
いる本は、いずれも文庫ばかりである。
1.新渡戸稲造『武士道』(明治32年)
2.内村鑑三『余は如何にして基督教徒となりし乎』(明治28年)
3.福沢諭吉『学問のすゝめ』(明治5年)
4.日本戦没学生記念会編『新版 きけ わだつみのこえ』(昭和24年)
5.渡辺京二『逝きし世の面影』(平成10年)
6.山川菊栄『武家の女性』(昭和18年)
7.内村鑑三『代表的日本人』(明治28年)
8.無着成恭『山びこ学校』(昭和26年)
9.宮本常一『忘れられた日本人』(昭和35年)
10.キャサリン・サンソム『東京に暮す』(昭和12年)
11.福沢諭吉『福翁自伝』(明治32年)
12.藤原正彦『若き数学者のアメリカ』から『孤愁』へ

藤原ゼミの聴講資格は、「1.毎週文庫一冊を読む根性、2.毎週文庫一冊を買う財
力」だった。


藤原正彦『名著講義』(文藝春秋社)★★★★



藤原正彦『日本人の誇り』(文春新書)★★★★
日本の近現代史に関する記述もおもしろい
数学者らしい論理性が魅力か



臼井勝美『新版 日中戦争』(中公新書)★★★★
非マルクス主義歴史学者による日中戦争に関するコンパクトな歴史書
(平成12年4月刊)

なお日中戦争についてはWikipedia「日中戦争」、「第二次上海事変」、「通州事
件」等も参考になる。日中戦争の研究は今後も「進化」していくだろう。





神田駿河台にひっそりと建つ震災記念碑
--むろん大正12年の関東大震災記念碑である
震災一年後、大正13年9月1日に建てられた
(母は大正12年の生まれだった)


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2 コメント

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名著講義 (和地村 藤村)
2011-07-26 11:58:33
この本は買いました。この本に出てくるような日本人はどこに行ってしまったのでしょうか。アメリカによる占領で日本の伝統、思想、教育を否定し過ぎて、その後日本には人物が減ったように思います。確かに自由を得ましたが反面孤独になりました。ではどうするか、という提言が藤原正彦氏には欲しいと思います。
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Re;名著講義 (katsura1125)
2011-07-26 20:20:36
和地村さん、コメント有難うございました。

近代的な概念でいう「自由」は、福沢諭吉の訳語だったですね~。

現代には「自由」から逃走したい心理も生じるというぜいたくな状況もあると分析したのはエーリッヒ・フロムでしたか。--三島由紀夫は戦後の民主主義社会より戦時中の方がよかったというような趣旨のことをいってましたね~。
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