晴天予報の4月15日。昨年は蔵王山ろくで4月12日に満開のカタクリとヒメギフチョウさまに出会ったが、今年は、カタクリの開花が少し遅いと判断し、遠刈田行きは昨日15日になった。
それにしても何とよい天気だったのだろう、平地では25℃をこしている。南蔵王の山々もくっきりと仰ぐことができた。雪解けが進み、あとひと月もすればあの稜線も快適に歩けるだろう。
そんな快適な気候の下、遠刈田温泉から歩きだし、青麻山周辺にいたる林道沿いを快適に足をすすめた。南蔵王の山なみが望める伐採跡地に至るとあちこちにタラノキの幼木も伸びており、その先端に形のいいタラの芽が伸びていたので、ちょっと道草を食う覚悟で、そんなタラノメほしさに藪の中に入る。
タラノキのトゲトゲもさることながら、そこに至る数メートルの藪にはトゲトゲのバライチゴの枝が縦横に伸びていて、時々その枝に跳ね返されながらという苦闘に苛まれながらも、何とか天ぷらやホイル蒸しという晩酌のアテも確保できて、ほくそ笑みながら次の歩みを進めた。山菜屋の一番人気のタラノメは、道端から見える範囲のものは、例年大方誰か摘み取られ、手にすることができない。
そして、その直後、この日のさいわいがまた訪れた。山側のちょっとしたのり面に、少し白い花が咲いて、そこに何と早くもヒメギフチョウさんが舞っていたではないか。白い花はあとから確認したところ、キクザキイチゲの仲間で、ヒメさまは、その蜜を吸っては、近くにとまってカメラのレンズに収まってくれた。
ああ、この日の目的である、ヒメさまにこんなに早く出会えるとは。「タラノメと言いヒメさまと言い、今日は出だしから何かいいことづくめで怖いな。」と、すこし出来すぎに怖いながらも、その先の更なるヒメ様たちとの出会いを夢見ながら、その先の歩みを進めた。
(おなかの毛のつきぐあいから♀かな)
(ヒメさまのオメメってなんか眠そうだな。1年のほとんどを蛹の中で眠っているからかな。)
だが、いいことはそんなに長く続かないのが世の常。
しばらくして、オイラは左のズボンポケットに入れていたはずのスマホがないことが気付いた。
とっさに、あのタラノキの藪で悪戦苦闘した際に、スマホはポケットとスマホをつなげていた螺旋コードとともに何かの反動でポケットから放り出されたにちがいない・・と明確な根拠もなく理解した。暑さのため林道の入り口でウインドブレーカーを脱いだ時、ブレーカーのポケットからズボンのポケットにスマホを移し替え、普段はその後紛失防止のためつないでいた螺旋コードのロックをポケットの縁にかませたはずだが、あの薮のバライチゴたちは、そのロックまでも不能にするほど反発力があったつわものだったと記憶していた。
オイラは急いで、あのタラノメ収穫場所に小走りで戻って、この辺か、いやこの辺りを歩いたぞ・・なんどもそこいらを探したが見つからなかった。念のため、あのウィンドヤッケを脱いだ箇所まで戻りながら、道端に落ちていないか目をあちこち見はらせたが、見つからなかった。
また登り返し、またあのタラノキ周辺をトゲトゲの藪に跳ね返さながらさがしたが、見つからなかった。
あきらめて、この日の目的地まで登ってヒメさまたちに逢おう、とトボトボ登り始めたのだが、折からの高温と相まって、オイラの体力・気力は相当に萎えていた。
昼前に、なんとか目的地まで行きつくのだが、オイラはその途中のカタクリの花園で何度も、何頭ものヒメさまたちを目撃したが、その日カメラに収まってくれたのは、なんと朝にキクザキイチゲにとまってくれた一頭だけであったとは。
カタクリの花だけでなく、オイラはこの森でヒメギフチョウさんたちが、まもなく卵を産みつけ、幼虫たちの食草となるウスバサイシンの葉も目撃している。
カタクリやキクザキイチゲの花とともに、食草となる草もしっかりと生えていてくれていることから、この森のヒメギフさんたちは、末永く命をつないでくれそうな予感がして、オイラは疲労の中にも何かしら安堵して山を下りた。
下りる途中、またあのタラノキの一隅に寄ってスマホくんを捜したことは言うまでもない・・・結局、とうとう見つからなかった・・・・
あるいは、オイラの記憶違いで、スマホは朝のバスの座席に置き忘れた可能性もあった。その日最後にスマホをいじったのがバスの中であることだけは思い出していたからである。
高速バスで仙台にもどり、携帯ショップに立ち寄った。たしか携帯のGPS機能やらで、スマホの位置を確かめられたはずではなかったか。その場所がバス会社であればバスに置き忘れたことになる・・・一縷の望みでショップの援助を求めが・・・・
GPS位置情報確認のため、数回の本人確認という儀式を経て、最終的におそらく遠隔地に居住のサポートセンターの担当者から発出されたオイラのスマホの位置情報は、
「ええと・・・ミヤギケン・カリタグン・ええと・・クラに王様のオウと書いて、クラオウマチ・トオイカリタ・ナナニチハラの1キロ四方周辺です。」ということであった。
オイラは、刈田郡蔵王町遠刈田七日原地内であることをすぐさま理解し、やっぱあのタラノキ界隈にいまもあのスマホくんは眠っていることが分かった。「機内モードとマナーモード」に設定していたため、通りすがりの他人の携帯を借りてコール音を手掛かりに探すことも、あの時はままならぬかったのだろう。
ああ、長い一日だった。自然の命に対するヒトの欲深さが、天から思わぬ反撃を受ける。今日のような出来事があるたびに、賢治さんの「注文の多い料理店」の警鐘を思い出す。オイラは、食べごろのタラノメを見て思わず我を忘れた。
ほぼ2年間、体温を共にしたスマホくん、いまごろ遠刈田の七日原山中で孤独な思いをしているのだろう。機内モードであっても、電源は二三日中には途絶えるだろう。真っ当なスマホ人生を遅らせてやれなかったのは、オイラのせいか‥(合掌)