渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

歴史あるメーカー

2021年11月21日 | open


なんとなーく、友人の子はプジョー
のジャンゴに乗りそうな気がする。
創業210年て、すごいすね、この
メーカー。
おフランス。
馬力の単位のPSもおフランス。

最近はキロワット表示やニュートン
表示が多くて、いちいちPSやkg換算
しないと私にはよく分からない(笑

サバの天ぷら

2021年11月21日 | open


テレビでやっていたゴマサバの天丼
がめちゃくちゃ美味しそうだった。
天つゆの作り方も撮影されていた。
覚えた。
サバの中でも珍しいゴマサバはなか
なか釣れない高級魚だが、水分が多
いので水の切り方が重要。
それも解説していた。
覚えた。

これはなんとかサバ天丼にそのうち
挑戦したい。
瀬戸内海で一般的なタコの天ぷらは
味が絶品なのだが、瀬戸内海以外で
はあまり知られていないようだ。
ベタッとした土産物や作り置きでは
なく、やはりサクサクの揚げたての
タコ天が美味しい。
本日の番組でやっていたように、衣
は炭酸水で溶くと味がさらによくな
るかも知れない。
ただし、瀬戸内海地区のタコの天ぷ
らは各家庭により味が異なる。
うちの場合は、卵を特別な溶き方で
溶いたものを絡める。
店の物よりも私個人は好みだ。
ただ、瀬戸内海沿岸地区以外では蛸
が手に入りにくいだろう。
生きている蛸だ。
それをしめてヌメリを取るところか
ら始める。
瀬戸内海地方では江戸期から武家も
庶民もタコを食していたので、大抵
の家庭人は生蛸をさばける。

だが、サバ天は私は未知だ。
個人的に一番好きな天ぷらはハスだ
が、魚ではキスだ。
東京では超定番のキス。
キスにもアオとシロがあるが、東京
湾のキス釣りは江戸時代から大人気
だった。
釣りの歴史を調べると、江戸時代の
江戸の人々の釣りがとても面白い。
そして、天ぷらは、外国の人にもか
なりおすすめの「和食」だと思う。
手間もかかるのは分かるけど、天ぷ
ら専門店に行くと天ぷらは高級料理
だけどね。料亭なみの値段する。


しかし、庶民も廉価な金額で親しめ
るのも天ぷらだ。
考えた人、天才。
16世紀頃にカピタンが日本にもたら
したのだが、洗練させたのは日本人
だろうなあ。
1660年代の書物には既に天ぷらが
出てくる。

武士が頰かぶりをしているのは、
屋台での買い食いが誰と知られぬ
ように体面を考えてだろう。着物
も無紋で袴さえ履いていない。
無論、藩士や幕臣ならば、見つか
れば咎めを受ける。
旗本奴の水野十郎左衛門が即切腹
となったのは、市中での無頼の詮
議で呼び出された際に袴を履いて
いなかったからだ。
武士で外で袴を履かないのが許さ
れたのは幕臣の同心のみだった。
史実研究家には、江戸期の武士の
外見上の見分け方は大小よりも
袴での識別が強い、との見解を
示す者もいる。
武士以外の階級との見分けは袴の
着用の有無であり、市中では向こ
うから袴を履いた人間が歩いて来
たら町人は緊張した事だろう、と。
それは腰の大小よりも即識別でき
たので、まず袴を履いているかど
うかで武士かそうでないかを見分け
た事だろう、と。
現代の裁判所で面白い光景を見た事
がある。
裁判所書記官と交渉中に、その書記
官が裁判官にお伺いを立てる為に執
務室に入る時だ。
その書記官は、それまでは上着を脱
いで革靴も脱いで室内履きを履いて
いたが、ただ単に裁判官の部屋に入
ってほんの1分程意向を伺うだけなの
に、背広の上着を着て、革靴を履き、
そして鏡に向かい、身づくろいを整
えてから直立不動で執務室のドアを
ノックした。
私のほうも何だか江戸時代の奉行
にいるような錯覚が起きた。
考えたら、自分より目上の人が向こ
うから来たら、社内であっても立ち
止まって直立して礼をするというの
と同じく、民間企業でも身を正して
役員や折衝先担当者に面談するとい
うのは当たり前事なのだが、裁判
所の殊更の厳格さはさながら江戸期
の奉行所のように感じた。
空気がピンと張っている。
それと同時に、官民関係なく、日本
の役務仕事の場面での礼儀作法や
仕事人の所作は、江戸期の武家作法
に今でも則っていると感じた。
チョリースなどと言ったら、そうし
た仕事の場では存在はできない。

寿司屋も天ぷら屋も蕎麦屋も、移
動式の屋台が江戸の主流だった。
基本立ち食いだ。
食の歴史は詳しくはないが、もし
かすると、システム化されたファ
ストフードの先駆は日本の江戸の
食文化かも知れない。
江戸文化、面白い。

斬術

2021年11月21日 | open


剣法三要素。
体術、刀術、斬術。
これが三位一体とならないと、技法
面における剣の理(ことわり)の内実
には迫れない。
どれか一つさえも欠けては駄目。
机上空論の空気斬りになってしまう。



不人気だったダンダラ羽織

2021年11月21日 | open


新選組隊士の回顧録によると、隊服
として大丸に作らせたダンダラ羽織
は、麻で薄いペラペラの夏服であり、
安っぽくて不人気だったとの事だ。
土方歳三などは袖さえ通した事がな
かったかも知れない。
映画やドラマ、小説講談では浅葱色
に白く染め抜いたダンダラ羽織が
制服のように登場するが、実際には
即廃止となっていた。
そして、現実には上下黒ずくめが
新選組の隊服として人気があった
ようだ。
新選組のダンダラの肩章等は現存し
ているが、不人気だったダンダラ
羽織は、一着も現存していない。
というか、発見されていない。

浅葱色とははなだ色に近い、薄い
緑がかった水色。死装束の色であ
り、また、安物の着物の裏地の色
でもあった。
江戸の吉原などでは、地方から
戸に来た江戸表勤番武士を田舎者
とあざ笑って、「浅葱裏」と陰口
をきいた。
洒脱さのかけらもなく洒落と粋を
全く理解できぬ田舎侍が着ている
物の裏地の事を揶揄した表現で
り、今で言う「カッペ」のよう
ものだ。
カッペの語源は茨城あたりの出身
者が「だっぺ」と言うのを揶揄し
たもので、さらに1980年代に千葉
も一緒くたにして「チバラギ」な
る造語が「ださいたま」と同時期に
発生した。
江戸の遊女は江戸生まれでなない
者が多かったにもかかわらず、
浅葱裏と地方から来た武士を嘲っ
たのには、複雑な心理状態が存在
した事が伺える。
元来は、自分もどこかの在の百姓
の出であるのに。
今の東京人の近隣諸県を「カッペ」
呼ばわりしているのに似ている。
元々はルーツはよそ者のくせに。
家康以来の江戸者ではない流れの
人間たちのほうが多い。
それが他者をカッペ呼ばわりして
優越感に現代ニワカ東京人は浸る。
ただ、それは江戸遊女とは多少感覚
は異なるように思える。
江戸者は、「野暮天」が嫌いなのだ。

似たような洒落を解さず野暮の極み
を見るような感覚に襲われる事が地
に行くとある。
これは上方より西の中国地方と江戸
より北の東北に行くと強く感じる。
それは「笑い」のツボがまるで異な
文化の地方に在住してみた時に
顕著だ。例えば中国地方。
東京は上方からのお笑いに学び、江
戸古典落語が発生した。
近代お笑いの現代物でも上方大阪の
「ボケとツッコミ」の王道セオリー
は東京のお笑いでも骨子としてデン!
と存在する。
それより古い江戸古典落語でも、
与太郎のボケにツッコミながらも
「しょうがねえなあ」と言いつつ
決して仲間外れにはしない心意気
が江戸のお笑いの中にも江戸時代
からあった。
だが、中国地方などでは「ボケと
ツッコミ」の文化が一切存在しない。
そのため、ボケたりつっこんだりし
たらマジ切れされたりする。これ
まじ。事実。皆しかめっ面でムッ
とする。現代不寛容社会の代弁者
ように表情が険しくなり、おちゃ
らけた(東京・大阪から移住した外
から来た者たちの)側は意図が外れて
途方に暮れて憮然とする。
そして、地元ではおもろいと思って
やってるだろうローカルTVのCM
などのお笑いネタが、東京人から
するとめちゃくちゃつまらない。
はあ?みたいに。
大阪人複数もそれを観て私に漏らし
ていた。
「はあ?」と。
東京人でも上方漫才は大爆笑するし、
吉本新喜劇を観ても、くっだらすぎ
るのだが大笑いする。
だが、そのセオリーの「笑い」が全く
無い地域があるのだ。
これ、かなり、人的関係構築で生活
が困難になる。
箒さかさま立て掛けや「ぶぶどすえ」
よりもかなり厄介だ。

東人が多かった新選組の諸君は、京
で人気者だったとも聞くが、それは
大盤振舞いをせずともそうだったの
か。
謎。
ただ、「好いても惚れん」の京の女
の心根を勘違いしていた新選組隊士
多かったのではなかろうか。

スナイパー

2021年11月21日 | open

ローザ・シャーニナ

先の大戦中、ソ連には多くの優秀な
スナイパーがいた。
有名なのは男性のヴァシリ・ザイツ
ェフだろう。
1943年に目を負傷するまで、257名
の敵兵を射殺した。
しかし、ソ連の特筆的な事は、女性
のスナイパーが非常に多かった事だ。
こればかりは英米日独でも見られな
かった。現代でもそうだろう。

容姿がかわいらしかったローザ・
シャーニナは、ボルトアクション
ライフルを用いて2点を連続狙撃
できる離れ業を持っていた。
1945年1月28日に砲撃による戦傷
で死亡するまで、59名の敵兵を射
殺した。
死亡した時、まだ20歳だった。

野戦では何が恐怖かというと、狙撃
手だ。砲撃程に怖い。
大戦中も戦後の世界各地での戦争や
紛争でも、狙撃手程恐怖の対象はな
かったようだ。
戦争の用兵思想としては、殺戮より
も負傷を負わせる事のほうが戦略上
は効果的だ。そのために弾丸はフル
メタルジャケットにしている。殺人
目的ではないから。殺害目的ならば
ダムダム弾のような弾丸が有効だが、
国際協定で使用が禁止されている。
会戦では一人でも多く「負傷者」を
出させる事が救護と救出に人員を割
くために、用兵思想の一つとしては
有効とされるのが戦争のセオリーだ。
しかし、スナイパーによる狙撃は、
確実に「殺人」を目的として行動が
遂行される。原爆のようなものだ。
殺戮以外の目的は無い。
焼夷弾は逃げ延びて生きながらえる
可能性もある。
だが、核兵器投下と小銃による狙撃
のみは「殺戮」を目的とする戦争の
一手段だ。
そして、ソ連は分からないが、一般
的な欧米の軍隊では、味方からも
狙撃手は忌み嫌われている。
目的が「制圧」ではなく「殺人」に
特化されている任務なので、通常の
軍隊の軍事行動や目的と異なるから
だろう。人殺しのみが任務だ。
一般的軍隊は人殺しが任務ではなく、
制圧による力の行使が目的で、その
ために軍事行動を実行して、政治的
な目的を完遂するために戦争がある。

狙撃手は射撃が巧ければなれるポジ
ションではない。
途方もない忍耐力と、意志の強さと
知力(これ一番大事)と体力が兵士に
必要になる。
動かぬように排尿や排便は伏せたま
まで済ます等は戦闘機乗りと同じだ。
大戦中の戦闘機のコクピット内部は
便所の匂いだ。戦闘服を着たまま用
を足すのが戦闘機乗りだ。狙撃手も
同。10センチ手を動かすのに30分
位かける事もざらだ。
狙撃手を倒すには、航空支援で一面
を爆撃もしくは砲撃するか、敵狙撃
手に味方狙撃手を直接対戦させるし
か手は無い。
戦争の重要な一環を担うスナイパー
だが、通常の会敵戦闘とはやる事と
求められる資質と任務が全く異なる。

スカートで寒くないのかな。


美人

2021年11月21日 | open


昨夜、久しぶりに1986年の美人を
見た。
今がどうのこうの言っては駄目だ。
誰でも歳は取る。
加齢による外見の変化を揶揄する
頭弱い連中だって、みんなしわく
ちゃババアになったりジジイにな
るのは確実だ。それまで生きてい
られれば。
経年変化の容姿を云々するのは、
天に唾吐くようなもので、確実に
自分に降って来る。馬鹿はそれを
自覚できない。

一瞬であろうと輝く者は美しい。
その美しさは永遠だ。


天空

2021年11月21日 | open

超巨大な鳳凰とそれに相対する龍。

昨夜は、いざよい。
汝、躊躇ありしや。