ケン坊のこんな感じ。
キーボーディスト、川村ケンのブログです。




渋谷の文化村へ、キース・ジャレット(Keith Jarrett)のソロ・ピアノ・コンサートを聴きに行って来ました

キースの音楽に生で触れる事ができたのは、2005年の秋、そして2007年の春に二公演、そして、今日。2007年の来日はトリオだったので、ソロは今日で二回目でしたが。いやー、・・・なんとも言葉に言い表せないんですが、とにかく素晴らしい体験をさせてもらいました

やはり最初に「ザ・ケルン・コンサート」からキースに入った僕には、ソロ公演というのは、非常に、なんつーか、・・・そのー(笑)。賑やかで楽しいトリオも大好きなんですけどね、全然違う気持ちで会場へ足を踏み入れることになりました。

 

朝からあれこれと引越し為の連絡やら準備に追われ、そのあと少しいつもの練習をして、シャワーを浴びてさっぱりして、渋谷の大好きなラーメン屋さんでお腹を満たして(笑)、開演30分ほど前には会場に入りました。あ、トイレも忘れずにね(笑)。

持って行っていた本を広げてはみたんですが、「30分前かー・・・キースは何をして過ごしているんだろうか」などと考えてしまって、全然読めず。僕達なら着替えを始める頃だなぁ。そうそう、E,W&F(アース・ウィンド・アンド・ファイアー)は、メンバー全員で瞑想室に入るんだって聞いたなぁ。Cから始まる日本の誇る超有名ロックギタリストさんは、楽屋でビールガンガン飲みながら仲間と昔話なんかでワイワイ盛り上がってて、「あのー、そろそろ時間です」っ呼びに来たスタッフさんに「お、そうか。わかった。」って言って、「じゃ、ちょっとやって来るわ」と笑って、くわえタバコのまま楽屋からステージに上がっていってたなぁ。キースは、開演前に・・・何をするのかな。

 

ステージにはスタインウェイのグランド・ピアノが一台置かれているだけ。録音の為のマイクは立っていましたが、PAなどは一切ありません。ソロ・コンサートで会場に響くのは、ピアノ一台の生音だけなのです。さらに今日の席は絶好で、キースの表情も、両方の手元も、全部見えそうです。さすが。半年前、チケット予約開始日の開始時間に、速攻で予約を入れただけのことはありました。手元見れるの、初めてです。よかったー(笑)。

開演時間になって会場がゆっくりと暗くなると、客席はシーンと静寂に包まれます。ロックコンサートとは全然違いますね(笑)。そして、キースが袖から登場すると、割れんばかりの拍手

そしてイスに座ったキースは・・・って、この調子で全部レビューみたいに書いているとえらいことになりそうですので止めますが(笑)、とにかく前半の50分はあっという間に過ぎてしまいました。馴染みの無い方の為に簡単に説明しますが、彼のコンサートは全部即興演奏なんです。キース自身も「弾く前に何かを決めることはしない」と言っていますが、つまり、その場でピアノを弾きながら作曲をしているわけです。お客さんの前ですから、普通の作曲みたいに、「あ、こうじゃないな」とか「あれー、わかんなくなった」なんてことは許されませんし、当然二度と同じ曲が弾かれることもありません。毎回、何が演奏されるのか、まったく未知という、とんでもないことをしてるわけです。そして、その唯一の立会人が僕達、客席の観客なんですね

そして、その曲、というか演奏が、いったいいつ終わるのか、本人にも、僕達にもわかりません。なので、前半50分、休憩20分をはさんで、後半50分と大まかに決めてあるだけで、曲の切れ目がいつかわからないので、例えば途中入場、退場は許されていません。やもすると一曲が50分でした、なんて事もあるわけですし、もっとやるかもしれませんし、今日は5分程度の短いモチーフが10程弾かれました、なんてこともあるわけです。

そんなかなり特殊な事情ですので、キースのコンサートの会場の入り口には、携帯や撮影の禁止は勿論、「咳、くしゃみなどはできるだけお控え下さい。やむをえぬ場合は、口元にハンカチをあてがうなどのご協力をお願いします」と書いた張り紙が立ててあります。

以前、日本公演のある日、立て続けの咳のあとに、大きなくしゃみがあって、キースがピアノを弾くのを止めてしまったことがあったそうです。止めてしまった、というか、続ける事が出来なくなってしまった、という方が正しいと思います。ありえないくらいの物凄い集中力でピアノに向っているというのは、・・・1分でも彼の演奏している姿を見ればわかると思うのですが、その集中力と音の波を遮る事になってしまったんですね。

キースのCDはジャズのコーナーにありますが、彼はジャズ・ピアニストというくくりには収まりきれなくなっています。クラシックや現代音楽にも造詣が深いですし、実際にバッハの作品なども残しています(以前ご紹介しましたねー)。ジャズは元々酒場やバーで演奏されていたものですので、咳払いどころか、全然音楽なんて聴いてないで酔っ払ってワイワイ話をしているお客さんの前ですら、気にしないで普通に演奏するのが当たり前のような成り立ちを持った音楽です。しかし、キースは彼の音楽を、それまではクラシックのフィールドであった「コンサート・ホール」に持ち込みました。これは大変革命的なことだったんですが、以後、彼に続いたジャズ・メンが多い事でも、これは大成功だったと言えるでしょう。もっとも、本当にその意味においてまで成功しているのは、僕の知る限りキースだけだと思いますけれども。

 

でも、今日はね、咳払いがとっても多かったのが残念でした。口に手やハンカチを当ててないのは音でわかります。要するに、「配慮していない」んですね。ちょっとキツい言い方をすれば、キースのソロ・コンサートを「理解していない」ということです。よく聞こえるんです。いわゆる音響が完璧に整ったクラシック向けのホールですから。どの席からの咳の音も、それがステージ上を(つまりキースの周りを)こだましているのが、目に見えるようでした。しかもキレイなバラード調の曲の静かなエンディングの、最後の音にかぶってきたり、一瞬の演奏の絶妙な間を、わざわざ咳で埋めてみたり。なんで、そこで?なんで口に手を当てることすらしないの?・・・僕にはさっぱり理解できませんでした。

今日、キースは本編の曲間に立ち上がって「いいんですよ、咳をしても。じゃあ今、少し時間をとりますから、ここで咳しておいてくださいね。」と英語にジェスチャーを交えて言いました。ユーモラスに話す彼に客席からは笑いが出てましたが、・・・僕は残念ながら、全然笑えませんでした。もちろん彼の優しさなのですが、皮肉の意味もじゅうぶんにあったのが伝わらなかったのでしょうか。「咳してもいいって言ったよね?」と勘違いしたのか、その後にも、咳、咳、咳。うわー、なんだここりゃー。聴いてる僕も、辛いけど、それでも懸命に集中して弾いてるキースがかわいそうで(聞こえてないわけは無いので)、ってか、申し訳なくって・・・。

キースはずっと、大変な親日家です。

しかしキースの最近のインタビューで、「僕の音楽に関しては、咳の問題はずっとあるんだ。別に咳をしちゃいけない、ということではないんだよ。生理的なものだしね。でも、アメリカはとにかく酷かった。そして、ヨーロッパではまだましで、・・・日本では皆無だった。日本人は、素晴らしい集中力をもった観客だったんだよ。」というものがありました。

過去形、ですよね。

「でもここ最近のアメリカ人の集中力はすごいよ。今やヨーロッパや日本を越えてしまった。そして日本は・・・どんどん悪くなる一方だ。残念なことだけれど、アメリカ化が進んでしまってるということだよ。」・・・歴史や政治、世界情勢にもとても詳しい彼のこの言葉は、ズシンと来ます。ステージで、やはりマナーの悪かった日の観客に「あの、美しい心を持った日本人はどこへ行ってしまったんだい?」、と言ったこともあります。

今日、二回目のアンコールから袖に戻る途中、キースは僕のナナメ後ろあたりの観客をピッ、と指差しました。そして三回目のアンコールに出てきてくれた時、「さっきそこで、白い光が光ったんだ。カメラ撮影だと思うけど、もう絶対にやめて下さい。」と、キース本人の口から悲しい言葉が。なんということ。・・・僕が泣きそうになりましたよ

でもね、その三回目の演奏も、本当に最高でした。そしてさらなるスタンディング・オベーションに応えて、なんとアンコールに5回も応じてくれてね。キースの弾く、シンプルな12小節のブルーズ・・・もう、一生聴いていたいくらい素晴らしかったですよ。

本当に、彼と同じ時代に生きていられて良かった。あんなに美しい音でピアノを弾く人を、僕は他に知りません。・・・時々、物凄く難解なものも弾きますけども。でも、あれがまた美しくロマンチックな曲と対比して、全体で彼独特の音世界を作ってるんですよね。

正直、今日はあまり良くない観客だっただろうに(といっても、それはほんの一握りの人達だけですよ。誤解のなきよう)、アンコール5回だなんて。異例だと思いますよ。でもあれは、きっとちゃんと聴きたい、ちゃんと聴きますよ、って思ってたマナーを守った多くの人達に向けての、キースなりの気持ちの表し方だったんじゃないかな。今夜は、演奏は勿論、そんな彼の包容力と、優しさにも打たれた夜でした。

「コンサートは、会場にいる全員で創るもの」。今日は、また特に身にしみて感じましたよ。

 

ではー。



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