
「汚染疑い牛肉、全部買い取り…3500頭処分へ」
・・・「計約3500頭の全量が焼却処分される。」
全量
焼却処分。
なんて言葉でしょうね。
切ないです。
先日、NNN系で放送された福島県飯舘村のドキュメントを視ました。
「原発が壊した牛の村 ~飯舘へ いつか還る日まで~」
商売でやっておられるとはいえ、これは、家族でしょう。
正直、僕は・・・
「売らない!食肉になんかさせない!一緒に暮らそう!」って思うかもしれない、と思いました(←でも、これじゃ仕事にならないので失格)。
でも、きっとみなさん、そのくらい、
いえ、もっともっと、愛情を注いで育てられれるんだと思います。
牛だって(豚だって鶏だって、みんな)生き物ですから、
愛情を感じなければ、ちゃんとなんて、育たないんじゃないかと思うんですよね。
「いつか売るんだから」といって、
いい加減になんて、育てるはずがない。
みんな、一頭一頭、名前をつけて、
家族として、一緒にくらして、袂を分かつ。
それが、「焼却処分」とか。
もしも、畜産農家の方に怒りが目に見えるなら、
どれだけ大きいものか、と思います。
牛も、きっと、
家族だと思っていたはず。
牛たちの悲しみが目に見えるなら、
それは、いったい、どんな形で、何色なんだろう、と思います。
もしも、この状況がわかって、彼らが言葉が喋れたら、なんと言うのでしょうか。
人間って、本当に残酷なことをしますよね。
普段、なんだかんだと、牛も豚も、あらゆるものを食べてる僕が、えらそうに言うなっていうんですけどね。
でもね、これは、90パーセントは、
このような殺処分をせざるをえない状況を作ってしまう、という部分において、なんです。
(本当に残念で可愛そうなことですが、放射能にやられてしまった牛たちが、食肉として出回ることは、これは、・・・避けなければいけません。避けてもらわねば、なりません。)
手は、あったはずなんですよ。きっと、半分以上は救えたと思うんです(でもその先は・・・と考えると、これも偽善なのかもしれませんが・・・)。
何日も、何ヶ月も、手を、こまねいていた結果、だと思うんですよ。
今でも、、まだ、
こまねいているようにも見えますけれども。
ではー。