【東大寺戒壇堂の南側、3月から一般公開中】
奈良出身の写真家、入江泰吉(1905~92)の旧居が3月から一般公開されている。奈良市水門町。名勝依水園と東大寺戒壇堂のほぼ中間に位置する。入江は戦後、大阪から移り住んだここを拠点に半世紀にわたって大和路の風景や仏像などを撮り続けた。そのお住まいは静謐(せいひつ)な作品同様、落ち着いた風情を醸す静かな佇まいだった。
旧居は入母屋造りの木造の家屋と離れの暗室から成る。敷地の広さは約540平方メートル。入江没後、奈良市が遺族から寄贈を受けていたもので、家屋に耐震補強と改修工事を施し、老朽化が進んでいた暗室は以前と同じように建て直して公開に踏み切った。
入り口に掲げられた表札は東大寺の第206世別当(住職)だった上司海雲師の揮毫。玄関を入ると、その奥に8畳の客間。文豪の志賀直哉や画家杉本健吉、随筆家白洲正子ら多くの知己ともここで交友を深めたのだろう。茶室の横を通って廊下を進むと書斎とアトリエがあった。書斎には壁一面に入江の蔵書。多彩な趣味人だった入江はアトリエで多くの時間を過ごしたという。
暗室は自分で棚を作って使いやすいように工夫していたという。明るい水色のタイルが印象的。ここで多くの作品が現像されて世に発表されたわけだ。室内のアトリエや渡り廊下からは眼下に吉城川を望む。垣根のすぐ向こう側を1匹の雌シカが歩いていた。没後20年以上になるが、そこかしこから入江の息遣いが聞こえてくるような気がした。奈良市写真美術館では旧居公開を記念して「入江泰吉の心の風景」展を開催中(6月28日まで)。