【〝花木の女王〟が3000株、鎧坂から金堂、本堂の周りにも】
ボタン(牡丹)が〝百花の王〟なら、シャクナゲ(石楠花)は〝花木の女王〟。奈良県宇陀市室生にある室生寺ではそのシャクナゲがいま見ごろを迎えている。絶好の撮影ポイントは本堂の左手奥にある五重塔に至る石段下。うすいピンクや紅色の優しげなシャクナゲの花が朱色の五重塔の美しさを一層引き立てる。この時期、本格的なカメラを手に早朝から開門を待ちわびる人も多いそうだ。
三重県境に近い室生寺は古くから「女人高野」として信仰を集めてきた。高野山が長く女人禁制だったのに対し、同じ山岳寺院の室生寺では女性の参詣も許されていたことによる。修験道の祖、役小角(えんのおづぬ)によって680年に創建されたという古刹だけに、境内は貴重な文化財の宝庫となっている。本堂、金堂、五重塔はいずれも国宝。仏像も本尊釈迦如来立像をはじめ十一面観音立像、釈迦如来坐像などが国宝に指定され、重文指定のものも多い。
山岳寺院だけあって境内には急な石段が続く。シャクナゲは金堂を見上げる鎧坂(よろいざか)の両脇や本堂の周辺、五重塔への石段両側などで多く見られる。株数は3000株に上るという。シャクナゲはもともと高山性の植物で、高い湿度と冷涼な気候を好む。室生山一帯がその生育環境にマッチしていたのだろう。一口にシャクナゲといっても、花色は濃い紅色からうすいピンク色、白いものまで様々。その微妙な色の変化もシャクナゲの魅力の一つだ。
鎧坂―金堂―本堂を巡った後はいよいよ五重塔。約1200年前の800年頃の建立といわれ、法隆寺の五重塔に次いで古い。高さは約16mで、屋外に立つ国宝・重文の五重塔としては最小。この五重塔が1998年、台風の強風で杉の巨木の直撃を受け、見るも無残な姿となった。だが再建を望む全国の人々から約7000件もの温かい寄付もあり、3年後には再び美しい姿が蘇った。その五重塔が石段脇のシャクナゲたちを優しく見守り、満開のハナズオウ(花蘇芳)も彩りを添えていた。
大好きな演歌歌手、田川寿美のヒット曲の一つに『女人高野』(2002年)がある。作家の五木寛之が作詞し、幸耕平が作曲した。「♪ひとりで行かせてこの奥山は 女人高野と申します 愛も明日もあきらめて 涙おさめにまいります 通りゃんせ通りゃんせ ここはどこの細道じゃ 若い命を惜しむよに 花が散りますはらはらと~」