いやあ、さすが中国。ものすごい場所があるのよ。
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http://japan.techinsight.jp/2008/11/yokote2008110119580.html
このリンクを見てもらえば分かると思うけれど、切り立った崖に最小幅40?の道。
もちろん柵などはなく、その下は断崖絶壁。でも、その道の先には学校があり、
ふもとから片道なんと5時間かけて通う小学生たちがいるのだという。
もうここまでくると俺達日本人の感覚では理解できないが、そこにはある意味崇
敬の念を抱くわけで、危険やとか、そこまでして、とかというマイナス要因を考え
ることはなにか失礼なような気までしてくるから、このあたりはさすが中国という
べきか。
でも少し気になることがある。記事によるとこの崖道の上にはコンクリートででき
た校舎が2つとグランドがある、となっている。ということは、その建設工事をした
人達は最小幅40?の崖道を毎日片道5時間かけて、しかも建設に必要な重い
資材を命懸けで運んだことになる。それも一度や二度で運べる訳もなく、考えた
らそら気の遠くなるような作業を繰り返して作ったということや。延べ人数と延べ
日数、それに危険度を足したらエジプトのピラミッド並みになるんとちゃうやろか。
まだある。ここは学校なのでもちろん先生がいる。ちゅうことは先生も片道5時間
かけて通勤してることになる。まさか学校に泊まったりしたらそれこそ買い物も
いかれへん訳で、日々の生活がどうにもならんやろうし。
ひとくちに通勤・通学に歩いて崖道を片道5時間、ていうだけでも想像を絶するの
に、往復10時間となるとそれはもうあきれ果てるほどの長さ。だって朝4時にふも
とを出発して学校に着くのが9時。もちろん街灯もなにもない訳で、そんな暗いう
ちから登り始めるのはなんぼなんでも無理やろう。とするともう少し遅くから登り
始め、暗くなる前にふもとに帰り着こうとすると学校に居れる時間はわずか1~2
時間程度のもんや。それだけのために先生と生徒は毎日この学校に通う。
でもここには教育の原点のようなものがあるような気がするな。つまり、学校での
教育の前に、死と隣合わせの危険を冒してでも学校に通うことを続ける、というこ
とが何よりの教育になってるように思うのよ。
とにかく今の日本、「“自分の意思で”、命懸けで何かに向かう」、ということがな
く、普通に道を歩いているだけで命懸け、という世の中になってきている。
古きを尋ねて新しきを知る、というが、今こそそれが必要な時やないやろうか。